5号館を出て

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ツボカビとたたかうカエルの免疫システム

 日本でも2-3年前にツボカビの脅威が問題になったことがありますが、その後はそれほど深刻な事態の報告はあがってきておりません。一方、世界的にはまだまだツボカビが両生類を絶滅させるのではないかという論調の記事が時折出ています。

 そんな中で、カエルやイモリといった両生類もなすすべもなく一方的にツボカビにやられ、どんどんその数を減らしているなどということはないという論文が出されました。

 まずは、EurekAlert!のリリース記事で知りました。

Amphibians may develop immunity to fatal fungus
両生類は致死性のカビに対して免疫になりうる


 書いてあることは、要するに両生類もツボカビに対する免疫状態を獲得して抵抗力をつけることがあるという研究結果です。元論文はBioScienceという学術雑誌に出たものなのですが、それを発行しているAmerican Institute of Biological Sciencesという団体が独自に Press Releases を出しており、その中でなんと太っ腹なことにその論文をオープンアクセス公開しています。

April 1, 2009 — Amphibians May Develop Immunity to Fatal Fungus

全文pdfファイルを読む
ツボカビとたたかうカエルの免疫システム_c0025115_20381555.jpg
 この論文は、大学生くらいまでの読者を想定しているのか、論文の中に「自然免疫と獲得免疫」「免疫学用語集」「T細胞とB細胞の違い」「MHCという遺伝子クラスター」「超優性や頻度依存性選択とは」といった、免疫学や遺伝学の専門用語を説明するコラムが織り込まれてたり、こんな美しい図が添えられていたりということで、その筋の専門家でなくとも楽しく読めます。
ツボカビとたたかうカエルの免疫システム_c0025115_20452488.jpg
 書いていることはそんなに難しいことではなく、カエルにもヒトと同じような脊椎動物が共通に持つ生体防御のシステムがあり、初めて出会った敵とも戦える自然免疫と、出会ってからだんだんと抵抗力がついてくる獲得免疫システムを使って、ツボカビの感染を生き延び、生き残った固体は抵抗性のある子孫を残していくことができるということです。

 カエルでもヒトでも最初に出会ったウイルスや細菌、カビなどには自然免疫でしか戦うことができませんが、その段階を乗り越えることができると、T細胞やB細胞といったリンパ球が活躍していわゆる免疫状態を獲得し、次回からの感染には効率的に立ち向かうことができます。

 免疫には個性があり、あるものは生まれつきツボカビに強く、あるものは弱いということがあります。初めてツボカビに出会った集団では、弱いものは最初にどんどん淘汰されてしまいますが、生き延びた強いものからはツボカビに強い子孫が生まれてくることが多いので、集団全体としてツボカビに負けない集団になっていくというわけです。

 日本中の大学などで飼育されているアフリカツメガエルでは、かなりのものがツボカビを持っていると言われていますが、ツボカビに負けない集団になっています。同様に、日本の野外においてもツボカビは最近になって持ち込まれたのではない可能性があり、そうだとするともはやかなり抵抗性を持った集団に「進化」している可能性があるのかもしれません。

 私は大学院生の時代にアフリカツメガエルの免疫システムの発生を研究しておりましたので、彼らが我々と同じくらいしっかりとした免疫システムを持っていることを知っていますので、両生類といえどもツボカビに対して免疫になることを確信していました。それで、あまり大騒ぎをする気にはならなかったのですが、今回の論文はそうした思いを直接的に説明してくれています。

 確かに、ある地域に新たにツボカビが持ち込まれた時には大量死なども想定されるのですが、遺伝的多様性を持っている集団ならば一部が生き残ってツボカビを克服することができるというの自然の成り行きです。あちこちから報告されるツボカビによる地域集団の絶滅は確かにあったことだとは思うのですが、そうしたことにもっとも効果的に対応するための方策は、両生類が「健康に生活できる環境を確保する」ことだと思います。そうすれば、彼らも自分たちの持つ免疫システムの力を最大限に発揮することができ、進化の力を借りて自力で危機を乗り越えるはずです。

 両生類の絶滅の最大の原因は環境破壊であり、ツボカビは最後の一押しになっているだけだというのが私の意見です。

 つまり、彼らの最大の敵はツボカビではなく、我々ヒトだというのが「不都合な真実」なのでしょう。
Commented by beachmollusc at 2009-04-02 08:28 x
BIOSCIENCEという雑誌はオリジナル論文は掲載しない一般啓蒙的な性格のものと理解しています。

