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大学は、なぜ大学院生を増やしたいのか

 10月6日の「ポスドク問題の国家的損害」というエントリーに、たくさんのコメントがついて議論になっています。その中で、Aさんという方のコメントが大学院問題の核心をついた重要な点を指摘していると思われますので、こちらに再掲させていただいて問題を整理したいと思います。

 10月13日のAさんのコメントから抜粋します。
 これを読んでいる中に大学教育の関係者の方が多いのであれば、せっかく匿名なのですから「なぜ大学は今、大学院生が欲しいのか」について本音で話してもらえませんか? これまでの説明ではほとんど理解できません。また、これまでに企業や社会からほとんど必要とされることのない博士を大量生産してきたわけですが、「大学の考える大学院教育は、国民の税金でまかなわれる教育として妥当だったのか」についても意見をうかがいたいと思います。
 これに対して私が書いたコメントです。
 Aさん。他人事にように言うと叱られるかもしれませんが、私は大学院生の定員を減らすべきだと思っています。
 今は、学生定員より少ない状態にしておくと文科省から叱られて、予算が減らされるらしく(確認していません)、ひいては教員を減らさざるを得なくなるようなので、ほとんどの先生は学生を減らすという提案には賛成してくれません。
 確かに、大学院生を増やすことで、大学の予算が増えたり、団塊ジュニアの時代に一時的に殖えた教員定員を減らさなくても済んだという「取り引き」はあったようですが、現実には予算はほとんど増えなかったですし、その後どんどん減っているのが実態です(教員も減っています)。ですから、ここで学生を減らすともっと予算が削減されることを恐れているというのが大学側の本音のような気がします。
 そういう意味では、Aさんがおっしゃるように、学生をたくさん取ることにメリットがあるとも言えますが、タコが自分の足を食べながら生き延びているという程度だと思います。
 これに対して、Aさんが長いコメントをくださいました。3つに分かれているものをまとめて再掲します。
 なるほど。詳しい内訳は分かりませんが、大学のサイフは文科省が握っているので、文科省の設定した定員数に満たなければ大学の資金が削られ、結果として職員をリストラしなくてはならなくなる。そこで大学院生の獲得を選んだというのが実際でしょうか。つまり、大学院生・博士増産に対する見返りは「既存の職員のクビをつなげる」ことだったということになりますか。これは組織を守るために仕方のない緊急避難だったとも言えなくはないでしょう。
 ひとつ疑問に思うのは、本当に大学には文科省の言いなりになるしか選択肢が無いくらい、経済的に逼迫しているのかということと、大学院生を増やせば当然出口問題も予想されることなのに、なぜ看過してここまで来たのか、と言うことです。文科省の(無理な)要求に対してそれをはねのけるくらいの経済的、体制的な強さが大学には必要だと思いますが、理想論でしょうか。ともあれ、切り詰められるところは全て切り詰めてもまだ困窮しているというのであれば、大学院生を増やし、自分たちのクビをつなげたとしても、そのこと自体は非難されることではないと思います。

 問題となるのは、見返りに増やした博士が社会的にどこにも行き場がないことですね。今の職員数で精一杯の大学なのですから、博士が何人産まれようと吸収する容量がなかったのは始めからわかっていたことでしょう。にもかかわらず、大学以外の方向性を模索するような方向に大学院生を教育していかなかったのは欺瞞だったと思います。もし、増やした大学院生がきちんと社会に出て活躍していたのであれば、大学院教育の評価は大きく上がっていたと思います。おそらく、文科省も一部の上位大学はちゃんと博士を社会に送り出して来るものと期待していたのではないでしょうか。
 彼らが社会に出て、向こう40年近く国に税金を納め、消費にも参加するならば、社会的にも大きな貢献でしょう。しかし、このままいくと今の博士は納税や消費という意味では氷河期世代と同様、今後3、40年間、マイナスの効果を産み続けることになります。確かにこれは国家的損失で、こちらの解決もかなり重要だと思います(最終的にはこう言う社会に受け入れられない人たちの生活保障は、他の納税者が負担するということになると思います)。

 この大学院生の教育問題、結果として大学院の存在理由をも揺るがすレベルまでのダメージとなったわけですが、これに解決はないのでしょうか。今後として、大学院の学生を減らすというのは私も賛成です。東大が定員を増やしたところで、博士の社会進出を促すよっぽどの秘策がない限り、ここ何年かの惨状を再現するだけの話で、さらに無職者が出て社会負担が増えるでしょう。そうなると次は大学院の取りつぶし(統廃合)になると思います(そもそもこれが文科省の狙いではなかったのですか)。
 この統廃合を避けるための対策として、大学は財源を文科省以外のところにも求め、依存度を下げることが重要になると思います。こと授業料に関しては、きちんとした教育が行われ、若い人材が世に出て活躍できるのであれば、今の3倍4倍の授業料でも決して高い対価ではないと思います。また、財源を有効に生かすという意味で、経営体制を見直すリストラも必要だと思います。それから、やはり大学院の唯一の売り物である学位に付加価値をつけるためにも、今いる博士たちの社会進出はサポートした方が良いと思います(現状では途方もないマイナスの宣伝効果を生み出しています)。
 大学関係者ではないAさんに、大学側の事情を理解していただけたことはとてもありがたいと思いますが、同時にAさんがおっしゃられているように、「文科省の(無理な)要求に対してそれをはねのけるくらいの経済的、体制的な強さが大学には必要」だということを重く受け止め、大学は自己決定力を獲得していく必要があると思います。

 今から考えると不思議な気もするのですが、30年くらい前の国立大学は文科省が何を言ってもコントロールできないくらいの「強さ」を持っていたような気がします。同時に、その頃は文科省も大学が言うことを聞かなかったからといって、懲罰的な予算削減などということはおそらくあまりやっていなかったのように思います。文科省も大学も貧乏だったから、お金で支配できるというような関係にはなれなかっただけなのかもしれません。それが、国の科学技術振興政策で文科省が大きなお金を大学などに対して配布できるようになったことで、文科省はその配分決定を通じて大学を支配下におこうとし、逆に大学側ではいかに文科省に気に入られることでその配分を多く受けるかという、経済的支配原則が回り始めたような気がします。

 教育のことを考えると、実は大学院が重点化される前には、大学院には事実上「教育」などというものはなかったと言ってよいほどの(考えようによってはひどい)状態でした。大学院では「学生は先生の背中を見て自分で育っていくものだ」などという、何の根拠もない通説がまかり通っていましたから、大学院生を受け入れる研究者の側では大学院生が何人になろうとも、背中さえ見せていればいいのだからと何も心配していなかった能天気な先生が多かったように思います。しかも、それまでは大学院の博士課程を出ればその半分近くが大学の教員になれるくらいしか大学院生はいませんでしたから、就職が大変になるなどという想像力を働かせることもできなかったのかもしれません。また、大学院生の数が研究室から上がる研究業績に比例し、ひいては獲得できる研究費に反映するということになってきましたので、大学院生の獲得にはますます拍車がかかったというのが実態で、そのことは非難されて当然のことです。これに関しては、大学(私を含めて)は責任を逃れることはできません。

 また、文科省の方でも何を根拠にしてか、大学院生を増やして修士や博士が増えたら、企業がそういう人材を積極的に採用するはずだと「信じて」いたのだと思いますが、卒業生が出るころは就職難時代になってしまっていたので、超高等教育を受けた人材が失業者になることを防ぐためにも例の「ポスドク1万人計画」が予定を上回る速度で達成されたという声もあります。文科省の予想通りならば就職氷河期が過ぎた今、企業がポスドクをどんどんと吸収してくれるはずだったのでしょうが、増やしすぎた博士の中に質が低くて使い物にならない人がいることを「口実」に企業は博士を採用することに消極的です。

 ここまで来てしまった以上、博士・ポスドク問題はかなりの痛みをともなわずには解決することは不可能なことは認めざるを得ないと思います。そのためには、何度も書いていますけれども、大学院を少数精鋭に戻し、大学院教育を充実し「こと授業料に関しては、きちんとした教育が行われ、若い人材が世に出て活躍できるのであれば、今の3倍4倍の授業料でも決して高い対価ではない」と思わせるくらいの質を持った博士を世の中に送り出せる体制を作り、博士になった全員(少なくとも半分か3分の1は)が大学教員や研究者(大学・企業を問わず)あるいは、社会のリーダーになれるという状況をつくるべきでしょう。

 また、もはや大学や大学院の統廃合も避けられないことだと思いますが、ジリ貧になって文科省主導でツブされるのでなく、大学側が積極的に動いて変わっていくことが必要なのだろうと思います。そのためには、Aさんのおっしゃるように「大学は財源を文科省以外のところにも求め、依存度を下げる」ことや、「経営体制を見直すリストラ」さらには、大学・大学院の教育体制を抜本的に改革するためのリストラも必要になると思います。

 大学にそれをやらせるのは、納税者であり受益者である国民の声と力だと思うのですが、そうなると最大の問題は、国民の大多数が大学のことなど気にしてはいないことだという気もしてきます。

 出口は簡単には見つかりそうもありません。
Commented by re at 2007-12-07 08:55 x
>>納税者さん

「税金だ」と言う人は、概して所得が低く、これが手元に残れば、生活やローンが楽になるのに、と考えている場合が多いです。周囲に、新聞に名前が載るような高額納税者がいましたが、彼はそんなことは言いませんでした。

税金を納めていない者ほど、使い道に関して「税金だ」というのは矛盾だと思います。上の自称「納税者」さんも、ロクに納税もせず、納税額以上の社会サービスの恩恵を行政から受けている一人と推察します。

米国だと、低所得者でも年収の25-30%は所得税と地方税を取られていました。それに比べると、日本の税率は低いです。個人的には所得税の最低税率を米国並みの国税で25-30%にするのも良いと思います。
Commented by S at 2007-12-07 12:46 x
>アメリカだと、大卒の年収平均は500万程度。それに対し博士取得者は900万です。これだけ年収に差があれば、進学したいと思いますよね。日本では逆に、勉強したら年収200万のコンビニ店員ですか。。。これでは誰も科学に関わろうと思いません。当然だろと思います。

そうなんです。学歴が上がれば収入も社会的地位もアップという点では、分野を問わずアメリカもそれ以外の国々も、日本以外は同じようなものです。日本の外に出て「博士号持っているから就職厳しくて・・・」と言っても、なかなか通じません。

しかも、昔は「日本では会社で教育してくれるから・・・」みたいなことが言えたのですが、就職氷河期に採用を手控えたり過度なリストラしたりで会社の研修・教育制度もどの程度機能しているのか、あやしいものです。まあ、大学院のほうも、これまで象牙の塔に篭もりすぎていたという弊がありましたから、問題を抱えているんですが。

日本人以外にこのへんの事情を説明していると、相手も自分も「うーん。日本の未来は無いかも」と思えてきてしまいます。悲しい・・・。
Commented by S at 2007-12-07 12:47 x
アメリカ並みとは言いませんが、せめて共働き家庭を営める程度の年収をまともに博士号を取得したPD(なんちゃって博士は除く)に与えてはどうかと思います。「埋蔵金」があちこちにあるそうですから、この程度はできるのでは? (これ言うと、また「納税者」さんに怒られてしまいそうですが。苦笑)
Commented by M at 2007-12-07 14:38 x
ここに集う研究者さんたちの書いた論文は、被引用回数はどれくらいなんでしょうか?分野にもよるでしょうが、どれくらいが生き残れるボーダーなんですかね?そういう目安があると、進路適性を自己判断しやすいかも、、。
Commented by A at 2007-12-07 15:39 x
博士の評価が低い理由に、質のばらつきがあると思います。社会と交わる可能性の高いのは、どちらかというと大学院に残れない部分、質の低い方の人口が多いことが予想されます。この接点の部分で問題が生じれば生じるほど、博士の評価が下がるというのは負の循環です。改善の方向は、ひとつは質の高い方から社会に送り出すこと、もうひとつは大学院が責任を持って「最低レベル」を向上させていくことでしょうか。
 特に重要なのは、論文を掲載された雑誌の格で業績評価するのではなく、ゼロからどうやって研究を組み立て、意味のあるところまで持っていけたかという、普遍的なプロジェクト構築能力を評価するべき点だと思います。教官の与えたテーマを実行しているだけでは、たとえどんなにインパクトのある論文を出しても、年齢に見合う構築能力は上がらないので、社会での評価が下がるのは当たり前です。このプロジェクト構築能力を身につけさせるのが、最低ラインの博士教育だと思いますし、これにより研究の多様性も出てきます。また、これが出来れば企業も欲しいと思うでしょうし、一石二鳥です。既に立ち上がってるプロジェクトを終わらせるだけなら、修士で十分です。
Commented by A at 2007-12-07 16:48 x
付け加えれば、ポストポスドク問題には、絶対的なPIの数が足りていないと言う問題もあると思います。この解決は、もっと上位の博士ポストを増やして研究者層の「縦の」厚みを増すことでしょうか。

アメリカは日本の2倍の研究者がいるそうですが、PIレベルの人材も2倍(かそれ以上)いるでしょう。独立して研究を行う人口が多いということで、研究の多様性、層の厚さで大きな差があると思います。これは単純な個人の努力では埋まらないギャップだと思います。(万能細胞の話でも、アメリカではすでに複数のラボがこれに追いつき、追い越すような状況ですが、日本では山中さんだけで、予算の流れもここ中心ですので、ますます個人vs国家という構図になっている気がします)。

年齢に見合った社会的能力を身につけるという意味でも、30代以上のポスドクは、独立したPIになって研究を立ち上げると良いと思います。また、上にあるように業績で人材を切らずに、とにかくリーダーとして立ち上げの経験を積ませないことには、年齢に見合わない人材のままで終わり、大学院教育が無価値であることを示す、消えることない「負の象徴」となってしまうことも危惧します。
Commented by これ at 2007-12-07 16:55 x
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200712060047.html

 「成功しているのは、教師がすべて修士号を取得していて質が高く、同じ学校で長く勤務して責任を持たせているためだ」。まねるだけではダメ、教師の環境を整えることが第一だという。
Commented by A at 2007-12-07 17:07 x
上にリンクにある、

>『例えば、「勉強する」という言葉の代わりに「読む」をよく使う。「テスト前だから読まなくちゃ」といった具合だ。分厚い本を何冊も読むことが要求され、テストではその知識に基づいて、エッセー(小論文)を書かせることが多い。』

というのは面白いと思います。こう言う、暗記や決まった方法では答えが出ない問題を考えさせるというのが、教育の基本なんでしょうね。それがなぜか、大学院でも、ラボのお決まりの方法で与えられた実験をすることが博士の仕事になっていると。むしろ、全然違う分野の論文を100本以上読ませて、何か面白い研究計画をプレゼンしろ、という方が力になるんじゃないでしょうか。
Commented by M at 2007-12-07 17:55 x
>全然違う分野の論文を100本以上読ませて、何か面白い研究計画をプレゼンしろ

これって、アメリカの大学院でのpreliminary examそのものですよ。それでPIになれそうな人(合格者)は、博士課程に残れるけど、不合格者は退学です。我が身を省みず言わせてもらえば、日本の博士は玉石混交です。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-12-07 22:06 x
 またAさんのカキコにコメントするのですが。
賛成の方は
>普遍的なプロジェクト構築能力を評価するべき
>PDに立ち上げの経験をつませるべき

という点です。ただ、それを大学院の教育でカバーするのは限界があります。

また
 >ラボのお決まりの方法で与えられた実験をすることが博士の仕事になっている
 という例は私は知りません。皆、ボスからの難題をどうやって解決するかで悩んでいます。Aさん、日本の制度、PDや博士に過小評価でアメリカの制度に対しては幻想をもっていませんか?

