5号館を出て

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スウィング・ガールの死

 昨日の昼頃、山形の県立高校で2年生の女子生徒が、教師らの制止を振り切り、校舎と体育館をつなぐ渡り廊下の屋根から飛び降りて、自殺するという衝撃的な事件が起こりました。

 しかも、そこは山形県高畠町の県立高畠高校。あの映画「スウィング・ガールズ」の舞台になった高校と言うだけではなく、この女子生徒もクラリネット担当のスウィング・ガールだったというのです。ライブドア・ニュースを引用します。
 同校は移転前の旧校舎が、2004年公開の映画「スウィングガールズ」(矢口史靖監督)の撮影に使われたことで知られる。映画は女優・上野樹里さん主演で、女子高生が「即席吹奏楽部」を結成し、ジャズの魅力にひきこまれる青春物語。生徒も吹奏楽部でクラリネットを担当する“スウィングガール”だった。

 生徒はこの日も普段通り登校し、同部の朝練習に参加。1時間目の「生物1」の授業も出席していたが、2時間目から姿が見えなくなっていた。2時間目後の休み時間に、吹奏楽部の顧問教諭が音楽室で会うと「忘れ物を取りに来た」と話したという。
 朝練習への参加とか、生物の授業とか、練習場である音楽室に忘れ物を取りに来たというエピソードが、彼女の心を描き出す映画のシーンのように、生々しく想起させられるのがつらいです。

 飛び降りた場所に残されていた携帯電話に、「複数の生徒の名前を挙げて、『言葉によるいじめを受けていた』という趣旨の書き込みが残っていた」という報道もあり、今回の件もいじめ関連の自殺連鎖のリストに付け加えられることになりました。

 映画「スウィング・ガールズ」を見た時、これが若者だなあと思ったものですが、そこには描き切れなかった苦しさもまた若者が持っているものなのだと思います。

 我々は、次々と起こる自殺を社会としてとどめることができていないという現実は認めなければなりません。

 屋根の上に上がってしまった彼女を止めようとしても、やはりそれは遅すぎたのだと思います。同じような意味で、朝日新聞の朝刊一面に毎朝載っている「いじめられている君へ」という呼びかけのコラムも、もはや遅すぎるのではないかという気もします。日本の社会全体として、もはや何もかもが遅すぎるところまできてしまった我々に、子どもたちの行動を止めることなどできないのかもしれません。

 遅すぎるところまで来てしまったことを前提に、それでもなおやるべきことを考えなければならないところに追いつめられていることを、私たちは自覚しなければならないのだと思います。

 なくなられたひとりのスウィング・ガールのご冥福を、心から祈ります(合掌)。
Commented by killhiguchi at 2006-11-24 02:03 x
 書き込むのは二度目になります。
 朝日の記事は遅すぎるし、新聞としてこんなことをやっているんだよーという言い訳じみたものを感じます。そんなものを読んでも、苦しんでいる子供達の何の足しにもならないでしょう。
 求められているのは、イジメはどこにでもあり防ぎようがないことを認めた上で、子供の心のケアを行う学校内の機関やシステムの充実を図ることではないでしょうか。
 子供達の行動は自殺に傾いた時点では止めようがありません。せめて、大人達は、そのようなシステムを用いて、子供の心を不安定な状態、逸脱した状態から日常的な状態に回収することを考えるべきなのではないでしょうか。
Commented by umishida at 2006-11-24 10:30 x
 私は、朝日の連載にいくらか希望を持っています。遅すぎるのはその通りですが、それでも全国で一人か二人は、あの記事で自殺を思いとどまる子どもいるかもしれません。ほんの少し、救われるいじめられっ子もいるかもしれません。それだけでも、意義はあると思うのです。
 自分が中高生だったころを思い返すと、学校の中のほんの狭い世界で生きていました。世界はもっと広くて、面白いことがたくさんあるということを知りませんでした。広い世界を知らないまま死んでしまう子どもの存在は、本当に胸が痛みます。
 対策は難しいと思いますが、私は少人数学級を実現させるだけでもだいぶ違うのではないかと思っています。狭い教室にぎゅうぎゅうに座っているだけで、ストレスは大きいと思うのです。それに、人数が少なければ、先生たちもいじめに気付きやすくなるでしょうから。
Commented by stochinai at 2006-11-24 19:40
 killhiguchiさん、umishidaさん、コメントありがとうございます。なかなか難しいところですが、私は今、もっとも必要なのはいじめを相談された親や教師たちが相談を持ち込める「駆け込み寺」ではないかと感じています。何人かの子ども達が、学校や親に相談したあとで命を絶っていると報道されています。いきなり「いじめにあっているんですけど」と相談されたら、私もうまく対応できる自信はまったくありません。文科省や教育委員会の皆さんは、スタンドプレーのように子どもに呼び掛けるより、子どもに相談された人達の相談受け付け窓口を作って、それを広報してください。困っている大人がたくさんいるような気がします。

