移植臓器の売買はどうしていけないのか
昨日のニュースですが、海外で臓器移植を受ける日本人が増えていることが厚生労働省研究班から報告されたという記事がありました。
1997年の臓器移植法施行後に日本国内で行われた脳死者からの臓器提供が41件にとどまっている一方で、心臓、肝臓、腎臓の海外渡航移植を受けた患者が少なくとも522人にのぼるとの調査結果だそうです。もっともこの数は、海外で移植手術を受けた後で帰国し、国内の医療機関で術後の治療を受けている人から聞き取り調査をして得た結果ですので、手術後も外国の病院で治療を続けている人などを入れるともう少し増えるのかもしれません。さらに、手術が失敗して帰国できなかった人などもいるのかもしれません。
いずれにしても、脳死者からの臓器提供を受けて移植することができるようになったにもかかわらず、国内では臓器の提供が圧倒的に少ないという現実を反映した結果だと思います。そうした事実を受けて、今の国会に以下のような臓器移植法改正案が2つ出されています。
いずれも、臓器提供に対するハードルを低くして、よりたくさんの臓器が移植手術に提供されるようにという意図からの改正案ですが、たとえ両方が成立したとしても国内での臓器提供が劇的に改善するように思われません。
ということは、今後も海外で移植を受けようとする人が増えることが予想されますが、なぜ海外での移植が問題視されるのでしょうか。
記事によると、心臓移植に関しては「昭和59年から平成17年末までに103人。渡航先は、米国85人、ドイツ9人、英国7人などで、医師の斡旋(あっせん)・紹介がはっきりしていた」のに対して、肝臓移植では221人が海外で移植を受けているのですが、渡航先が明らかになったのはわずかに101人しかありません。しかも、その国別内訳は「米国42人、豪州30人、中国14人」と、心臓移植が欧米だけなのに対して、近場のオーストラリア、中国がいきなりたくさん出てきます。しかも、心臓移植以外の臓器に関していうならば、死体からの移植であるかどうかもはっきりしていません。腎臓移植では「ほぼ半数が中国で、フィリピン、米国が続いた」ということです。
朝日の記事によると、生前の罪を臓器提供で償うべきだとの考え」によって死刑囚の臓器提供がある中国について「提供しない場合は葬式を行うことができないなどの状況があ」ったり、インドなどでは「腎臓1個の提供で4人家族が10年間生活できたり」などと、ボランティアではなく半ば強制されて臓器の提供が行われているという実態も報告されています。
臓器移植を医療として認めていながら、臓器提供に相応の謝礼を払うことを認めないという日本国内での対応に問題はないのでしょうか。逆に臓器を提供することが、文字通り生きていくために必要なお金を売るために自分の臓器を合法的に売ることができる国があるとしたらそれを止める根拠はどこにあるのでしょうか。
「医療に貧富の差があってはならない」「健康がお金で買えるようなことはいけない」というような倫理観でしょうか。しかし世界を見渡してみると、こうした倫理観は完全に破綻している現実があるのは誰でもが知っています。
そもそも臓器移植という医療そのものが非常にお金のかかる医療ですから、お金が無い人には受けられません。保険が利くとしても、保険制度がしっかりとした国でなければたちまち保険制度そのものが崩壊してしまうでしょう。日本の保険制度はかなりしっかりしているとは思いますが、新しい移植医療が誰でもどんどん保険で受けられるかというと、まったくそのようなことにはなっていません。
実行することが困難な倫理観あふれる法律を作って、その結果国内の患者さんを救えないというのはやはりどこかが間違っているのではないかと感じます。さらに、その法律の抜け穴を通って金儲けしている人間も見え隠れします。 記事によると、肝臓・腎臓の移植ともに「渡航移植の紹介・斡旋者を患者が病院に明らかにしないケースが目立った。特に腎臓移植に多く、中国で移植を受けた患者の場合には75%に達した」ということから、ますます怪しげな雰囲気が漂います。
きれい事を前面に押し出して犯罪や被害者を増やすのではなく、実際に困っている患者さんをどのように救っていくのか、あるいは外国とのつきあいをどのように行っていくのかという難しい問題があることはわかりますが、このままでは水面下での動きがどんどん増えていくばかりではなく、場合によっては国際問題にもなりかねないと危惧されます。
とりあえずは「斡旋(業)者」なるものの実態を公開していただきたいところです。
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1997年の臓器移植法施行後に日本国内で行われた脳死者からの臓器提供が41件にとどまっている一方で、心臓、肝臓、腎臓の海外渡航移植を受けた患者が少なくとも522人にのぼるとの調査結果だそうです。もっともこの数は、海外で移植手術を受けた後で帰国し、国内の医療機関で術後の治療を受けている人から聞き取り調査をして得た結果ですので、手術後も外国の病院で治療を続けている人などを入れるともう少し増えるのかもしれません。さらに、手術が失敗して帰国できなかった人などもいるのかもしれません。