 どうかと思うのは「教育」で解決をしようとしすぎている点です。問題は教育をするのは今の教官であること、とアメリカの大学院教育にも問題があるからです。こちらの学生はとにかく実験をしません。また何かを突き止めよう、発見しようという情熱も概して日本の学生よりも薄いものを感じます。それよりも授業で単位を取って博士をとろうというところに意識があるようです。アメリカではMさんが書かれたのとは違い博士取得者の多くは企業に就職します。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-12-07 22:35 x
日本の徒弟制度が必ずしも悪いとは思っていません。これは上手くいけば指導教官の持つエトスとか言葉にならないものを伝授できる制度でもあります。ただ意を汲むというコミュニケーションが出来なくなってきた最近の若者には(教官もかも)難しいのでアメリカ的な制度に代わっていくのは不可避と思っています。
 アメリカで大学院の学生やPDを見ていても、日本人の学生やPDが劣っているとは思いません。では研究レベルの大きな較差はどこから生じてくるのか?PIになってからの評価の厳しさが大きく違うからだと思っています。ご存知かとは思いますが、グラントの申請書は質量とも日本のものとは全く比較にならず、しかも研究計画の内容で評価されます。研究費が取れなければ研究者を辞めるしかありません。テニュアーを持っていてもラボの片隅に追いやられます。このグラント書きの時によく研究計画を練ることで成長するのだということはよく聞かされます。日本だと研究費が「過去」の業績や学会での人間関係に大きく影響されたりします。
Commented by ???二代目 at 2007-12-07 22:35 x
どっかのブログ(@日本)で「『これは世界初』などとグラント申請書に自信ありげに書いておけばOK」と書いてありました。 本当?!
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-12-07 22:39 x
 実際に見ていてアメリカでPDや学生の実験時間は圧倒的に日本より少ないのに仕事は進むのは元の実験計画がよく練られていて現実的で無駄のないものになっているからです。そういう意味ではアメリカの方がポスから言われることをただやっている、に近いでしょう。
Commented by S at 2007-12-07 22:57 x
多分、「どこで若手に独立した研究に挑戦する機会を与えるか」という点について、日本ではまだ機関ごとにバラつきがありすぎ、うまく機能していないものと思われます。
Commented by alchemist at 2007-12-08 15:14 x
>『これは世界初』などとグラント申請書に自信ありげに書いておけばOK
科研費ならば審査員によるでしょう。正確ではないことが判ればその時点で評価「1」を付けます。ただし、NIH grantと比べて審査する数が10倍くらい多いですから、完全には目を通せません。
Commented by A at 2007-12-08 19:14 x
皆さんの言われることを総合すると、アメリカでも日本でも、ポスドクの仕事はプロジェクトの遂行になるでしょうか。死活を分ける違いは、アメリカでは普遍的なプロジェクト構築能力を博士課程(もしくは入試)の時点から訓練し、必要とされるのに対して、日本ではポスドクをやって、「業績」を出してからでないとその訓練の機会がないというか、そもそも体系的な教育と評価のシステムがないので、教員自体その能力を持っているか怪しいというところでしょうか。

アメリカの大学院生は一番大事なスキルを一番最初に叩き込まれることにより、その気になればいつでも企業にその能力を売り込めるし、大学や研究機関に残る場合も、使う方、使われる方のどちらにも構築能力があるので優れた研究プランが立ちやすい(実際の遂行能力は別として)というところでしょうかね。さらに、いつでも他の道が残されていることで、ハイリスクな研究プロジェクトにも失敗を恐れず挑戦することができる点が国際的競争力を高めているのでしょうか。
Commented by B at 2007-12-08 21:17 x
大学院の教育の中身はそんなに違わなくて、
単に社会の慣習として、多くの組織で
博士を雇うか雇わないか
というだけの違いなんじゃない?
Commented by S at 2007-12-08 23:02 x
>死活を分ける違いは、アメリカでは普遍的なプロジェクト構築能力を博士課程(もしくは入試)の時点から訓練し、必要とされるのに対して、日本ではポスドクをやって、「業績」を出してからでないとその訓練の機会がない

まさに、この部分がかなり大きな違いですよね。そして、資金の配分。

京大のiPS研究がメディアでとりあげられていますが、たいして事情をよく知らない人々がコメントしていて、世間に妙な誤解をばらまいているのではないかと思うことがあります。
Commented by S at 2007-12-08 23:04 x
たとえば、今日の『ブロードキャスター』では、日本の個別研究室ごとの研究とアメリカの研究室ごとが連携した組織的な研究を対比的に取り上げ、このままでは日本の科学研究はいかん、と指摘。

ここまではよかったのですが、コメンテーターの方々が口々に「日本も国を挙げてこのような研究を支援しなければ」(←もう発表されましたよ・・・)、「日本は悪平等で数十万円ずつ研究費をばら撒いているからいけない」(←それは昔の話ですよ・・・)と続けておられました。よく事情を知らない人間が見ていたら、多分鵜呑みにすると思います。

これに続いて、PISAの結果が「日本の科学が危ない」という論調で触れられていましたが、ポスドク問題と合わせて日本の科学教育・研究の現場の問題そのものの中核に迫るような特集にはしてはくれていませんでしたね。残念。  (← これって、メディアの人たちの企画のヒントになるのでは?)
Commented by 外野 at 2007-12-08 23:36 x
iPSに関して言えば,国が号令をかけないと「オールジャパン」ができないのが日本,あちこちから即座にトップジャーナルにのせるだけのdataがでてきて勝手に「オールアメリカ」になっているのがアメリカ,日本のアカデミアはやっぱりお上が号令をかけないと動かないメンタリティなのでしょうか。
Commented by stochinai at 2007-12-08 23:47
 ブロードキャスターは私も見ました。日米の教授がインタビューを受けている場所の差だけを見ても、日本はもう負けていると感じざるを得ませんでした。

 また昨日は、大臣達が山中さんを呼びつけたニュースもやっていました。これを見ても、もう勝負は着いていると思わざるを得ませんでした。今彼がもっとも欲しいのは時間ではないかと思うのに・・・。

 山中さんの研究成果はほんとうにすごいと思いますが、それが基礎科学の中から出てきたということを考えるならば、彼の仕事だけではなくまだ芽の出ていない基礎科学全体を振興すべきだということや、たくさんいる研究者予備軍であるポスドクにどんどんオリジナルな仕事のできる環境を与えるのがいいのだという議論になっていかないようでは、今回の騒ぎもバブルに終わってしまいそうな気がします。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-12-09 00:10 x
 アメリカの大学院教育に関しては幻想を持っている人が多いと感じています。僕は実際に大学院には行っていないので、実際の院生やPDを見て判断しますが、アメリカで学位をとった方に聞くと、「広範囲の基礎的な知識を叩き込まれた」「課題の量がすごかった」ということを言われます。コースワークで研究能力が上がったという話は聞いたことがありません。
 アメリカの院生の方が日本の院生よりも明らかに優れているのはプレゼン能力でしょう。短期で訪れた人はこれで勘違いをして帰っているんだと思います。逆に日本人のほうが優れているのは実験技術や、粘り強さという点だと思います。これは馬鹿にはできません。

>全然違う分野の論文を100本以上読ませて、何か面白い研究計画をプレゼンしろ
 僕も助手時代にもっとものを考えさせるような演習ができないかなと思っていたので、否定はしないのですが、コースワークで研究能力が上がるほど研究とはそんなに簡単なものでしょうか。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-12-09 00:10 x
そもそも確定している情報だけを使って論理思考をするというのがそんなに高度なことですか?私はそうは思いません。むしろ高度ではないから授業でできるのです。実際の研究では確定していない情報を元に判断をしなければいけません。またそこに「自分」というものが入ることで客観視が難しくなります。自分の考えた仮説にたいするこだわり、実験の不確かさもデータによって異なります。ですから実際的なところから入っていく日本のやり方の持つ強みというものを認識するようになりました。
Commented by query at 2007-12-09 00:53 x
>日本のアカデミアはやっぱりお上が号令をかけないと動かない

お上が金と人をくれないと動こうにも動けません。
Commented by あざみ at 2007-12-09 00:56 x
そんなことより、 40台海外ポスドク、さんはなぜ、ポスドクを10年?もやって、PIではないのでしょうか?

そちらの説明の方が、読者のみんなには貢献が大きいと思います。

Commented by あざみ at 2007-12-09 01:05 x
>>それが基礎科学の中から出てきたということを考えるならば、

stochinaiさん! これは理解できない。 「基礎科学」という概念の定義によるのではあるが、「万能細胞」なぞ不自然=工学的対象であると私は考える。

これは、長生きを至上の価値とする近代快楽主義に合致した技術主義的思想の歓迎する科学技術である、と私は思う。

stochinaiさんの目論見は、山中業績すごい→それは基礎科学の中から出てきた→大学、基礎科学から出てきた→大学に金だせ!大学を大切にしろ!というイデオギーだと、私は考えます。

でも、山中さんの発見・発明はノーベルのダイナマイト発見・発明の系譜には違いありません。これで人類が「幸せ」になるのかは....。
Commented by stochinai at 2007-12-09 01:38
 あざみさんがおっしゃるように、私の「イデオロギー(上で言いたかったこと)」は訳のわからないように見える科学から、(今人々がもてはやしている)技術が生まれてきたのだからもっとイノベーティブな技術が欲しいと思うのなら、大学を大切にすべきだということです。

 「万能細胞」が不自然な存在であるというご意見は傾聴に値するものですが、それは間違いなく過去60年くらいに蓄積された基礎学問である「発生学」から生まれてきた「成果」のひとつです。

 もちろんiPSが人類を幸せにするかどうかはわからないと思いますし、場合によってはとんでもない結果を引き起こすことになる可能性もないとは言えません。だから、そんな科学をやっている大学などサポートする必要がないとおっしゃるならば、それは間違っていると思います。なぜならば、iPSが生み出すかもしれない悲劇の対策を研究するためには大学のような研究機関が必要だからです。
Commented by 鶏肋36歳PD at 2007-12-09 01:43 x
あざみ様
科学はそもそも幸せになることを前提に進んでいるとは限りませんよ。山中さんの今回の成果はすばらしいと思いますが、その成果の応用ばかりに力を入れるのではなく、その成果を生み出すような基礎にも力を入れて欲しいとは私も思います。
あと、40台海外ポスドクさんの意見は参考になるものが多いと思います。現在PIでであるかどうかは、意見の軽重にいささかも影響しないと思います。
Commented by A at 2007-12-09 02:16 x
>「広範囲の基礎的な知識を叩き込まれた」「課題の量がすごかった」

これが大事なのでは? この訓練がきちんとしてれば会社でも使えそうなことは期待できます。昔、大卒の学歴が偏重されたのも、少なくとも入試の時点でかなりのことを詰め込まれていることが保証されていたからでは? 
 逆に言えば、研究室の専門知識がいくらあっても「会社でやって欲しいのは違うテーマだから」と言われたらすれ違いで終わってしまうのではないでしょうか。


>アメリカの院生の方が日本の院生よりも明らかに優れているのはプレゼン能力でしょう。

>逆に日本人のほうが優れているのは実験技術や、粘り強さという点だと思います。

プレゼンはとても大事ですよ。これがうまく行かないとプロジェクトが始まりませんし、人も雇えません。実験技術や粘り強さはそのあとに必要になることでしょう。ポストポスドク問題もこの辺にずれがあるのではないでしょうか。技術、粘り強さに博士号が必要でしょうか。そもそもこれを訓練、評価できますか?
Commented by A at 2007-12-09 03:00 x
>彼の仕事だけではなくまだ芽の出ていない基礎科学全体を振興すべきだということや、たくさんいる研究者予備軍であるポスドクにどんどんオリジナルな仕事のできる環境を与えるのがいい

これはその通りだと思います。ニュースを見ていて思うのは、あたかも山中さんが何も無いところから万能細胞を作り出したかのように話しますが、これの元になったクローン技術の発見などいろいろな元になる研究成果というものが存在します。山中さんたちの「発見」は飛躍的でしたが、山中さんをサポートさえしていれば日本はiPSに関連する全ての分野で主導権を握れる、と思っているなら、とんでもない事になると思います。
 そもそもなぜ、主導権を握ることが重要かと言えば、特許や実施権を押さえるだけでなく、その発展、利用などに関する議論の主導権も握ることになるからではないでしょうか。議論次第では、iPS作成技術は人類の宝だから特許権は認めない、ということにもなりかねません。アメリカはその辺をわかっていて、さっさと実用段階の研究を押さえると言うところでしょうか。最終的に山中さんにはノーベル賞、アメリカはiPS治療の実施権という成果配分になりそうです
Commented by S at 2007-12-09 03:01 x
stochinaiさんが指摘なさっている「訳のわからないように見える科学から、(今人々がもてはやしている)技術が生まれてきたのだからもっとイノベーティブな技術が欲しいと思うのなら、大学を大切にすべきだ」という洞察には全く同感いたします。しかしながら、なかなか日本の報道はこの域にまで達していません。せいぜい、『ブロードキャスター』に見られたように、「すごい研究成果が出た→支援しなければ!」でおしまいです。

日本の科学ジャーナリズムの底がいかに浅いかがこれだけでもわかってしまいます。メディア関係者に大学院レベルの科学教育を受けた人間が増えること、少なくともそのレベルの話のできる人間を育てていくことは、日本の科学界にとっても今後、非常に重要になってくることでしょう。
Commented by S at 2007-12-09 03:03 x
40台海外ポスドクさんのおっしゃるように、アメリカの教育を過度に理想化するのも問題があるかと思います。と言うか、アメリカは大学・研究機関のレベルに大変ばらつきがあるので、一概に「これがアメリカの教育・研究だ」と言えない難しさがあります。アメリカの例について何かを言う場合には、どのレベルの教育・研究機関について問題にしているのか限定しながら話し合ったほうが、建設的ではないでしょうか。

なお、40台海外ポスドクさん、「コースワークで研究能力が上がる」とは誰も書いていないように思います。Aさんが書かれたのは、「preliminary exam(Ph.D.candidateに正式になるための試験)」の一つに、先行研究をふまえつつ自分なりに研究を組み立てることを要求する課題があるということではないかと思います。このような訓練を受ける機会が日本の大学では制度化されていないので、PDの独立が遅れるという弊害があるということではないでしょうか。
Commented by A at 2007-12-09 03:08 x
それと、山中さんを持ち上げて、オールジャパンとか言うトップダウン組織を作るそうですが、それで基礎研究軽視の方向に向かうということだけは勘弁して欲しいですね。一面として、細かい技術は海外の文献から得て、日本は今回のような大きな飛躍の部分だけ狙えば良いという考えもあるかも知れませんが、それでは最終的に主導権を奪われます。既に今の流れを見てもアメリカは追いつき、追い越そうとする勢いです。
 この強みがどこにあるのかと考えると、まずラボの数、そしてカバーする研究領域が広範であること、加えて、個々のラボの持つ基礎研究能力が専門分野で突出していることではないでしょうか。こう言ったハイレベルの基礎科学の地盤があるからこそ、個々のラボがiPS技術を取り入れると、あっという間に広い範囲を網羅する研究成果が立て続いて発表されるということになるのではないでしょうか。つまり、オールアメリカというのがもしあるとすれば、その実態は個の力の集積によって作られるもので、オールジャパンとは全く異なる、ボトムアップ形式の研究形態だと思います。このどちらが強いのか、それはこの2、3年ではっきりするのではないでしょうか。
Commented by S at 2007-12-09 03:09 x
>山中さんをサポートさえしていれば日本はiPSに関連する全ての分野で主導権を握れる、と思っているなら、とんでもない事になる

蛇足ですが、これって、「優秀な血筋を残す」ために近親者で結婚を繰り返していると、逆に遺伝的に様々な弊害が生じてしまう・・・というパターンに似ていますね。

本当に優秀な子孫(=研究成果)を将来的に残したいのであれば、多様性と層の厚さを確保すべきです。今、優秀そうに見えるものだけを大切にするのでは駄目なのです。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-12-09 03:48 x
 AさんもSさんもいつも肝心なところはスルーで枝葉の部分に反論しますね。
 まず前も書いたけど僕は企業や大学にもいたので、ポスドクはのべ3年しかやっていません。しかももうすぐ企業の世界に戻ります。鶏肋さんのおっしゃるとおり立場で意見の「軽重」は変わらないと思いますが立場による経験の差や利害関係には違いがあります、少なくとも常連の方は立場をある程度明らかにすべきと思います。
 Aさんの書かれるものに反応するのは、Aさんがメディア関係者であり、官僚や研究者の上のほうの方と交流があると以前指摘されていて、Aさんも否定されていないからです。私から見るとAさんの立場は確かに官僚や大ボスクラスの研究者の立場に沿ったものになっていて、地方大学の現場、ポスドクの実態、アメリカの大学院の実態などについてはご存知ないようにお見受けするからです。しかもこの立場が現在ポスドク問題でメディアで報じている立場と全く重なっています。このことに危惧を覚えるからです。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-12-09 04:02 x
 以前ここで、企業が業績主義を取り入れて大失敗したという話が出ていました。私はこれは日本の企業が「自分たちが今まで何をやっていたか」をちゃんと理解していなかったことが原因だと思っています。自分たちのやっていたことは当たり前すぎて言葉に出来ていなかったのでアメリカから来たものに簡単に飛びついて失敗してしまったのです。
 同じことを教育でもやろうとしていないか?ちゃんと今までの教育のよさを評価できているのか、言葉に出来ているのか疑問に感じます。それを出来ていないで、アメリカ風の教育にしてしまうと、以前の良さもなくなり、新しいものも上手くできないという最悪の状態になってしまいはしないかという危惧を感じます。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-12-09 04:51 x
 前から書いていることなのですが、ポスドク問題を教育問題にすりかえるのは素人目にわかりやすいけれども、ミスリーディングだと思っています。ポスドクが就職できないのはポスドクの質が問題なのですか?全然問題がないとは言いませんし、教育を改善すべき点も多いでしょう。しかしそれが一番の理由でしょうか?

Sさんの
>このような訓練を受ける機会が日本の大学では制度化されていないので、PDの独立が遅れるという弊害があるということではないでしょうか。

 日本でアカデミックポジションを取るときに「これからの研究計画」を書くわけですが、これがコネとか評判とか業績に比べて採否にどれだけの重みがあるでしょうか?採用されるかどうかはPD間での競争であって、独立が遅れることと研究計画の能力と何の関係もありません。

 同様にお二人の考え方ではアメリカの研究が優れているのも教育だとおっしゃる。私はそれよりも、PIになってからの評価制度の方がずっと重要だと申し上げているのですが、これに関してのコメントはないんですね。
Commented by あのう at 2007-12-09 12:44 x
どっちも重要なんじゃないの?
Commented by A at 2007-12-09 12:50 x
>PIになってからの評価制度

これに関しては、以前にも言ったことがありますが、日本は末期的状況です。一度職を得てしまえば、不祥事を起こさない限り雇用は続くし、退職金も年金も満額出るわけです。実のところ研究/教育は趣味程度でも何も問題ありません。
 そういう責任ない人間が、大学院生やポスドクの教育に関わっていることが大学の問題です。特に、研究はまだしも、教育をしないということは、将来の人材を歪め、社会にも出れない半端者を量産することになり、大学院の価値を著しく貶めます。もちろん、このような不適切な教員を減俸、もしくは降格させることができるのであれば、評価でもなんでもやった方が良いと思います。ただ、残念なことに大学人事は国の管轄害ですから、強い措置には出られないし、国民の声も届きません。
 ポスドク問題も同様で、彼らをPIにして鍛え上げれば良い話ですが、実際は、弱い立場の彼らに、無能のレッテルを貼りつけ、責任をなすりつけて終わりです。大学の言い分は、「昔から大学教育なんてこんなものだった」ですが、「少なくとも教育責任は果たせ」というのが私の意見です。
Commented by ラント at 2007-12-09 13:07 x
ポスドクたたき、会社たたきの第5ラウンド
そろそろ厭きてきたもので、第6ラウンド開始して、
教授たたきにもどりましょう。

Commented by S at 2007-12-09 13:25 x
40台海外ポスドクさん

>同様にお二人の考え方ではアメリカの研究が優れているのも教育だとおっしゃる

私は決してそのようなことを書いてはいませんが?「40台海外ポスドクさんのおっしゃるように、アメリカの教育を過度に理想化するのも問題があるかと思います」と書いたのを御覧になりましたか? これは、むしろ、あなたのお考えに同意を示した発言だったのですが・・・。 また、「日本のは駄目だ」とも言っていません。

最後の文章は、40台さんが誤解しておられると思ったAさんの発言の主旨(研究能力をどこで訓練するかに関する部分)を僭越ながら自分なりにまとめて付け加え、見当違いの「行き違い」を防ごうとしたのです。あの部分は私の考えではなく、「Aさんが言わんとしていたと思われる内容」です。私の書き方が曖昧だったのかもしれませんが、どうぞ間違えないでください。
Commented by S at 2007-12-09 13:32 x
「アメリカの大学・研究機関はバラつきが激しいので、一概に『アメリカ』とは言えないので、今後はどのレベルの機関の話をしているのかを明確にしたほうが良い」と書いたのは、別に40台さんだけに向けて書いたのではありません。一般論を語る上での基本的な注意事項を自戒を込めて書いたのです。「日本の大学・研究機関・企業」について発言する場合にも、同じ注意が必要ですが。 

大切なのは、アメリカ(でもどこでもいいですが)と日本の様々なレベルの機関における研究・教育制度を総ざらいして、それぞれにおける長所・短所を洗い出し、そこから、現在の日本の研究・教育の現場における状況に適用可能なものを選び出したり、多少の変形を加えて応用したりする作業ではないでしょうか。「どっちが素晴らしいか」を決めることは、全く重要ではないと思います。 (今、ちょっと時間が無いので、これで失礼します)
Commented by BB at 2007-12-09 15:03 x
問題抽出はいいとして、行動としては具体的になにすればいいのでしょう。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-12-09 15:56 x
 議論自体がかみ合わないのでそろそろやめにしようと思います。
 Sさんのアメリカの教育が良いとかかれている点2点についてそれは当たっていないと具体的に指摘したのに、それに対する回答が一般的で当たり前な
>アメリカの教育を過度に理想化するのも問題があるかと思います
では何の回答にもなっていないでしょう。
 Aさんの教育論に賛同する形でアメリカの教育の良い点を論じれば、流れとして元のAさんの意見に賛同することになりませんか?誤解されるのはSさんが僕やAさんのコメントに対して表面的に反応しすぎだからではないですか?
 それから私がAさんを誤解しているとも思いません。
実際の自分の研究の中でやるか、他人の論文を元にバーチャルな研究シミュレーションをするかということで、後者をコースワークと表現したのが不適切とも思いません。後者を否定するわけではなくやったらいいと思いますが、自分の研究でやるのとは質的な差があるため幻想を持たないほうが良いと指摘しました。
Commented by ???二代目 at 2007-12-09 15:57 x
とりあえず、stochinaiさんがまとめられた(1)「基礎科学全体を振興すべき」・(2)「研究者予備軍であるポスドクにどんどんオリジナルな仕事のできる環境を与える」という二点から議論を深めて、行動に移していけばよろしいのでは?

それにしても、日本のPDってどこで「オリジナルな仕事」をする訓練や機会を与えられているんでしょう? 「日本ではポスドクをやって、「業績」を出してからでないとその訓練の機会がない」という現場、結構多いですよね? そして、「PIになかなかなれない」とPDがぼやくと「オリジナルの研究をしていないからだ」と言われる・・・。なんだか、正社員になるための第一歩として一生懸命働いてきたのに「専門能力・技能が無い」ということで正社員になれないフリーターさんたちと重なってきますね。
Commented by なんで怒ってんの? at 2007-12-09 16:06 x
Sさんは誤解を避けるために、40台海外ポスドクさんに対して「アメリカのどのへんの大学の例を具体的に想定して議論しているんですか?」と質問しただけだと思いますけど・・・? 
Commented by BB at 2007-12-09 18:11 x
議論の落としどころを作る訓練が必要なことは分かりました。
Commented by 食い詰め博士 at 2007-12-09 20:37 x
・・・で、結局どうすれば私のような人間はすくわれるのでしょうか。
アカデミアも残れない、企業にも行けない、私のような人間は。
Commented by KKK at 2007-12-09 20:56 x
企業にいくしかありません。
Commented by 鶏肋36歳PD at 2007-12-09 21:33 x
食い詰め博士さま
私も似たような身分で、情緒不安定気味です。失礼ですが、ここで議論をされている方々は何の力にもなって頂けませんので、結局は自分で何とかするしかありませんよ。お互い人生を投げず、粘りづよく生きていきましょう。これまでの研究でも諦めずに頑張ってきたのですから。
Commented by 趣味の社会学 at 2007-12-10 02:05 x
日本の徒弟制の良い部分が崩れ、独自の研究力を高める機会の設置を抜かして中途半端にPD競争原理が取り入れられた現状では、以下の道があるということでOK?

(1)オリジナルな研究に早くから着手できた少数の人々&教授のおぼえめでたくてなんとなく残れた人々=大学・研究所の常勤PI・教育職。

(2)売れそうな研究・人から頼まれた押し付け研究でも嫌がらずにきちんと成果を出せて、なおかつ、研究職以外に配置転換されてもなんとかやっていけそうな人々=企業に就職

(3)能力もしくは人脈・運の関係で大学・研究所の常勤PI・教育職にはなれず、しかも研究あるいは実験以外のことはやりたくない(できない)人々=大学・研究所の研究助手(含公務員)

(4)能力もしくは人脈・運の関係で大学・研究所の常勤PI・教育職にはなれないが、科学教育はそれなりに楽しいかもと思っている人々=大学・高専・高校・中学などの科学教育者。

↓のような分析を読んでいると、上のような進路が妥当と考えられ。まずは、(3)(4)の拡充が必要か。

http://abyss.blogzine.jp/shisetsu/2005/12/post_2ad4.html

http://mercamun.exblog.jp/6276313/
Commented by K at 2007-12-10 18:24 x
>特に、研究はまだしも、教育をしないということは、将来の人材を歪め、社会にも出れない半端者を量産することになり、大学院の価値を著しく貶めます。

大学院生やポスドクの教育は、研究推進の現場で知を生み出すノウハウやプロセスを体感させることにあるはずです。従って研究をしていない人はもはや教育をしているとは言えないと思います。
誰かのテーマで論文は出したものの、これから何を研究すべきかという自身のビジョンは持たず、パーマネントになって停止するパターンは多いと思います。一つのテーマの研究推進能力と、その後に何かを成し遂げられるかは必ずしも一致せず、後者を教育できる人は数少ないと思います。後者の能力の評価は困難なので人事採用は前者の成果に依存する訳ですが、少なくとも一定期間で再評価する制度がなければ人は停滞しやすいと思います。私自身ポスドクで、いつかのパーマネントを夢見て身を削る毎日ですが、もしプレッシャーのない職を得たらとりあえず休暇のような日々を送ってしまう絶対の自信があります。なんて。
Commented by M at 2007-12-10 18:52 x
食い詰め博士様、鶏助様。
名が売れていても中小企業は結構開発研究陣は手薄なので、そういう会社に応募してはいかがですか?特に地方地場産業は人材を求めていると思いますよ。こういった身の振り方もまた、「問題解決能力」の一種ですね。
Commented by R at 2007-12-10 19:53 x
>大学院生やポスドクの教育は、研究推進の現場で知を生み出すノウハウやプロセスを体感させる

これが効を奏してないから問題になってるのでは?
Commented by 元祖??? at 2007-12-11 00:10 x
>>趣味の社会学 様
> 現状では、以下の道があるということでOK?
> (1)大学・研究所の常勤PI・教育職。
> (2)企業に就職
> (3)大学・研究所の研究助手(含公務員)
> (4)大学・高専・高校・中学などの科学教育者。

現状認識が随分あまいです。上記の職があれば、ポスドク問題はないですよ。

現状は
(1) 大学・研究所の常勤PI・教育職。(毎年、ポスドクの5%程度が就く)
(2) 企業に就職
(大企業はまれ。求人は、修士20に対し、博士1程度の比率。多くは、中小企業やベンチャーに就職。もしくは派遣社員になり,低収入。)
(3) 大学・研究所の研究助手(含公務員)
(常勤の研究助手のポジションは、人員削減で消滅し、今は殆ど無い。バート並みの扱いのアルバイト的な職(2-3年任期)のみ。時給850-1500円程度。年収200-300万程度。これでは家庭も持てない)
(4)大学・高専・高校・中学などの科学教育者。
(一番可能性はあるが、小中高の学校の先生は、院卒を嫌う。東京都などでは、院卒は問題校に回されることが多く、新任で進学校に配属される例は殆どない。教師の世界も、高学歴差別が強い。むしろ、塾講師の方が多い。)
Commented by 元祖??? at 2007-12-11 00:18 x
博士卒やポスドクは、報われない。職が無いのは、日本の雇用慣行による部分が大きく、一筋縄では改善し得ない。

毎年、上位の5%程度が大学や研究所に職を得る。
それ以外は中小を主体とした企業、塾講師、あるいは、パート扱いの補助員、家事手伝いとなる。、無職・不明も1割近くいる。

弁理士並みの難関をパスし、大学や研究所に職を得ても、年間50万円以下の研究費しかつかず、外部資金を取らねば研究も出来ない。給料も修士卒で企業就職した人よりも安い。

この、2-30倍以上の難関を勝ち抜いて得た大学や研究所の職も、5年のテニュアトラックで、先の保証はない。テニュアが取れないと、年齢が高い分、再就職は不利になる。

こんなに、著しく不利な雇用条件で、誰が、科学に携わろうと思うだろう。
博士進学やポスドクは、人にはお勧めしない。
日本の未来は暗いが、それも、国民が望んだことだと思う。
Commented by 趣味の社会学 at 2007-12-11 01:04 x
元祖???さん。もちろん、上記のは「理想型」、「夢」です。だから、(3)(4)の拡充((2)もですが)が必要、なのです。

それから付け足すと、年齢制限の真実なる(制度上だけではない)撤廃と、すべての場合、最低限、修士卒と同等の待遇が実現されるべき。 それには、学歴(学校歴ではない)がきちんと社会で評価されるように根本から変えないといけませんけどね。 (これ書くと、「学歴インフレになってだめ」とかまた書く人いるでしょうけど)

>こんなに、著しく不利な雇用条件で、誰が、科学に携わろうと思うだろう。
博士進学やポスドクは、人にはお勧めしない。
日本の未来は暗いが、それも、国民が望んだことだと思う。

悲しいけど、同感。つくづく、日本国民はあほですね。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-12-11 01:39 x
 僕はベンチャーに行くんですけど、給料安いしいつ潰れるかわかりません。しかし、今多くのポスドクはベンチャーなんて嫌だなと思っているかもしれませんが、高齢ポスドクの切捨てはこの世界ではもう既定方針なので、需給関係からすると今条件が悪いとおもっているところにさえ就職できなくなってしまわないかと思っています。

Mさん
 後よく中小企業に行けという人がいるんですが、これはどういう会社を指しているんですか?地方地場産業で研究開発って???ちょっと想像できないんですね。実際にそういうところにいったポスドクがいるんでしょうか?ポスドク叩きでないならもう少し詳しい情報を出してください。
Commented by 食い詰め博士 at 2007-12-11 02:04 x
やっぱり正月は樹海かな。
Commented by 元祖??? at 2007-12-11 03:06 x
>>趣味の社会学様

私も同感です。

>> こんなに、著しく不利な雇用条件で、誰が、科学に携わろうと思うだろう。
>> 博士進学やポスドクは、人にはお勧めしない。
>> 日本の未来は暗いが、それも、国民が望んだことだと思う。

> 悲しいけど、同感。つくづく、日本国民はあほですね。

科学の振興とか、新聞が報道しているが、悪い冗談だと思う。
これだけ、人生で不利な条件を付けて、科学を振興するつもりが
あるのだろうか?

同様の問題は法科大学院でも起きる。日本の街をシャッター街だらけにした改正大店法も、法曹職を骨抜きにする法科大学院も、農村をさらに過疎化させた支援の取りやめも、「年次改革要望書」という米国の日本への内政干渉を目的とした文書を小泉バカ内閣が実行したから。。米国の目的は自国の利益だから、日本が実行したら、日本が不利益を蒙り社会がすさむのも明らかだ。

おそらくは、ポスドク制度や科学のファンディングも根っこは同様の気がする。マスコミは何故か米国の内政干渉を報道しないし、内政干渉に触れた評論家を番組から外している。

「年次改革要望書」とgoogleで検索すれば出てくる。
Commented by 趣味の社会学 at 2007-12-11 04:22 x
>元祖???さま

付け加えさせていただくならば、例の欠陥住宅の件もアメリカの要望でしたよね。

私は右翼は大嫌いですが、こんなご時勢になると反米右翼に望みをたくそうとする人間が増えるのは、少し理解できるような気がします。伝統的な左翼は常勤・正社員以外の人間には冷たいですしね。

でも、

>食い詰め博士さま

もちろん冗談でしょうが、こんなんで樹海に行ってしまっては、それこそ犬死です。なんとか自分の知識と技術を少しでも活かせる職場にもぐりこみ、そこで一定の存在感を出し、貧乏でも楽しく暮らす術を見つけましょう。それが一番の社会に対する「復讐」であり、なおかつ(逆説的ではありますが)一番の「社会貢献」でしょう。
Commented by 元祖??? at 2007-12-11 12:57 x
>> 趣味の社会学様
> 付け加えさせていただくならば、例の欠陥住宅の件もアメリカの
> 要望でしたよね。

建築基準の審査を必要以上に厳しくし、マンションなどが売れなくなっている問題ですね。

もうひとつ、付け加えると、郵政民営化も、年次改革要望書を実行したに過ぎないこと。郵便事業は黒字で、日本の財政赤字とは無関係。自民党の国会議員が反対したのも当然だと思う。マスコミは「抵抗勢力」と煽っていたけれど。

自分は反米でないし、在米経験もあるが、すべてアメリカの言う通りでは問題が多すぎる。

脱線してすみません。話をポスドク問題に戻しましょう。

>>食い詰め博士さま

気持ちはわかりますが、そのときに選べるものの中で、一番ましなものを選んでいけば、きっと未来が開けると思います。
そう思ってがんばりましょう。
Commented by nanchattePhD at 2007-12-12 22:27 x
大学は教育機関であって、研究機関ではない。なのになぜ、こうも自然に大学ポストが研究をずっと続けてきた研究者である自分の、あるべきポジションと考えられるのか、おかしくて仕方がない。

研究の先端において知を生み出す能力があることと、他人が知を生み出すのを助けることには、異なるベクトルの能力が要求される。現状の大学院教育は、他人が知を生み出すのを助けることに関してただの一度も、何らの専門教育も受けていない人物が、ただ教員のポジションにありついたというだけで、教育者面をするというのが実態。そんな教育を誰が進んで受けたいと思うんだろうか。

そんな人物から得られる教育なんて、その研究分野の専門知識や研究方法しかないし、それは世の中で必要とされる能力ともまた異なる。
それ以外の普遍的な問題解決力等は、与えられた環境で伸びただけであって、別に教員からの教育を受けたことでで伸びたわけではない。そんな教育は世の中から必要とされなくて当然でしょ?

研究をやってないと研究の指導ができないというのであれば、教育を施す訓練を受けていないと教育なんてできるはずがない。
Commented by ラント at 2007-12-12 23:04 x
そうだ
研究者を放逐して
大学から学問を追放するのが今必要なんだ
そのあとには教育のプロ
高校の先生
塾の先生
企業の研修担当者
で埋めましょう
Commented by コメント at 2007-12-13 00:39 x
またまた、自分の不遇を、大学院教育に責任転嫁する奴が登場かよ。

大学院は教育機関だが、「予備校までの様な教育」を施す機関ではない
ってことだろ。
Commented by 鶏肋36歳PD at 2007-12-13 00:46 x
学問というものは、これまでの研究成果で得た知識の蓄積でもあるわけで、したがって、大学教育も、教科書にあることを伝えるだけではなく、教科書に載っていないことを開拓していく、及び誤りを正していくことを教えるのも重要なわけです。
私もその両方に携わりたいとずっと思ってきたのですが、まあ、無理なのかもしれませんね。
Commented by 文部科学省によると at 2007-12-13 01:00 x
大学は研究と教育を同時に行う機関であり、大学院は研究に重点がおかれる、という事らしいです。

大学の劣化が言われていますが、最近ではもしかすると、小学並みの稚拙な思考を綴った文章をかいても、進級できてしまうのでしょうか。
Commented by ???二代目 at 2007-12-13 02:55 x
>大学は研究と教育を同時に行う機関であり、大学院は研究に重点がおかれる、という事らしいです

だったら、両者を組織として分けるべきではないでしょうかね。

(1)研究する一方で大学学部=教育に重点を置いた大学と、研究中心の大学院に重点を置いた大学に分ける

もしくは

(2)同一大学内で、学部を中心的に担当する教員と、大学院を中心的に担当する教員に分ける。

しかも、教育と研究の評価は対等のものとして(とりあえず、基本給は大学学部担当教員も大学院担当教員も同一、など)。

しかも、単純に考えると、大学教員の雇用がほぼ倍増するので、PD就職先対策にもなります。少子化による学部生呼び込み対策としてもレベルの高い教育は、今後ますます重要になってくるでしょう。まさに一石二鳥。
Commented by ???二代目 at 2007-12-13 03:00 x
たとえば、アメリカには、大学院はぱっとしないけれど研究者としてもなかなかの力量のある教員によるきめ細かな学部教育で、学部段階としてはアメリカ国内ではアイビーリーグ校よりも有名な大学ってあるじゃないですか。あんな感じの大学があってもいいと思うんですよね。

でも、日本の現状だと、大学院の規模や研究成果だけでその大学機関・教員が評価され、予算にも影響が出る・・・という仕組みですよね。つまり、相変わらず評価基準が「研究>>>>>>教育」で一元的。
Commented by 一言 at 2007-12-13 09:59 x
>しかも、単純に考えると、大学教員の雇用がほぼ倍増するので

単純に考えると、教員数は増えずに、教育活動も研究活動も半分になるだけでしょう。
Commented by コメント at 2007-12-13 10:47 x
研究中心大学と、教育中心大学に分ける。
そんなつもりで、文科省は交付金や研究費を傾斜配分してるんだろう。

結果は、地方大学で研究が出来なくなり、院生や学部生の教育レベルが
下がり、科学技術の層が薄くなっただけ。
Commented by コメント at 2007-12-13 10:56 x
> 大学院はぱっとしないけれど研究者としてもなかなかの力量のある
> 教員によるきめ細かな学部教育で、学部段階としてはアメリカ
> 国内ではアイビーリーグ校よりも有名な大学ってあるじゃないですか。

具体的に学校名を挙げてくれ。イメージできない。
Commented by M at 2007-12-13 10:59 x
>Mさん
 後よく中小企業に行けという人がいるんですが、これはどういう会社を指しているんですか?地方地場産業で研究開発って???

ヒント:ニッチトップ企業、地方製薬、地方機械製造業など、、。あまり詳しく言うと身元が割れるのでこの程度で。

まあ、大学で長年教えてると将来が安心な院生と不安を感じる院生がいます。前後3学年でトップクラスならまあO.K.優秀な人は4年生やM1 でも完璧な仕事セミナーや文献紹介セミナーをするから、だいたいそれで分かりますね。もちろん、これは逆転することもあるので、皆諦めきれないのですが、、。他人より良い研究アイデアを持っているならあちこちに自分を売り込んで頑張ったらいいし、そうでもないなら早めに見切りをつけるべきだと思います。
Commented by ???二代目 at 2007-12-13 14:24 x
>コメントさん

>単純に考えると、教員数は増えずに、教育活動も研究活動も半分になるだけでしょう
>研究中心大学と、教育中心大学に分ける。そんなつもりで、文科省は交付金や研究費を傾斜配分してるんだろう。結果は、地方大学で研究が出来なくなり、院生や学部生の教育レベルが下がり、科学技術の層が薄くなっただけ。

現状のまま行けば、そうですね。だって、相変わらず、「研究>>>>教育」という一元的な評価基準しかないんですからね。そのうえ、教育も研究も教員数を増やさないでやろうとしていますから。

そうではなくて、「教育は将来への投資」と(社会全体が)考えて教員数を倍増する&教育中心大学も研究中心大学も(あるいは、学部担当教員と院担当教員も)それぞれ特色がある大学(教員)として対等に評価し、予算配分もそれ相応に遇する ようにすればよいと思うのですが。
Commented by ???二代目 at 2007-12-13 14:24 x
「学部教育で定評のあるアメリカの大学」としては、有名なリベラル・アーツ・カレッジ(Williams, Amherst, Swarthmore など)や学部教育で定評のある州立大なんかを念頭に置いて書いていました。

もちろん、アメリカと日本では資金面での差がありすぎますし、アメリカでは学部は文理の総合教育(リベラル・アーツ)が基本なので学部教育をしっかりやることが評価されやすい背景があります。ですから、アメリカ式をそのまま取り入れろというわけではありません。

ただ、日本の大学の現状を支えている前提となる考え方(「研究>>>教育」の評価基準。しかも実はこれではコメントさんが書いておられるように研究の低下も招いてしまっている)を見直すことは、決定的に必要だと思います。
Commented by こんとらりあん at 2007-12-13 20:45 x
大学院の時代に合わせた改革は、間違いなく必要で、実際いま目に見えぬ程ゆっくりとかも知れませんが、そろりと始まっています。

ただそれは、主要には、今後の日本の生き残りに必須な日本の研究開発力の増進の為であって、さらには高い学術文化水準のもたらすプレステージの為でしょう。この後者はお金に勘定できないほど強い価値、競争力の源泉です。

ただこれは、ポスドク問題の解決とは必ずしも結びつきません。たとえば日本が強い競争力を誇る物理では、むかしから無数の若手の屍の上に極少数の成功者が生まれるという構造でした。研究、教育が>>>>や<<<<という話にいたっては基本的に頓珍漢。
Commented by 元ポスドク元祖 at 2007-12-15 11:12 x
今まで日本の経済発展を支えてきた世界の工場としての物作りは人件費の安いBRICsに移りつつあるので、これからの日本は今までの欧米のように専門技術を提供する側にならなければいけません。

熟練だけが必要な単純作業であれば、企業に就職してからの教育訓練で補うことができます。
しかし、今のような科学技術全盛の時代に、その元となる専門性の高いアイディアを生み出すためには、最先端の研究を開拓していかなければいけません。また、その技術の進展も経済状況の変化も早いので、昔のように自前で人材を育てるほどのゆとりは、多くの企業にはありません。
だから、専門性が高く(自分の専門分野とその周辺分野に精通し、海外の専門家と対等に英語でコミュニケーションでき)、急な状況の変化にも素早く適切に対応できるように教育訓練された人材を、大学院が輩出してくれれば良いのだと思います。

一般に、現場の物作りのような川下側よりも、アイディアを提供する川上側の方がコストパフォーマンスは良いので、川上にいる専門家の方が給与は高くなるはずです。
Commented by こんとらりあん at 2007-12-15 11:54 x
細かい事で申し訳ありませんが:世界の工場は「BRICS」に「移りつつある」ではなく、「China」に「移って久しい」ですよね。日本の産業が今なんとか持ちこたえているのは、そのChinaへの生産資材、生産技術、資金の主要供給源としてです。遠からずどれもChinaが自前で供給できるようになるのは目に見えているので、米国と並ぶような、さらに上流の痴的資産の供給源に自己変革を遂げないと、それも今すぐ始めないと、日本の今の生活水準の保持すら危ういのが実情です。

Commented by psd at 2007-12-16 13:00 x
大学が研究機関か就職予備校かといえば、一般的な価値観では後者なんだけどね。今では理系修士課程までも就職予備校としてとらえられているんじゃないかな。
でも、なぜか大学に関わる人間は後者であることを蔑み、前者に価値を置くことがきわめて多い。教育というキーワードで予備校的な中等教育の知識詰め込み、と短絡して反発するケースも目立つ。

世の中で必要とされるスキルのうち、どのスキルを研究を通して身につけられるか、なぜそれが身に着くか、身につけさせるスキームやシステムは何か、そのために研究者ができる教育は何なのか、高等教育のスキルはただ研究やってる人間に簡単に身につくようなものではない。教員に求められるのは高等教育を担える技能であり、純粋に研究がやりたいのならどこかの国研にでもいけばいいと思う。国研じゃなくてなぜ大学なのか、その辺の説明ができなければ学生にとっても教員にとってもお互いに不幸になるだけでしょう。
Commented by コメント at 2007-12-16 23:03 x
>>psdさま

大学院の教育はスキルを覚えさせることではないのです。
スキルを求めるなら、機械や工員でいい。。

大学院は、自ら企画立案し、何を学べば良いかを論文を読んで、
あるいは学会に出て見出し、切り開く能力を身につける場。

修士は、自分で企画立案し、実験結果を出せるレベルが求められている。どうすれば良いか、教員にお伺いを立てているようでは院生としては、だめ。

技術の進歩は早く、あっという間に過去のものになる。
スキルしか持たない奴は、錆びついて使い物にならなくなるが、企画力があれば、新しい技術に対応し、新しい世界を切り開くことができる。。
予備校型の知識重視の教育では、それは難しいと思う。
Commented by LSD at 2007-12-17 00:26 x
>自ら企画立案し、何を学べば良いかを論文を読んで、あるいは学会に出て見出し、切り開く能力

それがいわゆるスキルというものだと思いますが。
Commented by コメント at 2007-12-17 03:24 x
>>LSDさん

skillという英語の意味は、下記のとおり。
skill: 1.(知識、訓練で身につけた)腕前、技量。2.(作業、演技などでの)熟達した腕前。3.(特殊な訓練を要する)技能。
(ランダムハウス英和大辞典より)
つまり、意訳すると、「技巧」とか「技(わざ)」になります。

大学院で学ぶべき企画立案能力は、skillではないです。技(わざ)がなくとも、企画立案能力は示せますから。。。
Commented by LSD at 2007-12-17 09:43 x
>大学院で学ぶべき企画立案能力は、skillではないです

その定義でも普通にskillでしょう。企画立案に技能はないとでも?
Commented by ???二代目 at 2007-12-18 10:56 x
「企画立案能力はskillではない」というお考えを仮に正しいと仮定しても・・・

>技(わざ)がなくとも、企画立案能力は示せます

技(技術)があるからと言って企画立案能力があるというわけではないでしょうが、技が無ければ企画立案も困難なのでは? 

博士課程修了者の強みはあくまでも企画立案能力(のはず)ですが、技(技術)という基礎力を否定する必要もないでしょう。
Commented by psd at 2007-12-19 02:30 x
教員にお伺いを立てているようではだめ、というのは学生の心意気の問題であって、教育を施す側の正当な主張にはなりえません。それを実行に移すのは単なる仕事の放棄・怠慢です。

教員にお伺いを立てないで進められるような学生を育てるには、何を教え授ければよいかを考え、環境を整えて適切に導くのが教育者の仕事です。それは研究一辺倒でやってきた人間にはまずできない芸当と思うわけです。

たとえば企画立案能力にしても、そりゃ特定の環境に学生を置いて放っておけば、うまくいく奴は勝手に身に付けることもあるでしょう。でも、それって学生が自分で身につけたものであって、教育で身に付いたものとは違うわけです。注意を払い、発達段階に応じて導くというケアなしに、環境の提供だけで教育と言い張るのは無理があるでしょうね。研究者のみの養成機関であった時代ではそれでもよかったのでしょうけど、研究機関で大学院生の就職を吸収できないのですから、真の高等教育を施すノウハウを教員が身につけることは必須でしょう。率直に、大学は研究者なんか本質的には必要とはしていないと思います。
Commented by psd at 2007-12-19 02:43 x
自分の研究内容であれば、何かわからないけど適当に条件与えてしばらくインキュベートすれば、うまくいくケースとうまくいかないケースができた、理由はわからない。なんて考察や結果を絶対に許さないでしょう。研究者であるならば、教育についても同様にあてはめてみる必要はあるのではないでしょうか。

多分その程度のごく当たり前のことが成り立たないから、大学教育は世間から虚仮にされているわけであり、その教育の産物である博士が世の中から必要とされないわけです。そういう時代において、なおも教育者ではなく研究者を大学の教員として雇用するスキームを維持しようとする部分が、荒唐無稽であるように思われるのです。
Commented by コメント at 2007-12-19 11:14 x
>>psd様
> 教員にお伺いを立てているようではだめ、というのは学生の
> 心意気の問題であって、教育を施す側の正当な主張には
> なりえません。それを実行に移すのは単なる仕事の放棄・怠慢です。

また決め付けかよ。俺は大学教員ではない。

> 多分その程度のごく当たり前のことが成り立たないから、大学教育は
> 世間から虚仮にされているわけであり、その教育の産物である博士が
> 世の中から必要とされないわけです。

自分の考え=世の中 とは恐れ入った。
俺はあんたと正反対の考えだ。

研究者が大学教員であるべきだ。予備校的教育は、学部程度までだ。
今の大学教員は頑張っていると思う。

俺は、大学院教育が、「世間から虚仮にされている」とは思わない。
世間は、博士の使い方を知らず、風評で判断している。
psdさんの書き込みも、大学院卒には思えない。

以上。

俺は、大学教員、ポスドクではなく、社会人。あんたの書き方でいうと
世間の一人だ。
Commented by コメント at 2007-12-19 11:17 x
>>psdさん

もしあんたが、マスコミ関係者で、大学院にかよった経験が無いなら、うわべの取材で決め付ける前に、社会人入学で、国立大学の大学院(私大は駄目)に在籍してみることを勧める。自分の目で確かめてもらいたい。

院卒なら、相当の、落ちこぼれで、論文も書いた経験が無い奴だろう。
Commented by それにしても at 2007-12-21 15:35 x
今さらですが、何でPDや非常勤は旧育英会(現日本学生支援機構)の免除職にならないんでしょうね。これだけ「お国」のために働いているのに・・・。

(あ、免除職廃止されたのは知っていますよ。でも、職に困っているPDって、2004年以前の免除職適用期間の人たちが多いはずなので)
Commented by かさこじぞう at 2007-12-27 18:23 x
食い詰め博士さん、どうしてますか?
Commented by 食い詰め博士 at 2007-12-28 10:33 x
まだ生きてます。

親切なレスを返してくださった方ありがとうございました。
樹海云々の話は無論冗談です。が、半ば本気で考え込むこともあります。キャンパス内の樹木を見ていて、ふと気づくとこの木はロープをかけるのによさげだなとか考えています。

自分はポスドクにすらなれず、バイトしながら研究生の身分で研究していますが、こうした生活は精神的にも身体的にもかなりきついものがあります。ほとんどワーキングプアの状態で、研究時間などほとんど取れないのでバイト生活と研究生活のどちらが自分の本当の姿なのかわからなくなりますね。

せめてポスドクの口だけでももっと増やしてほしいです(それも基礎分野に)。

なんというか、最近は研究に対しての情熱自体が薄れかけています。先日低いとはインパクトファクターのついている雑誌から論文のアクセプトの通知が来ましたが、まったく喜べない自分に愕然としました。

先日決まりかけていた実験アルバイトの話がお流れになりました。
貯金もつきかけているので樹海に行く前に飢えて死ぬるかもw。
Commented by かさこじぞう at 2007-12-28 15:10 x
食い詰め博士さん、論文のアクセプト、おめでとうございます! よかったじゃないですか!

ただ、経済的に不安があると、精神的にきついですし、なかなか本来の能力を十全に発揮できなくなりますよね。PDでも実験助手でも、これまでの経験を少しでも活かせつつ生活していけるようにとお祈りします。

Commented by かさこじぞう at 2007-12-28 15:19 x
ここからは自戒をこめての自己語りですが。。。 

大学院で教育を受けた者は、私も含めて、研究室における「研究至上主義」の価値観の中で、自分の能力を狭く見てしまっているような気がします。研究能力はもちろん大切ですが、学会や研究会で鍛えられたプレゼン力、後輩の世話で培われた指導力・・・なども十分に能力なんですよね。

他にも、専門外の人にも分かるように研究について語れる人にはサイエンス・リテラシー向上のプロジェクトに使える能力があるわけですし、どんなに一見しょぼく見えようとも自分で研究をしてきた人にはそれなりの企画力・実行力があるはずです。海外研究生活の長い人には、様々な国の人々と共同プロジェクトを組んだり、海外からの研究員とうまくやっていける潜在能力があるんじゃないでしょうか。

そうしたいろいろな力を総合的に自分で判断していくと、一見、研究者としてはイマイチな自分にも意外な強みが見えてくるかもしれません。

そんなことを、こちらの書き込みやズーニー山田さんの番組・著書を参考に考えるようになりました。今後は、自分自身をプロデュースして、仕事を見つけていきたいと思います。
Commented by alchemist at 2007-12-28 18:33 x
米国もブッシュ政権の失策で景気が低迷して研究予算が減っていると聞いていますが、それでもサイエンスでチャンスは多い国です。働けそうなラボを探してどんどん応募していますか?
友だちがあちこち応募して思わしい返事がなかったという状況でのお話です。たまたま応募先のラボの一つが私が勤務している大学にあって、人気のあるラボなので応募の手紙をボスが数カ月放置していたそうです。ある時、そのボスが友だちの応募の手紙を読んで興味を持って友だちと業界の近いウチのボスに質問してきました。たまたま、その場に私が居合わせてボスから話が廻ってきて、それならば・・・ということで内部推薦をお願いして採用になりました。今、友だちはどこかで教授しているようです。
何がどこでどう動くか判りません。どんどん応募して腕のふるえそうな場を探すのも一つの生き方ではないでしょうか?
Commented by 鶏肋36歳PD at 2007-12-29 23:22 x
食い詰め博士さま
私も論文を出しましたが、私もこんなことをしても将来につながらないという気持ちで、それほど喜びを得ませんでした。というより、論文を出すメリットより、むしろ年を経るデメリットの方を大きく感じ、研究に対する限界を感じ、転身をいろいろと模索中です。
とはいえ、ここのコメントでも、「企業に行こうとしなかったのが間違っている」というような意見をみかけますが、これまで我々の信じて努力してきた研究は、そこまで無意味なものだったのでしょうか?
現在の風潮で、研究に打ち込んで来た博士が嘲笑される世の中になっています。もし食い詰め博士さまが自分のこれまでの努力に誇りを持っいるならば、周囲が何を言おうと自分への誇りを失わないようにしてください。
今後、企業を目指されるのか、まったく別の分野に進まれるのか、それともあくまでもアカデミックを目指して不撓の努力を続けられるのかは存じません。国の政策でも、非常勤の増加といった弥縫策ばかり目につきますが、そのうち破綻することは目に見えています。石にかじり付いてでも、我々を冷笑している世代を見返してやろうではありませんか。
Commented by お年玉 at 2008-01-06 01:40 x
既出かもしれませんが、こんな動画がYou Tubeにあがっています。
ここで散々議論されてきたことですね。

http://jp.youtube.com/watch?v=sKJZNheSJIs&feature=related

「企業の研究者の数が増えている」のは問題とは思いませんが、「国から大学にわたる研究予算が不十分」なのはいかがなものか。個人的には、博士過程の学生の最後のコメント「学生というだけで社会的にも経済的にも半人前扱いされるのが辛い」が身につまされました。

もう一つ関連動画:
http://jp.youtube.com/watch?v=sKJZNheSJIs&feature=related
Commented by お年玉 at 2008-01-09 14:09 x
・・・あれ? 
書き込んだという表示が出ていませんね・・・。
Commented by 食い詰め博士 at 2008-01-11 06:57 x
誇りってなんですか。
それは食べられるものですか・・・・?

自給850円のアルバイトで生活していると自分のなかのちっぽけな誇りがズタズタにすりつぶされて行くのが実感できます・・・。
自分も自分自信の研究に誇りをもって生活していきたいのですが、悲しいかな世間は私のような人間の研究なんて遊びとしてしかみていただけません。
私の研究は日本で唯一自分だけができる(できた)研究で、日本の社会をわずかながらも改善するものだと自負は持っていますが、世間はそう見てはくれないようです。
Commented by 食い詰め博士 at 2008-01-11 07:09 x
樹海に行く前の暇つぶしの間の生活費をコンビニバイトで稼ぐことにしました。

・・・自分がこのような境遇にいることにはもう諦めがついていますが、私よりも業績の少ない人間や、論文を書かない、あるいは書けなくなっている人間がパーマネントでのうのうと生活しているのには我慢がなりません。
 5年間論文を書いていない教官、論文数が1桁しかない教官は全てfireしていただきたいですね。我々の世代だけ競争が激烈になっているのに上の世代の人間達はゆるい環境の中でぬくぬくと生活していけるのだけは我慢なりません。

 学生の指導や事務仕事で研究する時間がない?私はほとんど研究時間がとれない中でも論文を書いてきましたが。
 家族を養わなくてはいけない?そんなことしりません。私は自分の家庭を持つことすらかないません。私のようにコンビにバイトに落ちぶれてください。

Commented by 小市民 at 2008-01-11 15:38 x
食い詰め博士は何を研究されていたでしょうか?

誇りにしている研究という事でついでにPRすれば、何かとイイ事が訪れる可能性もあります。
せっかくのコメントを恨み言やグチ群で埋めるのは、読者にはマイナス・イメージしか残りません。
Commented by S at 2008-01-11 18:46 x
小市民さん

研究をPRすると匿名性が薄れるので敢えて言及しないという姿勢もありだと思います。それに、ここに書かれていることの大半は、恨み言や愚痴ではなく、問題点の指摘ではないでしょうか? ここの読者に少なからずいると思われる大学常勤者や文科省関係者、ジャーナリストたちの目にとまるだけでも、意義があるのでは?

多分、食い詰め博士さんも、研究職に応募する際や普段の生活では悔しい思いをぐっとこらえて、誇りにしている研究をPRされていると思いますよ。ただ、一般に、研究職に応募する時以外で誇りにしている研究について語ると、日本では嫌がられますがね。
Commented by コメント at 2008-01-11 22:30 x
> 悲しいかな世間は私のような人間の研究なんて遊びとしてしか
> みていただけません。

俺も同じ思いだった。4年間、無職の研究生で研究を続けたから。。
業績はそれなりにあり、3つの学会から招待講演の依頼を受けた。
しかし、大学院の指導教授が推薦書を書かず、職には就けなかった。

結局、日本を諦めて、アメリカに渡った。仕事は相当うまく進み、
アメリカでPDを脱した。日本に戻ったら、過去はチャラになっていた。

海外に渡って、再起を期すのも、一つのやり方だろう。日本に留まる
以上に、ハードルは高いが、チャレンジを勧める。

> 上の世代の人間達はゆるい環境の中でぬくぬくと生活して。。。

この意見は現実とは違う。かつては、選抜の仕方が違っただけだ。
今よりもずっと厳しい面もあった。ポスドク制度なんて無いから、
博士取得=海外へはデフォルトで、日本に戻っても職は無いひとも
多かった。NatureとCellに新聞報道されたfirst authorの有名な
論文があっても、40歳まで無職(ポスドクすらなれない)だった人が
東北大にいた。こんな人は今は絶対にあり得ない。 この人は
40歳で無職→教授になった。
Commented by 普通の33才プログラマ at 2008-01-11 22:59 x
食い詰め博士さんの追い詰められている気持ちもわからないではない。
研究もろくにできない、雑事に追われるというのは正当な意見だと思う。

が。
家庭を持てるだけの年収を国にねだるような発言は、
正直どうかと思います。
コンビニバイトで食いつなぐ現状に愚痴をこぼすより、
海外で研究者として名を挙げて日本を見返してやる位の気概を見せてほしい。

大学時代、数学科の研究室を目指していたが、
「2ヶ月に1本は論文をだしている」
という先輩の話を聞いて1ヶ月ほど将来を真剣に考えて
大学を辞めた自分が言うのもなんですが。

家庭を持ちたいって本心から言っているんですかね?
Commented by つうか at 2008-01-12 00:23 x
チャンピオンデータでものごと語っても仕方ないでしょうに。それでも研究者?
Commented by 鶏肋36歳PD at 2008-01-12 00:35 x
食い詰め博士様

誇りでは腹は膨れませんし、世間はそんなものを鼻で笑いますが、だからこそどのような境遇でも失わないようにしたいと思っています。自分を信じて打ち込んできた日々は、如何に嘲笑されようと、決して無意味なものではないと思います。
Commented by 鶏肋36歳PD at 2008-01-12 00:37 x
普通の33才プログラマさん

食い詰め博士さんに、「家庭を持てるだけの年収を国にねだるような発言」などありました?不遇を託つ書き込みならみられるのですが。

> 家庭を持ちたいって本心から言っているんですかね?
持ってはだめなのですか?
明日をも知れない私ごときでさえ持っていますが。

それにしても、海外で研究者として名を挙げて日本を見返すって、そんなに簡単なもんですかね。リスクを承知でチャレンジしたい、という人以外、行くべきではないと思うのですが(博士課程への進学と同じですね)。むしろ、キャリアパスの重要性を今頃しみじみと感じています。
Commented by コメント at 2008-01-12 01:28 x
> 海外で研究者として名を挙げて日本を見返すって、そんなに簡単な
> もんですかね。

一昔前(日本のポスドク制度ができる前の90年代半ばまで)は、学位をとったら、海外で数年間チャレンジするのが普通だった。自分の出身研究室も、大多数(学位取得者の7-8割)が片道切符で海外に行った。

自分も、大学院(博士前期)の入学時から、海外に出るつもりだった。海外の職も、独力で探し、交渉し、見つけた。

日本に戻って、院生やポスドクと話したら、海外に出たくない人が大半で驚いた。自分は、また海外に出たいと思ってるのに。。。

> チャンピオンデータでものごと語っても仕方ないでしょうに。

「海外で勝負しろ」ってのを、チャンピオンデータ-って言ってるのか?
もしそうなら、カルチャーショックだ。志が低すぎる。
Commented by きりり at 2008-01-12 02:40 x
コメントさん

>結局、日本を諦めて、アメリカに渡った。仕事は相当うまく進み、
>アメリカでPDを脱した。日本に戻ったら、過去はチャラになっていた。

この書き込み、ありがとうございます!!!励みになります!!!
日本に帰ったら、私の過去もチャラになっていますように。

きりり@アメリカ
Commented by HIS at 2008-01-12 04:42 x
海外に行くのはいいんですが、海外に行かないと問題解決できないというのが悲しいですね。

ところで、国内組の皆さんは、「高学歴不定職者」に対する世間の目とどのように闘ってらっしゃいますか? 海外にいるときはまわりもみんな多様な人生送っているし、だいたい他人にそんなに興味が無い人ばかりなので気にならないんですが、日本国内だときついですよね。男性は男性なりに、女性は女性なりに・・・。
Commented by 鶏肋36歳PD at 2008-01-12 09:34 x
海外に行くことでPD問題が解決するのならば、皆そうすればいいんですが。私の分野では、昔の人は案外籍残し留学が多かったんですが、これは特殊なのでしょうかね。
海外に行っている友人達が、パーマネント探しに苦労しているのをみると、現実はそんな甘いものではないと思っています。
Commented by 鶏肋36歳PD at 2008-01-12 10:35 x
もっとも、私の場合は家庭を犠牲にしてまで今更海外に行くことは考えていないのですが(選択肢の一つとしてはありますが)、食い詰め博士さんがもし失うものはないのでしたら、それを検討されてもいいのではないかと思います。もちろん、研究とはまったく異なる分野に進むのもありだと思います。ただ、どの選択肢をとろうとも、自分に対する誇りを忘れないでください。

HISさん
「いつまでも夢を追っていないで現実をみろ」とは親にも言われたりしますが、気にしないようにしています。早いうちに会社に就職した者はそれなりに責任あるポジションについていたりして、これでいいのだろうか、と思ったりもしますが、自分で選んだ道ですからね。
Commented by つうか at 2008-01-12 12:55 x
成功例だけ見て能天気な政策に従ってきた結果が今なんでないの。
Commented by ProDoc at 2008-01-12 13:58 x
過去と現在では、博士を取り巻く状況が違います。

昔は海外でそれなりの実績を積めば、それなりの箔が付いて戻って来られましたが、現在の国内の状況では戻ってくるのは相当に難しい。
海外で職を得るにしても、昔に比べ発展途上国(BRICs)の研究者が増えていて、そう簡単ではない。しかし、彼等は帰国すれば、それなりの職がある。それに、海外とは言え、採用側としては、国内の優秀な頭脳を確保したいし、研究者同士の関係(コネ)もある。
日本では大学院重点化で帰国できた博士も多いが、今後そのような施策を期待できるかどうかも怪しい。
よく知らない人に対して、自分の過去の成功体験を元に、海外へ行けと言うのは、無責任だと思います。
Commented by S at 2008-01-12 14:47 x
私も、ProDocさんが書かれているように、ここ数年の間の研究界の就職状況の激変ぶりには驚かされています。海外で仕事している間に状況が急激に変わったために、ほんの数年前ならば普通に就職できた人、10年前ならばあちこちから引く手あまただった人が、実力を十分に発揮できない状況にあります。帰国希望者でありながら、帰国すらできない人も少なくありません。

他の国々では海外留学・就職経験が国内での優遇につながりますが、最近の日本では間逆です。このままでは日本の研究界の内向きな傾向にますます拍車がかかりそうですね。

博士本人としては、海外での経験が就職活動時に直接的に活かせなくとも、長い目で見れば役に立っているのだという気概を持って就職戦線に立ち向かっていかねばなりません。
Commented by 小市民 at 2008-01-12 18:47 x
Sさん

ご説明どうも有難うございます。

> それに、ここに書かれていることの大半は、恨み言や愚痴ではなく、問題点の指摘ではないでしょうか? 

