カテゴリ:ポスドク・博士
- 【新刊】水月昭道「他力本願のすすめ」[ 2012-03-19 20:00 ]
- 第14回三省堂サイエンスカフェin札幌:博士漂流時代「余った博士」はどうなるか?[ 2011-10-21 20:08 ]
- 大卒が就職できないのもポスドクが就職できないのも理由はひとつ[ 2011-01-18 23:59 ]
- 榎木英介著: 博士漂流時代 「余った博士」はどうなるか?[ 2010-11-25 19:54 ]
- 水月昭道「ホームレス博士」[ 2010-09-14 19:29 ]
- 発生生物学会を終えて:若手研究者の望み[ 2010-06-23 23:45 ]
- 5年間削られ続けた国立大学運営費交付金でポスドク雇用[ 2009-11-26 21:30 ]
- ポスドク感謝デー(2009年9月24日)[ 2009-09-27 23:30 ]
- 東北大学大学院生の自殺 (とりあえず落ち着いてください)[ 2009-05-14 21:03 ]
- 国会でのポスドク議論情報[ 2009-01-24 22:13 ]
【新刊】水月昭道「他力本願のすすめ」
著書の謹呈を受けました。ありがとうございました。
他力本願のすすめ (朝日新書) [新書]

今やすっかり有名になったポスドク経験者で僧侶でもある、水月昭道さんの新著です。水月さんは現在は、筑紫女学園というところで事務職員をなさっているそうです。
今まで水月さんの出されたポスドク関係の本は、するどく大学や社会を糾弾するものばかりでした。
高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書) [2007]
アカデミア・サバイバル―「高学歴ワーキングプア」から抜け出す (中公新書ラクレ) [2009]
ホームレス博士 派遣村・ブラック企業化する大学院 (光文社新書) [2010]
今回の著書はそれらの攻撃的な姿勢と比べると驚くほど静かな、まさに僧侶としての水月さんの法話とでもいう一冊です。
「まえがき」に内容が凝縮されているので、書いてあることをつまみ食いしたいのであれば、まえがきを読むだけで済んでしまうと言えなくもありません。
というわけで、ポスドクの置かれた理不尽な状況を、力づくの「自己責任」ではなく、自然体で自分の置かれた状況を受け入れる「他力本願」という思想によって「乗り越える」ことができるのではないかという提言でもあります。
「現実に負けたから宗教へ逃げるのか」という意見もありうると思いますが、宗教が人の命を救うこともできるということを語りかけてくれるアドバイスにもなっていると思います。
「そういうことが書いてあるのね」と読まないでわかったような気になることもできますが、じっくりと読むことによって穏やかな心を得られるのだとしたら、十分に役に立つ「心の薬」になってくれるかもしれません。
読んでみますか?
他力本願のすすめ (朝日新書) [新書]

今やすっかり有名になったポスドク経験者で僧侶でもある、水月昭道さんの新著です。水月さんは現在は、筑紫女学園というところで事務職員をなさっているそうです。
今まで水月さんの出されたポスドク関係の本は、するどく大学や社会を糾弾するものばかりでした。
高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書) [2007]
アカデミア・サバイバル―「高学歴ワーキングプア」から抜け出す (中公新書ラクレ) [2009]
ホームレス博士 派遣村・ブラック企業化する大学院 (光文社新書) [2010]
今回の著書はそれらの攻撃的な姿勢と比べると驚くほど静かな、まさに僧侶としての水月さんの法話とでもいう一冊です。
「まえがき」に内容が凝縮されているので、書いてあることをつまみ食いしたいのであれば、まえがきを読むだけで済んでしまうと言えなくもありません。
・・・異なる学校を渡り歩いてみて、ふと思ったことがある。
「学校とは本当に『自力』が好きなんだな」と。
実際、そこでは毎日のように「頑張れ」「努力が大事」「夢を追いかける」という掛け声が、若い学生に対してかけられている。
学校とは、ご存じのように、努力することの大切さを教える場である。
だから勢い、「頑張りさえすれば”必ず”道が拓ける!」となってしまう。
半分ウソ、とわかっていても、学校には、どこまでも表向きの言葉を必要とするいう悲しい現実がある。
だが、現実がそう甘いものでないことは、いい大人であれば誰だって知っている。
「なりたい自分」になれなかった、つまり、挫折や失敗に直面したときに、心を支えてくれる「考え方」が「頑張れ!」以外に全くないからではなかろうか。それどころか、場合によっては「自己責任」と追い詰められる。
努力は大切だ。これは間違いない。ただそうだとしても、ひとつだけどうしても拭えない心配もあるではないか。
「万一、うまくいかなかった時には、どうすればいい?」
どれほど頑張ってみたとしても、いつも必ずうまくいくとは限らないのが人生のつらいところだ。
「どうすれば、己は救われるのか」
親鸞さんは、あらゆる手立てを使ってここを執拗に追求してみせた。
比叡山での長く厳しい修行の果てに、ようやく導かれた一つの答は、「(自力を頼っての)修行だけでは、いつ救われるかわからない・・・・・・」だったから、ちょっと面白い。いや、興味深い・・・・・・。
だがそれが、後の悟り---「他力(思想)」の発見に繋がっていく。
というわけで、ポスドクの置かれた理不尽な状況を、力づくの「自己責任」ではなく、自然体で自分の置かれた状況を受け入れる「他力本願」という思想によって「乗り越える」ことができるのではないかという提言でもあります。
「現実に負けたから宗教へ逃げるのか」という意見もありうると思いますが、宗教が人の命を救うこともできるということを語りかけてくれるアドバイスにもなっていると思います。
「そういうことが書いてあるのね」と読まないでわかったような気になることもできますが、じっくりと読むことによって穏やかな心を得られるのだとしたら、十分に役に立つ「心の薬」になってくれるかもしれません。
読んでみますか?
第14回三省堂サイエンスカフェin札幌:博士漂流時代「余った博士」はどうなるか?
このブログを読んでいる方々にはおなじみだと思いますが、あの榎木さんが札幌にいらっしゃって北海道大学でCoSTEPの講義をされるそうで、そのついでに三省堂でサイエンスカフェを行うということです。

それはさておき、このカフェは紀伊国屋前のロビーで行われるカフェと違い、参加定員がわずかに30名と限られておりますので、申し込んでおかなければ参加が難しいことも多いと思われますので、お早めのお申し込みをお願いいたします。店舗の営業時間内ならば、電話や書店レジでも受け付けているようですが、やはり24時間営業のネットからの申し込みが便利だと思います。こちらからどうぞ。
さて、それとは関係ないのですが、私は明日と明後日はこちらのお手伝いをします。

