そこそこの科学者の叫び
The Scientistにオピニオンとして、研究費申請をはねられた研究者の意見が載っていました。

著者はイタリアの研究者で、ヨーロッパの研究費に応募して、審査の最終段階まで行ったらしいのですが、研究費の審査員が「あなたの申請研究は興味深く、著者は論文もよく出しているし、研究計画も良く書けているけれども、申請は不採択です」という理由が、彼が「良い研究者」だけれども「傑出した研究者」ではないからということでした。最近はいつもこんな調子で研究費がはねられているようです。
もっともノーベル賞(医学・物理・化学)の選考理由となるような重要な論文でも、そのうち30%は研究費をもらっていないというデータもあるのだそうです(John P. A. Ioannidis in Nature 477,529–531 2011)から、驚くべきことでもないのかもしれません。
それよりも著者を落ち込ませたのは、ある大学院生に彼の研究室で博士課程の研究をやらないかと誘ったのを、そんなことをやっていても将来お金を稼げるようにならなさそうだから遠慮しますと言われたことだったと書いてあります。
ヨーロッパでもアメリカでも、最近の日本と同じように研究者養成システムと研究費の配分システムがうまく機能していなくなっているのは、基本的にそちらへまわるお金がなくなってきているという経済状況が背景にあるのだと思います。その結果、まさに「傑出した研究者」にしか研究費が届かなくなっているという状況があります。それでいいのでしょうか。研究費をもらった「傑出した研究者」は順調に研究を続けることができるかもしれませんが、研究費をもらえない研究者は十分な研究を続けられなくなる結果、現時点において傑出していなくても次の世代に出てくるであろう研究が挫折してしまうというようなことも多くなることが予想されます。これはマズイのではないでしょうか。
さらに研究費をもらうためには、申請書に「これは面白い研究です」とだけかいてもだめで、その研究が「どんなに人の役に立つか」ということを強調しなければならない時代になりました。研究が終わった時には、どういうことができるようになっていると言わなければならないのです。もちろん、研究計画はしっかりしていなければならず、その成果も予想されていなければなりませんが、2006年のノーベル賞を取ったRNA干渉などは研究の失敗から出たきた「ひょうたんからコマ」のようなものだったわけで、もちろん研究計画書に書かれていなかったものだということを思い出してください。
最近は世界的傾向として、高学歴と高収入が必ずしも一致しなくなってきており、大学院の博士(後期)課程へ進学することをためらう学生も多くなってきているようで、これでは科学の発展が維持できなくなる可能性もあります。こんなことではいけないと、著者が提案する「より良い研究費配分システムの提案」を以下に要約してみます。

(C)photoXpress
1) 研究室の力を均等化することを考えて欲しい
これは、プロ野球のドラフト制度のようなことをイメージすれば良いのではないかと思いますが、強いものがその力を発揮してより強くなったのでは、正常な競争が起こらず業界全体がダメになってしまうので、研究者の世界でも、研究所や研究グループや研究者個人の力を均等化するように研究費を配分することも考えてみてはどうかということです。もし、研究申請書が同じくらいのレベルだったら、より恵まれていない研究所、研究グループに研究費を配分するようにして欲しいと言っています。これは、なるほどと思います。
2) 個人的なバイアスを避ける審査をして欲しい
審査員を選べるというところまではいかなくても、この人には審査をして欲しくないと拒否できるシステムが欲しい。これは最近は、論文の審査システムではだいぶ浸透してきていると思います。
3) 最高のポイントを取った申請書ではなくそこそこのポイントのものに研究費配分を
「傑出した研究者」の書く申請書は高いポイントを獲得する可能性が高いけれども、研究費はそうした最高のポイントを取ったものではなく、その下の「そこそこ良い」ポイントをとったものに配分してはどうだろうか。「若手」にだけ与えられる研究費があるように、「そこそこ良い」研究者にだけ与えられる研究費があっても良いのではないだろうか。
4) 研究環境も考慮して欲しい
後進国や弱小大学などで研究をしている人々は、少ない研究費、貧弱な設備、そして少ない研究者など研究環境にハンディを持っている場合がほとんどです。そういうところで行われた研究と、先進国の有名大学や研究所でたくさんの研究費を使い、最新の設備を使ってたくさんの研究者によって行われた研究成果を比較するのはフェアなことでしょうか。もちろん、先進国の中でも研究環境には大きな格差がありますが、いずれにせよ劣悪な環境で良い研究をしている研究者にこそ研究費を優先的に配分すべきではないでしょうか。
5) 申請書はシンプルに
長~い申請書を書かせるのはやめましょう。そして、研究は研究計画の中心部分だけで判断するようにしてほしいものです。
とイタリア人研究者でナポリとフィラデルフィアに研究室を持つ著者が嘆いています。こういう文章を読んでいると、もはやこういう問題に国境がなくなったことを強く感じます。
研究の世界はすでにグローバル化が終わっているということかもしれません。グローバルに改善が起こってくれるといいのですが・・・。

