5号館を出て

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ヴェロニカ・ゲリン(正義の記者は死ななければならないのか)

 私はほとんどの週末にはビデオ(最近はDVD)を見ているのですが、他にもいろいろ書くネタがあったり、それ以上にそれほど心を打たれるものに出会わなかったりということで、しばらくそれについて書いたことがありませんでしたが、久々に感想に値するものに出会ったので書いてみます。

 ヴェロニカ・ゲリン(VERONICA GUERIN)というのは、アイルランドのダブリンに実在した女性ジャーナリスト(新聞記者)だそうです。私は知らなかったのですが、この映画の通りだとすると、間違いなく彼女はアイルランドの英雄です。

 アイルランド・ダブリンというとIRAの話かなと思うのはまったくの早とちりでした。政治的なものをまったく感じさせない、麻薬と闘うジャーナリストのお話です。逆に、そこが突っ込まれていない分だけ、ちょっと現実感が足りないという面も感じられるのですが、関係者のほとんどが現役で働いているという事情を考えると、IRAに関することは扱えない「熱すぎる」部分なのかも知れません。

 いきなり殺されることを予感させるシーンから始まるので、ネタばれということもないと思いますので書いてしまいますが、度重なる脅迫や殺人未遂事件にもめげず精力的に麻薬密売組織の実態を暴き出して報道し続け、1996年にギャングによって殺されてしまうまでの、たった一年半ほどの短くも激しい取材プロセスが映画の内容のすべてです。

 実際の事件については私はこの映画を見るまで全く知らなかったので、どこまで史実に基づいたものなのかはわかりませんが、警察も本気で手を出さないために若者や子供までも麻薬漬けになってしまっているダブリンの状況にひとりで果敢に挑んでいく様子を見ているうちに、ふと冷静に考えてみるとやはりその背景には大きな政治的な力が存在することを感じてしまうこともありました。

 それはさておき、明らかに命の危険を感じながら(自宅への発砲事件と足への狙撃事件など)も、取材をやめないジャーナリスト根性というものがやはり今の時代にもあるのだということには、素直に感動させられました。

 日本の新聞記者の多くは記者クラブなどという現場から切り離された場所で情報をもらい記事を書いていると聞きます。記者クラブで発表される記事を書いている限りは命が危険にさらされることなどあるわけもないでしょう。しかし、その分事実から遠く離されていることも感じないのでしょうか。

 ケイト・ブランシェットが演じるヴェロニカ・ゲリンは、同僚の新聞記者達の達のそんな雰囲気には我慢できず、スタンド・プレーという非難をものともせずに真の犯罪現場に深く入り込んで取材を続けたのです。

 そうした場で知り得たことを記事にしたら、命を狙われることもあるでしょう。そして、実際にまわりの不安が的中し(ひょっとしたら、本人の不安も的中したのかもしれません)、一時停止した車に近寄ってきた2人乗りバイクの狙撃犯に殺されてしまいます。

 こう書いてしまうと、ただの作り物の映画ならばそれほどすごいストーリーではないのですが、実話としての重みは想像以上のものがあります。

 ジャーナリストというものはここまでやれるのかという感慨です。これが「ほんとうのジャーナリスト」なのかと言われると、やはり特殊な「すごいジャーナリスト」だとは思うのですが、日本でジャーナリストですということで給料をもらっているたくさんの人に感想を聞いてみたいと思う映画でした。

 ケイト・ブランシェットは私の好きな女優さんの1人です。スチール写真の顔はものすごく怖いのですが、動いている彼女からは非常に魅力的な女性を感じます。

 そう言えば、ちょっと前のヘヴンというのも反麻薬映画でした。こちらは、ちょっと現実感は薄いですが、ラブ・ストーリーがらみの悪くない映画だと思います。ひょっとすると、実生活のケイト・ブランシェットも反麻薬運動をやっているのかもしれません。

 それにしても、彼女が死ぬやいなやたくさんの市民達が立ち上がり、アイルランドの憲法(字幕ほんと?)までが改正されて、麻薬組織が撲滅されたように説明されている最後のシーンにはやりきれないものを感じました。「そんなことができるのなら、彼女の死を待たずにやれよ!」というのが正直な感想です。

 日本でも若者に薬物が広がりつつあるといいます。薬物中毒が広まる原因の根本にはそれで金儲けをするギャングがいます。日本のジャーナリストで命を張ってまでそうした現状にメスを入れようとしている人がいるのでしょうか。それともまた例によって、「薬物中毒も自己責任」というおまじないで、すべての犯罪者を見逃してしまう風潮の中で報道すらされないのが日本という国なのでしょうか。

 フォーン・ブースでかっこいい演技を見せたコリン・ファレルが、無精ひげを生やし、ややむくんで頭の悪そうなサッカーファンとしてちょい役で出てきます。DVDのジャケットに写真が載っているので期待して見ていると、見逃してしまうかもしれません。
Commented by 花見月 at 2005-09-05 21:56 x
自分には何が伝えられるのか。
私が伝えることの必然性があるのか。
そんなことに悩んで、伝えることから距離を置くようになりました。
この壁は乗り越えたいと思っています。
この映画、見てみます。
Commented by ぁぃ at 2005-09-06 23:31 x
考えさせられました
レンタルへ行ってDVDを借りてみようと思います
教えてくださってありがとうございます

ジャーナリスト根性を持てるのは、読者の方の目があるからだと感じています
死んだり逮捕されたり、訴えられるのはこわい
でも、どうしても伝えたいと思う切実さがあるから、人々に伝わるんだと思います

TB、コメントくださってありがとうございます
これからも情報交換してくださいね
Commented by stochinai at 2005-09-07 14:07
 泉さんのように、一次情報を取材しておられる方はなんとお呼びすれば良いのかわかりませんが、間違いなく今のジャーナリズムに対案を突きつける存在なわけで、襟を正しながら注目させていただいております。泉さんの活躍を見ていると、ジャーナリズムの世界も女性が変えるのかもしれないという予感があります。
 無理をせず、息の長いご活躍を期待しております。
by stochinai | 2005-09-05 18:23 | 趣味 | Comments(3)

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