5号館を出て

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オンライン雑誌の価格が上がり続けている

 大学で研究活動をしていて、欧米系の学術雑誌に依存している人間にとっては、学術雑誌にアクセスできるかどうかは、極端に言うと研究生命を左右するほどの重大事です。今日のニュースで電子学術雑誌の購読料が高等を続けていることが取り上げられています。
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                              (C) photoXpress

 学術雑誌:ネット購読料高騰に悲鳴 3年で2.5倍
 科学や医療などの学術雑誌がネット上で閲覧できる「電子ジャーナル」の購読料が高騰を続け、各大学の図書館が悲鳴を上げている。国内の大学全体の購読料は04年度の約62億円が07年度には約155億円に急増。
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 文部科学省は04年度から購読料調査を行っている。同年度の国公私立大全体の購読料は61億9800万円(1校平均865万円)だったが、07年度は155億2600万円(同2064万円)に膨れた。国大図協の事務局でもある東京大は国内の大学では最高額の年間約10億円の購読料を支払っている。
 学術雑誌は上の写真にあるようにもともとは印刷されて購読するものでした。昔はその紙媒体の雑誌を研究室ごとに購入していたことが多かったものです。その紙媒体の雑誌は、もともと安いものではなかったのですが、さらにどんどん値上がりが続いて、各研究室の予算を圧迫し始めたたことと、大学レベルで見ると重複して購入していたものも多かったこともあって、学内で購読誌を調整した上で学科や学部あるいは中央図書館レベルで購入し、共同で利用しようという動きもありました。しかし、紙媒体の新着雑誌が学内のどこかにたった1冊しかないということになると、アクセスがあまりにも不便なこともあり、この調整は結局あまりうまくいかなかったと思います。

 そのうちにインターネットが発達してくると、雑誌は技術的にはオンラインで読めるようになりました。最初のうちはその購読価格が紙媒体と同じくらい高価だったこともあり、あまり広まらなかったのですが、そのうちに出版社の統合(寡占化)が進み、「エルゼビア(オランダ)、シュプリンガー(ドイツ)など欧米の出版十数社で市場の9割を占め」るようになると、大学が出版社とたくさんの雑誌を大量一括購読契約することで、ある程度安く、また学内のLANならばアクセスに地理的不便を感じることもなくなったため、急速に広まったという経緯があります。

 私のいる北海道大学などはかなり大きな大学ですので、大学構成員全体がこの一括契約によってオンラインで数百冊の雑誌に自由にアクセスできるようになったことで、個々の研究室ではとても購入できないくらいの、事実上無限に近いくらいの新着雑誌を読めるようになりました。これは、我々のような貧乏研究室にとっては、かなりの福音でした。

 ところが、このオンライン・ジャーナルの購読料が高騰を続けているのです。雑誌というものは、それぞれが世界に1種類しかないものであり、代替品はありません。その雑誌をほんの数社が握っているわけですので、ある意味で値上げは売り手のいいなりにならざるを得ないところがあります。

 東大では年間約10億円の購読料を払っているそうですが、北大でも5億円を越えていたのではないかと思います。法人化以降、北大では毎年5億円くらいの交付金が削減されているにもかかわらず、ジャーナルの購読料が上がり続けるという状況は、まさに踏んだり蹴ったりと言えます。

 こうした動きに対抗して、購読料が無料のオープン・アクセス・ジャーナルの刊行や各大学の研究者の論文を格納したフリー・アクセスの機関リポジトリという動きもありますが、オープン・アクセス・ジャーナルは投稿料が高いことや、機関リポジトリに格納できる論文は古いものだけというような制約があることもあり、有効な対策になり切れていません。

 出版社側は値上げの理由として「アジアを中心とした学術論文の増加で出版社の論文審査の経費がかさ」んでいるからと言っているようです。しかし、私も良く論文の査読を頼まれますが1円も受け取ったことはなく、この理由はどうも怪しいと思います。要するに寡占化によって価格競争がないということが最大の原因なのだと思います。

 もちろん事情は外国でも同じなのですが、聞くところによるとカリフォルニア大学などは州内の各校が一括で契約することや、イギリスなどは国全体が一括で契約をしているという噂もありますので、日本も文科省が出版社と一括で契約することを検討していただきたいと、ぜひ思います。