場所は北キャンパスのこちら、遠友学舎です。

天気が良ければいいのですが・・・。

【テーマの内容】冒頭に「1950年以降」と書いてありますが、大学院重点化政策が始まったのは1990年頃で、博士が目に見えて増えてきたのはその後だったと思いますから、これは1990年以降のミスタイプではないかと思われます。
1950年以降、科学技術振興政策によって大量に生まれた「博士」。この博士たちが就職できず余ってしまい「高学歴ワーキングプア」などと呼ばれる一方で、将来は科学技術を担う人材が不足するのではないかという指摘もあります。
かつては「オーバードクター」と呼ばれた彼らのために「ポスドク」という働き口が用意されましたが、これも不安定で低収入、しかもその先に研究機関や企業での就職が保証されているわけではありません。
依然、「博士余剰」問題は未解決のまま。しかし、博士の活用は科学技術の発展、そして不況にあえぐ日本の再生につながるはずです。
榎木英介さんが書いた『博士漂流時代〜「余った博士」はどうなるか?』は、博士の余剰問題を統計データと取材に基づいて考察し、具体的な解決策を提言しています。どうしたら博士たちの能力を、社会を良くするために生かせるのか、皆さんも榎木さんと語り合いませんか?
それはさておき、このカフェは紀伊国屋前のロビーで行われるカフェと違い、参加定員がわずかに30名と限られておりますので、申し込んでおかなければ参加が難しいことも多いと思われますので、お早めのお申し込みをお願いいたします。店舗の営業時間内ならば、電話や書店レジでも受け付けているようですが、やはり24時間営業のネットからの申し込みが便利だと思います。こちらからどうぞ。
さて、それとは関係ないのですが、私は明日と明後日はこちらのお手伝いをします。


大卒が就職できないのもポスドクが就職できないのも理由はひとつ
世の中の経済活動は、基本的にはすべて需給バランスで動いていると考えても良いのではないでしょうか。
大学卒業生がどんどん多くなっているのに、経済状態はとてもどんどん発展しているという状況ではなく、多くの大学卒業生が望むホワイトカラーの就職先はそれほど増えていません。ポスドクのケースも好意的に考えると、文科省はこれからは学卒ではなく修士卒、博士卒、さらにはポスドクを必要とする企業がどんどん増えてくるだろうから、大学院を充実させ、博士ならびにポスドク経験者を大量に生産しておこうと思ったのかもしれません。しかし、増加する学卒を吸収できない程度の経済発展しかしていない状況のもとでは、さらに高学歴を求める企業はやはり増えなかったのです。
それにしても、新聞・テレビがこぞって同じような報道をするのにはやはりうんざりしますね。こちらが朝日新聞に掲載された、いかに今年の大卒予定者の就職内定率が悪いかというグラフです。

テレビでも他の新聞やネットの報道でも基本的にはこれと同じグラフを使って、ともかく今年が「最悪」であることを強調する流れになっていますが、内定率というものが何かということをちょっと冷静に考えてみれば、このグラフでは物足りなくなるのが「教養」というものだと思います。つまり、実数が知りたくなるはずです。
就職内定率というのは、卒業を予定している大学生のうち、就職の内定をもらった者の割合です。つまり、就職(求人)がどのくらいあるのかということと、大学卒業予定者の数がどのくらいかというデータが過去と現在にわたってわからなければ、それらを割り算した結果だけを示されても「なんだかなあ」と思うのが正しい姿勢だと思います。
というわけで、さすが我が国の文科省は(まだまだ見つけにくいものですが)最近はグラフでデータを示してくれるようになりました。これは元データは文科省のはずですが、こちらからお借りしてきたものです。

このグラフを見ると、一目瞭然なのですが、(ポスドク問題とか)「就職氷河期なんてものはマスコミが作り出したまやかしだったんだよ!!」ということが一目瞭然です。
つまり、大学卒業という供給と求人という需給関係が就職内定率を決定し、大学教員などの研究者ポストの数がポスドクの就職率を決定するという枠組みは、行政や政策担当者にとっては5年や10年、場合によっては20年くらい前からわかっていたことが現実化したにすぎないことなのです。
そういう目で見てみると、就職(内定)率に関しては、大学生は増加し続けているにもかかわらずここ数年改善し続けていることもわかります。
とまあ、ここまでは今まで何度も繰り返したことなので、今回は最後にちょっとした解決のヒントになることを提案して終わりにしたいと思います。
NHKのニュースなどでは、大学生の就職に関しては中小企業と学生をなんとなマッチングさせようと必死の様子ですし、大学もそう考えているようです。また、ポスドク問題に関しても、博士の就職先としては研究職ばかりではなく、教育職やそれ以外にもいろいろと「おもしろい」ところがあるということを必死で説得しているようでしたが、無理に説得しても長続きする就職にはならないと思います。
そこで、決定的に彼らを動かすものは、金あるいはそれ以外の意外な「魅力」だと思います。その魅力が何であるかは、実は個々人によっていろいろありますから、そこを突破口とするとすれば無限の可能性が開けてくるはずです。
というわけで、最後は標語みたいになってしまいますが、実はたくさんある就職口になかなか目を向けようとしない学生や博士達に対してどこから声をかけていこうかとお悩みの、大学・大学院・研究所・研究室・企業の関係者の皆さんへ、ワンポイント・アドバイスです。
・大学卒業生には今までのホワイトカラーにはない魅力的な新しいワーク・スタイルを
・ポスドクには今までの大学教員や研究者を越えた新しい魅力を持った新しいワーク・スタイルを
と提案してみるというようなところで、どうでしょう。
大学卒業生がどんどん多くなっているのに、経済状態はとてもどんどん発展しているという状況ではなく、多くの大学卒業生が望むホワイトカラーの就職先はそれほど増えていません。ポスドクのケースも好意的に考えると、文科省はこれからは学卒ではなく修士卒、博士卒、さらにはポスドクを必要とする企業がどんどん増えてくるだろうから、大学院を充実させ、博士ならびにポスドク経験者を大量に生産しておこうと思ったのかもしれません。しかし、増加する学卒を吸収できない程度の経済発展しかしていない状況のもとでは、さらに高学歴を求める企業はやはり増えなかったのです。
それにしても、新聞・テレビがこぞって同じような報道をするのにはやはりうんざりしますね。こちらが朝日新聞に掲載された、いかに今年の大卒予定者の就職内定率が悪いかというグラフです。

就職内定率というのは、卒業を予定している大学生のうち、就職の内定をもらった者の割合です。つまり、就職(求人)がどのくらいあるのかということと、大学卒業予定者の数がどのくらいかというデータが過去と現在にわたってわからなければ、それらを割り算した結果だけを示されても「なんだかなあ」と思うのが正しい姿勢だと思います。
というわけで、さすが我が国の文科省は(まだまだ見つけにくいものですが)最近はグラフでデータを示してくれるようになりました。これは元データは文科省のはずですが、こちらからお借りしてきたものです。

つまり、大学卒業という供給と求人という需給関係が就職内定率を決定し、大学教員などの研究者ポストの数がポスドクの就職率を決定するという枠組みは、行政や政策担当者にとっては5年や10年、場合によっては20年くらい前からわかっていたことが現実化したにすぎないことなのです。
そういう目で見てみると、就職(内定)率に関しては、大学生は増加し続けているにもかかわらずここ数年改善し続けていることもわかります。
とまあ、ここまでは今まで何度も繰り返したことなので、今回は最後にちょっとした解決のヒントになることを提案して終わりにしたいと思います。
NHKのニュースなどでは、大学生の就職に関しては中小企業と学生をなんとなマッチングさせようと必死の様子ですし、大学もそう考えているようです。また、ポスドク問題に関しても、博士の就職先としては研究職ばかりではなく、教育職やそれ以外にもいろいろと「おもしろい」ところがあるということを必死で説得しているようでしたが、無理に説得しても長続きする就職にはならないと思います。
そこで、決定的に彼らを動かすものは、金あるいはそれ以外の意外な「魅力」だと思います。その魅力が何であるかは、実は個々人によっていろいろありますから、そこを突破口とするとすれば無限の可能性が開けてくるはずです。
というわけで、最後は標語みたいになってしまいますが、実はたくさんある就職口になかなか目を向けようとしない学生や博士達に対してどこから声をかけていこうかとお悩みの、大学・大学院・研究所・研究室・企業の関係者の皆さんへ、ワンポイント・アドバイスです。
・大学卒業生には今までのホワイトカラーにはない魅力的な新しいワーク・スタイルを
・ポスドクには今までの大学教員や研究者を越えた新しい魅力を持った新しいワーク・スタイルを
と提案してみるというようなところで、どうでしょう。
榎木英介著: 博士漂流時代 「余った博士」はどうなるか?
献本御礼

