5号館を出て

shinka3.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

ノーベル賞は「試験管ベビー」に

 今日発表された、今年のノーベル医学・生理学賞は1978年に世界初の体外受精児を誕生させたイギリスのロバート・エドワーズ(85)に贈られることになりました。日本の報道では、iPS細胞を作り出した山中伸弥さんという声が高かったとされているかもしれませんが、30年以上も前に開発されて現在では世界中で普通に使われている体外受精と、まだ臨床的には何も生み出していないiPS細胞とでは、ノーベル賞授賞という観点から見ると比べものにはならなかっただろうと思います。

 多くの報道で、授賞理由は「体外受精技術の開発」となっていますが、世界初の体外受精児が誕生した時には世界中で「試験管ベビー誕生」と報道されていたと思います。試験管ベビーという呼び方は、確かにこの写真((C)photoXpress)のように誤った印象を与えるということであまり使われなくなったのかもしれません。
c0025115_2324359.jpg

 体外受精は英語ではIVF(in vitro fertilisation)と呼ばれ、文字通り「ガラス器の中で受精」を行わせる技術です。カエルやサカナなど、自然の状態でも卵と精子を体外に放出して受精する動物は、成熟した卵と精子を混ぜ合わせるだけで簡単に「体外受精」を行わせることができるのですが、ヒトを含むほ乳類など体内で受精が起こる動物では、卵と精子を体外に取り出してただ混ぜ合わせるだけでは受精が起こらず、まずはその「体外受精」を成功させるまでに何十年もの努力が必要でした。

 その原因のひとつが、ほ乳類の精子は体外に出てから卵に侵入して受精可能になるまでに時間をかけて一定の刺激を与えられる必要があるということでした。わかってみれば簡単なことだったのですが、それからようやく体外で受精できるようになったのです。さらに次の段階として、受精卵を子宮に戻して着床させなければなりませんが、そのために卵を受け入れる女性の体内環境を整えるためのホルモン処理などの技法が開発されて初めて体外受精から出産へと至ることができるようになったというわけです。

 その一連の作業ができるようになって成功して生まれた最初の例がルイーズちゃんであり、それを成功させたのがエドワーズさんと故人である産婦人科医のパトリック・ステプトーさんという方でした。本来ならばノーベル賞はその二人に与えられるところだったのでしょうが、ノーベル賞は故人には贈られないというルールがあるので、単独授賞となったのだと思います。

 この体外受精技術によってすでに世界でこれまでに計400万人が誕生し、日本国内でも年間約2万人もが生まれているとのことで、もはや後戻りできない通常の不妊治療の一方法となってしまっておりますが、今やこの方法は子どもが欲しい普通のカップルの不妊治療という範疇を越えたものになりつつあり、新たな問題の種になっているので、そういう意味ではノーベル賞はちょっと危ないかもしれないと感じております。

 つまり、この方法を使うと任意の男女の精子と卵を使って受精卵を作ることができ、承諾さえ得られれば任意の女性の子宮でそれを育てることが可能です。ということは、生物学的親子関係といったものをすべて乗り越えた遺伝子の提供者としての父母の組み合わせと、それとはまったく関係のない第3者の代理母という存在の妊婦から新たなヒトを作り出すことができるのです。

 もちろん、日本などは法律的に禁止されているのですが、アメリカなど比較的自由にそうしたことが許されている国で、好きな組み合わせの卵と精子と代理母による子どもを作り出すことが事実上野放しになっています。

 そうしたことに対する、倫理的・法律的なコンセンサスが世界的に得られていない現状では、国境を越えたとたんに合法と違法・脱法行為がコロコロと変わってしまうという、ダークな世界が形成されていることが想像されます。

 というわけで、エドワーズさんのノーベル賞受賞は素直にお祝いしたいと思うのですが、それが生み出した新たな問題の解決に向かってのきっかけになって欲しいという気持ちもある、今回の授賞です。
Commented by 名無しの研究者 at 2010-10-05 10:40 x
1992年のイグ・ノーベル生物学賞は、まさに今回のノーべル賞受賞研究があって成り立った事件ですね。
自分の子孫をたくさん残そうと考えた男がいたとしても、通常だと相手女性の同意が無ければ受精・妊娠はあり得ません(そうでなければ某罪になりますね)。しかし体外受精だと、同意などなくても不妊治療と称してどんどん自分の遺伝子を持つ子供を妊娠させることができます。恐ろしいのは、妊娠しした女性は自分が産んだ子供が自分の愛するパートナー(あるいは、高額で購入した超エリート精子)の子供だと信じ込んだままその子供を育て、遺伝的父親である犯人はのうのうと暮らしていける点ですね。
1992年のセシル・ヤコブソン事件、体外受精の恐ろしい一面をよく映し出していると思います。
Commented by 名前はまだない at 2010-10-05 21:07 x
>日本などは法律的に禁止されているのですが

日本は生殖技術関連の法制がなされていない、アメリカの連邦レベルと同じく野放しの状態ですから、「法律的に禁止」されていません。
「法的にできない」のではなく「学会の会則などでしない」という状態です。ですから、根津医師は代理出産を実験的に進めていますし日本生殖補助医療標準化機関も既に独自に提供卵子を使い始めています。
代理出産についても「懐胎者=母」という民法解釈レベルで処理しています。
このような状況ですから、実際に何がなされているのか正確に把握されていませんし、ご指摘のように海外で配偶子を買おうが・拉致した代理母に産ませようが、「ダークな世界」へ踏み込んでいく人々に対して日本の行政はほとんど無力です。
仮に国内法制を整えても、海外で黙ってやってしまえるので、問題は解決されないでしょう。

先ごろ発表された IFFSとESHREの世界の生殖関連法制についてのインディペンデントの記事をご参考にどうぞ。
http://bit.ly/9aahUu

Commented by stochinai at 2010-10-05 22:15
 そうでした。確かに禁止する「法律」は制定されていませんでした、お詫びして訂正します。ただし、親子関係の認知などに関して法的整備がまったくなされていないことで、かなりややこしい状態になっているということでしょうか。

 インディペンデント記事: タイミング良く記事が出ていたのですね。ありがとうございました。
by stochinai | 2010-10-04 23:40 | 医療・健康 | Comments(3)

青鬼灯 秘かに育ち 居りにけり      中島たけし


by stochinai