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構造計算書偽造問題:民間にやらせていいことと悪いこと

 東京都などのマンションで発覚した構造計算書の偽造問題は、今後もまだまだ様々な方面へ影響を及ぼすものと思われ、そう簡単に幕引きができるとは思えない状況です。

 私には建築関係の専門的な話はさっぱりわかりませんので、どこをどう偽造したのかという件に関してはまったく理解していないのですが、さきほどのNHKテレビのクローズアップ現代によると、耐震強度計算には国土交通省認定の耐震強度構造計算ソフトウェアが使われていたということです。

 信じられないのは、そういうソフトを使っていながら結果は印刷物で提出するだけというその形式です。番組によると、地震の力の大きさの設定を変えることができるようになっていたということですが、弱い構造仕様ではエラーが出るのでこの地震の大きさのパラメーターを変え、エラーが出ないようにして計算したと言っていました。

 せっかくの政府認定のソフトウェアがあり、そこへデータを打ち込んで計算をするようなステップがあるのに、そのデータファイルをデジタルファイルのままで提出させるようになっていないのは不思議でなりません。旧来の審査システムがIT技術に対応していないと言うことだと思います。

 プリントアウトした膨大な書類を人力でチェックするというシステムでエラーが出ないことを前提に審査が行われていることこそが不思議だ、というのが庶民感覚というものではないでしょうか。テレビに出てきた専門家が「設計図面と計算書を対照して見ればわかるはず」と言っていましたが、それができるとしたらかなり優秀な審査員だと思いますが、私の知る限り日本の公務員はそのような仕事をするために存在しており、事実そのような仕事をこなしてきたと思います。(ここではひとまず、その仕事の非効率性や非合理性は置いておきます。)

 今回の検査を請け負ったのは、民間の審査機関イーホームズというところだそうですが、問題の一級建築士はイーホームズ以外のところが審査する場合にはデータの偽造を見抜かれるので数字の操作はやっていない、と言っているようです。イーホームズの審査員は優秀ではなかったのでしょう。

 一方、計算書の偽造はイーホームズ自身の内部監査によって明らかになったものですので、イーホームズ自体が意図的に審査の手抜きをしたということでもなさそうです。国土交通省の担当者は「認定書や図書省略の範囲の確認など、法令通りの審査をしていれば偽造は防げたはずだ」と指摘しているそうです。

 さて、いろいろなことを考え合わせると今回の事件の大きな原因のひとつになったのが建築確認審査の民間開放だと言わざるを得ないと思います。建築確認審査は、1998年の建築基準法改正で国交相や知事などが指定した民間の検査機関にも開放されたそうですが、今回の事件はなんでもかんでも「民間でできることは民間に」という方針で行われている行政改革に警鐘を鳴らしているものだと言えそうです。この件に関しては、11月10日のエントリー「次は大学だと思います」へのコメントとして、alchemistさん、azarashi_saladさんから、同趣旨の指摘がされております。

 なぜ「民間でできることは民間に」という方針が正しいとは限らないかというと、日本の公務員それも(言葉は悪いですが窓口などで働く)「下級公務員」が非常に優秀であるからです。同じ仕事を同じ値段(給料)で民間ができるとはとても思えないほどの優秀さです。

 我々も法人化されてしまったので正式には公務員ではなくなったのかもしれませんが、大学の事務職員の有能さを見ているとそのことが良くわかります。例えば、我々が提出する科学研究費の申請書類などを隅から隅までチェックして、計算が合っているかどうかなどは言うに及ばず、そんなところまで(!)と思うような些細なことまで確実にチェックされて訂正を要求されます。逆に言うと、「官」へ提出する書類はこの入り口で優秀な事務官によって徹底的にチェックされますので、その先はほとんど素通りで上へ上へと上がっていくのではないかと想像しています。

 私の知っている事務職員ならば、プリントアウトした膨大な書類を人力でチェックしてそのミスを発見できる力があると確信します。「法令通りの審査をする」は誰にでもできるということではありません。それなりの能力を持った人が適切な訓練を受けた後でなければとてもできないことでしょう。