Commented by Namba at 2006-11-25 09:15 x
宣伝になりますが。女の子のいじめに悩む親や、先生や、中学生以上であれば、本人でも読めるいい本があります。「女の子って、どうして傷つけあうの?」という本です。個人で、ネット上で、いじめられている子の相談に載っている女性の熱意で翻訳された本です。「いじめ」と名がついているわけですから、いじめはどれも共通の構造を持っています。どの段階でどういうアクションをとればいいのか。真剣にいじめに取り組んでいる人の声を、みんなで聞きたい。有名人のエッセーもいいけど。
Commented by stochinai at 2006-11-25 09:30
女の子って、どうして傷つけあうの?―娘を守るために親ができること (単行本) ロザリンド ワイズマン (著), Rosalind Wiseman (原著), 小林 紀子 (翻訳), 難波 美帆 (翻訳) 価格:¥ 1,785 (税込)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/453558429X
Commented by はやう at 2006-11-26 01:12 x
むしろ、あの記事は偽善のにおいを感じてますます虐められている人を追いつめるだけのような気がしますね。
朝日のあの記事を頼んだ人も、記事を作成した人も、記事を作ろうとした人も、とてもこれで少しでも助けになればと思って作ったとは思えない。
あれほど問題解決をしているという偽装工作的な記事もないような。

コメントを書いている人もまじめにコメントしていると分かりますが、どこまでも遠い。
今はまるで前の大戦時の前のように暗い空気に包まれてますが、
あれではそれを助長させるだけのやるだけやったとしか言えないような
投げっぱなしの犯罪的な記事であるなと、もっとまじめにやれよオピニオン。 怒りも出てこない。
Commented by stochinai at 2006-11-26 22:39
 あの連載に関しては、賛否両論あると思いますが、やはり、今追いつめられている子供を救う手段としては、あまりにものんびりしている感覚はぬぐえないと思います。

 今朝は横峯さくらさんが書いていました。偶然でしょうが、彼女は今日メジャータイトルの優勝が伝えられるなど、いくら過去にいじめられた経験があるといっても、彼女を守ってくれる家族とともにここまで来た「勝ち組」ですから、今逃げ場を失っている子供たちには「関係ない」話として無視されそうな気もします。

 乗り越えた人の経験は、乗り越えられずにいる子供に絶望を与える可能性があることも考慮すると、克服経験が必ずしも力づけにならないこともあります。まったく、難しいです。
Commented by umishida at 2006-11-27 00:01 x
>乗り越えられずにいる子供に絶望を与える可能性がある

確かに、その通りだと思います。

私は、連載の最初のほうに出てきた鴻上尚史さんの文章が印象に残っています。「いじめられているのなら学校に行かなくていい、とにかく逃げて逃げて、死なないで」という内容でした。で、いい記事だ!と思いました。

ですが、あの連載、何だかだんだん質が悪くなっているような気がします。安易な克服体験が増えてきたような。
Commented by stochinai at 2006-11-27 00:49
 「やばかったら逃げろ」というのと、「卑怯な相手には卑怯なことをしてもいい」というのは、私の座右の銘です。被害者になるのは、いつもかたくなな正義感を持った側のような気がするので、ケース・バイ・ケースで不正を許すということも子供に教えなければならない時代なのではないかと感じております。
Commented by ヨシダヒロコ at 2006-11-27 11:37 x
stochinaiさんがおっしゃっている2点は、特に「逃げろ」は、動物としての本能ですよね。
Commented by さなえ at 2006-11-27 16:03 x
「卑怯な相手には卑怯なことをしてもいい」って、そう思いたくなりますが、賛成できません。泥沼です。そこにいったんは入り込めば、自分もその仲間です。同類になります。上手な逃げ方は必須ですが…
Commented by stochinai at 2006-11-27 18:59
 やっぱり、さなえさんには叱られてしまいましたね。まあ、そこらあたりが私のちっぽけな「倫理観」の限界なのだと自覚はしております。しかし、お言葉はありがたくお受けしたいと思います。なんとか、踏みとどまってがんばれるところまでは、がんばってみたいと思いますが、根が短気なものですから、、、、。
by stochinai | 2006-11-23 23:45 | つぶやき | Comments(12)

日の暮の背中淋しき紅葉哉            小林一茶


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