2010年 02月 15日
【書評】進化のなぜを解明する
日経BP出版局編集第一部のHさんから、本を送っていただきました。ありがとうございます。
進化のなぜを解明する
ジェリー・A・コイン (著), 塩原通緒 (翻訳)
日経BP社 (2010/2/4)
表紙にはゴーギャンの有名な「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」が使われています。
素晴らしいことに、この画像は保護期間が満了しているためパブリックドメインとなっています。
この本「進化のなぜを解明する(原題:Why Evolution is True 「なぜ進化は真実なのか」)」は、まさに我々ヒトという動物が、この地球上でどこから来たのか、つまりどのように進化してきたのかということを、最新の生物学的到達地点から丁寧に解説してある本です。しかも、とてもわかり易く書かれているため、必ずしも生物学の基礎知識を持っていない人でもどんどん読み進むことができるはずです。
驚いたことに、というか驚いてはいけないのだと思いますが、私が学部学生の講義として行っている進化学の内容がほぼ網羅されており、まあまともな生物学者だったら誰でもこういう講義をするだろうということもあり、うれしくもあったのですがなんとなく複雑な気持ちにはなりました。
内容は次のようになっています。
原著が出たのが昨年の1月ですので、内容はそこまでの新しさは保証されています。その後にヒトの進化に関連した化石に関する大きな話題(「イーダ」と「アルディ」)があったのですが、これは日経BP出版局がコラムで対応しており、あやうくこの本が「最新の話題にとり残されている」ということにならずに済んでいるところもなかなかのアフターサービスだと思いました。
原著のペーバーバックスはこちらです。
Why Evolution is True
値段も翻訳の半額近くとかなり安い(1368円)ので、生物専攻の大学生あるいは修士課程の大学院生には英語の勉強を兼ねてそちらを入手しても良いかもしれません。
というわけで、教える側にいる私としては編集部からの献本がなければ、資料としてあるいは推薦図書にするために購入はしたかもしれませんが、こんなに丁寧に読むことはなかったかもしれません。ちょっと大変ではありましたが、なかなかおもしろく読ませていただきました。
原著にはリチャード・ドーキンス、スティーヴン・ピンカー、E・O・ウィルソンなどの推薦文が寄せられているので、内容には問題はないと確信していたのですが、ちょっと不安だったのは翻訳です。せっかく原著が素晴らしくても日本語翻訳で台無しにされてしまった本を何冊も見てきておりますので、読み出すまではドキドキものでした。ところが、この危惧はたちどころに消え去りました。翻訳はとても素晴らしいと思います。アマゾンにはなか見!検索があって、序章の過半が公開されていますので翻訳の素晴らしさはここで判断することができます。
進化のなぜを解明する ジェリー・A・コイン なか見!検索
どうでしょうか。読みやすく、しかも格調高い翻訳になっていると思います。ところがこの序章の中にちょっと信じがたい誤植を発見してしまいました。21ページの8行目にある「人間はおよそ七〇〇〇万年前にチンパンジーとの共通祖先から・・・」はいけません。本文の中ではきちんとそれが「七〇〇万年前」ということが2度ほど言及されているので、単なるミスだとは思いますが注意して欲しいところだと思います。
同様に、読み物なのであまり生物学用語の正しい使い方にこだわるのも良くないとは思うのですが、「発生」を「発達」と訳したり、「水中に飛び込むカブトムシ」(ゲンゴロウなどの水生甲虫のことか?)という表現、「卵巣と卵管のあいだに小さな割れ目」(卵巣と卵管が離れて存在していることか?)。「アリに寄生する回虫」(回虫は哺乳類に寄生するものなので、これは線虫?)などは、専門家としては少々引っかかるところでした。しかし、これらのことは内容の理解にはほとんど影響しない些細なことです。
この本に限らず、欧米で出版される進化関係の本を読むと、「くどい」と思われるくらい創造説は間違っていて、進化学こそが正しいのだと繰り返されているものです。本書もその点に関しては例外ではなく、国民の大多数が進化を信じている日本の我々にとっては、「うるさい」と思われることもままあるのですが、社会的には創造論が主流な思想として蔓延している環境の中で、進化科学者が日々苦しんでいることの裏返しなのでしょう。