 「民間でできることは民間で」というかけ声でスリム化されているのは、上に書いたような「下級公務員」の仕事が多いのではないでしょうか。つまり「行政改革」によって、もっとも優秀な公務員が大量に削減されて、その上にいる今まで書類を右から左へ流すだけの高級官僚は温存されているということになっているのではないかと危惧しています。

 もしもそうだとすると、超優秀な下級公務員のやっていた仕事を、それほど優秀でもなくしかもコスト意識の高い民間が行ってそこで頻繁にミスが起こったとしても、その先でそれがチェックされるしくみは最初からなかったというにのが現状だったのではないでしょうか。

 「民間でできることは民間で」というのは、政府の財政改革のかけ声としてはわかりやすいスローガンではありますが、何十年(それ以上?)もかけて作られてきた日本の官僚機構を改革するのであれば、その一部だけを削って民間に委譲するということではなく全体の見直しをしなければいけないのだと思います。

 少なくとも、今回の件に関しては仕事を民間に委託するようにシステムを変えた責任者にも釈明を求めたいところです。

 #今回のニュースソースは、主に「◆構造計算書偽造が制度問題へ波及/チェック体制の甘さ露呈」と「耐震強度偽装、イーホームズ『通常の審査で発見は無理』」です。
Commented by ぢゅにあ at 2005-11-22 23:09 x
友人の話から、建築確認審査は国が民間に解放したというよりは、「規制緩和」をたてに業界側でもぎ取ったという感があります。地震どころか自重にも耐えられない様な建物もあったと聞いてますが、こんなものは審査員でなくともおかしいと誰かが気づきそうなものです。
任せた方にも確かに責任はあるでしょうが、自分たちでやるといいながら全く責任感のない業界全体の体質はおおいに責められるべきです。
大学職員の話ですが、経験からスタッフの優秀さはおっしゃるとおりだと思います。とにかく、ちょっとでも気になることは決してうやむやにせず、徹底的に調べますね。言葉の定義ひとつにしても書類にて全ての承認を取付ける程の徹底ぶりで、(言葉は悪いですが)これがお役所仕事かあ、と思った程です。そこで、科研費などについて文科省に問い合わせることもかなり頻繁にあるわけですが、必ず最後に文科省から言わることばがあります。
「皆さんの税金ということを忘れないで下さいね。」
Commented by ヤマグ at 2005-11-23 00:20 x
自分は今回の件で別のことを考えていました。
民間への解放を否定するわけでありませんが、それを誰かが責任を取れないようであれば、民間への解放はすべきでないと思います。認定システムの評価適性が重要だと思っています。
Commented by kuma at 2005-11-23 01:17 x
耐震設計の問題に日ごろから関心を持つものとして、コメントさせていただきます。
今回の問題の背景に官から民への流れの是非ということがあるかどうか今後の調査の結果をみなければわかりませんが、もうひとつ大切な本質的な問題があります。
日本では、もともと丹下なにがしとか、黒川なにがしといった超有名建築家(芸術家といってもいいですね)を除くと一級建築士に支払われる金額は、建築費の何%と慣習的にきめられていて、耐震設計にかける費用は非常にケチられているのが現実です。実はそれが住んでいる人の命にかかわるというのにそうした認識があまりなく、外観や内装にくらべ耐震設計がおろそかにされているのです。これが今回の事件の背景だと私の友人の耐震設計の専門家は言っていました。続く・・・・