博士漂流時代 「余った博士」はどうなるか? (DISCOVERサイエンス)
実は私は榎木さんが東大理学部の大学院生の(あるいは学生だった?)頃から存じ上げており、当時まだそれほど一般的でもなかったウェブを使って、アフリカツメガエルを使った発生学研究を発信し続けていたことを今でも鮮明に覚えています。
ウェブサイトの名前は「たまごの部屋」だったような気がしますが、調べてみると今でもここに保存されているようですね。本業の「アフリカツメガエルを学ぼう!」以外にも、後輩達のために「大学・大学院入試情報」や、今でいうところのキャリアパスのひとつとして「国家1種公務員の生物受験情報」など、一貫してどうやって大学院を生き延び、その後につなげていくかということを、自分だけではなく仲間達と一緒に考えようとしていた印象が強い方でした。
そうした行動の底を流れていたのが単なる科学至上主義ではない「正義感」であることは、現在の榎木さんを見ていてもわかりますが、この「過去の書庫」にもある、研究問題メーリングリスト(research ML)や研究問題ブログなどでの活動が、NPO法人サイエンス・コミュニケーションの設立、そしてその理事としての活動へとつながっていったことをご存じの方も多いのではないでしょうか。今は理事も勇退されて、今年は新しい組織サイエンス・サポート・アソシエーションを立ち上げるなど、一貫してNGO活動で走り続けておられる方というのが私の印象です。
そうした活動と並行しての彼の研究生活は、順風満帆だったとは言い難かったのかもしれません。アフリカツメガエルの発生研究で博士号を取るには至らず、博士(後期)過程を中退することになったあたりの詳しい事情はよく知りませんが、紆余曲折を経て神戸大学の医学部に学士入学したことを知った時にはちょっとびっくりしたものです。
そして、病理医として十二分に忙しい生活をしているにもかかわらず、学生時代から続けてきた若い科学者達をサポートする活動を今でも率先して人一倍精力的に続けておられるそのエネルギーの源泉は、自分がやりたくでもできなかった「理学の基礎研究」を続けている若い学者および学者の卵達が、彼らの望みどおりに科学者になって欲しいという「怨念」のようなものなのではないかと感じることもあります。
彼の心の奥にあるものはさておき、彼が今の日本で若い科学者達のサポーターの第一人者であることを認める人が多いと思いますし、私もそう思っています。その彼が満を持して日本のポスドク問題について書いたのがこの本です。
博士漂流時代 「余った博士」はどうなるか? (DISCOVERサイエンス)
決して明るく楽しい本ではありませんが、少なくともこれから大学院に入って科学者を目指そうという学生ならば知っておかなければならない、日本の大学院の歴史と現状が第1章と第2章にしっかりと記録されております。校正の時に削ったという120ページがもしもこの第1章、第2章に関わるものだとしたら、どこかで公開していただきたいくらい貴重なデータが満載です。もちろん、私はよく知っていることばかりですが、こうしたことすらよく知らない大学の先生や、政治家の方々が日本の科学者教育やその政策決定に大きな力を持っていることの恐ろしさは、当事者である学生・院生・ポスドクの皆さんがしっかりと認識しておく必要があります。つまり、このあたりに書いてあるようなことすらしらないボスの研究室は「危険」なのです。
第3章、第4章では榎木さんが一所懸命博士・ポスドクを売り込んでいますが、今の社会状況の中では決してうまいセールストークになっていないのが残念なところです。榎木さんは極めて誠実に、真っ正面から博士の有用性と必要性を説いておられますが、今の社会の大多数が抱いている通念をひっくり返すほどの説得力が感じられないのは、博士・ポスドク問題が人々の意識を変えるだけで片付くようなものではなく、この社会の構造を変えなければならないほど根深いところから発していることに一因がありそうに思えます。
この本を最後まで読んでみて感じるのは、博士・ポスドク問題についてはもはや語るべきものが残っていないほど語り尽くされているにもかかわらず、解決策が出てこないというところにこそ問題があるということです。
状況が動き始めるのは、おそらく国立大学の一部が整理・再編され始める数年後でしょう。
そう考えると、現状はすでにある博士・ポスドク問題を解決するというようなのんきな段階ではなく、さらにひどくなる前の段階にあると考えるべきなのかもしれません。
榎木さんの力作を前にして、この本が日本の博士への鎮魂歌のように思えるのが残念でなりません。

実は私は榎木さんが東大理学部の大学院生の(あるいは学生だった?)頃から存じ上げており、当時まだそれほど一般的でもなかったウェブを使って、アフリカツメガエルを使った発生学研究を発信し続けていたことを今でも鮮明に覚えています。
ウェブサイトの名前は「たまごの部屋」だったような気がしますが、調べてみると今でもここに保存されているようですね。本業の「アフリカツメガエルを学ぼう!」以外にも、後輩達のために「大学・大学院入試情報」や、今でいうところのキャリアパスのひとつとして「国家1種公務員の生物受験情報」など、一貫してどうやって大学院を生き延び、その後につなげていくかということを、自分だけではなく仲間達と一緒に考えようとしていた印象が強い方でした。
そうした行動の底を流れていたのが単なる科学至上主義ではない「正義感」であることは、現在の榎木さんを見ていてもわかりますが、この「過去の書庫」にもある、研究問題メーリングリスト(research ML)や研究問題ブログなどでの活動が、NPO法人サイエンス・コミュニケーションの設立、そしてその理事としての活動へとつながっていったことをご存じの方も多いのではないでしょうか。今は理事も勇退されて、今年は新しい組織サイエンス・サポート・アソシエーションを立ち上げるなど、一貫してNGO活動で走り続けておられる方というのが私の印象です。
そうした活動と並行しての彼の研究生活は、順風満帆だったとは言い難かったのかもしれません。アフリカツメガエルの発生研究で博士号を取るには至らず、博士(後期)過程を中退することになったあたりの詳しい事情はよく知りませんが、紆余曲折を経て神戸大学の医学部に学士入学したことを知った時にはちょっとびっくりしたものです。
そして、病理医として十二分に忙しい生活をしているにもかかわらず、学生時代から続けてきた若い科学者達をサポートする活動を今でも率先して人一倍精力的に続けておられるそのエネルギーの源泉は、自分がやりたくでもできなかった「理学の基礎研究」を続けている若い学者および学者の卵達が、彼らの望みどおりに科学者になって欲しいという「怨念」のようなものなのではないかと感じることもあります。
彼の心の奥にあるものはさておき、彼が今の日本で若い科学者達のサポーターの第一人者であることを認める人が多いと思いますし、私もそう思っています。その彼が満を持して日本のポスドク問題について書いたのがこの本です。
博士漂流時代 「余った博士」はどうなるか? (DISCOVERサイエンス)
決して明るく楽しい本ではありませんが、少なくともこれから大学院に入って科学者を目指そうという学生ならば知っておかなければならない、日本の大学院の歴史と現状が第1章と第2章にしっかりと記録されております。校正の時に削ったという120ページがもしもこの第1章、第2章に関わるものだとしたら、どこかで公開していただきたいくらい貴重なデータが満載です。もちろん、私はよく知っていることばかりですが、こうしたことすらよく知らない大学の先生や、政治家の方々が日本の科学者教育やその政策決定に大きな力を持っていることの恐ろしさは、当事者である学生・院生・ポスドクの皆さんがしっかりと認識しておく必要があります。つまり、このあたりに書いてあるようなことすらしらないボスの研究室は「危険」なのです。
第3章、第4章では榎木さんが一所懸命博士・ポスドクを売り込んでいますが、今の社会状況の中では決してうまいセールストークになっていないのが残念なところです。榎木さんは極めて誠実に、真っ正面から博士の有用性と必要性を説いておられますが、今の社会の大多数が抱いている通念をひっくり返すほどの説得力が感じられないのは、博士・ポスドク問題が人々の意識を変えるだけで片付くようなものではなく、この社会の構造を変えなければならないほど根深いところから発していることに一因がありそうに思えます。
この本を最後まで読んでみて感じるのは、博士・ポスドク問題についてはもはや語るべきものが残っていないほど語り尽くされているにもかかわらず、解決策が出てこないというところにこそ問題があるということです。
状況が動き始めるのは、おそらく国立大学の一部が整理・再編され始める数年後でしょう。
そう考えると、現状はすでにある博士・ポスドク問題を解決するというようなのんきな段階ではなく、さらにひどくなる前の段階にあると考えるべきなのかもしれません。
榎木さんの力作を前にして、この本が日本の博士への鎮魂歌のように思えるのが残念でなりません。
水月昭道「ホームレス博士」
昨日、大学に送られてきました。ありがとうございました。早速読ませていただきました。