もっともノーベル賞(医学・物理・化学)の選考理由となるような重要な論文でも、そのうち30%は研究費をもらっていないというデータもあるのだそうです(John P. A. Ioannidis in Nature 477,529–531 2011)から、驚くべきことでもないのかもしれません。
それよりも著者を落ち込ませたのは、ある大学院生に彼の研究室で博士課程の研究をやらないかと誘ったのを、そんなことをやっていても将来お金を稼げるようにならなさそうだから遠慮しますと言われたことだったと書いてあります。
ヨーロッパでもアメリカでも、最近の日本と同じように研究者養成システムと研究費の配分システムがうまく機能していなくなっているのは、基本的にそちらへまわるお金がなくなってきているという経済状況が背景にあるのだと思います。その結果、まさに「傑出した研究者」にしか研究費が届かなくなっているという状況があります。それでいいのでしょうか。研究費をもらった「傑出した研究者」は順調に研究を続けることができるかもしれませんが、研究費をもらえない研究者は十分な研究を続けられなくなる結果、現時点において傑出していなくても次の世代に出てくるであろう研究が挫折してしまうというようなことも多くなることが予想されます。これはマズイのではないでしょうか。
さらに研究費をもらうためには、申請書に「これは面白い研究です」とだけかいてもだめで、その研究が「どんなに人の役に立つか」ということを強調しなければならない時代になりました。研究が終わった時には、どういうことができるようになっていると言わなければならないのです。もちろん、研究計画はしっかりしていなければならず、その成果も予想されていなければなりませんが、2006年のノーベル賞を取ったRNA干渉などは研究の失敗から出たきた「ひょうたんからコマ」のようなものだったわけで、もちろん研究計画書に書かれていなかったものだということを思い出してください。
最近は世界的傾向として、高学歴と高収入が必ずしも一致しなくなってきており、大学院の博士(後期)課程へ進学することをためらう学生も多くなってきているようで、これでは科学の発展が維持できなくなる可能性もあります。こんなことではいけないと、著者が提案する「より良い研究費配分システムの提案」を以下に要約してみます。

1) 研究室の力を均等化することを考えて欲しい
これは、プロ野球のドラフト制度のようなことをイメージすれば良いのではないかと思いますが、強いものがその力を発揮してより強くなったのでは、正常な競争が起こらず業界全体がダメになってしまうので、研究者の世界でも、研究所や研究グループや研究者個人の力を均等化するように研究費を配分することも考えてみてはどうかということです。もし、研究申請書が同じくらいのレベルだったら、より恵まれていない研究所、研究グループに研究費を配分するようにして欲しいと言っています。これは、なるほどと思います。
2) 個人的なバイアスを避ける審査をして欲しい
審査員を選べるというところまではいかなくても、この人には審査をして欲しくないと拒否できるシステムが欲しい。これは最近は、論文の審査システムではだいぶ浸透してきていると思います。
3) 最高のポイントを取った申請書ではなくそこそこのポイントのものに研究費配分を
「傑出した研究者」の書く申請書は高いポイントを獲得する可能性が高いけれども、研究費はそうした最高のポイントを取ったものではなく、その下の「そこそこ良い」ポイントをとったものに配分してはどうだろうか。「若手」にだけ与えられる研究費があるように、「そこそこ良い」研究者にだけ与えられる研究費があっても良いのではないだろうか。
4) 研究環境も考慮して欲しい
後進国や弱小大学などで研究をしている人々は、少ない研究費、貧弱な設備、そして少ない研究者など研究環境にハンディを持っている場合がほとんどです。そういうところで行われた研究と、先進国の有名大学や研究所でたくさんの研究費を使い、最新の設備を使ってたくさんの研究者によって行われた研究成果を比較するのはフェアなことでしょうか。もちろん、先進国の中でも研究環境には大きな格差がありますが、いずれにせよ劣悪な環境で良い研究をしている研究者にこそ研究費を優先的に配分すべきではないでしょうか。
5) 申請書はシンプルに
長~い申請書を書かせるのはやめましょう。そして、研究は研究計画の中心部分だけで判断するようにしてほしいものです。
とイタリア人研究者でナポリとフィラデルフィアに研究室を持つ著者が嘆いています。こういう文章を読んでいると、もはやこういう問題に国境がなくなったことを強く感じます。
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