いずれにしても、脳死者からの臓器提供を受けて移植することができるようになったにもかかわらず、国内では臓器の提供が圧倒的に少ないという現実を反映した結果だと思います。そうした事実を受けて、今の国会に以下のような臓器移植法改正案が2つ出されています。
一つは、河野太郎衆院議員(自民)が主にまとめた案で、現行法と異なり、脳死を一律に人の死とする。また、本人の拒否がない限りは家族同意だけで臓器提供を認める。
もう一つは、斉藤鉄夫衆院議員(公明)が主にまとめた。脳死を臓器提供の場合に限って人の死とする現行法の枠組みを維持し、本人が意思表示できる年齢を現行の15歳以上から12歳以上に引き下げる。
両案とも親子や配偶者に対する優先的な臓器提供を新たに認める点では一致している。
いずれも、臓器提供に対するハードルを低くして、よりたくさんの臓器が移植手術に提供されるようにという意図からの改正案ですが、たとえ両方が成立したとしても国内での臓器提供が劇的に改善するように思われません。
ということは、今後も海外で移植を受けようとする人が増えることが予想されますが、なぜ海外での移植が問題視されるのでしょうか。
記事によると、心臓移植に関しては「昭和59年から平成17年末までに103人。渡航先は、米国85人、ドイツ9人、英国7人などで、医師の斡旋(あっせん)・紹介がはっきりしていた」のに対して、肝臓移植では221人が海外で移植を受けているのですが、渡航先が明らかになったのはわずかに101人しかありません。しかも、その国別内訳は「米国42人、豪州30人、中国14人」と、心臓移植が欧米だけなのに対して、近場のオーストラリア、中国がいきなりたくさん出てきます。しかも、心臓移植以外の臓器に関していうならば、死体からの移植であるかどうかもはっきりしていません。腎臓移植では「ほぼ半数が中国で、フィリピン、米国が続いた」ということです。
朝日の記事によると、生前の罪を臓器提供で償うべきだとの考え」によって死刑囚の臓器提供がある中国について「提供しない場合は葬式を行うことができないなどの状況があ」ったり、インドなどでは「腎臓1個の提供で4人家族が10年間生活できたり」などと、ボランティアではなく半ば強制されて臓器の提供が行われているという実態も報告されています。
臓器移植を医療として認めていながら、臓器提供に相応の謝礼を払うことを認めないという日本国内での対応に問題はないのでしょうか。逆に臓器を提供することが、文字通り生きていくために必要なお金を売るために自分の臓器を合法的に売ることができる国があるとしたらそれを止める根拠はどこにあるのでしょうか。
「医療に貧富の差があってはならない」「健康がお金で買えるようなことはいけない」というような倫理観でしょうか。しかし世界を見渡してみると、こうした倫理観は完全に破綻している現実があるのは誰でもが知っています。
そもそも臓器移植という医療そのものが非常にお金のかかる医療ですから、お金が無い人には受けられません。保険が利くとしても、保険制度がしっかりとした国でなければたちまち保険制度そのものが崩壊してしまうでしょう。日本の保険制度はかなりしっかりしているとは思いますが、新しい移植医療が誰でもどんどん保険で受けられるかというと、まったくそのようなことにはなっていません。
実行することが困難な倫理観あふれる法律を作って、その結果国内の患者さんを救えないというのはやはりどこかが間違っているのではないかと感じます。さらに、その法律の抜け穴を通って金儲けしている人間も見え隠れします。 記事によると、肝臓・腎臓の移植ともに「渡航移植の紹介・斡旋者を患者が病院に明らかにしないケースが目立った。特に腎臓移植に多く、中国で移植を受けた患者の場合には75%に達した」ということから、ますます怪しげな雰囲気が漂います。
きれい事を前面に押し出して犯罪や被害者を増やすのではなく、実際に困っている患者さんをどのように救っていくのか、あるいは外国とのつきあいをどのように行っていくのかという難しい問題があることはわかりますが、このままでは水面下での動きがどんどん増えていくばかりではなく、場合によっては国際問題にもなりかねないと危惧されます。
とりあえずは「斡旋(業)者」なるものの実態を公開していただきたいところです。
タイトル : 医者はなぜ諦めないのか
かなり前のことだ。腎臓を患った人が渡米し、腎臓移植を終えて無事帰国し、社会復帰を果たすまで、一連の文書や手続を、マニュアルまで含めて翻訳したことがある。人工透析をしながら会社勤めをしていたが移植しかもう道が残されていない人だった。多分、最初に依頼されて.......more
かなり前のことだ。腎臓を患った人が渡米し、腎臓移植を終えて無事帰国し、社会復帰を果たすまで、一連の文書や手続を、マニュアルまで含めて翻訳したことがある。人工透析をしながら会社勤めをしていたが移植しかもう道が残されていない人だった。多分、最初に依頼されて.......more
タイトル : 海外で臓器移植、法施行後522人(厚労省)臓器売買も?