逆に考えるとそうした環境というものが、その中に置かれた進化学者が次々と優れた本を書く原動力になっているのだとしたら、学問にとっては逆境というものも意外と悪いものではないのかもしれないと思ったりもするのでした。
著者はハワイを中心としてショウジョウバエの種分化の研究をする研究者だそうで、本書の中にある誠実さはそうした研究者の良心に由来しているようにも思われ、とても好感が持てました。
進化について、まとまった本を読んでみたいと思われる方には現時点では一押しの本とお薦めできます。この分野はどんどん発展していますので、早めに読むのが良いと思います。どうぞ。
著者による原著の紹介サイト
進化のなぜを解明する
ジェリー・A・コイン (著), 塩原通緒 (翻訳)
日経BP社 (2010/2/4)
表紙にはゴーギャンの有名な「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」が使われています。
この本「進化のなぜを解明する(原題:Why Evolution is True 「なぜ進化は真実なのか」)」は、まさに我々ヒトという動物が、この地球上でどこから来たのか、つまりどのように進化してきたのかということを、最新の生物学的到達地点から丁寧に解説してある本です。しかも、とてもわかり易く書かれているため、必ずしも生物学の基礎知識を持っていない人でもどんどん読み進むことができるはずです。
驚いたことに、というか驚いてはいけないのだと思いますが、私が学部学生の講義として行っている進化学の内容がほぼ網羅されており、まあまともな生物学者だったら誰でもこういう講義をするだろうということもあり、うれしくもあったのですがなんとなく複雑な気持ちにはなりました。
内容は次のようになっています。
まえがき読み物として書かれてはいますが、このまま大学生向けの「進化学」の教科書として使える内容になっていると思います。ただ、これをこのまま講義に使うには図や表が少なすぎますので、もしも教科書として使うのであれば大量の資料をあちこちから集める必要がありますが、今はネットがありますのでそれほどの苦労はしないと思います。
序章
第1章 進化とは何か
第2章 岩石に書かれた証拠
第3章 遺物--痕跡、胚、粗悪なデザイン
第4章 生物の地理学
第5章 進化のエンジン
第6章 性はいかにして進化を促すか
第7章 種の起源
第8章 われわれヒトは?
第9章 進化ふたたび
訳者あとがき
原注
用語集
さらに読み進めるために
参考資料
図のクレジット
索引
原著が出たのが昨年の1月ですので、内容はそこまでの新しさは保証されています。その後にヒトの進化に関連した化石に関する大きな話題(「イーダ」と「アルディ」)があったのですが、これは日経BP出版局がコラムで対応しており、あやうくこの本が「最新の話題にとり残されている」ということにならずに済んでいるところもなかなかのアフターサービスだと思いました。
原著のペーバーバックスはこちらです。
Why Evolution is True
値段も翻訳の半額近くとかなり安い(1368円)ので、生物専攻の大学生あるいは修士課程の大学院生には英語の勉強を兼ねてそちらを入手しても良いかもしれません。
というわけで、教える側にいる私としては編集部からの献本がなければ、資料としてあるいは推薦図書にするために購入はしたかもしれませんが、こんなに丁寧に読むことはなかったかもしれません。ちょっと大変ではありましたが、なかなかおもしろく読ませていただきました。
原著にはリチャード・ドーキンス、スティーヴン・ピンカー、E・O・ウィルソンなどの推薦文が寄せられているので、内容には問題はないと確信していたのですが、ちょっと不安だったのは翻訳です。せっかく原著が素晴らしくても日本語翻訳で台無しにされてしまった本を何冊も見てきておりますので、読み出すまではドキドキものでした。ところが、この危惧はたちどころに消え去りました。翻訳はとても素晴らしいと思います。アマゾンにはなか見!検索があって、序章の過半が公開されていますので翻訳の素晴らしさはここで判断することができます。
進化のなぜを解明する ジェリー・A・コイン なか見!検索
どうでしょうか。読みやすく、しかも格調高い翻訳になっていると思います。ところがこの序章の中にちょっと信じがたい誤植を発見してしまいました。21ページの8行目にある「人間はおよそ七〇〇〇万年前にチンパンジーとの共通祖先から・・・」はいけません。本文の中ではきちんとそれが「七〇〇万年前」ということが2度ほど言及されているので、単なるミスだとは思いますが注意して欲しいところだと思います。
