5号館を出て

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いきなりの大雪

 いちおうまだ11月なのに、びっくりの大雪でした。今朝はおそらく30センチくらいの積雪だったと思います。気持ち的には、いつでも来いと思ってはいたのですが、やはりいきなりくるとちょっと動揺しました。

 と思いながらも、朝になってからは降雪も弱まっておりましたので、昨年の冬を思い出しながら、ゆっくりと1時間以上かけて除雪しました。

 気温も、この冬一番というくらいの低温だったはずなのですが、雪は意外と湿っていました。多分、あまりにも早く積雪が来てしまったため、地温がまだそれほど下がっておらず、そのために気温は低くても地熱で雪が暖められて湿ったのだと思います。

 湿った重い雪を運んでいると、新潟の地震被災地に降る雪はこういう重い雪なんだろうなあと、妙な感慨に持浸ってしまいました。昨日の早朝に、地震でたたき起こされたことも影響していたかもしれません。

 そんなこんなで、今になってみると腕のあちこちの筋肉が疲れたり、痛くなっているのがそのせいだと気が付きました。

 除雪などというおおざっぱな力仕事で痛めつけられた筋肉は、マウスやキーボードなどという軟弱な作業には向かないようで、どうも動きがぎこちなくなってしまいます。

 そう言えば東京都で、子ども達に「奉仕」という強制労働をさせるという話がありましたが、北海道では子ども達に除雪をさせると良いと思いました。ボランティアなどというきれい事ではなく、北海道などでの除雪には単純な力が必要ですが、どうも見ていると除雪をしているのは女性と老人が多いようです。

 子どもが学校へ行く時間を1時間遅らせても、強制労働として除雪をさせるというのは悪い話ではないと思います。

 国に奉仕するとかそういう話ではなく、自分たちの住んでいる町内で力が不足しているあちこちの家の前を除雪させるというのなら、名前は奉仕であれ除雪であれ、強制的にさせることに問題もあるとは思えません。サボった奴の成績が悪くなるとしても、問題があるようには思えません。

 北海道では最近、お金や時間の問題でスキー学習を取りやめる学校が増えているということも聞きましたので、雪と親しむという意味でも除雪授業はとても良いことではないでしょうか。

 知事ならびに市長!本気で検討してみませんか。
by stochinai | 2004-11-30 17:14 | つぶやき | Comments(0)
 今朝の朝日新聞に、スギヒラタケの毒性がマウスのを使った実験で確かめられたと出ていました。朝日コムにもスギヒラタケに毒性 静岡大教授らマウスで確認 とあります。

 google newsでも、現時点で7件の同様のニュースが出ています。産経新聞、毎日新聞、朝日新聞、熊本日々新聞、静岡新聞、TBSなどです。

 ところが、googleに載っていない読売オンラインでは、「スギヒラタケ、毒性ない動物実験結果も…研究班初会合」と興味深い記事になっています。

 他の新聞社で無視されたのは「脳症患者の発生地域で採れたキノコは毒性があったが、患者報告がない地域で採れたキノコは毒性が認められないという結果」の報告についてです。

 読売の記事によると「高崎健康福祉大の江口文陽教授(健康栄養学科)は、群馬県や長野県などから採取したスギヒラタケからエキスを抽出し、健康なマウスに投与したが、変化はなかった。また、腎機能を低下させたラットにエキスを投与したり、キノコそのものを食べさせたが、発症しなかった。群馬、長野両県は、これまで患者の発生が報告されていない」となっています。

 読売のサイトを良く見てみると、この記事は午後9時21分のもので、1時50分の記事では他社とおなじ内容のものも発信されていました。スギヒラタケに毒性、静岡大教授らがマウス実験で確認がそれです。

 ということは、今後他社の記事もこれを追いかけることになるのでしょうか。もしそうなら良いのですが、これが例によってセンセーションだけを追い求めるジャーナリズムの悪い側面を示しているもので、あとは野となれとほったらかされるのだとしたら、とても残念なことだと思います。

 だいたい、このネット時代に横並びに同じ記事を出すこと自体が意味を失いつつあるというのに、googleの画面でずらずらと同じ記事が並んでいるだけではなく、それが読売に抜かれているとしたらこんなに間抜けな話はありません。

 だいたいが、毒性を「証明した」とされる実験そのものがかなり初歩的なレベルにとどまっているものであり、それに対する批判的な記事が書かれても不思議はないはずなのに、記者会見の発表をそのまま記事にしてしまったような雁首を並べた今回の記事に関しては、読売以外の新聞社は総懺悔してしかるべきだと思います。