「海外で臓器移植、法施行後522人(厚労省)臓器売買も?」に関連するブログ記事から興味深いものを選んでみました。ぜひ、読み比べしてみてください。 =......more
「海外で臓器移植、法施行後522人(厚労省)臓器売買も?」に関連するブログ記事から興味深いものを選んでみました。ぜひ、読み比べしてみてください。 =......more
タイトル : 移植臓器の売買は人身売買
5号館のつぶやきさんのところで、移植臓器の売買はどうしていけないのか、というエントリーがありました。海外で移植を受ける人が増えているというニュースを受けて書かれたようです。臓器売買がいけない理由は人身売買だからです。もっとも、5号館のつぶやきさんはそんなことを本当に疑問に思ったわけではなくて、 臓器移植を医療として認めていながら、臓器提供に相応の謝礼を払うことを認めないという日本国内での対応に問題はないのでしょうか。(中略) 実行することが困難な倫理観あふれる法律を作って、その結果国内......more
5号館のつぶやきさんのところで、移植臓器の売買はどうしていけないのか、というエントリーがありました。海外で移植を受ける人が増えているというニュースを受けて書かれたようです。臓器売買がいけない理由は人身売買だからです。もっとも、5号館のつぶやきさんはそんなことを本当に疑問に思ったわけではなくて、 臓器移植を医療として認めていながら、臓器提供に相応の謝礼を払うことを認めないという日本国内での対応に問題はないのでしょうか。(中略) 実行することが困難な倫理観あふれる法律を作って、その結果国内......more
タイトル : 臓器移植が熱い
なんだか一部で臓器移植が熱いトピックになっているみたい。47thさんのふぉーりん・あとにーの憂鬱: Beckerが語る臓器移植論 (1)経由で知りました。 えーっと、臓器移植が現行法であまり進まない現状を憂いておられ、疑問を呈されているのがstochinaiさんのこちらのエントリ 5号館のつぶやき : 移植臓器の売買はどうしていけないのか そして、それに対してそもそも臓器移植に反対のganbare_watashiさんの あんなこと、こんなこと。どんなこと?:臓器移植について ここでの......more
なんだか一部で臓器移植が熱いトピックになっているみたい。47thさんのふぉーりん・あとにーの憂鬱: Beckerが語る臓器移植論 (1)経由で知りました。 えーっと、臓器移植が現行法であまり進まない現状を憂いておられ、疑問を呈されているのがstochinaiさんのこちらのエントリ 5号館のつぶやき : 移植臓器の売買はどうしていけないのか そして、それに対してそもそも臓器移植に反対のganbare_watashiさんの あんなこと、こんなこと。どんなこと?:臓器移植について ここでの......more
タイトル : 「医療者でも“脳死”は死ではない・・・と」
★ 一般の人が「脳死」状態の人に遭遇する確率はかなり低いと思う。 もし、経験があっても、なかなか軽々しく他人に話せることでもないので、知らないだけかもしれないが・・・それでも、ごく近しい家族や親戚の人の間でしか経験し得ないことだろう。 しかし、医療従事者なら、人の死を看取る数は多いはずだ。「脳死」状態や「植物状態」の患者さんに出会う確率も高いと思う。 それでも、「脳死は人の死とは考えられない」という医療者が多いのはなぜだろう? 米欧の人たちと「死についての考え方が異なる。日本人独特の死生......more
★ 一般の人が「脳死」状態の人に遭遇する確率はかなり低いと思う。 もし、経験があっても、なかなか軽々しく他人に話せることでもないので、知らないだけかもしれないが・・・それでも、ごく近しい家族や親戚の人の間でしか経験し得ないことだろう。 しかし、医療従事者なら、人の死を看取る数は多いはずだ。「脳死」状態や「植物状態」の患者さんに出会う確率も高いと思う。 それでも、「脳死は人の死とは考えられない」という医療者が多いのはなぜだろう? 米欧の人たちと「死についての考え方が異なる。日本人独特の死生......more
>臓器提供に相応の謝礼を払うことを認めないという日本国内での対応
実際には「御礼」という形で現金がドナーかその遺族に渡ることがある(多い)ようです。
>生きていくために必要なお金を売るために自分の臓器を合法的に売る
売るのが他人や家族、特に子どもの臓器になったりするのでは?
