5号館を出て

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【書評】田中徹・難波美帆著「閃け! 棋士に挑むコンピュータ」

 アマゾンで見ると「ただいま予約受付中です。」となっており、正式発売日は2011年2月10日となっています(梧桐書院)。

 それが、昨日大学へ送られてきました。著者のお二人には深く感謝いたします。発売日よりも一足先に読ませていただきました。
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田中徹・難波美帆著 閃け!棋士に挑むコンピュータ


 256ページ(2の8乗)という、いかにもコンピューター関係の書籍らしい総ページ数のこの本、いろいろとやらなければならないことを抱えながらも、2日で読まされてしまいました(笑)。私は将棋はコマの動かし方すら良くわからない門外漢ですし、人工知能を応用した将棋の対戦に関するソフトやハードに関する話題にも、付いていくのがやっとというレベルの素人です。

 その私がこの本を一気に読んでしまったのは、やらなければいけないことから逃避するという理由以外に、テクノロジーと将棋に関する詳細な部分は読み飛ばしても、まったく流れが妨げられないというこの本の構成と、喉ごしさわやかにするすると読めてしまう文章の滑らかさが最大の要因だったような気がします。まずは、出版社のサイトにある目次を転載させていただきます。
[目次]
第一章 日本将棋連盟への挑戦
第二章 「知能」の探求
第三章 転生の勝負師・清水市代
第四章 「あから2010」と多数決合議制
第五章 清水市代女流王将VS.あから2010
第六章 コンピュータが見せた「人間らしさ」
第七章 科学者達が夢見る「アトム」
第八章 ロボットに「心」を宿らせる
第九章 「歴史的一戦」が遺したもの
 コンピューターにちょっとは関心のある方なら、昨年情報処理学会が創立50周年記念事業のひとつとして将棋連盟へ「挑戦状」を突きつけて、それを受けた連盟が女流王将の清水市代さんとコンピューターとの対局を行ったことは、よくご存じだと思います。
「清水市代女流王将vs.あから2010」
日 時 平成22年10月11日(月・祝)開場12時 開始13時
対局者 清水市代女流王将vs.あから2010
場 所 東京大学本郷キャンパス 工学部2号館
入場料 1,000円(駒桜会員は無料)
定 員 500名(当日受付・全て自由席 )
主催:一般社団法人情報処理学会
共催:社団法人日本将棋連盟
   女流棋士会ファンクラブ「駒桜」
   国立大学法人東京大学大学院情報理工学系研究科

 情報処理学会のホームページにも「コンピュータ将棋プロジェクト」のページができています。

 ニュースなどでかなり大きく報じられたのでご存じの方も多いと思いますが、結果は「コンピューター将棋が女流王将に勝利 6時間を超える激闘、86手でコンピューターが制す(日経パソコン)」ということでした。

 実際の対局を描いた第五章に95-148ページと50ページ以上が費やされています。棋譜もふんだんに盛り込まれており、最初のページにも「この章は、将棋のルールをまったく知らない人には難しいかもしれないが・・・」というただし書きまでもが書かれていますが、将棋をまったくできない私にも(もちろん棋譜やコンピューターのログなどは読み飛ばしながら)、もっとも興奮しながら読ませていただいたところでした。息詰まる勝負を文章にしてくれた、著者お二人の成功に拍手を送りたいと思います。

 この本を読んでみて、つくづく感じたのは今回のプロジェクトの成功はひとえに清水市代さんという方に巡り会えたことにあるということでした。将棋連盟としては、簡単に負けることなどない強さを持ち、さらにはたとえ負けても「日本の将棋がコンピューターに負けた」などという話にはならない、女流棋士を出しておけばまあ最悪の事態は避けられるだろうという程度で彼女を推挙したのではないかと勘ぐれないこともありません。ところが、選ばれた彼女には連盟を背負って勝ち負けにこだわるというという「気負い」がまったくなかったようです。それどころか、自分が「敵とかではなく、私もコンピュータ将棋の開発チームの一員というか、『プロジェクト』に参加しているイメージを持っている」という言葉に象徴されるように、最初から勝ち負けは横に置いて、自分の持っている実力を十分に出しながら、しかもコンピューターにも十分な性能を発揮してもらいながら、対局を成功させることを目指していたという姿勢が強く感じられます。

 清水市代さんが、勝敗にこだわるタイプではなく、本当に将棋が好きな人だということが伝わってくる記述があり、私はこれを読んで清水さんのファンになりました。彼女にとって対局は、勝負であるとともに「一緒に棋譜を作り上げる共同作業」っだというのです。そして次の文章へと続きます。
 勝っても相手に誠意が感じられないとき、棋譜を一緒につくってくれていないと感じるときは悲しく、不愉快に感じる。

 負けても相手に真摯な姿勢、誠意が感じられ、自分の上をいく良い手を指されると、充実感を覚える。
 そして、第五章を読むと清水さんが、この「充実感」を味わいながら対局している様子が伝わってくるのです。
清水はこのとき 「初めてコンピュータと心が通った」 と感じていた。
清水はコンピュータ将棋を、「あから」を信頼していた。
 ここに感じられるのは、ある意味予想どおりに強かったコンピューターが、自分と一緒に棋譜を作り上げる共同作業をしているのだと実感し、まさに「至福の時」を味わっていたに違いないという彼女の充実感です。著者達の思い入れによる表現のせいもあるのかもしれませんが、私にも清水さんはコンピューターを「立派に育った我が子」あるいは「頼もしい恋人」と感じながら対局しているのだと確信できました。
 
 清水さんのことばかり書いてしまいましたが、コンピューターエンジニア達から見たこのプロジェクトはまた違ったものに見えているかもしれません。しかし、彼らのコンピューターがたまたま清水さんに勝ってしまったことで有頂天になっているわけではなく、まだまだ未熟な存在であることもしっかりと自覚しているようなので、この先日本のコンピューターのハード・ソフトはまだまだ進化を続けることも確信できました。

 日本にはこんなに素晴らしい、人と文化と科学技術があるのだという自信を持たせてもらった気もします。

 ただひとつ残念なのは、この本に描かれた息詰まるような戦いをした「あから」のイメージは、学会が作ったマスコットキャラクターとあまりにも違っていたことでした(笑)。
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 この本の表紙になったイケメンのアンドロイド型ロボットのほうがずっと適役です。
by stochinai | 2011-02-08 19:35 | コンピューター・ネット | Comments(0)

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