5号館を出て

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同じ肌の色をしているだけで期待されること

 今朝の朝日新聞に、ジンバブエの大統領が自分のことを独裁者であると非難したアメリカのライス国務長官のことを、「白人に屈した裏切り者の奴隷」であるというようなことを言っているという記事が載っていました。

 大統領の言葉を引用してあります。「黒人奴隷を先祖に持つあの少女(ライス長官)は、奴隷の歴史や米国内で黒人が置かれる状況から、あの白人(ブッシュ大統領)が我々の友人ではないと理解すべきだ」と述べたと報道されています。まあ、なるほどという意見ではあります。

 この記事を読んで、アメリカ国内でも同じようなことを感じている黒い肌を持つアフリカ系アメリカ人は多いはずなのに、そう言えば今までこのような声が報道などで出てきたことはあまりないと、改めて感じました。

 ライスさんは、かなりネイティブに近い特徴を維持していて、肌の色も濃く、髪や骨格も異人種との混血を感じさせない感じなので、それが人種差別主義者も多いはずのあのネオコンの巣で高官を務めていることに違和感を感じる人もいるのではないでしょうか。正直に言うと、私もかなりそうした先入観にとらわれておりました。

 別に身体的特徴が思想を決めるわけではありませんので、コテコテのアフリカン・アメリカンが、思想的にはゴリゴリのネオコンでもまったく構わないとは思いますが、やはり第一印象は「えっ?」というものがあるのではないでしょうか。

 しかし、さすがにアメリカは民主主義の国なのか、そのような裏切り者呼ばわりをする声がこちらまでどんどん聞こえてくることがないことには、敬意を感じます。

 虐げられた民族というものは、しばしば思想的にも共同行動を取ることが期待されることが多く、異なる考え方を許されないという状況が生む悲劇を描いてたくさんの小説や映画が作られています。

 ライスさんにしても、あの姿形をしていますから、多くのの人が期待する考えと違うものを持っているということで、ここにくるまでにはたくさんの苦労をしてきたものと思います。私は彼女とはまったく考え方は違いますが、彼女を見るたびに彼女がこれまでに経験してきたであろう数え切れない苦労を思い、いつも感慨を覚えてしまいます。

 でも、どうして人は姿形である種の定型的な思想を持っているということまでも期待されてしまうのでしょう。

 そういえば、我々も「日本民族」として、日本人という外見的特徴を共有しているというだけで、思想的傾向までも特定の傾向を期待されてしまうことがあると思います。外国の人からそう思われるのなら、まあ仕方がないと思うこともありますが、同じ国の人たちから日本人なら「日本という国を愛するべきだ」とか「日の丸を見て感動すべきだ」とか「北朝鮮を憎むべきだ」とかいうあたりまでも期待されると、それはちょっと勘弁してよと思ってしまいます。

 今、世界を覆い尽くそうとしている原理主義というのも、同じ歴史や宗教を持っているものは同じ思想を持たなければならないという思想のようにも思えます。似たようなものなのかも知れませんね。

 それはさておき、ライスさんという存在はブッシュ政権に取っては、宣伝として利用しているだけなのかもしれませんが、それが宣伝になるというアメリカという国の「形を重んじる民主主義」も見ようによっては悪くないんじゃないかと思うこともあります。
by stochinai | 2005-02-13 23:13 | つぶやき | Comments(0)

日の暮の背中淋しき紅葉哉            小林一茶


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