5号館を出て

shinka3.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

ニューヨーク市営交通のストライキ

 ニューヨークの市営地下鉄およびバスがストライキに突入しました。

 アメリカ合衆国という国は、何もかもが素晴らしいわけでもなく、そうかといって何もかもがダメな国でもなく、素晴らしく良いものととんでもなくひどいものが混在している国という印象を持っています。ですから、世界最高のものと世界最低のものが同居していることにも不思議さを感じません。

 というわけで私にとってアメリカには、好きな人も嫌いな人も、好きな文化もきらいな文化も、好きな制度も嫌いな制度も混在しているというわけです。

 平気で多国を侵略して「民主主義を与える」だなどどと言う感覚には嫌悪感を覚えますので、自分はどちらかというとアメリカの政治的立場は嫌いだと思うことも多いのですが、ストライキの話を聞くといつも感心してしまいます。

 25年ほど前にロサンゼルスに留学した時に、唯一の公共交通機関だった市営バスがストライキをしていました。それから2週間ほどストライキが続いたように記憶していますが、UCLA関係者をはじめ市民が極めて冷静に対応していることに驚かされたものです。

 それ以来、何度もアメリカからストライキのニュースが聞こえてきましたが、いつも感じるのは市民とメディアの淡々とした対応です。

 それに引き換え、ここ20年くらい日本ではストらしいストというのほ行われないようになっています。しばしば予告される航空関係労組のストも、予告通りに実施されたという記憶はほとんどありません。たとえ本当にストライキをやる組合があったとしても、始業時間から1時間とか「あまり迷惑のかからない」ストライキを除くと、ほとんど見聞きしません。労働者の実力行使としての本当にストライキというものが、もうこの国にはなくなってしまったような気がします。

 ストライキなどというものは、労働者が団結していなければとうていできるものではありません。日本ではそもそも常勤の雇用者がどんどん減っていますし、常勤の労働者ですら組合への組織率がどんどん低下しています。

 そういう中でもしも正規労働者が自分たちの労働条件改善のためのストライキを打とうとしても、非常勤労働者や失業者、さらにはより労働条件の悪い職場に働いている人々からバッシングされてしまうだろうことは想像に難くありません。つまり労働条件の改善要求をしようとすると、雇用者や企業側ではなく、さらに「下層」におかれている人々がその運動を妨害するという動きが出てきてしまうというのが今の日本の「世論」の傾向なのではないかと感じられます。

 そんな国に身を置くものとして、アメリカの労働者が実に誇り高くストライキを決行する様子を見るにつけ、なんともうらやましい気持ちになるのです。

 もちろん、ニュースでは迷惑している一般市民の声が聞かれますし、経営側(この場合はニューヨーク市長)からは、脅しを含めた非難声明が出るのですが、お互いに正々堂々と交渉をしているという様子が感じられます。

 大学も法人化したために、大学の中には国家公務員時代とは異なる労使関係を作らなければならないはずなのですが、労働組合の組織率は限りなく低く、そこで働いている人の多くには労働者としての自覚も雇用者としての自覚のない人も多いのです。そのような状況ですから、組織化されたストライキなどはもちろん起こりうるはずもありません。

 本来ならば、知識人の集まる職場なのですから、日本全体のお手本になるような労使関係を作り上げていくことも「大学という企業」に求められることの一つなのではないかと思いますが、残念ながらこの件に関してはまったく期待を持てないところです。しかし、労働者と雇用者の健全な関係を作っていかなければ、セクハラ・アカハラ・パワハラを含めた不幸な職場からの脱皮もおそらく不可能でしょう。なんとかしなければなりません。


#幸い、今日になってストライキを中断して年明けに労使交渉をすることが決まったようで、ニューヨーク市民には落ち着いたクリスマスと新年が迎えられることになりました。

 Happy holidays!

追記:
 もちろん「市営交通」というのは必ずしも正しくない表現です。正しくは「ニューヨーク市内のバスと地下鉄を運営する都市圏交通公社(MTA)」ということだそうです。
Commented by 花見月 at 2005-12-23 23:02 x
大学、特に国立大学法人には組織として法人として改善しなくちゃいけないところがいっぱいありますが、最も気になるのは、教育機関のくせに、職員が教育にどれだけ熱心に励んでも評価されないことです。自分たちのミッションは何なのか、それを達成するためにどういう方法が取れるのかを徹底的に考えるのが、NPOだと思うのですが。
Commented by ぢゅにあ at 2005-12-23 23:12 x
連日のラジオのトップニュースで興味深く聞いていました。確かに日本でこのようなストはもうほとんど聞かれませんね(国鉄が解体して以来?)
市長も労組も一歩も譲らないといった感があって、正直年内にストの解除は無理かもと思っていましたが。特にNYのクリスマス前は人も車もごったがえしてますから、公共の交通が使えなかったのは相当の痛手だったと思います。観光、外食産業、ショッピング等、経済的にも最も影響がある時期だったかもしれません。
ご指摘のとおり、お互いの交渉態度は実に堂々としており、妥協と馴れ合いが蔓延する日本としては見習いたい部分ですね。
ところで、市民の不満の声に「ストのせいで朝は5時起き、帰宅は早くても8時になった。」とありましたが、日本のサラリーマンに聞かせたら全く説得力がないかも。
Commented by harmoniker at 2005-12-24 05:18 x
お疲れ様です。

 NYストの件、NYTの23日付社説は労組側に手厳しいですね。「違法」「無分別」と決行に踏み切った幹部を非難しています。経営側(MTAと州知事)にも注文はつけ、再開される労使交渉での合意形成を促していますが。NPRも、どちらかというと労組側に厳しいレポートだったかな。
Commented by stochinai at 2005-12-24 13:43
 日本のニュースでも、今回のストではアメリカのストライキにしては意外なほどに労働側に厳しい論調のものが多かったのはちょっと気になっていました。ひょっとすると、アメリカでも労働環境が少しずつ変わってきたのか、とも感じています。どうなんでしょう。
Commented by alchemist at 2005-12-24 14:46 x
>教育機関のくせに、職員が教育にどれだけ熱心に励んでも評価されない
そうでもないでしょう。学生サンによってしっかり評価されてますよ。研究室の飲み会に学生サンが紛れ込んできたときや、卒業生する学生サンの謝恩会に出た時、あるいは卒業したあとで判らないことを聞きに来た時などに学生サンがどんなふうな評価をしていたかが、見えてきます。教員としてはそれで十分な気がするのですが。
Commented by inoue0 at 2005-12-24 15:23
 月額2000円で入れる労組があります。その程度の金ですら払いたくないという人は、使用者から理不尽な取扱を受けたらどう対処するんでしょうかね。弁護士を頼む?相談だけならともかく、交渉に動いてもらったら、10万円以上払う必要がありますよ。
Commented by alchemist at 2005-12-24 16:03 x
80年代前半に財政赤字のために教職員給与が据え置かれたか引き下げられたことがありました。その時、据え置きだったか引き下げだったかで産み出された資金をオーバードクター支援に使うような運動をやったらどう?と大学の労組に提案したのですが、自分の給与は心配してもオーバードクターのことは眼中にないようでした。だから、離れました。
労働組合というのがそういう性質のモノだとしても・・・。
by stochinai | 2005-12-23 22:23 | つぶやき | Comments(7)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai