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気弱になった集団の多数意見は、往々にして誤る2008年 04月 29日
全文がこちらで読めますが、今朝の天声人語は、先日の衆院山口2区の補選での結果を受けながら、与党が明日ガソリン税を元に戻す法案を衆院の3分の2で再議決するという方針について論評していました。その内容自体に特に注目すべきものがあるわけではなかったのですが、次の文章に目がとまりました。
「気弱になった集団の多数意見は、往々にして誤る」。この鋭い洞察は、南極観測隊を何度か率いた村山雅美(まさよし)さんだ(小学館『千年語録』)。追い詰められてからの「数の論理」は危険で、極地では全滅を招くことさえある。これは天声人語子が政府自民・公明党を「気弱になった集団」と考え、その多数意見がガソリン税の暫定税分を元に戻すということであり、その決定は政府を崩壊へと導くであろうと指摘しているのだと思います。 私には、明日に予定されている衆院の再議決が自民・公明の多数意見であるかどうかは疑問だと思っていますし、自民・公明党が「気弱」になっているとも思えないので、この比喩は必ずしも当たっていないと感じられるのですが、この引用部分はまさに今の大学の状況を示している言葉として、ズシンと胸に響いてきました。 今の大学がやっていることは、たとえ文科省からの示唆があったとしても、大学という法人が自分で決定して行っていることです。大学というのは、いろいろ言われていますが、インテリが集まっている組織であり、昔と比べるとさまざまなことがトップダウンに行われるようになってきており、確かに手続き的にはかなり独裁的に行われるようになったものが多くなってきているのですが、大学全体としての動きはやはり大学内の空気を反映した「多数意見」によって動かされていると感じられます。 私個人としては、大学設置基準の大綱化による教養部(一般教育)の廃止も、大学院の重点化も、国立大学の法人化も間違いだと思っていましたし、今でも思っているのですが、いずれも大学という組織を構成する集団が「気弱」になっていたことによって実現したことのように思えてなりません。 つまり、教養部の廃止、大学院の重点化、法人化という三点セットは、まさに大学という気弱になった集団が決めた「誤った多数意見」だと考えると、今大学が置かれている状況がすっきりと理解できるような気がするのです。 それ以前の大学は、それこそ政府や文部省が見ても、「何を根拠に!」と、一見滑稽に見えるくらいの「強気な」集団だったように思えます。その結果、ことあるごとに政府と対立し、産業界への協力も拒否し、経済的には「日干し状態」にあったのではないでしょうか。 それが、いつの頃からか非常に気弱な集団になってしまったのです。私の記憶によれば、それはやはり大学へある程度予算が注入されるようになってからだと思えてなりません。いったんお金を手にして、設備や研究費が潤い始めると、もはやお金なしには教育も研究もできなくなってしまうという強迫観念を持ってしまうのかもしれません。個々人ではそうではない人もある数いらっしゃると思いますが、多数の意見としては「もう、お金がなければ何もできない」という気弱な気分が蔓延しているのが今の大学なのだと思います。 大学という、日本の頭脳が集まっているはずの集団のやることがどうして間違ったことばかりなのかと不思議に思うこともあったのですが、天声人語で読んだ村山さんの言葉で氷解して、膝を打ったのでした。 大学は、気弱になった集団だったんです。 ■
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