Commented by kuma at 2005-11-23 01:18 x
続きです。それよりもさらに重要なポイントは、今回問題になったマンションよりも耐震性の低い住宅に住んでいる人が全国に何百万人もいるということです。日本の建築基準法は、消防法などと違って、建築後、法規制が厳しくなっても不遡及という原則があります。今の建築基準ではダメな建物なのに法律上問題にできない「既存不適格」の建物です。昭和55年以前に建てられた建物は、震度6弱に耐えられない恐れが十分あるのです。今回たまたまこんな事件で耐震性が低いことが明らかになったマンションについて「こわーい」と皆さん言っていますが、実は自宅の方が危険という人がたくさんいるのです。私としては今回の事件を、そのように自宅の耐震性を見つめなおす必要性をみんなに訴えるチャンスにしてほしいとマスメディアの人に望んでいます。長くなってすみません。
Commented by azarashi_salad at 2005-11-23 08:00
こんにちは。
今回の教訓は、官と民のどちらが適切に検査が行われていたかということよりは、最終的に誰が責任を取るかではないかと思っています。
その意味では、もし行政が直接検査をしていたならば国家賠償法に基づく補償が受けられたかも知れませんが、民間の検査機関だと、支払い能力がなければ被害者は泣き寝入りです。
小泉首相が進める「小さな政府」の意味は、このように「これからは国は責任を取りませんよ」ということですから、それを十分理解した上で、国民が選択する覚悟が必要だということですね。
Commented by alchemist at 2005-11-23 14:26 x
建築士の技能に対する支払いが少ないというのは、医師の技能に対する経済的評価が低いということで共通しています。この国の特徴の一つはヒトのサービスなど形のないものはただという前提で全てが動いていることではないでしょうか?形のないものの評価を低くすることで、人件費を押さえてきたといっても好いかも知れません。古い話ですが、父親が獣医の資格を持っていたので、時々真夜中に往診を頼まれて出かけていました。そうした時に、注射とか薬とか形になるものが必要になって始めてお礼があったとか苦笑していたのを記憶しています。出かけて、特に治療が必要ない状態であると診断したら安心してそれでオシマイ・・・そんな専門的な技能に対する低評価が今もどこかに残っている気がします。
そして、そういう技能や情報がただで手に入るのが普通って感覚の先に、今はカリフォルニアにいる中村氏の発見に対する会社の低評価や、国立大学なんていらないよ、っていう現在の風潮が踊っているように見えます。
Commented by alchemist at 2005-11-23 14:30 x
考えるということは随分大変なことです。学部に関わらず「考える」とはどういうことか、を伝えるのが大学の使命なのですが、考えるなんて大したことない、自分も考えていると、誰かの受け売りを考えたつもりで口にしているのがこの国の現在なのかも知れません。
考えなければ答えられないような試験問題を出して、学生サンに答えてもらって、ネットやらどこかの本で読み齧ったらしい怪し気な受け売りをどんどん問いつめて、考えてなかったということに気付いてもらうって、結構しんどい作業なんですけどね・・・・。
Commented by stochinai at 2005-11-23 22:22
 ぢゅにあさん、ヤマグさん、kumaさん、azarashi_saladさん、alchemistさん、非常に中身の濃いディスカッションをありがとうございます。