 もちろん出版社も適正な利益を上げられなければ、学術出版そのものが維持できなくなるということにもなりかねませんが、ジャーナルの購読経費が上がりすぎると研究そのものが続けられなくなるということになり、結局共倒れになるという最悪のシナリオが予測されすらします。現に、日本の地方大学では電子ジャーナルの購読を維持できなくなっているところも出てきています。

 というわけで、学術雑誌問題は研究費問題そのものであるということをご理解いただき、各方面で真摯な検討を続けていただきたいと思います。
Commented by 甘すぎ at 2010-01-27 22:23 x
国全体で価格交渉するのももちろん重要だけど、ホントはエルゼビアのScienceDirectなどのクラウド?サービスに依存しすぎな気がする。便利だけど。競合サービスを育てて価格競争できる環境が必要ですね。
Commented by stochinai at 2010-02-03 15:49
月丸さん、TBありがとうございました。こんな動きもあるんですね。

図書館・研究所・助成機関がこれまで学術雑誌の予約購読費に使っていた資金を転用する形で国単位の分担金を集め、高エネルギー物理学分野の全ての文献をオープンアクセス化することを目指しているSCOAP3に対し、9つの米国の大学が新たに支援を表明しました。これによりSCOAP3は、目的達成に必要な経費の3分の2をカバーする総額6,800万ユーロの資金を確保したことになりました。

http://current.ndl.go.jp/node/15735
Commented by 月丸 at 2010-02-03 17:17 x
Stochinaiさん、こんにちは。コメントいただきありがとうございます。教えていただいたURLを参照して、国別に負担金を出すというのは妙案だと思いました。今後は中国にも一杯お金を出してもらいましょう。
Commented by Willie at 2010-02-06 17:39 x
stochinaiさん、こんにちは。私は5号館の院生です。
本記事に関連して、私も意見を述べさせてください。

>日本の地方大学では電子ジャーナルの購読を維持できなくなっているところも出てきています。
私もこの話を聞いたことがあります。
幸い北大は予算があるのでしょう、私が閲覧したいたいていの論文は手にすることができます。
しかしこのアクセス権限はあくまで学内(または学内者だけ?)だけに限られています。
論文のacknowledgementには、研究資金の提供先が記載されています。
その研究結果が科学研究費などの日本国民の税金が由来となっている場合、当該論文は日本国民が自由に閲覧できるべきではないかと疑問に思っています。

多くの研究はその専門の人たちにしか理解が難しいかもしれません。
が、公開されることで税金の使われた結果を評価できる道筋になると思います。
そして、国民(ないし出資者)のためにならず自分の業績のためだけのような研究は淘汰されてほしいと願っています。
Commented by stochinai at 2010-02-07 00:05
 どうも。時々、廊下ですれ違ったりしてますか?

>多くの研究はその専門の人たちにしか理解が難しいかもしれません。
が、公開されることで税金の使われた結果を評価できる道筋になると思います。

 こういうシチュエーションがあった時、私もそうですがWillieさんのような「専門家」が専門の論文を読み解いて、誰にでもわかる形で読みたいと思っている方に解説してあげることができるならば、少しでもそうした方のお役に立てるのではないでしょうか。

 私はこういうことも、科学コミュニケーションの重要な役割だと思っています。

 一緒に、そういうことにチャレンジしてみませんか。
Commented by 非専門家 at 2010-02-08 04:20 x
 大学にいない人間が非専門家であるというきめつけは、どうでしょう。
 まずは、学外の人間であっても学術論文を読めるようなオープンな環境を作ることが、先ではありませんか。その上で、非専門家にむけて専門家が解説を行うのが、筋ではないかと思います。
 どんな分野の専門家であっても他分野では非専門家ですよね。
Commented by stochinai at 2010-02-08 06:44
 「大学にいない人間が非専門家であるというきめつけ」をしたつもりはありせんが、そういう表現がどこかにあったのだとしたらお詫びして訂正します。実力もないのに情報だけを独占しているおかげで「専門家面」していられる人間の存在ほど許せないものはありません。

 おっしゃるように「誰でもが」が、いつでもどこでも学術論文にアクセスできる「オープンな環境」の確立こそが本筋だと私も思います。
by stochinai | 2010-01-27 21:23 | コミュニケーション | Comments(7)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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