実際には「御礼」という形で現金がドナーかその遺族に渡ることがある(多い)ようです。
>生きていくために必要なお金を売るために自分の臓器を合法的に売る
売るのが他人や家族、特に子どもの臓器になったりするのでは?
以前にもトラックバックしましたが、人体を原料とする医療材料は現実には売買されてます。血液製剤がもっともポピュラーですが、皮膚、血管、角膜、硬膜など、他にもたくさんあります。
それらは、献血あるいは死体から取り出されるときには謝礼が支払われないのに、いったん採取された後は商品として流通するわけで、その商売で利益を得ている企業があるのに、大元の材料を提供した人(遺族)には何のみかえりもないというのは経済の論理からしてもおかしいし、タダでもらうことが崇高で、金で買うことが卑しいということはない。
生体からの移植については、さすがに倫理的問題があるにしても、脳死体からの移植や死体からの移植なら、手順を踏めば問題ないでしょう。臓器採取のために殺される可能性があるから禁止するというのなら、生保だって禁止されなくてはならない。
それらは、献血あるいは死体から取り出されるときには謝礼が支払われないのに、いったん採取された後は商品として流通するわけで、その商売で利益を得ている企業があるのに、大元の材料を提供した人(遺族)には何のみかえりもないというのは経済の論理からしてもおかしいし、タダでもらうことが崇高で、金で買うことが卑しいということはない。
生体からの移植については、さすがに倫理的問題があるにしても、脳死体からの移植や死体からの移植なら、手順を踏めば問題ないでしょう。臓器採取のために殺される可能性があるから禁止するというのなら、生保だって禁止されなくてはならない。
古いかもしれませんが、生き物は死ぬ物なのです。人間も例外ではないということを頭に入れておいた方がよいと感じます。スマトラ沖の津波で多数の孤児がでましたが、臓器移植のために売られたとユニセフからのニュースもありました。他の人の不幸や命を犠牲にして自分や自分の子供が助かろうとするのは浅ましいことのように私には思えます。規制を緩めるのは反対です。
いや、だから、生体からの移植は倫理的に問題があるが、(脳)死体からの移植はかまわないでしょうと言ってるのですよ。もちろん、本人のリビングウィルが最優先されることは言うまでもない。
a passer‐byさん、もしご存じでしたら「御礼」のだいたいの相場などを教えていただけないでしょうか。まさか、5万円や10万円ということはないですよね。そうだとすると、アジア諸国で買うのと変わりないかもしれません。
inoue0さんとさなえさんの議論は典型的に見られる合理主義と心主義の対立だと思います。私はどちらのおっしゃることも良くわかるのです。自分はどちらかというと精神的にはさなえさん寄りなのですが、だからといって現実に臓器や場合によっては人の命すらも、移植のために売買されている現実をどうするのかというところがいつもひっかかります。出生前診断や男女産み分けなど、ガイドラインで禁止したところで常に破る人が出てきて、美辞麗句を並べたところでお金儲けをしている現実に目をつぶるわけにはいかないと思うのです。
孤児になった子供たちは裕福な子供のための臓器として殺されたわけですよね。生体からも(脳)死体からも結局は同じことではないかと。腎臓移植の人のためのマニュアルを訳したことがありますが、どうしても何かがおかしいという気分が抜けませんでした。最近では、移植そのものに疑問を感じています。他人様から戴く物は血液など再生可能なものや、生存に関わらないものに限定し、医学の進歩を待ちたいです。
「人体部品ビジネス」という本に、「人体材料を使う医療はすべてカニバリズムと同じだ」という一説がありました。血液や皮膚でもそれは変わらない。ですが、人間も自然の循環の一部なのです。直接人肉を食べなくても、死ねば分解され、構成元素は空気や水や土に還り、食物連鎖を経て、人間の口に入るわけです。その途中を端折って、人から人に物質が伝達されたからといって、何か不都合なことがあるのだろうかと思うわけですね。