ツボカビの問題は、最近になってマスコミに流れて騒がれているようですが、実験感染で致死率が高かったといって、自然集団に広げるのはいかがなものかと思って、野外集団の感染死亡について情報、文献検索を行いましたが、何も出てきませんでした。ペットのカエルを乱獲、移出することに対してそれをブロックするための自然保護団体の意図的なキャンペーンの匂いがしました。

自分の講義で取り上げていたので詳しく調べましたが、カエルたちの消滅については全世界的なデータ集積情報があります。問題を扱っている研究現場を追跡したジャーナリストの本も出ています。また農薬と寄生虫と奇形の問題なども知られています。私の印象も栃内さんの最後の文に示されたことと全く同じです。
Commented by stochinai at 2009-04-02 17:26
 コメントありがとうございました。BIOSCIENCEというのは、BioEssaysのような雑誌なのですね。どおりで、読みやすいと思いました。

 カエルの減少の原因をツボカビだけのせいにするのは、他のファクターをほじくられたくないと思っている人々がいるということも理由の一部になっているのでしょうか。ツボカビだけをあまりに強くやり玉に挙げていると、かえって両生類の絶滅を早めてしまうような気がして心配していました。
Commented by beachmollusc at 2009-04-03 19:07 x
>カエルの減少の原因をツボカビだけのせいにするのは、他のファクターをほじくられたくないと思っている人々がいるということも理由の一部になっているのでしょうか。

この点について、最新情報を改めて調べてみました。農薬、特に大量に広く使われているトリアジン系除草剤がカエルの内分泌撹乱物質として注目された研究結果が出てから、それを否定(追試で確認できないと)するような研究報告が製薬業界の息がかかっているところから出され、その後に厳しい論争が続いています。下が論争の口火を切った論文です。
Hayes, T. B., K. Haston, M. Tsui, A. Hoang, C. Haeffele, and A. Vonk. 2002c. Feminization of male frogs in the wild. Nature 419:895–896.
Hayes, T. B., A. Collins, M. Lee, M. Mendoza, N. Noriega, A. A. Stuart, and A. Vonk. 2002a. Hermaphroditic, demasculinized frogs after exposure to the herbicide atrazine at low ecologically relevant doses. Proceedings of the National Academy of Sciences 99:5476–5480.
Commented by beachmollusc at 2009-04-03 19:14 x
私のと同じプロバイダーのブログですね。
文字数制限につき、続きです。

全文はオンラインで公開されていませんがBIOSCIENCEサイトで否定論の反論の要約が出ています。http://www.bioone.org/toc/bisi/54/12
Hayes TB. There is no denying this: defusing the confusion about atrazine. Bioscience. 2004;54:1138–1149.

以上の経緯を見て想像すれば、ツボカビ説を流布させて農薬の影響をマスクするような意図が働いていても不思議ではありません。

しかし、私はキャンペーンの情報発信源が自然保護団体だったことから、それとは別の意図である、ペットカエルの商取引問題対策ではないかと想像しました。中南米のヤドクガエルなどがペットとして流通しているのですが、それらがツボカビ症に特に弱いことから、アピールのためのキャンペーンを始めたのではないでしょうか。このツボカビを特別に強調することは世界的な両生類の環境悪化の全体像について本質的な理解をそらしかねません。
Commented by stochinai at 2009-04-03 19:16
 ありがとうございました。カエルなど両生類への被害の原因としては生物学的要因を無視できないとしても、まず第一に疑うべきは「水」だというのは常識だと思います。実際にカエルやオタマジャクシを飼育していると、オタマジャクシは水質に極めて敏感に反応します。
 また、ご紹介いただいた論文にもあるように、生物が減少しているときにはその生殖過程に注目すべきというのも常識だと思うのですが、ツボカビと生殖との関係を論じたものというのはあまり聞いた記憶がありません。
Commented by stochinai at 2009-04-03 19:21
 環境保護団体の方々の善意は理解できるのですが、「感情」が優先するあまりに時として「科学」が脇に押しやられて「非科学」や「ニセ科学」の領域にはいりがちなことを危惧します。たとえ目的はなんであれ、科学から軸足をはずした途端に、共感が冷めてしまうのを感じますし、「反対派」を喜ばせるだけです。
by stochinai | 2009-04-01 21:09 | 生物学 | Comments(6)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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