ホームレス博士 派遣村・ブラック企業化する大学院 (光文社新書)
目次より
第一部 派遣村・ブラック企業化する大学院
第二部 希望を捨て、「しぶとく」生きるには
対談 大学院に行く意味を考える 鈴木謙介 x 水月昭道
第一部は巷で繰り返されている、「博士残酷物語」です。このパートは、この問題に感心のある方々にはもう耳にたこができるほど聞かされていることが描かれており、これでもかという感じで読まされるのは、正直言って少々つらいところがありますが、大学院というところや、博士のその後についてのイメージを持っていない方々(特にこれから進学を考えている人々)には必読の部分です。
第三部は水月さんと後輩の鈴木さんという方の対談なのですが、これがすこぶるおもしろく元気が出ます。この章を読むためだけでも本を買う価値があります。鈴木さんの言葉を少し引用します。
もちろん、読む人の過去や現在置かれている場所によって、強く響いてくる箇所は違うと思いますが、少なくとも大学院と博士という点で重なるところのある人には文系理系を問わず響いてくるものが多い内容の本だと思います。
15年ほど前に、ポスドク等一万人支援計画が出され、Natureが紙面でその政策を非難した時、私は大学院生向けの講義の中で家庭医という意味の「ホームドクター」をもじって、「ホームレスドクターにならないために」という話をした時には、半分冗談のつもりだったのですが、その後も状況はそのまま突っ走って、「ホームレス博士」がタイトルになる本が出てしまうという状況がほんとうにきてしまいました。
現在、大学院進学、特に博士後期課程への進学には躊躇する学生が増えてきていますので、大学院の進学を考えている多くの若者にとって、この本に書かれているようなことはある程度実感されているのだとは思いますが、頭の中を整理するという意味においても、一度じっくりと読んでみて損はない本だと思います。
値段も、読者の幸運を祈って777円となっているのも、悪くありません。

ホームレス博士 派遣村・ブラック企業化する大学院 (光文社新書)
目次より
第一部 派遣村・ブラック企業化する大学院
第二部 希望を捨て、「しぶとく」生きるには
対談 大学院に行く意味を考える 鈴木謙介 x 水月昭道
第一部は巷で繰り返されている、「博士残酷物語」です。このパートは、この問題に感心のある方々にはもう耳にたこができるほど聞かされていることが描かれており、これでもかという感じで読まされるのは、正直言って少々つらいところがありますが、大学院というところや、博士のその後についてのイメージを持っていない方々(特にこれから進学を考えている人々)には必読の部分です。
繰り返すが、東大卒で六〇パーセントが無職。これが、我が国で最高学歴の証たる「博士号」を持つことの真実だ。第一部の最後の結論はあっけないほど明快でもあります。
すでに、優秀な学生ほど、活躍の場を失うというパラドックスが生まれている。
信頼を寄せることができる最後の砦であった教育機関ですら、その職責を放棄するなかで、すでに寄りかかれるものはどこにもないことを、私たちは覚悟すべきかもしれない。とすれば、自分の思考力や判断力を鍛えていかねば、サバイバルなど無理である。
声を出すこと。そうしなければ、何も変わらないこと。第二部は重たいエピソードがいくつも出てきますが、私がそこから読み取ったことは、大学院や博士などといった学歴や資格から、「自分から卒業していくこと」の大切さです。誰かに認めてもらうことからの卒業とも言えるかもしれません。納得できれば自信につながりそうでもあります。
第三部は水月さんと後輩の鈴木さんという方の対談なのですが、これがすこぶるおもしろく元気が出ます。この章を読むためだけでも本を買う価値があります。鈴木さんの言葉を少し引用します。
大学院に入ったらトップスターを目指せ、それに失敗して路頭に迷っても、それは自己責任だ、っていうんじゃ、人材の活用という面から見てもあまりに非効率だし、そんな状況で斬新なアイディアなんか出てくるわけがない。というように、サバイバルの哲学や直接役に立つノウハウなども含めて、たくさんの有益な「言葉」が満載です。
大学院には、特殊な価値観が形成されていて誰もがそれを疑わない。それどころか、指導教官や先輩から、大学院での“正しい”生活のあり方がいつも教化されています。(洗脳ですね-stochinai)
まずは、自分の指導教員の影響から離れる努力をしてみる。「自分」をとりもどすということです。良いところも悪いところも、強みも弱みも含めてほんとうの自分の姿を鏡に映してみること。その上で、欠点や弱点を知恵や工夫でどう再活用できるか考えてみること。とくに、大学以外で通用させる--金を稼ぐ--ことにどう転用できるのかを柔軟に“発見できる”環境をつくりあげること。
もちろん、読む人の過去や現在置かれている場所によって、強く響いてくる箇所は違うと思いますが、少なくとも大学院と博士という点で重なるところのある人には文系理系を問わず響いてくるものが多い内容の本だと思います。
15年ほど前に、ポスドク等一万人支援計画が出され、Natureが紙面でその政策を非難した時、私は大学院生向けの講義の中で家庭医という意味の「ホームドクター」をもじって、「ホームレスドクターにならないために」という話をした時には、半分冗談のつもりだったのですが、その後も状況はそのまま突っ走って、「ホームレス博士」がタイトルになる本が出てしまうという状況がほんとうにきてしまいました。
現在、大学院進学、特に博士後期課程への進学には躊躇する学生が増えてきていますので、大学院の進学を考えている多くの若者にとって、この本に書かれているようなことはある程度実感されているのだとは思いますが、頭の中を整理するという意味においても、一度じっくりと読んでみて損はない本だと思います。
値段も、読者の幸運を祈って777円となっているのも、悪くありません。
発生生物学会を終えて:若手研究者の望み
3日半にわたった日本発生生物学会年会(アジア・パシフィック・ネットワークとジョイント)が終わりました。基本的にすべてが英語で行われた大会ですが、発表する方も聞く方もそれほど違和感なく英語のミーティングを淡々とこなしているように見えました。ただ、若い研究者が多くの発表者になっていたポスターセッションでは、発表する側と聞く側が日本人同士の場合には、こちらも迷うことなく日本語で行われていました。オーストラリアやインドなどの英語がネイティブの参加者も多かったのですが、それ以外の東アジアの方々と我々日本人が共通言語としておたがいにつたない英語でやりとりをしているのも、ほほえましい光景でありますし、意外なほどスムーズに意見交換ができることを体験した人も多かったことだと思います。
今回は外国からの参加者がかなり多かったのですが、ある程度の数外国の方がおられると日本人同士でも英語でやりとりするのにそれほどのためらいがなくなるような気もしました。今後も発生生物学会は英語で通すということになっておりますので、毎回できるだけたくさん外国からのお客さんを引きつけることと、若い人が気楽に英語で発表できる雰囲気ややり方を工夫していく必要があるのだと思いました。

