5号館を出て

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論文のねつ造

 論文の価値が、就職や研究費獲得に異常に力を持っている日本の研究環境では、むしろこういうものが出ないのが不思議だと思われるのですが、なかなか大胆なことをやってしまったという感想です。

 <データ改ざん>米医学誌への論文取り下げる 大阪大学 (毎日)というニュースは、各紙とも大々的に取り上げています。

 それにしても、各紙とも米医学誌と書いていますけれども Nature Medicene ってイギリスの雑誌ではないのですか。Nature がイギリスなので、てっきりイギリスのものだと思っていました。

 それはさておき、問題の論文が出た時には国内ニュース「たくさん食べても体重減少 特定酵素ないマウス実験で」として共同通信が10月18日に配信しています。

 その記事で「下村教授らはマウスが太ると脂肪組織内で増える酵素『PTEN』に着目。脂肪組織だけでPTENをなくしたマウスを作成し実験した」ということで、この研究が糖尿病の治療につながるものであると、大々的に宣伝していました。

 そもそも世界的に権威のある雑誌に、ヒトの糖尿病治療につながるような研究の論文が載ったら、それは世界中の学者によって一斉に追試されますし、今回の実験では脂肪組織でだけPTENという酵素が発現しないという遺伝子欠如マウスを作って実験をしたということになっていますので、そのマウスの提供を求められるのがこの世界の常識です。

 それなのに、学生が「実験に使ったマウスはいない」などという言い訳をしているとニュース記事に書いてありますが、さすがにそれが事実としたならば、他に13名もいる共同研究者の責任も問わないわけにはいかないのではないでしょうか。

 最初のニュースでは「下村教授らは・・・・・・脂肪組織だけでPTENをなくしたマウスを作成し実験した」となっています。それが、今度の記事では「下村教授も不正があったことを認めたが、『自分は関与していない』と説明したという」と書いてありますが、もし本当ならば最高責任者として論文の最後に名前が載せる資格はなかったと言わざるを得ません。

 この筆頭著者の学生は、医学部の6年生だということですが、もしそうだとすると理学部などでは修士課程の2年生に相当します。しかも、なったばかりの6年生だとすると、研究歴はどのくらいあったのかきわめて疑わしいと思います。医学部では、学生時代から研究室に出入りして研究の手伝いをするところも多いようですが、それにしても大学に入ってから5年間で6本も研究論文を書くのは不可能だと思います。

 近くにいる人たち(論文の共著者が近くにいる人たちでなかったのは、とても不幸なことです)から見ると、絶対に何かがおかしいと感じていたことが今回のねつ造発覚につながったのでしょう。

 もし、不正が何もなかったとしたら、修士1年相当で6本も論文を書いていたこの学生は、天才的研究者としてどこかの研究所か大学に雇われることになっていたと思われます。(噂では、単行本も書いているとのこと。文才が人並み以上なのは事実かもしれません。)

 そろそろ論文至上主義も見直しを迫られていることを感じさせるエピソードではないのかというのが感想です。
Commented by 岩内洋 at 2005-05-20 23:29 x
いつも楽しく読ませて頂いています。この事件?については、天才的な「学部学生」も居るものだなあと別の意味で感心していました。
どうも、引っかかる部分が多くありまして、考えてみました。まず、普通の「医学部医学科」の学生は「医師国家試験」合格し医師の資格をとる。そのためには受験資格を得る、卒業及び「卒業試験」を通るために必死に「勉強」しているはずで、むしろ「既知」の分野を確実に理解すること、実習で手一杯で「論文」どころではないのでは?と不思議に思っています。

よく調べてみると、大阪大学医学部医学科には「3年次編入」の学士入学があるので、それで入学した方でしたら「博士2年」程度の能力があると認められていたのでは?と好意的に解釈してみました。

そうであれば3年間で6本・・・チョット多いですか?

しかし、単行本出版など、ある部分に置いては「人並み外れた優秀な人物」であったはずです。なぜこうなってしまたんでしょう?
Commented by stochinai at 2005-05-20 23:42
岩内さん、コメントありがとうございます。

 まったくおっしゃるとおりのことを私も思っております。なぜこうなったのかは、とても知りたいところなのですが、ワイドショーのようなプライバシー暴きをしても何も出てこない上に、必要以上に渦中の人を傷つけてしまうだけで何も出てこないのでは、とも思います。

 遠くもなく近すぎもない関係者の方からの解説と対策があれば良いと思っているのですが、難しいかもしれませんね。
Commented by inoue0 at 2005-05-31 18:17
 最近の医学部医学科には、研究室に所属させて論文を書かせる「研究室研修」を正規の教育プログラムに入れることが流行っていまして、私もその余波でたいへん迷惑しております(笑)
 正直言って、臨床医学知識の習得の障害にしかなってません。理学部や農学部の人たちに基礎科学の講義をさせる方がずっとましなんですが、大学教員にとって「教育」は義務であると同時に権利(給料をもらう名目)になっていますので、他学部に学生教育をやらせるということができないんですね。といっても、基礎を教えられるほど知識のある教員がないので、実験の手伝いをさせてしまうんです。
Commented by stochinai at 2005-05-31 18:29
 はははは、貴重な内部告発をありがとうございます。

 結局、医師免許を取ってしまった後の「大学院生」の多くはそれほど真面目に研究をしてくれないので、どうしても研究業績の欲しい研究室では学部生に頼ってしまうということになるのでしょうね。前に出てきた博士論文制度を廃止するという計画にも、大学院生を研究室にしばりつけて業績(論文)作りをさせようという下心が見えるような気がします。

