5号館を出て

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2006年 11月 30日 ( 1 )

 北海道大学の図書館報 「楡蔭」に書いた雑文が印刷されてきました。まだ、オンラインでは読めないようなので、こちらに転載しておきます。

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インターネット時代の学術情報と研究者そして図書館

はじめに
 北海道大学図書館が運用しているHUSCAPという名の「機関リポジトリ」が全国の大学・研究機関の先頭を走っていることをご存じだろうか。ほとんどすべての学術情報がインターネットを通じて流通する時代になり、図書館のあり方も大きく変わろうとしている。学術雑誌へのアクセスも投稿も、すべてが机の上に置かれたコンピューターからできてしまう日常を過ごしていると、時として図書館の存在を忘れてしまいがちになる。しかし、一歩大学を出て学外のネットワークから同じ学術雑誌にアクセスしようとしても、北大図書館のライセンスなしには論文も読めないことがわかる。インターネット時代の今、大学図書館を有効に使えるかどうかが、研究機関の未来を左右する大きな鍵となる。

学術情報今昔
 大学を構成する主要なメンバーは、学生と教員と事務職員である。学生は教育を受けるために大学に来るが、ほとんどすべての教員は学生の教育に携わる一方でテーマを持って研究もしている。ただし、研究という同じ言葉でくくられていても、文系と理系とではその中身は大きく違うし、同じ理系でもさらに細かな違いがあるので、自分の所属するところ以外の研究者の実態は実のところよく知らない。ただし、いずれの分野でも研究のために学術情報の操作を必要とすることに違いはないだろうし、その情報の集散ハブが図書館であり続けてきたことも、また歴史的事実であろう。
 文系の研究でも基本的には同じなのだと思うが、理系の研究分野においては日進月歩で進展する研究をフォローするために、新しく出版される学術論文に目を通し続ける必要がある。分野にもよるのだろうが、私個人のことを振り返れば、週刊・月刊・隔月刊・旬刊などのペースで発刊される関連論文をチェックするために、かつては週一回くらいのペースで図書館に通っていた記憶がある。インターネットによるアクセスが発達した現在、自分のオフィスにあるコンピューターから、さらにたくさんの雑誌をいつでも気軽にチェックすることができるようになり、実際に図書館に行く必要はほとんどなくなった。では、図書館はいらなくなったのだろうか。

見えない図書館
 ほとんどの学術雑誌では、新刊が発行されるとその目次情報をメールで送ってくるTOC (Table of Contents)サービスを無料で行っている。メールで送られてくる論文タイトルのひとつひとつにはURLアドレスが付いていて、それをクリックするだけで原著論文にアクセスできるしくみになっている。原著論文は、ホームページ形式(html)で見ることもできるし、印刷論文と同じ形式で表示されるpdfファイルをダウンロードしてハードディスクに保存して利用することもできる。私の場合は、興味ある論文をまず表示の早いhtmlで確認し、重要だと思われるものは、pdfファイルをダウンロードする。
普段、大学の中でこうしたサービスを利用していると、このサービスが図書館と関係していることは実感しにくいのだが、自宅からこのサービスを利用しようとしてアクセスが拒否されるという経験をした時に、学術情報がタダではないことを強く実感した。一部の雑誌や論文を除いて、学術論文の全文アクセスは基本的に有料である。大学から学術雑誌サイトにアクセスして全文が読める時には、ほとんどの場合、ページの上のほうに小さく北大図書館に対するライセンスの表示があるはずで、我々が特別なログインもせずに原著論文を読むことができるのは、北大内のネットワーク(.hokudai.ac.jp)からアクセスしていることで、図書館が契約したライセンスの利用が許可されているからなのだ。つまり、我々は見えない北海道大学図書館を通じて学術情報にアクセスしていることになる。

シリアルズ・クライシス
 楡蔭123 (Jul. 2006) の大平先生による巻頭言「学術コンテンツ整備の現況について」に書かれているように、平成17年度に電子ジャーナルおよび学術文献データベースに対し、北大全体で約4億7600万円が支出されているとのことである。近年、そのほとんどが電子ジャーナル化された学術雑誌の経営は寡占化が進むとともに、値段はうなぎ登りで上昇を続けており、経済的に余裕のない研究者・研究機関が学術雑誌にアクセスすることが困難になるシリアルズ・クライシス(「雑誌の危機」)と呼ばれる状況が起こっている。こうした状況に対応して、北大では、それまで部局ごとに行われていた雑誌の購入を、図書館を中心に全学共通経費化した。こうすることで、北大全体としての重複購読などの無駄を合理化できただけではなく、今までは水産学部や獣医学部でしか購読していないために、わざわざ出かけていったり、コピーサービスを依頼したりということをしなければならなかった雑誌が、自分のコンピューターからいつでもアクセスできるようになるという、(少なくとも私にとっては)夢のような利便性も得られるようになった。
 しかし、これは北大のような比較的大きな総合大学だからこそ可能になったことで、小さな大学や研究機関ではひたすらに購読雑誌が減っていると聞いている。こうしたところでは、まさにシリアルズ・クライシスは研究継続の存亡の危機なのである。