これは昨日撮った、会議場の庭の池でひなたぼっこするカメ(巨大化したミドリガメ=ミシシッピ・アカミミガメ)です。このカメはアメリカからわたってきたものですが、今や日本のカメと言ってもよいくらいに日本の環境になじんでしまっています。このカメは嫌われていますが、会議における英語もこのカメと同じくらいに日本の中に溶け込むのには何年くらいかかるでしょうか。
今回も発表された研究の多くがポスドクや大学院生によって行われたものでした。逆境におかれた彼らが、素晴らしい研究成果を出し続けていることに敬意を感じるとともに、彼らの未来を思って複雑な気持ちになったことも事実です。
昨日の学会総会の席で、数年前に組織されたポスドク問題を検討するワーキンググループが、これ以上活動を続けても意味のある成果が得られそうもないということで、とりあえずの活動休止宣言をしたという報告がありました。精力的に調査や提言構想の策定を行っていたようなのですが、同じような調査はいろいろなところで行われており、得られた結果も大同小異で特に新しいことも出てこず、提言にしても考えても考えてもいままでに様々な人や組織によって出されているものと類似のものにならざるを得ず、また提言を出したとしても実現される可能性がほとんど期待できないということには、その通りだろうと納得してしまいました。さらには、こうした活動をしているワーキング・グループのポスドクの方々も自分たちの明日を考えるという現実に追い立てられており、活動を続けることが彼らの将来にプラスになるとは思えないということも活動休止の要因だったようです。
まったく胸の痛む報告ですが、そのくらい事態は閉塞状況にあるのだと思います。
渦中にいるポスドクや時限雇用の助教・テニュアトラックの方々も、この先、事態が劇的に好転すると思っている人は皆無のようです。つまり、職を求めている全員が希望する研究職になれないということは覚悟しているのです。しかし逆に、それを納得するために必要な重大なポイントがあります。
それは、公平な人事です。
人事が公平であることを彼らに納得してもらうためには、誰がどのような経緯で採用されたのかという人事プロセスの透明化・公開が必要なのではないかと、私には思えています。
旧来、人事はプライバシーの尊重などを盾に秘密主義で行われてきているケースがほとんどだと思いますが、そのことが採用された人以外の人(応募した人もしなかった人も)に疑念を持たせてしまう理由のひとつにもなっているように思われます。公募して採用するという人事を行っているのであれば、応募人数だけではなく、候補者が採用されるに至った経緯を公開しても問題ないのではないでしょうか。また、そのことによって採用されなかった応募者がなぜ自分は採用されなかったのか、また採用された人が自分よりもどういったポイントが評価されたのかということがわかると、結果にも納得しやすいのではないでしょうか。
一人でも多くのポスドクや時限付き雇用の研究員がパーマネントの研究員になれることが理想ですが、それが絶対的に不可能なくらい研究者志望の予備軍を生み出してしまった国が責任を持って彼らを納得させることは義務だと思うのですが、どうでしょうか。
今回は外国からの参加者がかなり多かったのですが、ある程度の数外国の方がおられると日本人同士でも英語でやりとりするのにそれほどのためらいがなくなるような気もしました。今後も発生生物学会は英語で通すということになっておりますので、毎回できるだけたくさん外国からのお客さんを引きつけることと、若い人が気楽に英語で発表できる雰囲気ややり方を工夫していく必要があるのだと思いました。

今回も発表された研究の多くがポスドクや大学院生によって行われたものでした。逆境におかれた彼らが、素晴らしい研究成果を出し続けていることに敬意を感じるとともに、彼らの未来を思って複雑な気持ちになったことも事実です。
昨日の学会総会の席で、数年前に組織されたポスドク問題を検討するワーキンググループが、これ以上活動を続けても意味のある成果が得られそうもないということで、とりあえずの活動休止宣言をしたという報告がありました。精力的に調査や提言構想の策定を行っていたようなのですが、同じような調査はいろいろなところで行われており、得られた結果も大同小異で特に新しいことも出てこず、提言にしても考えても考えてもいままでに様々な人や組織によって出されているものと類似のものにならざるを得ず、また提言を出したとしても実現される可能性がほとんど期待できないということには、その通りだろうと納得してしまいました。さらには、こうした活動をしているワーキング・グループのポスドクの方々も自分たちの明日を考えるという現実に追い立てられており、活動を続けることが彼らの将来にプラスになるとは思えないということも活動休止の要因だったようです。
まったく胸の痛む報告ですが、そのくらい事態は閉塞状況にあるのだと思います。
渦中にいるポスドクや時限雇用の助教・テニュアトラックの方々も、この先、事態が劇的に好転すると思っている人は皆無のようです。つまり、職を求めている全員が希望する研究職になれないということは覚悟しているのです。しかし逆に、それを納得するために必要な重大なポイントがあります。
それは、公平な人事です。
人事が公平であることを彼らに納得してもらうためには、誰がどのような経緯で採用されたのかという人事プロセスの透明化・公開が必要なのではないかと、私には思えています。
旧来、人事はプライバシーの尊重などを盾に秘密主義で行われてきているケースがほとんどだと思いますが、そのことが採用された人以外の人(応募した人もしなかった人も)に疑念を持たせてしまう理由のひとつにもなっているように思われます。公募して採用するという人事を行っているのであれば、応募人数だけではなく、候補者が採用されるに至った経緯を公開しても問題ないのではないでしょうか。また、そのことによって採用されなかった応募者がなぜ自分は採用されなかったのか、また採用された人が自分よりもどういったポイントが評価されたのかということがわかると、結果にも納得しやすいのではないでしょうか。
一人でも多くのポスドクや時限付き雇用の研究員がパーマネントの研究員になれることが理想ですが、それが絶対的に不可能なくらい研究者志望の予備軍を生み出してしまった国が責任を持って彼らを納得させることは義務だと思うのですが、どうでしょうか。
5年間削られ続けた国立大学運営費交付金でポスドク雇用
ポスドクを大量に生み出したのが中曽根首相時代のポスドク等1万人計画だったとすると、それを救済するのも自民党(自公)政権の責任とも言えるわけですが、政権交代してしまった今となっては彼らにそれをする力はほとんど残っていません。しかし、自公政権下で国立大学が法人化されて以降、毎年1%ずつ減らされ続けた運営費交付金はどうなっているのでしょうか。
当然、他の費目に変えられて使っているのだと思いますが、ここはひとつそれを高等教育政策費として戻してもらえませんでしょうか。
ある資料によれば、毎年90億円ほどが削減されてきたようなので、それが5年分とするとざっと450億円です。
この450億円を使って、あらゆる研究分野のポスドクを雇用し、研究費配分の仕事をしてもらってはどうかというのが提案です。
かなり荒っぽい計算ですが、そのお金を使って一人年間400-500万円の給料でポスドク1万人を雇用することができるという計算にならないでしょうか。その1万人のポスドクを各国立大学法人と文科省の下にあるJSPSとJSTに分配してプロフェッショナルな科学研究費プログラムオフィサーとして働いてもらうというのは、かなり現実味のある提案だと思いますが、いかがでしょう。
もちろん、ポスドクの多くの方々は研究をしたいと思われているでしょうが、プロとして研究費配分の仕事に携わるということは、限りなく研究の現場に近いところにいるということであるともに、世界の研究動向を勘案するという意味において広い視野を持つこともできます。
そういう仕事を数年続けたら、今度は大学や研究所の研究者と立場を交換するのです。
アメリカでは、大学などの研究者が1年間くらい研究の現場を離れて、NSFなどで研究費配分の仕事に携わると聞いたことがあります。