そうでしたか。私は直前の食い詰め博士さんの2コメントだけを読みましたが、その内容は「問題点の指摘」だったのですね。了解しました。

ところで文中に下記の段落があります。

>> 悲しいかな世間は私のような人間の研究なんて遊びとしてしかみていただけません。私の研究は日本で唯一自分だけができる(できた)研究で、日本の社会をわずかながらも改善するものだと自負は持っていますが、世間はそう見てはくれないようです。

読者がこの段落を理解するためには、何か一番大事な情報が抜けていませんか?もし意味明白な文でしたら、多くの読者の中で或いは誰か役に立てるかな...などと思った次第です。

# もちろん個人のプライベート情報を詮索する考えは無いので、無回答でも何でもOK。
# このスレッドはメント数が膨大で相当重く、私のような小市民はここでバイバイします。
Commented by コメント at 2008-01-13 19:07 x
「海外へ行ったら?」 と安易には勧めない。
「樹海に行く」とか、「職に対する恨み節」をいうくらいなら、日本に拘らず、海外の仕事を考えたらと思う。

海外で働くのは、相当大変だ。楽じゃない。成功する保障もないし、家族の問題もある。それでも、「樹海に行く」よりはマシだ。

逆に、日本に戻ることを行く前から考えるくらい、気持ちの余裕があるなら、お勧めしない。日本の中で、生きる道を探すしかなかろう。

(きりりさん、海外での頑張りはきっとプラスになるでしょう。頑張ってください。チャレンジを続けることが、最良だと思うのです。)
Commented by 普通の33才プログラマ at 2008-01-16 21:51 x
言いたい事はだいたいコメントさんが言ってくれた。
……まあなんというか。

・日本のポスドクという環境が袋小路なのか
・選んだ研究テーマの市場価値が袋小路なのか
・研究者として資質とか価値観とか袋小路なのか

そこら辺で打てる手も変わるし、逆に限られてもくる。
本人にしか判断できない話だし、これ以上は言わない。
Commented by 通りすがりの文系 at 2008-01-17 16:44 x
文系と理系とは状況がかなり違うといつも思います。
そもそも、文系だと海外に出て、日本に戻ってこれるのはせいぜい経済学かその周辺で、たとえば、会計学とか法律学ではとても難しい。しかも、文系に与えられているポスドク枠は少ない。しかも、民間にいくときも高学歴というか年齢が高くなっていることは不利だし、役所に就職するにも不利。大学院に進学したいと学生に言われても、いつも、ギャンブルとしかいえない。その意味では、理系は競争は厳しいかもしれないけれど、枠の絶対数は多いのだから、恵まれているのではないかと社会科学系の立場からは見えるのですが、いかがでしょう。
Commented by 立ち寄った文系元留学生 at 2008-01-19 01:04 x
理系ではありませんが、本当に、日本の文系は島国根性丸出しですよね。国際学会で中国・インド・韓国あたりが「アジアの代表」的存在感を出しているのを見ていて、とても歯がゆく思います。よく言えば、自足しているということなのでしょうが。

その点、理系はインターナショナルだなあ、就職難と言ってもPDの職はあるようだし、と、通りすがりの文系さんのようにうらやましく思っていました。

しかし、昨今の理系の人々の様子を見聞きするにつれ、日本の理系も自閉状態になりつつあるようですね。自分は、留学先で、帰るに帰れない日本人PDを五万と見てきました。PDの仕事すら厳しくなってきているようですし。

同じような実力でありながら、かたや(@日本)職なしODもしくは薄給PD、かたや(@日本以外)母国のテニュア付き職、という差が出てしまうのが、なんとも悔しいです。とにかく、文系も理系も、海外でがんばった経験が帰国後の職にきちんと結びつかない(結びつけるには海外でfaculty memberになるくらいの経験がないといけない)状況をなんとかできないものでしょうか? 
Commented by 普通の33才プログラマ at 2008-01-19 15:15 x
個人的に文系、理系という区別には否定的なのですが。
枠に差があるのは、研究対象の性質の違いでしょう。

シェークスピア超えたいと思ったら、
研究者ではなく脚本家とか作家になります。
既存の人間の文化活動を主要な研究対象としている文系では、
何か新しいモノを生み出すのは研究者では無いのです。
ヴェンチャーとか企業が冷たいのはそのせいでしょうね。

とはいえ、学問的な価値では文系も理系も研究者は等価だと思います。
国内でアカデミアとして純粋に養っておける研究者の絶対数としては、
文系のPD枠の方が正しいんじゃないかと思ったり思わなかったり。
Commented by 再び立ち寄った文系元留学生 at 2008-01-19 15:35 x
普通の33歳プログラマさん

>既存の人間の文化活動を主要な研究対象としている文系では、
何か新しいモノを生み出すのは研究者では無いのです。
ヴェンチャーとか企業が冷たいのはそのせいでしょうね。

世の中ではなかなか理解されていないことですが、いわゆる文系の研究は、その一番ラディカルな形態においては、人間の文化・社会活動を考察することで「新しい意味(考え方)」を生み出しています。

ただし、その「新しい意味」や「新しい価値」が往々にして既存の社会の考え方を根本から見直す種類のものなので、あまり企業や役所ではかえりみられません。特に、論理的に社会のシステムを修正していくという習慣が定着していない日本では。
Commented by 再び立ち寄った文系元留学生 at 2008-01-19 15:50 x
エントリーの本筋に戻って補足です。

「国内でアカデミアとして純粋に養っておける研究者の絶対数としては、文系のPD枠の方が正しいんじゃないかと思ったり思わなかったり」という普通の33歳プログラマさんのお考えには、半分、同意です。ただ、日本の場合、博士課程での経験を生かせる職場が文系ですと大学・研究機関と一部のシンクタンク以外にはほとんど無いのは、非常に問題だと思います。

その点、理系の方々は企業という選択肢もあるので恵まれています。殊に、国内で理系博士号を得てそのまま企業やPD職に就かれた方々については、恵まれていると思っています。

ただ、理系で海外武者修行に出られた方々が日本帰国後就職で相当苦労している現状を見ると、理系海外組は恵まれているとは必ずしも言いがたいようですね。
Commented by Mya at 2008-02-19 14:15 x
すみません。エントリーとは直接は関係無いですが、どこに相談したらよいかわからないので。

身近にいるポスドクで明らかに精神的不調をきたしている人が何人かいます。就職難や莫大な借金(奨学金)が彼らを追い詰めているのは明らかです。

しかし、彼らは周りの助言には耳を傾けませんし、弱音も吐きません。正しいことをやってきたという自負があるのでしょう。また、たとえ人に相談したとしても、負け犬呼ばわりされたり自己責任と一蹴されるばかりであるかもしれないということを敏感に感じとっているのかもしれません。

さらに、彼らは、自分では不調を認めなかったり、実験の時間を削られるのを嫌がったり、お金がかかることを気にしたりして、カウンセリングや心療内科などしかるべきところに行かないまま実験に没頭しています。傍目にはますます自分を追い詰めているように思われます。

こうした30代以上の研究者が気楽に相談したり愚痴を言ったりできる場というものはネット上以外には無いのでしょうか。
Commented by Yama at 2008-02-19 16:13 x
いろいろ団体や集まりはあると思いますが、そういう人は出たがらないでしょうね。
Commented by Doc at 2008-02-20 10:52 x
博士の生き方とか、どっかのNPOとかがやってるんじゃないですか。
Commented by Mya at 2008-02-20 14:37 x
Yamaさん、Docさん、レスありがとうございます。

そうなんです。博士の生き方とか大学のカウンセリングルームとかは、自分で問題に気付いている人、そういう団体やカウンセリングに妙な抵抗感の無い人でないと行かないのです。

自分で問題無いと思っているけれど、傍目には明らかに調子を悪くしている若手研究者が、気軽に参加できる集まりってのは無いんでしょうか? 別に、就職活動目的とかカウンセリング目的とかでなくてもいいんです。リクリエーションのようなことをワイワイできる場が彼らには必要なんじゃないかと思うのです。 

地域性もあると思うので、とりあえず関東近辺と札幌近辺で情報提供お願いします。
Commented by stochinai at 2008-02-20 16:44
 私が自覚的にそういう方の存在を知って思いついたわけではないのですが、北大の創成領域研究所などのような、そこそこ小さな所帯にいる多様な分野の若手研究員たちが一同に会し、とりあえずは自分の専門を忘れてお互いが一緒に騒ぐ機会があったらいいですね、と創成研のコミュニケーターの妖精・M姫さんと話し合ったことがあります。
 ただ、そういうイベントがあったとしても、調子を崩すような研究室におられる若手の方は、なかなか出てこない(来られない)のではないかという気もするので、やはり難しいのですよね。
Commented by K at 2008-02-20 20:05 x
ポスドクには健康診断はないんですか?
Commented by stochinai at 2008-02-20 20:55
 雇用の形式によると思います。また、精神的な不調は定期的健診が義務づけられている大学教職員にも多発しています。
Commented by 啄木 at 2008-02-21 16:29 x
ポスドクって自分探し系?
http://d.hatena.ne.jp/FUKAMACHI/20080221
Commented by stochinai at 2008-02-21 16:50
 そういう人もいると思いますが、ひとつにくくれるものではないと思います。
Commented by Mya at 2008-02-21 21:28 x
stochinaiさん、レスありがとうございます。

>そこそこ小さな所帯にいる多様な分野の若手研究員たちが一同に会し、とりあえずは自分の専門を忘れてお互いが一緒に騒ぐ機会があったらいいですね、

本当に、そうですね。 理系の研究室はまだまだ講座制の名残が強いので、一つ一つの研究室ごとにまとまってしまっていて、一度、人間関係がうまくいかなくなったり精神的に調子崩したりすると、発散のしようが無いように思います。研究者同士、競争意識が強すぎて、昔みたいに研究について熱く語りあうってこともなく(共同研究者以外とは)、ピリピリしているようですし。もちろん、小ぢんまりしていて人間関係が良好なら、いいんですけどね。

引き続き、情報お待ちしています。

ここで私が情報を得たとしても、調子を崩している友人達にすぐに伝わるわけではないですが(彼らはあまりそういうことに時間を割きたがらないので)、何かの折に「楽しい会らしい」と話題に出してあげたいのです。自分の予防(?)のためでもあります。よろしくお願いします。
Commented by alchemist at 2008-02-22 09:28 x
ポストドックの健康診断について担当部署に問い合わせてみました。
・1年以上の雇用の予定があるまたは見込みがあり、
・週20時間以上(常勤の半分以上)勤務している場合、
部局からのリストアップにより健康診断を受けることになっています。
厚生労働省の通達だそうですから、ウチだけではないハズです。
Commented by 鶏肋37歳PD at 2008-02-24 02:01 x
少なくとも現在ではPDでも健康診断がありますね。うちも全員受けています。精神的なケアはありませんが。なお、4月から無職になりそうなので、精神的にも調子を崩しかけていますが、フォローはどこからもありません。
Commented by 食い詰め博士 at 2008-02-24 04:23 x
もうどーにでもなーれ。
Commented by S at 2008-02-24 12:13 x
地方行政単位でなら無料の健診やカウンセリングサービスがあると思います。お住まいの地域の保健所で確認してみてください。電話のカウンセリングサービスも便利です。

ただ、医師やカウンセラーとの相性は当たり外れがありますから、嫌な印象を持ったら「縁が無かった」と気持ちを切り替えて、あきらめずに自分に合う人間を求めていくのがよいでしょう。

もちろん、普段の生活の中で精神衛生を保っていくのにこしたことありませんが。軽い運動や座禅が良いようですよ。気楽な趣味の集まりに参加すればよいのでしょうが、なかなか余裕が無いですしね。

食い詰め博士さん、お久しぶりです。自分を信じて、かつ周囲の者の言葉にも耳を傾けて自分を磨きながら、一歩一歩前進していきましょう。最近、私は落語や漫才を聞いて気分転換しています。
Commented by からころ at 2008-02-24 15:22 x
トピとずれて申し訳ありません。大学の先生方が多いようなので質問させてください。

もう少しで博士満退になります。今年は就職も全滅で、これから研究者として生き残っていけるのかとても心配です。

この学生には研究職は無理、と仮に指導教員が感じているとします。間接的にそれを学生に伝えるとしたら、どのように言われるのでしょうか?

すでに無理だと言われているのに自分が気づいていないだけかもしれない、と思ったりしたので・・・。よろしくお願いします。
Commented by apj at 2008-02-25 17:24 x
からころさん、

 教員によって千差万別だと思います。

 研究職は無理だと引導を渡すことで恨まれたくないから言わないとか、ハラスメントに受け取られかねないから言わない、という人も居るでしょう。
 あるいは、年配の人だと、自分が教員になった頃は就職難といっても今ほどではなかったから、本気で「そのうち何とかなるかも」と思っているため特に何も言わないというケースもありそうです。
 一方、それとなく会社訪問するように言う人も居るかもしれません。
 最近では、博士課程受験の段階で「食っていけない可能性の方がずっと高いがそれでも良いか」と意思確認する人もいます(私の恩師は最近これをやっているらしい)。

 仮に研究職は無理な院生がいたとして、その先就職できずに潰れたとしても、指導教員には何らペナルティは無いのだということは、知っておいてください。また、20代半ばにもなれば、自分の適性や限界は自分で認識するのが当然だという考え方だってあります。

 多分、普通こうする、という答えは、教員の側にも無いと思います。
Commented by alchemist at 2008-02-25 18:23 x
その「年輩」かつ小さな研究室の「運営者」ですが、私にはヒトを見る目はありません。そこそこの大学に就職してこれで大丈夫と思っていたヒトが、途中でうまく行かなくなったり、不安を持ちながら国外に送り出したヒトが随分逞しくなって帰ってきたり、そんな経験ばっかりです。院生が若葉マークの研究者としてスタートするまでのお手伝いはできますが、その先のルートは判りません。本人次第とも言えますし、本人と先さんの研究室との相性とも言えますし、そのまた移った先になると予測不可能・・・。
そんな弱小研究室を出て何とか教授・部長クラスになったヒトを見ていると、本人のやる気がこちらの(効果があるのかないのか判りませんが)支援にフィットするタイミングに上手く当たっているようです。
だから、本人が希望する限り研究者になる支援をします。就職に舵を切ったヒトもいましたが、対応できる便宜があればそれなりの支援はします。本人さん次第なんですよ。
Commented by ただし at 2008-02-25 18:40 x
正確な情報を学生に与えること。これに尽きます。
Commented by からころ at 2008-02-26 07:06 x
apjさん、alchemistさん、ただしさん
お返事ありがとうございました。

研究職公募のポストでも応募すれば激怒され、かといって就職斡旋もない研究室所属です。先輩方は海外に行って戻らないか、気づくといません。研究職に就いた方はいないと思います。

研究は好きですし、それなりに業績もありますが、こんな生活に疲れてしまいました。ある意味適性がないのかもしれないですね。この研究室を選んだのも私ですし。。。研究職以外に就職するか、指導教員以外にせめて就職に必要な推薦状を書いてもらえる方を探したいと思います。
Commented by からころ at 2008-02-26 07:19 x
ちなみに、一院生としては、ただしさんが仰るように、正確な情報がほしいです。学生には見えなくて、教員の立場からは見える要素もあるのではないかと思うからです。その上で自分の判断を下せれば、と考えたりします。

院生はもう大人になって久しいですから、それで教員を恨むような学生は、本人にかなり問題があると思います。
Commented by apj at 2008-02-26 10:39 x
からころさん、

>研究職公募のポストでも応募すれば激怒され、
 これは明らかに異常だと思います。
そもそも研究室に問題があるケースではないですか。
 就職活動の邪魔をする権利は、教員にはありません。応募は自由のはずですし、就職先の斡旋もできないのに、活動を妨げるというのは、パワーハラスメントとして問題にすべき行為ではないかと。
Commented by JOBS at 2008-02-26 12:38 x
逆に、就職を支援する義務はないのですか?
Commented by apj at 2008-02-26 15:30 x
>逆に、就職を支援する義務はないのですか?

 院生と就職先の機関の間の雇用契約の締結をさせるために、第三者である教員が何らかの作為義務を負うという構成は無理があると思います。
 大学院に入学した時に、院生と教員の間で、教員は就職を支援する義務を負う、といった内容の契約でも結んでいれば別でしょうけど、漠然とした内容で契約をしたのでは、何をすれば履行したことになるかわからず、トラブルの元になりそうです。

 積極的に就職活動の邪魔をした場合であれば、自由な契約をする権利を侵害されたと考えることができるでしょうけど。
Commented by CAD at 2008-02-26 15:35 x
>逆に、就職を支援する義務はないのですか?
道義的な責任はあるでしょうが,法的な義務は存在しないと思います.