なぜ有名雑誌は強気なのか
 なぜ有力学術雑誌の値段が上がり続けるのかというと、値段を上げても出版社の収入が減らないからである。その背景には、研究者が有名雑誌を求める研究環境がある。
 自然科学・社会科学系の学術雑誌には、ある民間データベース会社の引用文献分析による「インパクト・ファクター」という数値がつけられ、この「業界」における影響力の強さを示す指標のひとつとなっている。ある年のインパクト・ファクターは、その年の前年と前々年の2年間における当該雑誌の掲載論文の被引用度を示すため、研究者が多く流行になっている分野の雑誌のインパクト・ファクターが高くなる。しかし、ちょっと考えればわかるように、同じ研究分野のある時点における「雑誌の影響力」の差を知るためにしか使えないはずのこの数値が、研究費や研究職の獲得に際して研究者個人や研究機関の評価のために利用されるという根本的に誤った使われ方が一般化していることが、このシリアルズ・クライシスの原因のひとつであることは間違いないだろう。ある雑誌に掲載されることが、研究者や研究機関の命運にかかわるということであれば、関係者が経済効果の高い雑誌に投稿するために、購読したいと思う気持ちは理解できる。

研究の成果は誰のものか
 そもそも、科学の営みは人類の共有財産である。そこまで哲学的にならずとも、我々の研究活動のほとんどは税金を財源とする公共の予算のサポートにより行われているという事実がある。その成果のひとつの発信形式である研究論文が、非常に高額な対価を払って購読しなければ読むことのできない雑誌に発表されているということは、スポンサーである納税者に対する背信行為とも言えよう。
 こうした科学業績発表の商業主義化に抗して、一方では雑誌の無料公開を目指すオープン・アクセスやフリー・ジャーナルという動きが出てきている。オンラインでのアクセスを前提とする限り、印刷費などは不要になるので最小限のコストでいわゆる学術雑誌形式の「出版物」を作ることができる。さらに、スポンサーを募ったり、出版することで個人的メリットを享受することが期待される著者から費用を徴収したりするシステムを採用することで、完全無料のフリー・アクセスが実現される。このような形式でもっとも成功しているもののひとつがPLoS (Public Library of Science) という生物医学系の「雑誌」群である。PLoSに掲載された全論文は完全に無料で公開されている。また、旧来の雑誌の中にも著者が特別料金を払うことで、その論文についてはオンラインで無料公開するというシステムをとるものが増えつつある。

機関リポジトリとHUSCAP
 そうは言っても、相変わらず主要な雑誌の多くは高額な購読料を取り続けているという現実は変わらず、シリアルズ・クライシスはまだ「今ここにある危機」である。科学論文は著者達の科学的営みによって得られた成果を出版したものであり、その著作権が出版社にのみ帰属し、その販売によって得られる収入のすべてが出版社にはいるのみならず、図版や文章の利用権すら著者に与えられないという従来のやり方に疑念は多い。そのような中で、論文の内容及び図版を著者の所属する機関(大学や研究所)のウェブサイトに限ってのみ公開を認める雑誌が増えてきている。この場合、雑誌として出版される論文の最終形態の著作権は出版社が所有するものの、そのもととなる最終版の論文原稿は著者にも著作権があり、それを自由に公開することを認めるということらしい。こうした機関ごとに、論文・著作をウェブ配信するサーバ・システムを機関リポジトリという。しかし、たとえインターネット上にバーチャルに構築するものとはいえ、機関リポジトリを実際に運用するためには、人・予算・環境が必要である。日本では国立情報学研究所のサポートを受けつつ、千葉大学、早稲田大学、北海道大学が先駆けとして機関リポジトリを構築、運用している。

