2011年 02月 24日
イカの卵嚢にあるオスを闘争に駆り立てるフェロモン
昨日公開された Current Biology に最近では珍しいイカのフェロモンの論文がありました。フェロモンというのは動物の行動を支配する同種が分泌する物質で、もっとも有名なのはメスがオスを引き寄せたり、逆にオスがメスを引き寄せる性フェロモンで、これさえあれば我々も簡単に異性を引きつけることができるかもしれないという愚かな期待を抱かせてくれるので、生物学ネタとしては人気のもののひとつで、今でも週刊誌などでは繰り返し出てくるようです。
最近はあまり新しいフェロモンが見つかったという話を聞かなくなってさみしいと思っていたところですので、この論文には、私が引きつけられてしまいました。同じフェロモンでも、異性を引きつけるものではなく、オス同士を戦わせるフェロモンのお話しです。とは言え、このフェロモンを出すのはメスですので、ある意味では性フェロモンと言えなくもないかもしれません。オス同士には闘争フェロモンとなります。
論文は
Current Biology Volume 21, Issue 4, 22 February 2011, Pages 322-327
doi:10.1016/j.cub.2011.01.038
Extreme Aggression in Male Squid Induced by a β-MSP-like Pheromone
β-MSPによく似たフェロモンによってオスのイカに誘導される激しい闘争
最近の Current Biology には図解による要旨(Graphical Abstract)というのがついていたりして、とても親切なのですがこの論文についているものはこれです。
そもそも今回論文になったフェロモンが発見されるきっかけとなったヤリイカ(アメリカケンサキイカ?)の不思議な行動を模式化した絵です。
このイカは生まれてから1年経つと産卵して死んでしまうという生活史を持っていますが、産卵の時にはたくさんのオスメスが一箇所に集まって何度も交尾を繰り返しながら産み尽くすとオスもメスも死んでしまうそうです。オスは産卵された卵(一個ずつ卵嚢という袋にはいっています)の塊を見つけると寄ってきて、触手でなでまわします。この卵嚢には今回発見されたβ-MSP(β-microseminoproteins)という、ヒトの前立腺液(精液)の中からみつかった小さなタンパク質によく似たものが分泌されていて、それを触手にある受容体が感知するととたんにオスが凶暴になるということです。しかも、オスはたくさん集まってきていますから、たちまち卵のまわりではつかみ合いの大げんかが始まります。
このフェロモンが発見されるまでは、オスがメスを巡って争っているのだと考えられていましたが、結果的には宗であっても、その原因がメスが卵を産むときに卵をつつむ袋(卵嚢)に分泌していたものだということがわかると、オス同士を争わせているのはメスの仕業ということになります。
このタンパクはイカではメスが作るのですが、上に書いたようにヒトではオスが前立腺で作っています。そちらの機能はわかっていませんが、系統樹を見るとベージュ色で塗られた脊椎動物とナメクジウオを含む脊索動物はすべてが持っています(特にオスが作るということも決まっていなさそうです)。
そして不思議なことにイカを含む軟体動物(緑)にも同じ祖先タンパク分子から進化してきたタンパク質が共有されています。何とワムシ(黄色)も持っています。
同じファミリーに属するタンパク質とはいえ、この図で分岐してからどの動物も長い枝を持っていることにしめされているように、どんどんアミノ酸の置換が起こっていて機能も変わっていることが想像されます。
というわけで、脊索動物と軟体動物に共有されている機能不明のタンパク質のひとつの機能が初めてわかったということですので、ひょっとすると他の動物でもこのβ-MSPがフェロモンとして働いている可能性があるかもしれず、今後の研究の展開が楽しみになってくるというところで、本日の論文紹介を終わりたいと思います。
このフェロモンによるイカの喧嘩を動画でみたいかたはこちらをどうぞ。
ムービー
ダウンロードもこちらで可能です。
Wired Science からお借りした件のイカの写真です。
イカ・タコは、美しいし、かなりおもしろい研究対象になると思います。
最近はあまり新しいフェロモンが見つかったという話を聞かなくなってさみしいと思っていたところですので、この論文には、私が引きつけられてしまいました。同じフェロモンでも、異性を引きつけるものではなく、オス同士を戦わせるフェロモンのお話しです。とは言え、このフェロモンを出すのはメスですので、ある意味では性フェロモンと言えなくもないかもしれません。オス同士には闘争フェロモンとなります。
論文は
Current Biology Volume 21, Issue 4, 22 February 2011, Pages 322-327
doi:10.1016/j.cub.2011.01.038
Extreme Aggression in Male Squid Induced by a β-MSP-like Pheromone
β-MSPによく似たフェロモンによってオスのイカに誘導される激しい闘争
最近の Current Biology には図解による要旨(Graphical Abstract)というのがついていたりして、とても親切なのですがこの論文についているものはこれです。
このイカは生まれてから1年経つと産卵して死んでしまうという生活史を持っていますが、産卵の時にはたくさんのオスメスが一箇所に集まって何度も交尾を繰り返しながら産み尽くすとオスもメスも死んでしまうそうです。オスは産卵された卵(一個ずつ卵嚢という袋にはいっています)の塊を見つけると寄ってきて、触手でなでまわします。この卵嚢には今回発見されたβ-MSP(β-microseminoproteins)という、ヒトの前立腺液(精液)の中からみつかった小さなタンパク質によく似たものが分泌されていて、それを触手にある受容体が感知するととたんにオスが凶暴になるということです。しかも、オスはたくさん集まってきていますから、たちまち卵のまわりではつかみ合いの大げんかが始まります。
このタンパクはイカではメスが作るのですが、上に書いたようにヒトではオスが前立腺で作っています。そちらの機能はわかっていませんが、系統樹を見るとベージュ色で塗られた脊椎動物とナメクジウオを含む脊索動物はすべてが持っています(特にオスが作るということも決まっていなさそうです)。
同じファミリーに属するタンパク質とはいえ、この図で分岐してからどの動物も長い枝を持っていることにしめされているように、どんどんアミノ酸の置換が起こっていて機能も変わっていることが想像されます。
というわけで、脊索動物と軟体動物に共有されている機能不明のタンパク質のひとつの機能が初めてわかったということですので、ひょっとすると他の動物でもこのβ-MSPがフェロモンとして働いている可能性があるかもしれず、今後の研究の展開が楽しみになってくるというところで、本日の論文紹介を終わりたいと思います。
このフェロモンによるイカの喧嘩を動画でみたいかたはこちらをどうぞ。
ムービー
ダウンロードもこちらで可能です。
Wired Science からお借りした件のイカの写真です。
by stochinai
| 2011-02-24 19:47
| 生物学
|
Comments(2)