5号館を出て

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2005年 02月 05日 ( 2 )

tsurezure-diary:どくりつぎょうせいほうじんって最低だ

 って書かれてしまいました。まったく、おっしゃるとおりです。内部にいる人間もそう思うのですから、最低と言われて返す言葉がありません。せっかく、国立大学法人という独立した組織ものになったのに、国の命令にはまったく逆らえないことに関しては、やっぱりおかしいと思うのが常識的な判断というものだと思います。

 (注:姑息なことなのですが、大学は「独立行政法人」になることを拒否したので、国はでは「国立大学法人」になりなさいと、似て非なる法律を作ったので、もとの国立大学は独立行政法人ではなく、国立大学法人です。などという、どうでもいい議論をするところも大学人のバカさ加減を示していると言われると、まったくその通りと自分で笑ってしまいます。すみません。横道にそれました。)

 だいたい国民の税金で運営されている教育機関が、授業料や受験料を収益のように扱って、それを増加させることができないと正常に運営できない組織にするって、そうした発想がどうにかしてますよね。税金で運用されているのですから、国民の意見を聞いて、みんなが値上げしたほうが良いということなら、それはそれで従うべきだと思いますが、そういう意見がどのくらいあるのか是非とも知りたいところです。(>新聞社のみなさん。内閣の支持率調査よりそっちのほうが、よっぽど意義があると思いますので、よろしくお願いします。)

 敢えて弁護しておくと、大学の運営交付金を授業料や病院からの収入に応じて減少させようというのは、財務省の考えで文科省はおそらくただそれを右から左に伝えているだけなのです。だったら、やっぱり文科省っていらないんじゃないの、って誰でもが思いますね。それは、当たっているかもしれません。(弁護になっていませんね。)

 大学を効率化させたり、営業の思想をとりいれた組織にしてこうとしているのならば、細かく監督・指示する文科省など必要なく、単に民営化してしまえばいいということになるかもしれません。

 NHKと同じく、国立大学法人は国民の皆さまのものです。NHK問題を動かしつつあるのが、受信料不払い運動だとするならば、国の政策を変更させるのは、税金不払い運動になるのでしょうか。いずれにしても、NHKの例は歴史に残る市民の勝利のひとつになりそうです。

 まとまりませんが、この辺で。
by stochinai | 2005-02-05 15:05 | 大学・高等教育 | Comments(3)
 なんとまあ、腰の軽いことでしょう。去年まで、我々の雇用者だった文科省です。今朝の朝日新聞一面トップで「生活科も見直し検討、中教審で議論へ」と出ています。

 先日は、わずか3年前から始まったばかりの「総合的な学習の時間」を、中山文部科学相が削減も含めた見直しの意向を示したというニュースがありました。それから、10日あまりでの矢継ぎ早の改革提案が出されています。

 ちょっと待ってください。

 今までも、そうやってちょっとした外圧があると次から次へと拙速な対応をして失敗を繰り返してきたツケを、また同じ拙速な対応でしのごうというのでしょうか。もういい加減で、アイ**から借りた借金を、プロ**で借りて返すようなことを繰り返すのは止めてください。

 教育はそれほどのお金をかけずに目立つ改革を簡単にできるので、業績の草刈り場として政権や大臣に弄ばれてきていると思います。被害者も、子どもやその父兄という政治的に力を持たない人たちですので、反対運動も起こりにくいことと、日教組という反対勢力が力を失ってきたのを良いことに、目を覆うばかりの「改革」の嵐が吹き荒れています。(私のいる大学でも、大学院の重点化、教養部の廃止、理学部の改組、法人化というようなものがたった10年くらいの間に起こったことです。そして、今まだ大学院が大々的に改組されようとしていたり、研究から教育への再シフトが起こりそうになっていたりと、内部にいる人間にも理解不能な速度で変化し続けています。)

 確かに生活科や総合的な学習というのは、現場の教師にとって負担が大きく、文科省からの適切なバックアップが得られない現状の下で、満足できる結果が得られていない実情もあったことでしょう。しかし、生活科を10年続けてきて、かなりの実績やノウハウが蓄積されてきて、自分たちの成功例を全国に広めていこうと考えている先生もあちこちに出てきているのではないかと思われます。総合的な学習にしても、確かに現場の先生方の負担は想像を絶するものがありますが、うまくいっているところでは想像以上の効果が上がっているとも聞きます。

 文科省がやるべきことは、そうしたうまくいっているところのノウハウを拾い上げ、全国のあまりうまくいっていないところへ広めるお手伝いをすることではないでしょうか。それを、うまくいっていないのは教師の力量の問題がどうたらこうたらと自分たちの責任は棚に上げていつも同じことを念仏のように繰り返し、挙げ句の果てにもう止めて別のやり方をしようですか。

 教育で大事なのは制度ではなく、いかに現場の教師と子ども達のやる気を引き出すかということではないでしょうか。はっきり言って、制度なんていくらいじっても同じだと思います。いじればいじるほど悪くなるだけです。一度、制度を作ったら、その制度をうまく動かすために何十年か努力してみましょうよ。世界中にはいろんな教育制度がありますけれども、そのどれが一番良いなどと言えないことはちょっと考えればわかりそうなものです。

 それを、この20年くらいこねくり回しすぎて、めちゃくちゃにしてしまったのです。1回変えたら20年、すくなくとも10年間くらいはそのシステムを最大限に生かすような努力を続けてください。新しい教育システムが安定するまで、5年から10年かかります。小学校に入った子どもが大学を出る年齢になるまでのことを考えてみてください。その子達が在学しているうちに、学制がどんどん変わっていくなどという状況の中で落ち着いて教育や学習ができると思いますか。

 いい加減で、外圧に振り回される文科省の体質を改めて欲しいものです。
by stochinai | 2005-02-05 00:41 | 教育 | Comments(2)

日の暮の背中淋しき紅葉哉            小林一茶


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