機関リポジトリの問題点と将来
 機関リポジトリの出発点は、大手出版社に支配されている学術情報流通を研究者・研究機関自身の手に取り戻そうということで、このアイディア自体に反対する人はあまりいないものの、実際に運用を始めてみるとなかなかスムーズに動かないというのが現実である。その原因はいろいろあると思われるが、最大の理由は登録の煩わしさであり、もう一つは登録する論文が雑誌に印刷された最終形態のものではなく、印刷する直前の「著者最終稿」であることである。
前者については、ただでさえ忙しい研究者が、たとえ有料とはいえすでにインターネットでアクセスが可能になっている論文を、無料アクセスできるようにするためにわざわざもうひとつ登録するという「無償のサービス」作業に意欲がわかないという気持ちはわからないでもない。しかし、最近の調査によると無料でアクセスできる状態になっている論文は、そうでないものよりも引用されるチャンスが大幅に上がるという調査があるので、これは単なる奉仕とは異なり研究者にもメリットが期待できるものであることが理解されるだろう。
一方、学問分野によっては、印刷された論文(例えば、分類学の記載論文)を決定稿として、それ以外のバージョンの存在を嫌うケースがある。この場合はすぐには対応が難しいかもしれないが、学界として新しい時代の学術情報のあり方への新しい対応を迫られる時代が来ていると考え、積極的に対応を計るべきではなかろうか。

歴史遺産としての紀要
 世界的規模で流通している学術雑誌のほかに、最近では減りつつあるものの大学紀要という学術出版の形式がある。研究の国際的評価が重要視されるようになってきて、自然科学系では風前の灯火ともいえる状況に追い込まれている大学の紀要であるが、かつては日本の科学の国際的評価が低かったことや、研究業界の国内主義などの理由から、発表の後に歴史的と評価されることになる世界的に重要な論文が紀要に掲載されることがしばしばあった。例えば、私がかつて所属していた理学部動物学教室にも紀要があって、大学院生が単著で論文を投稿するなど、ひとりで論文を仕上げる機会を実践できる貴重な研究者養成の場としても機能していた。その「北大理学部紀要(動物学)」を研究成果の発表の場として積極的に利用したひとりが、社会性ハチ学の権威として世界的に有名な故坂上昭一である。北大広報誌リテラポプリ(2005年冬号、Vol.21)に掲載された坂上の弟子のひとりである現理学部教授・片倉晴雄の文章を引用する。
 こうした成果の公表に大きな役割を果たしたのが当時の北大理学部紀要(動物学)(現在は休刊中)をはじめとする大学紀要だった。実際、上記「昆虫の社会」 に引用された25編のうちの9編は北大理学部紀要に発表されている。当時年2回発行されていた紀要を、ページ制限なしに研究成果を発表できる場として坂上は大いに活用したのだった。なにかというとジャーナルのインパクトファクターを気にする現代の風潮を聞いたら坂上は嗤い飛ばすに違いない。評価を決めるのは雑誌の格ではなくて論文自体の内容だ、といいきれるだけの実績が彼にはあった。
 このように世界的にも貴重な学術情報が蓄積されている紀要を、北大の宝として登録していくこともHUSCAPの重要な役割となるだろう。さらに、HUSCAPの中で、非常にアクセスの多いことが示された教育資料の保存・公開も機関リポジトリの役割として注目すべきものだろう。

おわりに ~ 機関リポジトリと図書館の未来
 機関リポジトリが動き出した図書館を見ていると、図書館の未来が見えてくるような気がする。今までの大学図書館の主な役割は、世界から学術情報を集め蓄積し、学内における研究・教育活動に資することだった。一方、機関リポジトリで行っていることは、北大からの学術・教育情報の発信である。研究者はともすれば一匹狼として活動することが多いので、特定の大学や研究機関に強い帰属意識を持たないことも多い。しかし、大学という存在は単なる個人研究者の寄せ集めではなく、全体としてある種のまとまりを持った存在である。HUSCAPという形で、北海道大学における過去と現在の学術情報・教育資料が、縦横に解析可能なデータベースとしてまとめあげられることで、今まで想像することすらできなかった北海道大学の研究・教育活動の全容が可視化されてくるのを見るのは感動的ですらある。北海道大学の研究・教育の過去と現在そして未来を記録・蓄積し続け、リアルタイムで公開していくことのできるHUSCAPは、北海道大学の資産として、顔として、さらに大学と世界をつなぐゲートウェイとしてますます発展していくだろう。そして、それこそが未来の図書館の重要な機能のひとつなのだと思う。
by stochinai | 2006-11-30 21:01 | 大学・高等教育 | Comments(4)

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