日本でも、大学や研究所の研究者(教員)は、何年かあるいは十何年かに1回、文科省に1年間くらい現場を離れて出向し、研究費配分の仕事に携わるとか、自分の大学あるいは研究所で研究費申請や審査に携わることを義務づけてはどうでしょう。
このシステムを起動するために、とりあえず最初はポスドクから始めてみようというのが今回の提案です。
いきなり、科学者コミュニティに研究費配分のための組織を作れと言っても途方に暮れるだけだと思いますので、今ある組織を改編して(できれば、JSTとJSPSを統廃合し一つの組織にして)、そこに大量のポスドクを入れるところから始めてはどうでしょう。
我ながら悪くない案だと思いますが、現時点では単なる思いつきですので、どんどん叩いてください。同時により良い対案もお願いします。
当然、他の費目に変えられて使っているのだと思いますが、ここはひとつそれを高等教育政策費として戻してもらえませんでしょうか。
ある資料によれば、毎年90億円ほどが削減されてきたようなので、それが5年分とするとざっと450億円です。
この450億円を使って、あらゆる研究分野のポスドクを雇用し、研究費配分の仕事をしてもらってはどうかというのが提案です。
かなり荒っぽい計算ですが、そのお金を使って一人年間400-500万円の給料でポスドク1万人を雇用することができるという計算にならないでしょうか。その1万人のポスドクを各国立大学法人と文科省の下にあるJSPSとJSTに分配してプロフェッショナルな科学研究費プログラムオフィサーとして働いてもらうというのは、かなり現実味のある提案だと思いますが、いかがでしょう。
もちろん、ポスドクの多くの方々は研究をしたいと思われているでしょうが、プロとして研究費配分の仕事に携わるということは、限りなく研究の現場に近いところにいるということであるともに、世界の研究動向を勘案するという意味において広い視野を持つこともできます。
そういう仕事を数年続けたら、今度は大学や研究所の研究者と立場を交換するのです。
アメリカでは、大学などの研究者が1年間くらい研究の現場を離れて、NSFなどで研究費配分の仕事に携わると聞いたことがあります。

このシステムを起動するために、とりあえず最初はポスドクから始めてみようというのが今回の提案です。
いきなり、科学者コミュニティに研究費配分のための組織を作れと言っても途方に暮れるだけだと思いますので、今ある組織を改編して(できれば、JSTとJSPSを統廃合し一つの組織にして)、そこに大量のポスドクを入れるところから始めてはどうでしょう。
我ながら悪くない案だと思いますが、現時点では単なる思いつきですので、どんどん叩いてください。同時により良い対案もお願いします。
ポスドク感謝デー(2009年9月24日)
もう済んでしまったのですが、9月24日はアメリカの「第一回全国ポスドク感謝デー」だったようです。

この図に赤いピンが挿してあるところで、ポスドク感謝デーのイベントが開かれたということのようですが、個々のイベント自体はそれほど大きなものではなくても、全国同時にこうしたイベントが開かれるくらい、ポスドクという存在が社会的に認知されている(あるいは、認知を求めて活動している)ということを示しています。
もちろん、ポスドク感謝デーなるものが全国規模で行われるということだけでもすごいと思うのですが、それを実施した全国ポスドク連合(The National Postdoctoral Association)という組織があるということがすごいと思いました。
恥ずかしながら、私はこの組織についてはあまり良く知らず、このサイトも訪れたことはありにませんでしたが、アメリカ最大の科学者組織と言っていいAAASがスポンサーになっているようです。
The National Postdoctoral Association (NPA)
Mission, Vision, & Valuesというところに良いことが書いてあります。「ポスドク宣言」とでもいうところでしょうか。
逆に、日本では幼児の頃から繰り返し繰り返し、「お上には楯突かず」「真面目に努力して認めてもらう」ことを教えられているのではないでしょうか。アメリカのような権利を主張する権利の行使法を子どもに教えることを今から初めても遅くはないと思いますが、世の中が変わるまでに数十年はかかりそうですね。
そう言えば、Nature Blog The Great Beyond にも、このイベントに協賛した記事が出ていました。
Postdocs: who loves ya? - September 25, 2009
ポスドクらしき、カッコいいながらも少し落ち込んで見える女性の写真の横にポスドクへの賛辞が並んでいます。

twitterでハッシュタグ#luvpdocsで検索すると、ゾロゾロ出てきます。
こうして見る限りでは、世界中のポスドクは同じような境遇に置かれているということなのでしょうが・・・。

もちろん、ポスドク感謝デーなるものが全国規模で行われるということだけでもすごいと思うのですが、それを実施した全国ポスドク連合(The National Postdoctoral Association)という組織があるということがすごいと思いました。
恥ずかしながら、私はこの組織についてはあまり良く知らず、このサイトも訪れたことはありにませんでしたが、アメリカ最大の科学者組織と言っていいAAASがスポンサーになっているようです。
The National Postdoctoral Association (NPA)
Mission, Vision, & Valuesというところに良いことが書いてあります。「ポスドク宣言」とでもいうところでしょうか。
The NPA believes that:こうして、どんどん自主的に組織をオーガナイズして、自分たちの権利を主張するところがアメリカ的民主主義なのだと思いますけれども、これっておそらく幼児の頃からそうすることを繰り返し繰り返し教育されてきているから、簡単にできてしまうような気がしてなりません。
* Postdocs make invaluable contributions to the research enterprise.
* Postdocs share personal responsibility for the progression and outcomes of their careers.
* Inequities within the postdoctoral community should be rectified to the maximum extent practicable, while recognizing the unique needs of each stakeholder.
* The U.S. research community should make every effort to attract the best and the brightest men and women from all groups, including international scholars, under-represented minorities, and persons with disabilities.
It is upon these beliefs that we base our Mission, Vision, and Values.
逆に、日本では幼児の頃から繰り返し繰り返し、「お上には楯突かず」「真面目に努力して認めてもらう」ことを教えられているのではないでしょうか。アメリカのような権利を主張する権利の行使法を子どもに教えることを今から初めても遅くはないと思いますが、世の中が変わるまでに数十年はかかりそうですね。
そう言えば、Nature Blog The Great Beyond にも、このイベントに協賛した記事が出ていました。
Postdocs: who loves ya? - September 25, 2009
ポスドクらしき、カッコいいながらも少し落ち込んで見える女性の写真の横にポスドクへの賛辞が並んでいます。

