5号館を出て

shinka3.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

可能性と真犯人と

 前から気になっていた事件なのですが、やはり控訴棄却で有罪になりました。

 仙台で起こった筋弛緩剤点滴事件控訴審の判決です。

 事件の初期段階で被告が「自白」をしたため、それほど難しい問題とはならずに結論が出るのではないかと考えられていた事件ですが、その後被告が「自白」を翻したために結論が注目されている事件です。

 こうした事件の場合、科学的検証が非常に重要になると思われるため、私も注目していたのですが、残念ながら判決は「科学的」に説得力のあるものとはなっていないと思いました。

 判決における最大の非科学性は、追試ができないことに対する裁判所の判断です。科学においては再現性が正当性を保証する最大のポイントになるのですが、今回の事件においては被告の有罪を照明するための試料が鑑定の過程で全量消費されたために追試ができないという事情があります。

 これは、「薬毒物をすべて出すため徹底的に分析し、全量を消費した」という検察側の主張があったとしても、現代の科学技術のレベルから考えると到底納得できる説明にはなりえません。1しかない試料だったとしても、その科学的内容を照明したいのであれば2分の1だけでも同等の分析は可能であるはずであり、100歩ゆずって全部使わなければ正確な分析ができなかったということであっても、こうした刑事事件の場合にはたとえ精度が落ちたとしても再検査のために試料を残すということをしなければ公判を維持できないというくらいの状況でなければとても公平な裁判とは言えないと思います。

 残念ながら判決を読む限り、裁判長は医師でも科学者でもないことは明らかでありで、彼の下したである弁護人の主張する「被害者」の死亡原因となる原因を「筋弛緩剤と認めた1審判決は十分是認できる」という説明は、科学的な説得力を持つものとは思えないと、科学者の私には感じられました。

 「約10カ月の間に北陵クリニックという同一の病院内で5件も偶然に生じることはますます考えられない」という判決には私も同意でき、この事件が何者かの手によって故意に引き起こされたものであろうというところまでは私も納得できるのですが、それが被告人によるものであるということの証明があまりにも弱すぎます。

 判決で、被告を犯人とする理由に消去法が多いところがとても気になります。他に犯人が想像できないので、被告が犯人だろうという推論です。

 「筋弛緩剤に関し一定の知識とそれを容易に入手し、怪しまれずに点滴溶液に混入できる者しか犯行の可能性がなく、北陵クリニック関係者に限られる」というのは良いとしても、それが被告であるという証拠はありません。

 「被告は2000年、20アンプルの筋弛緩剤を発注したうえ、患者の急変とのかかわりを疑われて北陵クリニックを退職する際、こっそり使用済み筋弛緩剤の空アンプル多数を持ち出そうとした。正規の用途以外の筋弛緩剤使用にかかわっていることが推認されるが、不合理、虚偽の弁解に終始している」というのも、直接の証拠にはなっていません。

 「被告が女児に溶液を注入したことは、居合わせた女児の両親と看護師3人が供述しており、信用性は十分認められる。注入で女児が急変し、溶液を調合したのも被告であることなどから、犯人が被告人であることに疑いを入れる余地はない」というのも、直接的な証拠ではありません。

 「被告は犯行の十分な機会がある一方、他の者が点滴に関与した形跡は認められない」というのも間接証拠ですし、後に否定した自白を「告には任意性および一定の信用性が認められる自白があり、犯人は被告と断定できる。自白している間も弁護士と接見し、法的助言を受けていたのに自白」したとして証拠として採用するなど、いったん白状してしまったら訂正を許さないという姿勢は現代の裁判とも思えません。

 さらに「犯行への関与をうかがわせる不審な言動がある」とか、「被告は点滴準備の場所に現れ不審な言動をした」とか、の証拠とはなりえないような状況証拠を感情的に裁量しているところなどの納得できないことが多く、これらを積み重ねて犯人と断定されてしまうようではとても科学的裁判とは言えないと感じました。

 もちろん被告が犯人の可能性がゼロだとは思いませんが、被告の人生を完全に無くしてしまうような判決が、この程度の「証拠」でなされてしまうのが現代の裁判なのだとすると、まだまだそれに対して全幅の信頼を置くことはできないというのが正直な感想と言わざるを得ません。