可能な限りサポートはするけれど,基本的には自分で頑張って,という方針の先生が多いのではないでしょうか.
Commented by まま at 2008-02-26 18:05 x
オレが院生の頃は、土日なく研究に打ち込んだ。その横で週の半分以上就活に明け暮れている奴がいた。指導教官が激怒しても当然だと思った。就職活動の邪魔をするわけではないが、少なくとも大学(院)のあるべき姿からは程遠いと感じる。それなのに、就職を支援しろ?バカも休み休み言え。
Commented by これって at 2008-02-26 20:41 x
「学生に熟成のための時間を」という別エントリーと関わる話題ですね。

一生懸命研究に打ち込んでいる人間がむしろ就職の時に苦労する(こともある)とは、皮肉な時代になったものです。
Commented by CAD at 2008-02-26 21:52 x
今,議論されている内容は,博士後期課程の学生についてのものだと理解していました.

博士後期でも
>週の半分以上就活に明け暮れている
ような状態があるのでしょうか?

stochinai先生もトップページで取り上げられていらっしゃるので,そうなのかも知れませんね.もしそうだとしたら,驚きを隠せませんが・・・.

博士前期課程が大衆化し,教育機関としても研究機関としても中途半端になっていて,大変嘆かわしいというのであれば大いに同意できます.
Commented by stochinai at 2008-02-26 22:14
 博士後期でも就職を決意した場合には、充分にあり得る話だと思います。ただし、いろいろなケースがごっちゃになって話が混乱していることもままありまして、そこは私のリードのまずさをお詫びします。
Commented by at 2008-02-26 23:56 x
企業としては、博士号取得にはあまりこだわらず、真摯に就職活動してくれる方をとりますね。製薬などは別でしょうが。
Commented by 鶏肋37歳PD at 2008-02-28 01:37 x
大学院があくまでも孤高であろうとしているならいざ知らず、あるべき姿が定まらないで右往左往している状態なのに、昔語りで嘆いても仕方がないと思いますが。本気で就職する気なら、週の半分以上就活に明け暮れてもいいと思います。本人の人生が懸っているのだし、さっさと決めて後顧の憂いなく研究に打ち込んでくれた方が有難いのではないですかね。
この分では、出産のため休学した人は何を言われるでしょう。
Commented by 質問 at 2008-02-28 11:37 x
学生の就職活動を嘆く大学教員の方に質問。

本当の意味で就職活動(アカポス企業問わず)であちこちを回ったことがありますか?
企業就職は学校推薦、大学教員はコネ就職だったのではないですか?
(最近は公募も多いですが..)

もしそうなら、学生が就職活動で歩く気持ちが分かるのですか?
Commented by 結局 at 2008-02-28 18:22 x
教員にかぎらず、高度成長期やバブルの頃までは就職なんて簡単だったんですよ。バブルの頃なんて就活で旅行に連れてってくれる会社すらありました。90年代以降全てが変わったんですね。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1112859161
Commented by stochinai at 2008-02-28 18:45
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/(つなぐ)
question_detail/q1112859161
Commented by 海外からの帰国について at 2008-03-01 01:48 x
上のほうに理系の海外留学・就職者の日本への帰国についての書き込みがあったので、激しく遅レスですが、一言。

日本の大学の研究・教育職では、「遅くとも30-35歳までに常勤職に就職」という状態はもはや崩れています。海外のポスドクの皆さんは、海外のポスドクから日本国内の常勤PIになって帰国するという夢を持ち続けないほうが良いでしょう。海外ポスドクから常勤の助教や准教授になれるのは、よほどの研究成果(かなり良い業績ではなく抜群の業績)をあげているか(その場合は海外でもポスドクではなくassistant professor/associate professorレベルのPIになっていることでしょう)、もしくは、日本国内に強力なコネがある場合にほぼ限られています。
Commented by 海外からの帰国について 2  at 2008-03-01 02:05 x
一般的には、日本国内で再びポスドクもしくは特任助教などの任期付きのポジションを得、研究・教育活動に従事するかたわら、学会・研究会などに顔を出し各方面に就職活動中であることを知らしめつつ、公募に出しまくることになります。

この「周りに求職中であることをアピールする」ことが重要です。少なくとも、適任のポジションが公募に出そう(出ている)という情報はいち早く入ってくるようになります。うまくいけば、シード扱いにされ、面接まですぐにたどりつけるようになるかもしれません。

凡人から努力型秀才程度の人間は、まともにいっても40歳前後までいわゆる「PIとしての定職」にはつけないことが多いのです。日本への帰国を考えておられる方は、海外で一旗挙げる見込みが無ければ、むしろ、さっさと日本に帰国して任期付きポジションでも何でも得て、研究を続けるとともに人脈を築いたほうが賢明かと思われます。少なくとも、日本にいれば、面接までこぎつけた場合、すぐに出て行けます。
Commented by 海外からの帰国について 3 at 2008-03-01 02:06 x
このように書くと、海外での経験が(凡人には)全く無駄のように聞こえるかもしれません。確かに就職活動において海外の経験が特別有利になることは無いかもしれません。しかし、一度、社会での場を得れば、激変している研究・教育界で、皆さんの経験に基づく提言や活動は必ず何かの役に立つはずです。

「いつまでもポスドクで恥ずかしい」などという妙なプライドや「ポスドクを5年以上やったら行き場が無い」などという偏見は捨て、少しでも研究・教育職に近づけるよう、前向きに活動しましょう。
Commented by 海外からの帰国についてさんへ at 2008-03-02 00:38 x
海外からの帰国についてさんのこの書き込みは、どういう情報に基づいた意見なのでしょうか?何か客観的なデータに基づいたものなのか、アネクドータルな個人的経験に基づく意見なのか、その辺をはっきりさせてもらえると、助かるのですが?
Commented by 海外からの帰国について(補足) at 2008-03-02 01:26 x
自身の体験と周囲の人間(同僚・先輩・後輩)の状況の観察、採用(審査)する側に立っている先輩からの情報に基づいた、自戒を込めた個人的見解です。。「博士の生き方」や関連サイトで集めた情報や、大学教員・公募者のブログで読んだ経験談も、若干、加味してあります。客観的データに基づくものではありませんから、参考にするしないはご自由に判断してください。

繰り返しますが、日本国内での就職については、よくも悪くも業績のほかに地の利・人脈も大切です(もちろん、地の利・人脈だけではだめですが)。そしてこの人とのつながりというものは、時間をかけてゆっくり出来上がるので、すぐに結果が出るものではありません。しかし、数年後にじわじわきいてきます(これまた全くもって個人的見解ですが)。海外の人間関係に慣れてしまうとつい忘れがちになるので、敢えて書き込みました。
Commented by nora at 2008-03-02 03:03 x
質問させてください。海外で数年前に修士終了後、現在企業へ勤務しながら、博士課程に出願中(結果待ち)です。出願大学は学部の母校でもなく、修士からの研究テーマを継続できそうということで選んだ大学です。

先日の口答試験で試験官から進学した場合の経済的なことを聞かれ、仕事を辞めたら生活できないので、勤務時間(または日数)を減らして通学するつもりだと私が語ると、試験官がなんかホッとしたような表情で、「大丈夫ですよ、そういう学生もけっこういますから」と。

それまでのあまり良好ではない場の雰囲気(私の返答が的確でなかったのが主原因)が、この会話のあとが妙にスムーズになってしまったような気がしました。博士課程がそんなに生易しいものではないことは覚悟しているので、奨学金が取れれば仕事を辞めるのは無理としても、できるだけ勤務時間を減らそうとしていたのですが、奨学金もこの受験生は希望していないと取られたような感がしてなりません。これで無事合格となったら、どう考えれば良いものかと。奨学金の対象外どころか、経済的に問題なさそうだと「数合わせ」で合格させることがあるのでしょうか。ちなみに文系です。
Commented by 通りすがり at 2008-03-02 17:39 x
・・・単純に考えて博士課程後の就職先のことでは?
職もちの社会人博士なら少なくとも博士後にプータローになる可能性はすくないと考えられたのではないでしょうか?時間さえかければ仕事しながらでも論文はかけるし、学位ももらえる風潮になってきているように思います。
Commented by nora at 2008-03-02 19:17 x
通りすがりさま

レスをありがとうございます。
「博士課程はそんな甘いものではない。専念できなければ博士号取得は難しい」と言われるかと思っていたので、肩透かしをくらったというか、だからこそいらぬ方向へ想像力が及んでしまいました。口答試験の前は、場合によっては仕事を辞めることまで考えていたのですが、合格した場合は仕事を続け、3年にこだわらず、時間をかけるほうがよさそうですね。たとえ、博士課程を専門学校やカルチャースクールとでも捉えているのかと揶揄されようとも、そのほうが私にとっても大学側にとっても良いということか…。
Commented by 文系の私 at 2008-03-03 11:36 x
noraさん

通りすがりさんと同意見です。博士課程は甘いものではないですが、文系博士の就職はもっと甘くはないのです。

現職のまま研究を続けたいと言ったことで先方がほっとしたのであれば、それは、せっかく経済的に安定しているnoraさんを卒業後(少なくとも数年は)路頭に迷わせることになってはと心配したからでしょう。数合わせなら、職を辞めようが継続しようが構わないので、教授陣側の態度にも変化は無かったでしょうから。

もし社会人であることが生活費を稼ぐことであるならば、日本社会では大学院生は社会人扱いされていません。日本の大学にも最近はTA、RAの制度はありますが、経歴のためとお小遣い稼ぎ程度の存在です。北米のようにTA,RAをすることで学費や生活費をまかなうという仕組みではないのです。ですから、大学院側が社会人を受け入れる際、経済的な点と今後の見通しについて心配するのは当然です(・・・と言うか、面接時にそこまで心配してくれる大学院は、むしろ良心的です)。

なお、博士課程の学生の場合、奨学金よりも研究助成費を取るようにすすめられるかもしれません。
Commented by からころ at 2008-03-03 11:45 x
ベトナムからの留学生受け入れの件にしても、日本の高等教育の未来はかなり絶望的だと思わざるを得ないのは、私だけでしょうか。

コネによる内部からの腐敗と利権争い。これが日本社会の特質だと言えば、それだけでしょうが。。。怒りよりも、悲しみを感じます。
Commented by alchemist at 2008-03-03 13:34 x
国費による留学生だから、必ず年限内に学位を出すこと・・・みたいな縛りが入ると、質の低下が懸念されるような気がします。
以前、どこやらからの留学生の学位審査をやった時に、帰国後のポジションが約束されているから、ということでフニャラフニャラの結果になった経験がありますので、懸念を持ちます。
Commented by S at 2008-03-03 13:45 x
留学生で帰国して職を得る確率が高いとなると、大学側は就職のことを心配しなくて済みますから、官僚は一石二鳥と思っているのでしょうね。

質の低下は確かに心配ですね。院生を増やして博士号を増産した結果、博士号自体の価値が下がってしまったのがここ十年の状況でした。もし留学生向けに従来より低い基準を設けて博士号を出すようなことが起これば、長期的には日本の大学の博士号の価値自体を落とすことになりかねません。もちろん、そうならなければ素晴らしいことですが。

Commented by nora at 2008-03-03 20:23 x
文系の私さま

ありがとうございます。コメントを読ませていただいて、面接時の状況を振り返ってみると、試験官の先生方もそう思われてたのかもと思えてきます。確かに合格した場合、現在の仕事を辞めて研究に専念する(必要な場合はアルバイトをしながら)というほうが私にとって無理をするということになってしまいますね。

私は留学前にすでに会社勤めを数年していたためもうすでにけっして若くはなく、帰国後に就職活動した際も年齢が原因でイヤな思いをしたことが多々ありました。私の研究テーマが仕事と直接結びつくことではないので、退職した場合は博士課程終了後の就職活動でまた同じ、いや年を取った分だけもっと大変な年齢差別に出会うことになりそうです。

若くても、若くなくても博士課程への進学は一筋縄ではいきませんね。留学時終盤に日本での博士課程の進学をしぶる私に博士課程進学を決めた30台、40台、50台の同級生(地元の人たち)が「日本はこの国よりずっとお金持ちなんだから奨学金制度が整っているでしょ?」とか「日本は学歴主義って聞くから博士号取れば仕事探しは楽でしょ?」と言われたことを思い出し、当時より一層苦笑いがこみ上げてきます。
Commented by 文系の私 at 2008-03-03 23:14 x
noraさま

そうです。日本は真の学歴社会ではありません。この点、中国とも韓国とも事情が違います。こうした事情は、日本以外の国の人々に話しても、なかなか理解されません。私も私的な事情で留学を途中で切り上げて帰国してから、日本での大学院生の扱いのひどさに辟易しました。

20代まででしたら、確かに奨学金制度があります。しかし、ある年齢になると、奨学金・ポスドク・研究助成費への応募資格すら無い場合が多々あります。多様なキャリアパスが存在する現在、年齢制限とは本当におかしな制度です。

経済的な問題はまだいいのです。問題は、経済力が不安定であることに起因する、「大学院生」に対する社会的偏見の強さです。真剣に研究していても、「学生さんは良いね」「そんな研究して何になる」と揶揄され、社会的になかなか信頼されません。留学時代の同級生が地元出身者・日本以外からの留学生含めて、みな明るい未来を描いて大学院に進み、堂々たる自信をつけて卒業しそれぞれの社会で活躍しているのを見ていると、本当に自分が情けなくなります。
Commented by 文系の私 at 2008-03-03 23:14 x
しかし、理系のポスドクと同じで、文系の大学院出身者である我々が社会で活躍していかなければこうした状況は何も変わらないでしょう。noraさんのようなご経験のある方こそ、博士号を取得して、大学の内外で専門教育の良さを知らしめていっていただきたいと思います。一緒に頑張りましょう。
Commented by 元北大生1 at 2008-03-09 01:30 x
10年前に北大に入学し、卒業後に東京の大学院に入学したものです。
大学院博士課程に進学したものの、在学中にドロップアウトして現在は会社員(正規)です。

ちょうど10年前に「独立行政法人化」が問題になり、学部生ながら危機感を持ち反対運動をしたことがありましたが、教員や学生・院生に共感をうることができず、挫折しました。この状況では、大学院に進んでも未来は無いと思いつつ進学しましたが、自分の実力不足もあり・・・現在に至っています。

ここで政治的なことを書くのはそぐわないとは思いますが、先日、管理人先生も紹介されていた共産党のシンポジウムの記事を読んで、「やっぱりそうだったか・・・」と愕然としたので、思い切って紹介させていただきます。

Commented by 元北大生2 at 2008-03-09 01:31 x
(以下抜粋引用)
 「さらに「構造改革」路線にもとづく市場原理主義を学術の分野に持ち込み、研究費の削減・競争資金化などの政策で事態をいっそう深刻にしました。国立大学が法人化後に削減した人件費は四百七十九億円で、旧国立大学時代の助手の初任給の一万人分です。これだけ、助手や助教の採用を抑制しているのです。非正規雇用の増大は構造改革路線によるものです。」(石井郁子衆議院議員の発言より)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-02-04/ftp2008020404_01_0.html

これが事実だとすれば、少なくとも国立大学の経常経費を10年前の水準に戻すだけでも、ポスドク問題はかなりマシになるような気がしますが、今の大学関係者はそのようなことすらも要求できないのでしょうか?

どこの政党を支持するにせよ、そろそろ大学・大学院関係者は政治的な力を示すときだと思います。当事者が声を上げていかないと何も変わらないのではないかと思います。
Commented by むかし助手でした at 2008-03-10 05:40 x
「国立大学が法人化後に削減した人件費」ということは、2004年(平成16年)4月以後の年間予算についてなのですかね。一方で、競争的研究費がちょうどそのタイミングで年間あたり1000億円くらい増えているようですけれども…。
http://www.zam.go.jp/pdf/00000050.pdf (p8左側のグラフ)

国立大学はアカデミックエリアのサブセットなので暴論ではありますが、上記データによればトータルでは年あたり500億円くらい純増ですよね(人件費以外にも経常経費を減らされているでしょうから純増は嘘かもしれないですが、純減だっていう資料あるのかな)。パイが増えている(あるいは減っていない)のに、それをポスドク問題への解決(?)に使わなかったのはアカデミックエリア内部の(意識的ではないでしょうが)決定だったりしないのでしょうか?それとも政治家や国民が強制したのかな?
Commented by 元北大生3 at 2008-03-11 01:13 x
確かに年あたりの予算は増えていますが、競争的資金が増加しているんですよね?だからこそポスドク問題が深刻化するのではないですか?