“They make the lab go round” - mariopinedakrch.その後に、ポスドクの悲しさなども語られているのですが、あえて引用しないでおきます。
“They mix the passion, curiosity and creativity of phd students w/ the experience and reason of PIs...and add it a drop of red wine” - juicytrouble.
“They bring creativity, excitement, & fantastic writing skills to the lab, esp if Canadian” - abelpharmboy.
twitterでハッシュタグ#luvpdocsで検索すると、ゾロゾロ出てきます。
こうして見る限りでは、世界中のポスドクは同じような境遇に置かれているということなのでしょうが・・・。
東北大学大学院生の自殺 (とりあえず落ち着いてください)
あまりにも重苦しいので、なかなか書けませんでした。お亡くなりになった方と、ご家族・関係者の方々には心から哀悼の意を表します。
おそらく、あちこちの大学院で似たような事例は起こっているのだと思います。今は、日本中で自殺者が増えたまま高止まりしており、さらには中高年の自殺者が増えているので、ある意味であまり目立たなくなっていたのかもしれませんが、昔から感受性の強い大学生・大学院生は自殺へと向きやすい傾向を持った年齢ということで、特に注意を払う必要があるという事情は変わっていないと思います。
その上、院生の増加と国立大学を中心とする法人化のもとで、大学院生の就職競争ばかりではなく、教員の雑務の増加と通常の教育研究予算の度を越えた削減によって、大学の教育研究環境の劣悪化が加わっていますので、ただでさえ折れやすい若者たちが追い詰められやすい環境になっていることは否定できません。
そんな環境の中で、研究室や講座を単位とする大学院生の教育システムは、たとえ書類上・教育カリキュラム上で改革されていたとしても、実体は昔とほとんど変わりのない、一人の先生と大学院生がペアになって、修士研究、博士研究を遂行し、学位を取るということが(おそらく、日本中のほとんどのところで)昔と同じように続いているのだと思います。
このシステムは、ある程度教育研究費が保証され、教員にもゆとりがあって、すべての大学院生一人一人とじっくりと時間をかけてつきあえる状態であるならば、それほど悪いシステムではなかったのかもしれませんが、金も時間もないところへ大学院生の数が増えているのですから、ある意味でよほどの鈍感な学生と教員でなければやっていられない場所になっているとも言えます。
確かに報道を見る限りにおいては教員の無責任な態度は糾弾されるべきだとも思えましたが、私は非常に不幸な結果になってしまった今回のようなケースについて、当該教員を懲戒免職にしただけで、今後に起こるかも知れない同様の事件(事故?)を防ぐことは、できないように思えます。
逆に、今回の一件を当該教員の特異性だけに帰してしまうことになれば、現状の大学・大学院の状態は放置しても問題は起こらないということを認めることにもなるように思われますので、今回のような不幸な事件を二度と起こさないようにということを考えるならば、東北大学だけではなく全国の国公立大学における、大学院および学位取得システムを透明化するとともに、どこに所属した大学院生も同じような教育・研究が行えるような、財政的および人的教育資源(複数の教員による集団指導体制にする)を根本から見直す必要があると思います。
そして、それは個々の大学の個別対応だけではできるものではありませんので、法人化後強大な指導権を手にした文科省に指導する義務があるのだと思います。
私も大学側の人間の一人として、今回の犠牲となった方に対する責任の一端を担っているという認識を持っています。
大学の中にいながら、実際には何もできずに、それどころが大学や大学院がこうなってしまうことを阻止できなかったのですから、偉そうなことえを言える立場ではありません。
大学院生の中には、今、同じような立場で悩んでいらっしゃる方がたくさんいると思いますが、今の大学院や学位などには命と引き替えにするほどの社会的価値はありません。ほんとうに腹に据えかねるようなことがあったら、(殺さないように注意しながら)恨んでいる教員をボコボコに殴って大学院なんか捨ててしまってください。殺すと後がややこしくなりますので、くれぐれもやりすぎないように気をつけて殴ってください。
私を、殴りたいという方もいるかもしれませんが、どうしてもというのならば、その時は私も(抵抗はするでしょうが)やられても仕方がないと思うだろうと思います。自分はまったく潔癖だと主張するような教員がいたとしたら、その人は社会を理解する能力が低いということを意味しているかもしれませんので、そんな先生の研究室からは、できるだけ早く逃げ出した方が良いかも知れません。
お願いですから、死ぬことだけは考え直してください。
おそらく、あちこちの大学院で似たような事例は起こっているのだと思います。今は、日本中で自殺者が増えたまま高止まりしており、さらには中高年の自殺者が増えているので、ある意味であまり目立たなくなっていたのかもしれませんが、昔から感受性の強い大学生・大学院生は自殺へと向きやすい傾向を持った年齢ということで、特に注意を払う必要があるという事情は変わっていないと思います。
その上、院生の増加と国立大学を中心とする法人化のもとで、大学院生の就職競争ばかりではなく、教員の雑務の増加と通常の教育研究予算の度を越えた削減によって、大学の教育研究環境の劣悪化が加わっていますので、ただでさえ折れやすい若者たちが追い詰められやすい環境になっていることは否定できません。
そんな環境の中で、研究室や講座を単位とする大学院生の教育システムは、たとえ書類上・教育カリキュラム上で改革されていたとしても、実体は昔とほとんど変わりのない、一人の先生と大学院生がペアになって、修士研究、博士研究を遂行し、学位を取るということが(おそらく、日本中のほとんどのところで)昔と同じように続いているのだと思います。
このシステムは、ある程度教育研究費が保証され、教員にもゆとりがあって、すべての大学院生一人一人とじっくりと時間をかけてつきあえる状態であるならば、それほど悪いシステムではなかったのかもしれませんが、金も時間もないところへ大学院生の数が増えているのですから、ある意味でよほどの鈍感な学生と教員でなければやっていられない場所になっているとも言えます。
確かに報道を見る限りにおいては教員の無責任な態度は糾弾されるべきだとも思えましたが、私は非常に不幸な結果になってしまった今回のようなケースについて、当該教員を懲戒免職にしただけで、今後に起こるかも知れない同様の事件(事故?)を防ぐことは、できないように思えます。
逆に、今回の一件を当該教員の特異性だけに帰してしまうことになれば、現状の大学・大学院の状態は放置しても問題は起こらないということを認めることにもなるように思われますので、今回のような不幸な事件を二度と起こさないようにということを考えるならば、東北大学だけではなく全国の国公立大学における、大学院および学位取得システムを透明化するとともに、どこに所属した大学院生も同じような教育・研究が行えるような、財政的および人的教育資源(複数の教員による集団指導体制にする)を根本から見直す必要があると思います。
そして、それは個々の大学の個別対応だけではできるものではありませんので、法人化後強大な指導権を手にした文科省に指導する義務があるのだと思います。
私も大学側の人間の一人として、今回の犠牲となった方に対する責任の一端を担っているという認識を持っています。
大学の中にいながら、実際には何もできずに、それどころが大学や大学院がこうなってしまうことを阻止できなかったのですから、偉そうなことえを言える立場ではありません。
大学院生の中には、今、同じような立場で悩んでいらっしゃる方がたくさんいると思いますが、今の大学院や学位などには命と引き替えにするほどの社会的価値はありません。ほんとうに腹に据えかねるようなことがあったら、(殺さないように注意しながら)恨んでいる教員をボコボコに殴って大学院なんか捨ててしまってください。殺すと後がややこしくなりますので、くれぐれもやりすぎないように気をつけて殴ってください。