 皆さんのおっしゃることすべてがなるほどと思うことばかりで、この問題が今の日本の現実を象徴的に示している非常に重要なケースだということを再認識しました。皆さんから示していただいた視点はどれも大きなものばかりで、それぞれにまた新しいエントリーを立てるくらいの大きさなので、これから時間をかけて考えさせていただきたいと思います。
Commented by stochinai at 2005-11-23 22:23
 それにしてもこういう事件が発覚すると、そんなこと知ってたとか、昔からそうだったという話が続々と出てくることには不快感を覚えます。なぜ、知っていたのなら告発や報道をしなかったのでしょう。ネット時代の今なら、いろんな方法で告発できるのではないかと思うのですが、どうして問題が表沙汰になってからゾロゾロ出てくるのでしょうね。

 100歩譲って、今までは仕方がなかったとしても、今後はそういうことを知っている人がいるのならば、それを匿名で気軽に告発できるサイトを作るという取組も必要だということでもありますね。
Commented by ヤマグ at 2005-11-23 23:55 x
http://kozo2005.blog29.fc2.com/

のところに、今回の設計問題に対する話が出ています。構造設計屋から見た視点です。今回の闇雲に変更されるのは、かなりの問題ですが、工学的見地に立っての変更はよくあるそうです。
この問題も科研費の使い方の問題にも似ているように思いますが、どうでしょう?マスコミの倫理観とかと、同じように。
Commented by alchemist at 2005-11-24 10:13 x
建築確認の問題に関してはネット上でも報告されています。建築紛争の被害者になって調べれば、あれ、こんなことが・・・ということが、一杯出てきます。事件が発覚した後で話が表に出てきたというより、既に表沙汰になっていたのだけれど、建築紛争の当事者にならない限り無関心で過ごしてきた(私もそうですが)ということではないでしょうか。
これはまたこれで問題で、大は憲法改正から小はゆとり教育まで我が身に降り掛からなければ無関心というのが現在の日本人のように見えます。
Commented by kuma at 2005-11-24 10:32 x
ヤマグさんありがとうございます。ご推薦のブログ読んでみました。
このブログ主のコメントは非常に適切で本質を突いていると思います。

私は、こういう問題を解決し、より改善していくためには、情報公開をすすめることと、プロがプロとしての責任を自覚することしかないと思います。
医療、科学、おそらく政治・経済などすべての分野でそうですよね。
たとえばマンションを買う場合、消費者は、設計や部品の品質など細かいことを全部知って買うのではなく、販売会社を信頼して買うのです。販売会社がその信頼を裏切らないためには、下請けにプロとしての仕事をちゃんとさせるしかありませんが、それが採算を悪くすることになると、ちゃんとやらない会社が出てくるのも当然といえば当然です。悪い人はどこにもいるわけですから。続く・・・
Commented by kuma at 2005-11-24 10:33 x
続きです。
いい仕事をすればそれが儲けにつながるシステムを作るためには、良いものは良い、悪いものは悪いということを消費者が知ることができるよう情報が公開されていることが絶対必要です。国ができることはそういいう法律制度を作ることだとおもいます。
そして最後に、プロはプロとしての自覚を持てということですね。医療の分野でもそうですが、プロがプロとしてちゃんとした仕事をしてそれがプロ同士で評価されるシステムをつくるというのもプロ集団の仕事です。それがなかなかできていないんですけどね。
Commented by alchemist at 2005-11-24 10:37 x
どこかの報道に、今回問題になった事務所の関係した建築物は近隣への説明も殆どなされていなかったという記事がありました。自治体が建築確認を下ろす時には、近隣住民への説明会が開かれること(近隣住民が納得することではないことに注意!)が要件として上げられてます。自治体の建築指導関係の担当者は極めて業者よりのことがありますが、それでも説明会を要求できます。その説明会で色んな資料を請求できますし、内容をこちらで検討することも可能です。(何も知らずに建築されたマンションを買った住民より被害者側の住民の方が相手の建物の情報は良く知っています。この情報が共有されないことも問題ですが・・・買いたいヒトはどのみち買うでしょう)。
で、民間で建築確認をした場合、時間が短縮できる理由の一つが近隣住民からのクレームを全く無視できるためということが今回判りました。これが、近隣建築物による被害を受けた人達が民間での建築確認について危惧していたことの一つです。
Commented by alchemist at 2005-11-24 10:41 x
マンションを購入する場合ですが、消費者に簡単にできることがあります。建築士に依頼して実際に現場や設計図を見てもらうこと、問題点を指摘してもらうことです。費用は大してかかりません。3000万とか5000万のムダ使いをすることを考えればその1/1000くらいはチェックの費用として必要でしょう。
Commented by stochinai at 2005-11-24 10:58
>民間で建築確認をした場合、時間が短縮できる理由の一つが近隣住民からのクレームを全く無視できるためということが今回判りました。
 なんともすごい変更がなされていたのですね!!

>建築士に依頼して実際に現場や設計図を見てもらうこと、問題点を指摘してもらうこと
 今回の事件から得られる教訓でもっとも建設的なもののひとつだと思います。すでに政府の方針が変わっているのに、国民の側がいつまでも「政府が責任を取ってくれる」と思いこんでいると「痛み」を味わうことになりますね。今の政府を選んだということは、あらゆることを「自己責任」で行わなければならなくなる可能性を認めたということですので、政府を変えるのでなければまずは自分でやるしかないということでしょう。なんとも、恐ろしいだまし合い社会の到来ですね。
by stochinai | 2005-11-22 21:36 | つぶやき | Comments(16)

ふと咲けば山茶花の散りはじめかな        平井照敏


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