同様に、読み物なのであまり生物学用語の正しい使い方にこだわるのも良くないとは思うのですが、「発生」を「発達」と訳したり、「水中に飛び込むカブトムシ」(ゲンゴロウなどの水生甲虫のことか?)という表現、「卵巣と卵管のあいだに小さな割れ目」(卵巣と卵管が離れて存在していることか?)。「アリに寄生する回虫」(回虫は哺乳類に寄生するものなので、これは線虫?)などは、専門家としては少々引っかかるところでした。しかし、これらのことは内容の理解にはほとんど影響しない些細なことです。
この本に限らず、欧米で出版される進化関係の本を読むと、「くどい」と思われるくらい創造説は間違っていて、進化学こそが正しいのだと繰り返されているものです。本書もその点に関しては例外ではなく、国民の大多数が進化を信じている日本の我々にとっては、「うるさい」と思われることもままあるのですが、社会的には創造論が主流な思想として蔓延している環境の中で、進化科学者が日々苦しんでいることの裏返しなのでしょう。
逆に考えるとそうした環境というものが、その中に置かれた進化学者が次々と優れた本を書く原動力になっているのだとしたら、学問にとっては逆境というものも意外と悪いものではないのかもしれないと思ったりもするのでした。
著者はハワイを中心としてショウジョウバエの種分化の研究をする研究者だそうで、本書の中にある誠実さはそうした研究者の良心に由来しているようにも思われ、とても好感が持てました。
進化について、まとまった本を読んでみたいと思われる方には現時点では一押しの本とお薦めできます。この分野はどんどん発展していますので、早めに読むのが良いと思います。どうぞ。
著者による原著の紹介サイト
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varoko at 2010-02-15 23:06
おもしろそうですね。図書館にあったので早速借りて読んでみます。
子どもたちはカソリックの学校に行ってますが、進化ということばは知ってるけど、学校では習わないと言ってました。日本人にはなかなか実感できないことですよね。
子どもたちはカソリックの学校に行ってますが、進化ということばは知ってるけど、学校では習わないと言ってました。日本人にはなかなか実感できないことですよね。
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シロハラクイナ
at 2010-02-16 01:46
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原著の著者の方と、分野的にも空間的にも遠くないところにいる者です。彼は、毀誉褒貶の非常に、非常に多い人です。著書の評判は良いようですが、論文はかならずしもそうではありません。
だからといって、本の価値が下がるものではありませんが。彼の別の本も、すばらしいと聞いています。
だからといって、本の価値が下がるものではありませんが。彼の別の本も、すばらしいと聞いています。
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stochinai at 2010-02-16 07:06
varokoさん
「図書館にあったので」って、「早い」と思いましたが、よく考えたら原著のことですよね。それにしてもアメリカ(イギリスも?)における創造論と進化論の闘いって、想像を絶するもののように思われます。
シロハラクイナさん
興味深い情報をありがとうございました。研究者としての評価と、一般書のライターとしての評判が必ずしも一致しないという話はこの国でも良く聞くところですね。一般論として通用するというものではないでしょうが、あり得る話だと感じました。今後ともよろしくお願いします。
「図書館にあったので」って、「早い」と思いましたが、よく考えたら原著のことですよね。それにしてもアメリカ(イギリスも?)における創造論と進化論の闘いって、想像を絶するもののように思われます。
シロハラクイナさん
興味深い情報をありがとうございました。研究者としての評価と、一般書のライターとしての評判が必ずしも一致しないという話はこの国でも良く聞くところですね。一般論として通用するというものではないでしょうが、あり得る話だと感じました。今後ともよろしくお願いします。
by stochinai
| 2010-02-15 20:59
| 生物学
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Comments(3)