>年あたり500億円くらい純増
>アカデミックエリア内部の(意識的ではないでしょうが)決定

どこまでがアカデミックエリア内部なのかよくわかりませんが、大学が、ポスドク問題を深刻化させてきたと思います。

僕の通っていた都内の大学院(国立大)でも、任期つきの助手のポスト(任期つきだが正規雇用)がこのほど廃止され、非常勤の「ジュニアフェロー」が導入されました。

つまり、

任期なしの助手1人→任期つきの助手2人→ジュニアフェロー4人

などと、競争的資金の増加に伴ってポストの数を増やす政策を採ったわけですが、このようなポストは成果やプロジェクトの獲得状況で増減があるわけですから、身分が不安定なポスドクが増加するわけです。一方で常勤職が減るわけですから。

Commented by 元北大生4 at 2008-03-11 01:18 x
>強制した

強制したのは政治家や国民ではなく、内閣と財務省・文科省です。運営費交付金(人件費など)を毎年1%削減するという方針を閣議決定し、この先2、3年で国立大の人件費を数%カットするという「行政改革推進法」でそう決まっているわけですから。

政治家や国民は、大学院生やその行き先については何も考えてないと思いますけどね。僕なんか、就活中に企業の採用担当者から「君みたいなエリートが何でウチなんかに来るの?このまま大学院にいれば教授になれるんでしょ?」などと
何度いわれたことか・・・。
Commented by むかし助手でした at 2008-03-11 02:26 x
1. 競争的研究費まで含めたアカデミックに対する社会の投資は純増(少なくとも純減ではない)なのではないか、という事実がある(ような気がする)。
2. 国立大学法人化にはいろいろ問題はあるが良くも悪くも自由度が増したのは事実だと思う、これは前の投稿には書いてませんが、たとえば埼玉大学で優秀な技官に対して教員並の待遇に引き揚げるなどの事例があったはずです。ですから経常経費減を競争的研究費の一部で埋めることが不可能だったわけじゃないような。
3. 純増(?)予算+増えた自由度を使って不安定なポストを増やしたのは政府・政治家の誘導だけでなく、アカデミックエリア内部の(なかば無意識かもしれないが)総意があったんじゃないのかなあ。
4. だとすると(これ本当かどうかわかりません)、それで文句言われても国民のはしくれとしては困っちゃうなあ、けして景気が良い世の中ではないけどそれなりにパイは増やした(あるいは減らしていない)のだから、パイの配分はアカデミック内部でうまくやってね。
5. 4の結果として大学院生やポスドクが犠牲になっているのであればご愁傷様ですが、それはアカデミック内部で解決すべきじゃないの。
Commented by ひとこと。。 at 2008-03-11 22:50 x
>> むかし助手でした さん
あなたの上げたHPを元に、データを整理してみました。。

> http://www.zam.go.jp/pdf/00000050.pdf (p8左側グラフ)

あなたの上げたP8ページには左にグラフが、右側に予算内容があります。これを元に、平成16年と19年を比較します。

大学へ回るお金は競争的研究費と拠点形成です。

[競争的研究費] 平成19年 (括弧内は平成16年からの増減)
科研費、         1913億 (+83億)
戦略的創造事業、    486億 (+23億)
振興調整費        368億 (-18億)
(合計)          2767億 (+88億)

[拠点形成(新規)]
世界トップレベル国際研究拠点形成促進プログラム、 35億
グローバルCOEプログラム        158億
21世紀COEプログラム         220億
(合計)                 410億

以上を纏めると、

競争的研究費の増加分(88億)+拠点形成(410億)=498億円

です。国立大学から削減された500億円が、競争的研究費や拠点形成の原資と見なせます。
Commented by ひとこと。。 at 2008-03-11 22:56 x
次に、拠点形成と称する大学への配分方法を見てみます。

拠点形成の採択件数は、
21世紀COE: 273件
グローバルCOE:150件(予定、8割は21世紀COEの継続)

国立大学大学院研究科数(博士): 372研究科
                     (専攻数は1000-2000?)

専攻単位で応募するCOEや、グローバルCOEが、当たる確率は
COE:          2割以下
グローバルCOE:   1割以下

国立大学の大学院の8-9割は予算削減をモロに受けで悲鳴をあげている現実が見えます。

大学の校費なら、各大学の裁量で使途を決められますが、上記の予算は、文科省主導です。逆らえば打ち切りです。

大学から少しずつ召し上げ、文部科学省の財布に一度入れ、配りなおし大学を支配する図式が透けて見えます。。。
Commented by ひとこと。。 at 2008-03-11 23:09 x
さらに、平成16年と19年の比較で、新規に増えた「その他」の項目を見てみます。

キーテクノロジー研究開発の推進        160億
地球観測システム構築推進プラン            8億
原子力システム研究開発事業            52億
先端計測分析技術・機器開発事業         48億
独創的シーズ展開事業                90億
産学共同シーズイノベーション化事業       18億
重点地域研究開発推進プログラム         83億
地域結集型研究開発プログラム等         35億
(合計)                         494億円

これらの予算は、学問というよりは、産業技術政策や地域振興に含めた方が良い案件も多く含まれ、科学技術予算としては??です。
Commented by ひとこと。。 at 2008-03-11 23:17 x
おそらく、これらの予算も、何かの予算を削減し、振り替えたものです。しかし、調べがつきませんでした。推測ですが、国の研究機関や旧科学技術庁関連プロジェクトの予算を削減し、削減分で立ち上げたと類推しました。

この500億円は、産学協同事業や地域対策など、本来は科学技術では無く、産業技術政策や地域振興の中で行われるべきものが多く含まれています。

科学技術を隠れ蓑に、地域やベンチャーにお金を落とすことが、目的の様にも見えます。このあたりは、政治家の意図が透けて見える気がします。

>> むかし助手でしたさんへ。。

これらの予算と、ポストクの雇用の関係は、大学の責任なのですかね?
自分には、「むかし助手でしたさん」のウサ晴らしにしか見えません。
なお、私は大学教員ではありません。。。
Commented by むかし助手でした at 2008-03-12 08:43 x
ひとことさんの投稿、勉強になりました。私なりに理解すると
a. (「本来は科学技術では無く」あたりを含めた)広義のアカデミックへの社会的な投資はずっとトントン(あるいは純増?)
b. アカデミックのサブセットである国立大学へ固定的に割り当てられる予算は500億円(全運営費交付金1兆円強の5%弱)/年くらい減
c. aのパイの争奪戦には国立大学は参加できる(ここは議論の分かれるところ?)
というのが「事実」なんですかね。

で、あとは個人の趣味というか価値判断だと思うのですが、「地域やベンチャー」ったって大学関係者が関与している例はいくらでもあるわけですし、個人的には(広義の)アカデミックエリアへの全体投資が減っていない(あるいは増えている)のであれば、あとは内部で調整してくれよ、という気がするわけです(言うのは悪いことじゃないですが)。つまり(いろいろ外部要因があるにしても)「(個々の教職員というよりは組織としての)大学(あるいはアカデミック)の責任」だと私は思うわけです。
大学院生やポスドクに皺寄せがいくように内部で資源配分してしまったのはアカデミック内部の(総合的無意識な?)意思決定じゃないんですかね。
Commented by あの~ at 2008-03-12 22:20 x
不勉強で申し訳ないのですが、結局、研究・教育資金の分配を決めている主体ってどこ(誰)なんですか? 文科省ですか? その場合、文科省はアカデミック内部と言えるんでしょうか? そして、その決定過程に大学・研究者側はどの程度関与できるのですか? 
Commented by ひとこと。。 at 2008-03-13 01:09 x
>> あの~ さん
> 研究・教育資金の分配を決める主体

予算の大枠は文科省と財務省。

> 文科省はアカデミック内部か?   

一般論では違います。
Commented by ひとこと。。 at 2008-03-13 01:09 x
> 決定過程に大学・研究者側はどの程度関与できるか?

科学技術予算を決める総合科学技術会議のメンバーは15名
(政治家7名、文系教授2名、企業関係者2名、理系研究者4名)
理系は4名だけで、残りの11名は科学は素人です。

http://www8.cao.go.jp/cstp/yushikisyahoka.html

様々な専門課題はプロジェクトチームが担当します。例えば「基本政策推進専門調査会」は
8名の議員(理系の学者4名)と、24名の専門委員(うち理系学者10人)

国立大学の専門委員(理系教授)なら、文部科学省に意見を具申できると仮定します。
専門委員(国立大学理系)を、40名程度と見なすと。。。
国立大学教員: 6万人
大学教員:   16万人
 
40名 ÷ 60000人(国立大学教員数) = 0.0006 (0.06%)
40名 ÷ 160000人(大学教員数)   = 0.00025 (0.025%)
つまり、国立大学教員の0.06%、大学教員の0.025%,しか、意見がいえない計算です。

大学院重点化など、大学の重要政策を大学教授が決めているだろうと決め付けるのは的外れです。
Commented by ラボヘッド at 2008-03-13 03:41 x
大学教員の立場から言わせてもらうと、全体的な研究費は微増を続けているが、それは平等に配られている訳ではなく、一部の優秀な研究者・大学に手厚く配られており、大部分の無能な(?)研究者・大学は悲鳴を上げているのが現状。

これは恐らく文科省の暗黙の方針に基づくものであろう。簡単に言えば、大学にも競争原理を導入せよ、ということだ。

一国民からすれば、こんなの至極当たり前のことだと思うよ。
Commented by ラボヘッド2 at 2008-03-13 03:49 x
もう一つ付け加えさせてもらうと、助手等のパーマネント職員数が減少して、非正規研究者が増えたのは、世間で派遣社員やパートタイマーが増えているのと同じ理屈です。大学としては限りある競争的資金の中で、なるべく人件費は抑制したい。また以前はパーマネントになった途端にモチベーションが下がる助手が大勢いて、大学のお荷物になっていたので、最近は若手研究者(兵隊)を不安定な状況において競争心を煽り、費用対効果を高めようというのがその狙いです。

しかし、そのツケとしてもの凄い社会不安を引き起こしているのは、一般社会も大学も同じです。安定しすぎていても、不安定でも問題は出る。匙加減は難しいものですなあ。
Commented by ?? at 2008-03-13 03:58 x
無能か有能かは別にして、随分バイアスの掛かった競争原理だね。。
それはコネって言うんでは?

例えば、ある東大の研究科が、某省庁から
「(申請前から)次のCOEは必ず通す」
って言われたと学会で噂になっていた。結果はそのとおりになったとか、
関東圏の有力2私大を重視し、委員に入れろと圧力が掛かっていたりとか、実績がなく学会でも名前を聞かない私大がCOEに通ったりとか、
そんな話は枚挙にいとまがない。

なんとも素晴らしい競争原理ですね。
Commented by むかし助手でした at 2008-03-13 07:58 x
ひとことさん wrote:
> 科学技術予算を決める総合科学技術会議のメンバーは15名
> 理系は4名だけで、残りの11名は科学は素人です。
閣僚議員7名はおいておくとして、「科学」「理系」の定義にもよりますが、有識者議員8名は全員アカデミックもしくは理工系出身者に見えるのですが。類似の組織をよく知らないのですが、たとえばNSFのboardとか
http://www.nsf.gov/nsb/members/index.jsp
の構成はどう評価されるのか興味があります。
Commented by むかし助手でした at 2008-03-13 07:59 x
ひとことさん wrote:
>国立大学教員の0.06%、大学教員の0.025%,しか、意見がいえない
(政府が勝手に選んでいるという話かもしれませんが)アカデミック内部での組織的なつながりってまったくないのでしょうか。代表者(的)な人達の数が母集団よりうんと少なくなるのは当然のような気が…。

ラボヘッドさん wrote:
>全体的な研究費は微増を続けているが、それは平等に配られている訳ではなく
社会全体に占めるパイの大きさについては微増だったら、それで国民としては義理はそれなりに果たしているような…パイの配分は(良い意味での)ギルド集団であろうアカデミック内部でうまくやってほしいと個人的には思います。内部配分適切にできずに外部に泣きつくのであれば、自治とか学問の自由とか言わんでほしいような、というかラボヘッドさんみたいに適切な傾斜配分だと思っている人もいるわけですよね。
Commented by というか at 2008-03-13 11:58 x
日本のアカデミックにギルドはあるんですか?
Commented by ラボヘッド at 2008-03-13 17:46 x
あのね、一時代前は有能無能に関わらず、一律に予算を配っていたわけさ。それが最近は業績重視になったというだけ。もちろん、どんな世界にもコネ等のあまりクリーンでない部分はある。しかし、圧倒的に以前よりはフェアな状態になっていると(大局的に見れば)思うよ。個別・特異例を云々するのではなく、大局的に見るべきだな。

なんかスレタイとは全然違う議論になってきたな。
Commented by ちがう at 2008-03-15 21:58 x
 中にいる人から見ればそうだろうが、昔は博士とってすぐに選別だから問題は少なかったのさ。ポスドクが大幅に増えて年取って違う道にはいけない人が大幅に増えたからフェアさの要求される水準が変わってきているの。ここら辺の鈍感さが問題。
Commented by ちがう at 2008-03-15 23:00 x
つーか、フェアになったって本当か?
論文数等の足切りラインが上がっただけで何も変わっていないのでは?
公募があっても最初から当選者が決まっているような場合は、知り合いの多くのポスドクは業績がその人よりあっても応募しないよ。中から見てると気が付かないだろうが。

10年前より公募が増えたのは事実だが、最近の何年かに限って言えば、知り合いの複数の教授は前より悪くなったと言っている。ポストが減りコネの分は温存された分自由競争の部分は減っている。
Commented by ひとこと at 2008-03-16 03:14 x
>>ちがう さんへ
> つーか、フェアになったって本当か?

完璧に同意。昔より公募の数は確かに増えたが、コネは温存されている。たとえば、100倍を超える倍率だった東京の私大教授の公募が話題を集めたが、同時期に、縁故で教授になったものが同じ学部に数名いる。

コネは人事以上に、予算(ナショナルプロジェクト予算)で、明確に存在する。具体的にはかけないが。。
Commented by 学問も at 2008-06-08 13:31 x

結局はお金か。
Commented by 金だけでは at 2008-06-08 16:00 x
学問はできないが、金が必要なのも確か。アインシュタインも特許局で安定収入を得ていたからこそ研究できた。
Commented by 中間管理職 at 2008-07-09 14:14 x
文芸社の「大学院生物語」は面白かったですよ。
Commented by けせらんぱせらん at 2008-11-13 06:00 x
大学院生には学位取得後就職がなかったら直ちに自殺するよう指導すればいいじゃないですか。そうすれば大学には金だけ払ってくれて,その後,国の負担にもならない。どうせ就職先ないのがわかっていて大学院に入れたんだから,長期的に見れば社会的に殺しているのも同然なんです。ついでに事実上殺してあげたらいかがですか。
Commented by 通りすがりの文系院生 at 2008-11-30 23:33 x
予算関係のことなどは自分の立場じゃ全くわからないのですが・・・。
大学院教育の最終段階である「就職」が自由競争になったのであれば、
大学院在学中の所属研究室についても自由に移動できるようにしてほしい。

研究指導をしなければ、就職相談にものらない無能な指導教官が、自分
のプライドを守りたいが為に院生を囲い込むようなことは絶対に許されて
はならないと思う。そりゃ、昔なら、なんでもいいから博士号をとれば就職
できたんだろうが、今はそんな時代じゃない。

よりよい教育機会を求めて移動しないと、こっちの人生がダメになってしまう。

数年前、老大家の研究室から、若手気鋭の研究室に移った際にやや嫌な
経験をしたので愚痴ってみました。
Commented by stochinai at 2008-11-30 23:50
>所属研究室についても自由に移動できるようにしてほしい

 実際には感情的なことも含めいろいろと難しいことはあるとは思いますが、立て前的には今はどこでもそれは原則的に可能になっているところは多くなってきていると思います。でも、本来は動く学生に不利益が生じないようなシステムが最初から用意されていて、周知徹底されていないとアンフェアですよね。
by stochinai | 2007-10-14 23:58 | 大学・高等教育 | Comments(738)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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