それと、「臓器のために殺される」という話は、フォークロアとしてありますが、法学者がインドやフィリピンで(短期間だけれど)移植医療をする病院で調査したところ、そのような事例は見つからなかったとのことです。なぜなら、いかな途上国といえども、医師は国家資格であり、犯罪行為に手を染めれば資格剥奪が行われますし、移植医療は大規模設備や薬を必要としますから、秘密裏に地下組織でできるものでもないからです。
それと、「臓器のために殺される」という話は、フォークロアとしてありますが、法学者がインドやフィリピンで(短期間だけれど)移植医療をする病院で調査したところ、そのような事例は見つからなかったとのことです。なぜなら、いかな途上国といえども、医師は国家資格であり、犯罪行為に手を染めれば資格剥奪が行われますし、移植医療は大規模設備や薬を必要としますから、秘密裏に地下組織でできるものでもないからです。
stochinaiさん、ちょっと失礼します。inoue0さん、なにもその人たちが手術をする必要はありません。移植を行う施設に、行き倒れの新鮮な死体として運べばいいのですから。それにユニセフのような国際組織が根も葉もない話をニュースとして流すとは思えませんが。
法律の問題なのか、倫理の問題なのか。先端医療に関しては、常に議論が巻き起こります。そうした中で、少なくとも違法行為だけは厳格に摘発していかないと、利己主義者によるやったもの得で、社会倫理が崩壊してしまうと思います。国境を越えたとしても、日本国籍を持つものが犯罪にかかわったとしたら、国内法で罰するしくみは確保しておきたいものですが、、、、。
その上で、日本国内での議論と法整備をしっかりとしていただきたいと思っています。
その上で、日本国内での議論と法整備をしっかりとしていただきたいと思っています。
予算獲得のために軍の情報部が敵の驚異を誇大に報告するように、ユニセフもまた子どもの人権侵害を声高に言い続けなくてはならないのです。
理念が崇高な組織なら、そこに務める人や実態も良心的だろうと信じていられるのは、せいぜい高校の公民の教科書の中だけでしょう。
「臓器売買のために多くの子どもが誘拐(売買)されて殺される」という話は、「無理やり徴用された従軍慰安婦がたくさんいる」程度の信憑性しかないと思います。
理念が崇高な組織なら、そこに務める人や実態も良心的だろうと信じていられるのは、せいぜい高校の公民の教科書の中だけでしょう。
「臓器売買のために多くの子どもが誘拐(売買)されて殺される」という話は、「無理やり徴用された従軍慰安婦がたくさんいる」程度の信憑性しかないと思います。
その件だけにしぼって「あったなかった」と言い争っても南京事件論争と同じになってしまいます。今、東南アジア各国で起こっていて事実としてニュースになっていることは、そのすべてが臓器移植が医療として行われるようになってきた時に危惧されていたことだというところが重要だと思います。さなえさんのおっしゃっていることが広範に起こった事実であるかどうかということより、臓器提供がアンダーグラウンドでも行われているという現実を前にした今、起こる可能性がきわめて高いケースとして危機管理すべきだと思っています。これは南京事件のように過去のことではなく、現実に動いている問題ですから放置はできないと思います。
父から昔は貧乏だったので血を売って生活費の足しにした、というような話を聞いたことがあります(違法?)。つい最近のことだと思うと日本の倫理観はかなり急速に変化した感があります。
生保は契約する商品ですね。自分の死が幾らになるか。若くて病気をしていなければ、掛金を払う経済力により
大きく差がでます。人格の価値とは別ものです。生命に対して、チェンジ可能な生保が引き合いに出されたことは、
何かしらピンと来ません。20××年、移植可能なパーツを遺せたら死後の付加価値として保険金が加算支給されるなんて
ありえないでしょうが。 続きを→【臓器移植というパンドラの箱】に分けました。
大きく差がでます。人格の価値とは別ものです。生命に対して、チェンジ可能な生保が引き合いに出されたことは、
何かしらピンと来ません。20××年、移植可能なパーツを遺せたら死後の付加価値として保険金が加算支給されるなんて
ありえないでしょうが。 続きを→【臓器移植というパンドラの箱】に分けました。
すみません。誤解を与えたかもしれませんが、私が言いたかった「保険」というのは、病院に安くかかることのできる健康保険のことです。