 上告では、推論ではなくしっかりとした科学的判断に基づく裁判を行って欲しいと思います。
Commented by inoue0 at 2006-03-23 06:01
どうしてもやむをえない場合を除いて、「試料の全量消費はいけない」というのは法医学の大原則です。90年代前半のDNA鑑定や、カレー砒素混入事件でも、これは問題になってます。
 まず、第一に批判されるべきは、初動捜査における捜査官の試料採取と保管でしょう。カレー事件では、あろうことか、「鍋の内容は捨てて洗いなさい」と保健所職員が指示したそうです(何考えてたんだ!)
 筋弛緩剤混入事件でも、やっぱり、血液や尿の採取をきちんとやらなかったわけですね。だから疑いの入る余地ができてしまった。
 最高裁では、もっとましな弁護人と証人(法医学者)をつけて、真実に迫って欲しいです。私はこの事件は、どんなに被告が怪しくても、物的証拠が不十分なのだから、無罪にすべきだろうと(自分が裁判員だったら)思います。
Commented by inoue0 at 2006-03-23 06:04
 それとは別に、北稜クリニックの医師の水準は相当低いです。筋弛緩剤のせいだか、病気のせいだか知りませんが、呼吸が止まったなら、速やかに気管内挿管をすべきところを、救急車を呼んで、酸素マスクを当てるだけしかできなかったのです。
 救急隊が法的規制のために気管内挿管ができないとかいう話はずっと言われてますが、病院の医師ができないんじゃあ、どうしようもない。
Commented by stochinai at 2006-03-23 14:41
 日本の警察・検察や裁判所が科学に弱いのは困ったことだと思います。やはり高等教育を、文系と理系をわけていることが諸悪の根元のような気がします。これは「困った」で済まされる問題ではなく、本気で改革しなければ、この国の未来はありません。
Commented by stochinai at 2006-03-23 14:46
 北稜クリニックという病院そのものの怪しさは問われていないのが気になりますね。今は閉鎖されているというのも怪しいですが、事実上の経営者が女性院長の夫で東北大学の教授というのも怪しいと思いました。この事件はひょっとすると冤罪事件と言うだけではなく、もっと深いものが奥に隠されているのではないかと思わせられることもあります。
 そんな疑惑を払拭するためにも、誰でもが納得できるきちんとした科学的裁判を望みます。
Commented by モトケン at 2006-03-23 16:01 x
 身も蓋もない言い方ですが、裁判の事実認定などというものは、そもそも科学的なものではありません。
 厳密な意味での再現性など望むべくもありません。

 それと、
>自白している間も弁護士と接見し、法的助言を受けていたのに自白
 これは自白の信用性判断においてとても大きい事情になります。
 さらに被告人は裁判官に対しても認めていますから、これを覆すには相当説得力のある理由が必要になります。
Commented by tosh3141 at 2006-03-23 16:35
こんにちは
上のコメントの方...
> 裁判の事実認定などというものは、そもそも科学的なものではありません。
ホントですか?事実認定が科学的でないとしたら、いったいどうやって事実を認定するのでしょう??
事実ではない何かに基づいて判決が出せるのだとしたら、怖いことですね。せめて、これから司法に関わる仕事につく人には、科学的アプローチを学んでもらいたいと切に願います。
Commented by モトケン at 2006-03-23 23:35 x
言葉足らずでしたので、補充コメントをしておきます。
事実認定においては、科学的知見を援用しますし、非科学的な判断は排斥されるべきですが、最終的には、科学、常識、論理などを総合した証拠の信用性判断です。
極論すれば、何を信じ、何を信じないかです。
ちなみに私は、「科学的」という言葉をかなり厳密な意味で使ったつもりです。
少なくとも、自然科学的手法だけでは過去の事実を認定できません。
タイムマシンは存在しないのです。
Commented by shige(藤沢) at 2007-04-19 01:32 x
「無実の守大助さんを支援する首都圏の会」を立ち上げました。
http://homepage2.nifty.com/daisuke_support/
4/28に阿部弁護士を招いて勉強会を行います。
Commented by shige(藤沢) at 2007-06-02 01:36 x
神奈川県藤沢市で救援会藤沢支部/首都圏の会共催で、
仙台・北陵クリニック(筋弛緩剤点滴)冤罪事件の
学習・支援集会を行います。
お近くの方はぜひお出でください。

~仙台・北陵クリニック冤罪事件~
 守大助さんを支援する湘南学習集会
6月12日(火)18:30~
藤沢市民会館(神奈川県藤沢市)
http://homepage2.nifty.com/daisuke_support/event3.htm
by stochinai | 2006-03-22 23:59 | つぶやき | Comments(9)

青鬼灯 秘かに育ち 居りにけり      中島たけし


by stochinai