私を、殴りたいという方もいるかもしれませんが、どうしてもというのならば、その時は私も(抵抗はするでしょうが)やられても仕方がないと思うだろうと思います。自分はまったく潔癖だと主張するような教員がいたとしたら、その人は社会を理解する能力が低いということを意味しているかもしれませんので、そんな先生の研究室からは、できるだけ早く逃げ出した方が良いかも知れません。
お願いですから、死ぬことだけは考え直してください。
国会でのポスドク議論情報
昨日のエントリー「国会文部科学委員会でのポスドク議論」にコメントをいただきました。
コメント欄に、「通りすがりの者」さんが書かれているように、この委員会(平成20年6月4日)の議事録が下記サイトにあるそうです。
http://kokkai.ndl.go.jp/
また、コメントがスパム判定ではねられたとのことで、NPO法人サイエンス・コミュニケーション代表理事の榎木英介さんから、非常に詳しい補足コメントがメールで届きましたので、本人の許可を得て転載させていただきます。
----(ここから)----
国会文部科学委員会でのポスドク議論
これは「研究開発力強化法案」(正式名称は研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律案)のときの議論です。
衆議院TV
http://www.shugiintv.go.jp/
で上記の質問もみられます。
ちなみに、この法案を提案した鈴木議員ですが、
SORIA科学者維新塾
http://sites.google.com/site/nposoria/
という、博士のキャリアの多様化に関するNPOにも関わっているようで、この問題に関心がありそうです。
ポスドク問題に関しては、政府がさまざまな対策をするようです。
補正予算が衆院を通過しましたが、ポスドク対策が盛り込まれています。
平成20年度補正予算(第2号)
http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/h20/hosei201220.htm
平成20年補正予算等の説明
http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/h20/sy210105h.pdf
ちょっと長いですが、引用します。
非正規労働者雇用安定対策費
補正第2 号追加 1,296(百万円)
上記の追加額は、独立行政法人産業技術総合研究所において、博士号及び学士・修士号を取得した若年研究人材に対し研修を行った上で、同研究所と企業との共同研究等に活用することで、若年研究人材の正規就業に結びつける取組を支援するとともに、地域中小企業の事情に精通したコーディネータと都道府県が設置するジョブカフェ等が連携し、非正規労働者等の雇用に意欲的な企業の開拓や雇入れの体制整備等を実施するために必要な経費であって、その内訳は次のとおりである。
(単位 百万円)
若年研究人材の正規就業支援事業費999
中小企業若年者雇用環境整備推進事業費298 計1,296
これに関して
平成21年度
産業技術関連予算案の概要
http://www.meti.go.jp/press/20081224001/20081224001-5.pdf
雇用セーフティーネット強化対策
○若手研究人材の正規就業支援:10億円
無業者が4割を超える博士号取得者等の正規就業を支援するため、産総研が、産業人材としての研修や800社を超える協力企業との共同研究へのマッチングを行う。
産学連携の課題と先進的取組
平成20年11月25日
経済産業省産業技術環境局
大学連携推進課
http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g81125c03j.pdf
に説明が書かれています。
報道
理工系博士号持つ"非正規"、経産省が就職支援へ
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090118-OYT1T00111.htm
あと、こんなニュースも。
ポストドクター賃金補助 中小向けに1人210万円 今春開始
http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200901100056a.nwc
----(ここまで)----
榎木さん、詳細で有益な情報をありがとうございました。
コメント欄に、「通りすがりの者」さんが書かれているように、この委員会(平成20年6月4日)の議事録が下記サイトにあるそうです。
http://kokkai.ndl.go.jp/
また、コメントがスパム判定ではねられたとのことで、NPO法人サイエンス・コミュニケーション代表理事の榎木英介さんから、非常に詳しい補足コメントがメールで届きましたので、本人の許可を得て転載させていただきます。
----(ここから)----
国会文部科学委員会でのポスドク議論
これは「研究開発力強化法案」(正式名称は研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律案)のときの議論です。
衆議院TV
http://www.shugiintv.go.jp/
で上記の質問もみられます。
ちなみに、この法案を提案した鈴木議員ですが、
SORIA科学者維新塾
http://sites.google.com/site/nposoria/
という、博士のキャリアの多様化に関するNPOにも関わっているようで、この問題に関心がありそうです。
ポスドク問題に関しては、政府がさまざまな対策をするようです。
補正予算が衆院を通過しましたが、ポスドク対策が盛り込まれています。
平成20年度補正予算(第2号)
http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/h20/hosei201220.htm
平成20年補正予算等の説明
http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/h20/sy210105h.pdf
ちょっと長いですが、引用します。
非正規労働者雇用安定対策費
補正第2 号追加 1,296(百万円)
上記の追加額は、独立行政法人産業技術総合研究所において、博士号及び学士・修士号を取得した若年研究人材に対し研修を行った上で、同研究所と企業との共同研究等に活用することで、若年研究人材の正規就業に結びつける取組を支援するとともに、地域中小企業の事情に精通したコーディネータと都道府県が設置するジョブカフェ等が連携し、非正規労働者等の雇用に意欲的な企業の開拓や雇入れの体制整備等を実施するために必要な経費であって、その内訳は次のとおりである。
(単位 百万円)
若年研究人材の正規就業支援事業費999
中小企業若年者雇用環境整備推進事業費298 計1,296
これに関して
平成21年度
産業技術関連予算案の概要
http://www.meti.go.jp/press/20081224001/20081224001-5.pdf
雇用セーフティーネット強化対策
○若手研究人材の正規就業支援:10億円
無業者が4割を超える博士号取得者等の正規就業を支援するため、産総研が、産業人材としての研修や800社を超える協力企業との共同研究へのマッチングを行う。
産学連携の課題と先進的取組
平成20年11月25日
経済産業省産業技術環境局
大学連携推進課
http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g81125c03j.pdf
に説明が書かれています。
報道
理工系博士号持つ"非正規"、経産省が就職支援へ
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090118-OYT1T00111.htm
あと、こんなニュースも。
ポストドクター賃金補助 中小向けに1人210万円 今春開始
http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200901100056a.nwc
----(ここまで)----
榎木さん、詳細で有益な情報をありがとうございました。
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