こちらこそすみません。お書きになられたのは「健康保険」と理解しておりました。
>…臓器採取のために殺される可能性があるから禁止するというのなら、生保だって禁止されなくてはならない。
この繋がりがわかりにくくてコメントさせて頂いたのです。健康保険は健康を失ったとき本人及び家族が恩恵を受け、
生命保険は(入院特約など別にして)ある人が命を失くし、実質的には「他者」にお金を遺すこと。臓器損傷などは
事故の補償・慰謝料等や保険金のために「計算」されます。生命や身体が「お金に変換される」と錯覚しそうです。
色々なご意見を消化しきれず少し混乱してきました。力不足です。また見守らせて頂きます。
>…臓器採取のために殺される可能性があるから禁止するというのなら、生保だって禁止されなくてはならない。
この繋がりがわかりにくくてコメントさせて頂いたのです。健康保険は健康を失ったとき本人及び家族が恩恵を受け、
生命保険は(入院特約など別にして)ある人が命を失くし、実質的には「他者」にお金を遺すこと。臓器損傷などは
事故の補償・慰謝料等や保険金のために「計算」されます。生命や身体が「お金に変換される」と錯覚しそうです。
色々なご意見を消化しきれず少し混乱してきました。力不足です。また見守らせて頂きます。
臓器移植論争のリンク集ができました。このエントリーの追記部分を中心にごらんください。
日本では、借金を返済出来ない人間は、悪い人です。一部の返済不能者は、悪い人(ブラック)のレッテルを貼られたく無いので、高利の金融に手を出します。そして、転がり落ちていきます。働いても働いても、収入は、金利に消化されていきます。その人達がその生活を何とか抜け出したい。人並みに生活したい。そんな希望をもちながら、疲れて自殺したりします。そのような人達が、自ら助かる一つの方法として、東南アジアに行って腎臓を売る事が、あります。中には、暴力団関係者により、無理やり売られてしまう事も、あるでしょう。しかし、執拗な借金取立てから、開放され、まともな仕事につけ、まともな収入を得る事ができる。そのような選択肢が、あっても良いかとも思います。色々な法整備の問題も、あるでしょう。しかし、どんな事をしても、自分の子供を助けたいという、お金持ちから、援助を頂き、自分の生活を立て直す。その代償として、腎臓を提供し、そのお金持ちの子供を助ける。それは、相互扶助だと思います。借金の為に自殺するより、よっぽど社会の役にたつ行為だと思えるのですが。
私は、お金持ちは、最初からお金持ちでは無かったと思っています。一生懸命努力して、お金持ちになったのです。だから、お金持ちが長生きできて、高水準な医療を受けられるのは、当然と思います。1日8時間位働いて、お金持ちとの格差云々と、言う人が間違っていると思います。お金持ちと同水準を求めるなら、他人の倍働けば良いのです。受験生は、他人に勝つ為に、一生懸命勉強します。社会人も同じで、高収入を得る為には、他人より一生懸命仕事する事が、当たり前です。一生懸命働いた人と普通に働いた人が、同水準な医療を受ける事こそ不公平です。それが、自由主義ではないのですか?
ここにコメント出来る人は、コンピュータが使えてる人だから、多分公共料金を、ちゃんと払える人ですよね。電気もガスも止められて、仕事はすれども、借金に消えて行く人は、腎臓を売って借金を解消できる事は、魅力ですよね。今日の食事に困ってる人は、血液を売ってでも、お金を得たいのです。そんな人達の気持ちわかっている人は、ここを見る事も意見を言う事も、できないのですよね。政治家で、公団に住んでる方は、ごく僅かです。そんな人達に貧乏人の気持ちは、理解できないでしょう。全てとは、言いませんが、そのような方の一部には、腎臓を売ることで、その生活を抜け出すことが、可能な方がおられます。また、その腎臓を買うことによって、大切な方の寿命を延ばすことができるわけですよね。それって、素晴らしい事じゃないですか?意識的には、献血と何ら変わり無いと思います。もっとオープンに売買できれば、悪い人も減らすことが、できるのではないでしょうか?禁止してるから、暗躍する人がでてくるのでしょう。腎臓欲しい人・お金欲しい人。どちらも切実な問題です。相互扶助できるのでは?