 そんなに無理をしてまで、医学部で基礎研究をして論文を書く意義があるんでしょうか。医学部に注ぎ込まれている膨大な研究費を、理学部や農学部・薬学部の暇な研究者に振り分けた方が「日本としての」研究生産性は倍増すると思うんですけど、どうでしょう(笑)。

 そしたら、医学生の教育もどんどん引き受けますけど(爆笑)。
Commented by inoue0 at 2005-05-31 18:48
科研費の半分は医学系が消費しています。
http://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/05_monbu_info/mon_020425/fuzoku_2.html
とくに臨床系の研究室の予算の使い方といったら、目がくらむような額です。大学院生1人で、軽く200万円ぐらい使います。
>どうしても研究業績の欲しい研究室では学部生に頼ってしまうということに
 いや、それはないです。学部生の面倒見るくらいなら自分で実験した方が早いのです。ただ、指導するのは助手や講師、指導させるのは教授で、下っ端が上役に反抗できないから、しぶしぶやっているという・・・
 他の大学がどうやってるか知りませんが、通常の講義、チュートリアルの準備の合間に実験、論文読み、データ整理などをする体制は、どこか狂ってます。2年間もやらされたら、実験が嫌いになりますよ。
 そのせいかどうか知りませんが、わが大学は卒業者のうち基礎に進む人はたった1人か2人。
Commented by stochinai at 2005-05-31 20:55
>学部生の面倒見るくらいなら自分で実験した方が早いのです
 ですよね。ですから、上記のねつ造事件が不自然でなりません。
>2年間もやらされたら、実験が嫌いになりますよ。
 わかります。実は、理学部でもそういう研究室がだんだんと増えているとかいないとか、、、、。

 まあ、医学・薬学系では経済的に不利な基礎に進むモチベーションは「研究が好き」以外になさそうなのはわかります。でも、基礎系の学会などでお会いする医学系の先生はやっぱり素質がいいのか、頭の切れる人が多いという印象は持っています。優秀な頭脳を持っている人が医学系に総ざらえされているのも、日本の科学にとっての悲劇だと思っています。もったいない(苦笑)。
Commented by inoue0 at 2005-06-04 20:45
問題の学生は著書の印税600万円を講座に寄付していたそうです。
ちょっと信じられません。
「パラサイトイブ」ぐらいのベストセラーを書いたなら、1000円の単行本を6万部売ればそのくらいの印税は入りますが、専門書だそうです。1万部売るのだって難しいと思う。
Commented by メガネ王国 at 2005-06-05 03:16 x
TBありがとうございます。

しかし印税を寄付してるとかスゴイですよね。
今後、阪大としてどのような対応をしていくのかにも興味があります。
総長はどう思ってるのでしょうかね。
Commented by inoue0 at 2005-06-05 12:02
訂正。専門書ではなく一般書。かなり売れている「作家」なのだそうです。
医学科学生にして、作家にして、研究者。すごい人だな。
私は医学科学生にして、専門外の本を読んだりビデオを見たりしているだけのダメ人間です(笑)
Commented by stochinai at 2005-06-06 00:01
 寄付の件については、私も非常なショックを受けましたが、少し調べて気を落ち着けてから書きたいと思います。
 それにしても、、、、ですね。
Commented by ひろこ at 2006-01-28 14:51 x
私は医学とは無縁な人間ですが、ブログを拝見し素朴な質問があります。医学系の専門書の印税は年間どれくらいなんでしょう??専門書は数が売れないようですが1冊の価格が数万円ですよね・・・
Commented by stochinai at 2006-01-28 15:12
 良くは知らないのですが専門書も一般書と同じく10%くらいが印税なのではないでしょうか。専門書は売れませんが、医学部で教科書として使われているものはそこそこ売れると思います。想像ですが、もしも10万円の本だったらたった600冊売れただけで600万円の印税ということになります。医者向けの豪華本ならあるかもしれません。
 件の彼(阪大医学生)の書いた一般向けのがんなどの本が売れた印税なのかと思っていたら、違うのですか。
Commented by alchemist at 2006-01-28 15:52 x
医学の専門書の場合、一人で書くことは滅多にありません。自分の得意の分野を頼まれて書くし、逆に編集する時も得意なヒトに各々の分野を頼みます。ですから印税は一人当り数万円(十万円から遠い方の数万円)です。特に基礎医学系は価格を押さえますから、執筆者は社会サービス的な感覚でしょう。
一般的に医学系の専門書は高いということになっていますが、あれは出版社で企画をする編集者が歩合制になっていることが多いためのようです。
Commented by alchemist at 2006-01-28 16:01 x
で、大雑把な目安ですが、印刷部数の半数が売れたら出版社にとってはトントンだそうです。普通に出る5000円位の専門書を1000部摺ったとすれば、500部、総売り上げとして250万が会社の採算ラインということなんでしょう。企画する編集者が歩合制になっている場合は、値段がこれより高く設定されることになるのではないでしょうか?
ともかく、医学専門書でモトがとれるかどうかの総売上は数百万かのオーダーのことが多いようですから、全部一人で執筆して10%の印税だったとしても数十万に過ぎません。
一冊10万に値する医学書なんて、まず存在しません。
Commented by 111jigen at 2009-10-10 09:29 x
ビスファチン論文の件も考えると、学生1人でやったこととは思えない。
by stochinai | 2005-05-19 15:36 | 科学一般 | Comments(15)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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