5号館を出て

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2010年 06月 07日 ( 2 )

 昨日、ご家族とごく身近の方々だけに見守られながら火葬が終わったとの連絡を受けました。公表されると、たくさんの方々が弔問に駆けつけるであろうことが予想されたため、私も今日まではごく一部の方々にお知らせしただけです。

 日本が世界に誇るべき発生生物学者の、片桐千明(かたぎりちあき)氏は6月3日朝、間質性肺炎によって、札幌の病院で逝去されました。私のただ一人の研究上の恩師である先生が、1年中でもっとも良い季節である初夏の訪れとともの急逝されたというあまりのギャップに、当初は事態を理解することすら困難でした。

 先生は、昭和10年1935年の生まれですから、まだ75歳の「若さ」です。日本人の平均余命からいっても、「死」について考える年齢にはまだ10年早いというのが最近の「常識」ですから、我々はもちろんですがご本人もまさかまだそんな事態に至るとは思っていらっしゃらなかったのではないかと、非常に心が痛みます。

 1998年に北大を退職なさってから、それまで冗談のようにおっしゃっていた「女子大の先生になりたい」という「夢」がかない、今は女子大ではなくなりましたが札幌では今でも女子大と思われている「天使大学」で教鞭をとっておられました。(その夢を叶えることに、私がほんのちょっとですが貢献することができたかもしれないというのが、私が先生にお返しできたごくごく小さな恩返しだったかもしれません。)女子の多い大学も、70歳を機に退職なさってからは、ソバなどを打ち、趣味の絵に打ち込むという悠々自適の生活を送っておられるという噂をお聞きして、退職後の生き方としては見本としたいような生活をなさっておられると感じ、そう遠い先のことではない私の身の振り方のお手本と考えていたところでもあります。

 片桐先生は、ネット時代のちょっと前の方ですので、ネットで検索してもそれほどたくさんの情報は出てきませんが、比較的近影に近いものが見つかりました。私が助手になりたての頃、教養生の生物学実験の中で忍路の臨海実験所での一泊二日で行う、海産動物の観察とウニの発生観察という実習があり、当時「教養部」で先生と一緒に苦労させていただいたというのも、とても良い思い出なのですが、その忍路臨海実験所が北方生物圏フィールド科学センターに統合され、2007年に行われた臨海実験所創立100周年の記念式典で講演する片桐先生の写真が北大時報の中にありました。
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 先生は、学生時代から北大の絵画サークル「黒百合会」で活躍されておられ、理学部の大講堂の廊下にも忍路の絵が飾られていますが、昨年の春に行われた朝日カルチャーセンターの絵画展に出した作品がウェブで見つかりました。

 第24回コスモス会展(2009/6/8~6/13・DEF)

 片桐千明「アフリカ彫塑のある静物」をご覧いただくとわかると思いますが、この塑像の顔がご自身とそっくりなのです。新しい境地を切り開かれつつあったのかもしれません。(転載ではなく、引用ということでご覧ください。)
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 私が大学院の修士過程に入学してから博士課程を中退するまで5年、助手になってからも10年、ずっと片桐先生の下にいましたので、思い出を語り出すと1日や2日では終わらないくらいたくさんのエピソードがありますが、大学院生時代に片桐先生の口から出た二つの言葉はいまでも毎週のように思い出します。

 その一つ目は、「透析」という操作についてです。片桐先生は発生学の研究者でしたが、新しい技術の習得に敏感で、生化学や分子生物学にもまっさきに飛びついていたという記憶があります。それで、透析や凍結乾燥という技術を、直接に教えてもらったのですが、透析では1リットルの水をたった3回取り替えるだけで、1ミリリットルの試料の中にある「低分子の塩」が、なんと10億倍に薄まるという話を聞き感動したことを今でも覚えています。

 もうひとつは助けられたこと。私が良くメスシリンダーや三角フラスコといったガラス器具を壊すので、先輩が「stochinai君は本当にものをよく壊すねえ」と冗談ともつかず、嫌みともつかない指摘をされた時に、側で聞いていた片桐先生が「実験をしない人間は、ものを壊すこともないからね」と助け船を出してくれました。この言葉を思い出すと今でもなんだかホッとする思いがよみがえります。そんなふうに、学生の側に立つ教員でありたいという今私が持っている気持ちの出発点にこの言葉があることは間違いないと思っています。

 とまあ、いくらでも思い出は語ることができるのですが、先生がこの世にいなくなったことはどうやら事実として認めなければならないようです。

 しかし、今までもそうだったように、先生ご自身がいらっしゃらなくても、先生が残した研究、絵画、言葉、そして不肖の私を末席とする優秀な弟子がたくさん残っています。人々は、そういうものを見ては、片桐先生を思い出し、20世紀の終わりから21世紀にかけて間違いなく大きな足跡を残した先生を思い出すことができます。

 ちょっと遠くにいる人間から見ると、あまりにもあっけなく逝ってしまわれたようで呆然する思いもあるのですが、くご家族とともに濃密な人生を送られたこともまた垣間見えますので、まちがいなく幸せな一生でもあったはずです。

 私としては、片桐先生の生物学的生が終わったことを厳粛に受け止めると共に、人間としてはこの先も指導者として生き続けて我々を導いてくださることもまた確信しています。

 ご葬儀はご家族・ご親族だけで行われましたが、改めて我々で「偲ぶ会」を持ちたいと考えています。

 ひとまず、先生のご逝去のお知らせと共に、先生にはごゆっくりとおやすみいただきたく、弔意としてこの記事を書かせていただきました。

 ご冥福を心からお祈り申し上げます。
by stochinai | 2010-06-07 21:12 | 生物学 | Comments(3)

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by stochinai | 2010-06-07 06:42 | コンピューター・ネット | Comments(0)

今日二つ三つ朝顔の通り道          稲畑廣太郎


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