KITTY_WHITEさん、たくさんのコメントをいただきありがとうございます。良いか悪いかというと、悪いことでも比較すると「まし」ということはたくさんあると思います。選択の余地なく、臓器売買に追い込まれてしまうというようなことは不幸なことですが、死ぬよりはましなのかもしれません。ただ、そうせずにすむならそちらの道を探したいと強く思います。
生まれたときからお金持ちの人はたくさんいます。生まれたときに貧乏な人もたくさんいます。生まれた瞬間に差があるのも当然だと思われますか。
1日3時間しか働かないで大金持ちの人もいれば、休みもなく毎日14時間くらい働いて、それでも貧乏な人もいます。一所懸命勉強しても希望の大学に入れない人もいれば、それほどハードに勉強しなくても難関大学に入れる人がいるのも事実です。
出発点から差があるのが、自由主義なのでしょうか。それは階級社会というのではないですか。
1日3時間しか働かないで大金持ちの人もいれば、休みもなく毎日14時間くらい働いて、それでも貧乏な人もいます。一所懸命勉強しても希望の大学に入れない人もいれば、それほどハードに勉強しなくても難関大学に入れる人がいるのも事実です。
出発点から差があるのが、自由主義なのでしょうか。それは階級社会というのではないですか。
腎臓を売って、一時的にお金を手に入れることが出来たとしても、一回限りです。2個目の腎臓を売ったら、自分が死んでしまいます。腎臓を1個売ったお金で人生をやり直すことができて、もう2度と売らなくても済むような境遇を手に入れることができたら、それは非難されるべきことではないかもしれません。
腎臓を売り買いすることが「素晴らしい」解決方法だとは思えませんが、それしか方法がない世の中であるならば、それを禁止して済むというようなものではないと、私も思います。
問題は臓器の売買ではなく、臓器の売買が起きてしまう社会ということになりませんか。
腎臓を売り買いすることが「素晴らしい」解決方法だとは思えませんが、それしか方法がない世の中であるならば、それを禁止して済むというようなものではないと、私も思います。
問題は臓器の売買ではなく、臓器の売買が起きてしまう社会ということになりませんか。
生まれた時貧乏人も金持ちもいます。宿業の問題ですね。前世の行いによりますね。貧乏人でも、金持ちでもそこからスタートですね。日本の場合、例えば小学校しかいってなくても、総理大臣になれますね。誰でも頑張れば、良くも悪くもそれなりの代償は、ついてきますよ。要領が良い人の方が得する場合も多いですが、要領も学習次第です。つまり、人より努力した人は、出発点の違いこそあれ、必ず大きな収穫を得られます。まあ、そんな話しはここでは、無用ですね。私の場合、386万円あれば、月26万円返済が、減ります。会社の借金250万円(無利子)の返済が、月10万円。やくざ金融が、50万円で、金利が、月2割で、10万円。家賃の延滞が36万円(家賃9万円+延滞の返済6万円)。つまり386万円払えば、10+10+15=35万円支払いが、減ります。36万円が給料なので、今迄1万円が生活費だったのが、36万円になります。母親が、老齢で、白内障です。その手術費も出してあげられそうです。補聴器も買ってあげられます。私の価値観で考えれば、腎臓1つを失うのと、そのような生活改善を天秤にかければ、絶対腎臓を売った方がよいです。1回限りでも。
計算間違えですね。1万円が、27万円ですね。(家賃9万円は、払わなきゃいけないからね)でも、1ヶ月1万円の生活から、27万円の生活でしたら、今後十分やり直しできます。会社に借金無くなれば、転職も自由にできるしね。こんなチャンスは、めったに無いですね。一生に一度の切り札でも、使ってみたいです。これって、倫理上の問題ですかね?人身売買ですかね?それだけで、片付けられる問題じゃないですよ。そのように困っている人が何人かいます。皆にこの方法を教えてあげたいです。それって、罪悪ですか?他の部分が、問題とは言っても現実困っているんです。どうにもならないのです。それを解決する方法の1つとして是非売り先を探してみたいものです。
前世とか宿業などというありもしないもので生まれた瞬間から出発点が違うのは、やはりおかしいと思います。納得できません。
>誰でも頑張れば、良くも悪くもそれなりの代償は、ついてきますよ。
というのは、統計的には間違っていると思います。たまたまたった一人の総理が小学校しか出ていなかったとしても、その他のほとんどの人は有名大学出身という事実は動かしがたいと思います。つまり、日本で総理大臣になりたいと思ったら、小学校だけしか出ていないよりは、東大や早稲田・慶応を出ていた方がはるかになりやすいのです。
借金や利子のことは良くわかりませんが、努力すれば報われるのだとしたら、一所懸命がんばれば386万円くらいかせげないものでしょうか。総理大臣になるよりは易しいような気がしますが、、、、。
いずれにせよ、国内で腎臓を売ると犯罪になりますので、どうしてもというのであれば他国で行うしかないと思います。いずれにせよ、犯罪がからむこともありますので、お気をつけください。
>誰でも頑張れば、良くも悪くもそれなりの代償は、ついてきますよ。
というのは、統計的には間違っていると思います。たまたまたった一人の総理が小学校しか出ていなかったとしても、その他のほとんどの人は有名大学出身という事実は動かしがたいと思います。つまり、日本で総理大臣になりたいと思ったら、小学校だけしか出ていないよりは、東大や早稲田・慶応を出ていた方がはるかになりやすいのです。
借金や利子のことは良くわかりませんが、努力すれば報われるのだとしたら、一所懸命がんばれば386万円くらいかせげないものでしょうか。総理大臣になるよりは易しいような気がしますが、、、、。
いずれにせよ、国内で腎臓を売ると犯罪になりますので、どうしてもというのであれば他国で行うしかないと思います。いずれにせよ、犯罪がからむこともありますので、お気をつけください。
>臓を1個売ったお金で人生をやり直すことができて、もう2度と売らなくても済むような境遇を手に入れることができたら、それは非難されるべきことではないかもしれません。
腎臓がひとつになれば残された腎臓に当然負担がかかります。
負担がかかれば病気にもなりやすく、仕事も出来にくくなるのでしょう。
もう二度と売らなくても良い境遇とはその心配が無くなることを指すのでしょうか?
それを実現するとしたらとてつもないコストがかかる気がするのですが。
提供者側の生活、医療コストを忘れている気がします。
腎臓がひとつになれば残された腎臓に当然負担がかかります。
負担がかかれば病気にもなりやすく、仕事も出来にくくなるのでしょう。
もう二度と売らなくても良い境遇とはその心配が無くなることを指すのでしょうか?
それを実現するとしたらとてつもないコストがかかる気がするのですが。
提供者側の生活、医療コストを忘れている気がします。
>逆に臓器を提供することが、文字通り生きていくために必要なお金を売るために自分の臓器を合法的に売ることができる国があるとしたらそれを止める根拠はどこにあるのでしょうか。
根拠は無いと思います。需要のある側が何もしないのなら
単に「買いません」と宣言するのが関の山でしょう。
結局は人身売買と同じことです。
根拠は無いと思います。需要のある側が何もしないのなら
単に「買いません」と宣言するのが関の山でしょう。
結局は人身売買と同じことです。
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news5plus/1171117233/
より
「制度は外国人、フィリピン人の双方にとって助けとなる」
そのとおりなんだよな。現実は。
ただ、人間が持ちうる最後の財産=肉体を切り売りしないと、生きるのもきつい人がいる。
一方、健康な他人の臓器を買えるほどの富を持ち、より良い肉体を求めることができる人もいる。
両方が一時期だけ得をするようにするのは簡単にできるけど、
この境遇の差を埋めるのは、ものすごくたいへん。
でもその差を埋める努力をし続けるのが、国であり人間の社会なんじゃないのか、と思う。
理想論の建前にすぎないかもしれないけど、建前も無くなった社会は恐ろしいよ。
より
「制度は外国人、フィリピン人の双方にとって助けとなる」
そのとおりなんだよな。現実は。
ただ、人間が持ちうる最後の財産=肉体を切り売りしないと、生きるのもきつい人がいる。
一方、健康な他人の臓器を買えるほどの富を持ち、より良い肉体を求めることができる人もいる。
両方が一時期だけ得をするようにするのは簡単にできるけど、
この境遇の差を埋めるのは、ものすごくたいへん。
でもその差を埋める努力をし続けるのが、国であり人間の社会なんじゃないのか、と思う。
理想論の建前にすぎないかもしれないけど、建前も無くなった社会は恐ろしいよ。
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