 心配なのは、各新聞社にサイエンス研究の訓練を受けた専門の記者がいないのではないかと思われることです。

 新聞が生き残りたいのなら、科学部の記者としてしっかりとした科学の教育を受けた大学院出の博士や修士をどんどん採用してください。今や、たくさんの優秀な人材が巷にあふれているのですから。

(今わかったのですが、前回のスギヒラタケの記事は10月29日で、ちょうど一ヶ月ぶりでした。)
by stochinai | 2004-11-29 17:18 | 生物学 | Comments(0)

豚が原因でE型肝炎

 食を巡る事件です。ウシのBSE、ニワトリのインフルエンザに続いて、ついにブタでも死者が出る「事件」が発生してしまいました。日曜の午後のニュースでは、各社ともかなり大きく扱っています。

 朝日コムでも豚内臓でE型肝炎に感染か 北海道で6人感染、1人死亡 と出ています。

 食物を介した感染症は、原因が細菌(バクテリア)の場合には、いわゆる食中毒と言われ、食べた食物にすでに大量の細菌が繁殖していて、その毒素によって病状が出るものが多く、症状がでるのも食後それほど時間がたたないうちに出ます。

 それに対して、細菌のあるものやウイルスの場合には、食べた食物の中に含まれる菌やウイルスが少量であったとしても、からだの中で増殖してから症状が出ますから、潜伏期が長く、数日から場合にはよっては数週間というものもあり、食べたものとの因果関係がはっきりしないことも多いのです。

 今回の「事件」も、北見の焼肉店で豚の内臓を食べたのが8月だったことが原因ではないかということが、ようやく今になってわかってきたのでしょう。その時、一緒に会食した14人のうち、60代の男性が10月に劇症肝炎で死亡したため、さかのぼって調べたところ6人がE型肝炎ウイルス(HEV)に感染していたことがわかったので、北見の焼肉店での会食が原因ではないかと疑われているということです。

 E型肝炎は劇症になること自体が珍しく、発症しても軽症のことが多いため、それほど問題になったことはないようなのですが、今回は死亡者が出たことと、感染者のうちのひとりが献血をし、その血液の輸血を受けた患者が(2名?)E型感染ウイルスに感染したことがわかったことも、事態が深刻に受け止められている原因のひとつだと思われます。

 今回の原因と言われている豚のレバーなどの内臓は、北海道産のものなのかどうなのかは明らかにされていませんが、食品として流通しているものなので、いずれ販売業者などが特定され発表されると、また大騒ぎになる可能性があります。

 牛肉などはBSE騒動のおかげで、牛の個体ごとに番号をつけて、最終的に小売りされるまでの間、どこから来た牛の肉や内臓なのかが追跡できるシステムができています。問題が起こった動物や農作物でだけ、後追い的にそのような制度をつくるのではなく、今やあらゆる商品を追跡することが技術的(および経済的に)に可能になってきているのですから、この際そのようにしてしまってはどうでしょう。

 すべてのものに番号をつけたとしても、おそらく商品1点に対して数円というような負担ですむような気がしますので、反対する理由はあまり見あたりません。もちろん商品一つに1円の負担増でも、1億点の品があれば1億円かかることにはなります。しかし、売れ行きが落ちてしまうこととの差し引きで考えると利益につながる投資になると思います。それ以外に反対の理由があるとすれば、問題が起こった時にすぐに原因箇所が特定されてしまうことくらいでしょうか。

 昔から豚肉には、ヒトと共通の感染症の原因となるマイコプラズムがあるので、良く火を通すようにと言われて育ってきた我々としては、生焼けのレバーとかましてやレバー刺しなどは言語道断の食べ物だと思っていたのですが、SPF豚などが流通するようになってからは、却って油断するようになってきていたのかもしれません。責任を流通側に押しつけるだけでは、自分の身を守ることはできないということでもありましょう。

 食に関しては、これからも新しい危険が次々と出てきそうで、イヤな予感がする事件でした。
by stochinai | 2004-11-28 17:19 | 生物学 | Comments(0)

検索の力

 先日知った検索デスクで遊んでみました。検索窓に「今日のつぶやき アフリカツメガエル ヤマトヒメミミズ」と入れて、各検索ツールに働いてもらって結果を比較しました。

 Googleでは1件が出てきました。正確には、2件表示されていて2件目が段下げの状態になっています。そこからさらに、4件がサブ表示可能になっています。

bio2.sci.hokudai.ac.jp/bio/shinka3/tubuyaki.html - 101k - 2004年11月25日 -

 Yahooも1件です。こちらはつぶやきのページではなく「系統進化学講座3 栃内研究室」を示しています。日付がちょっと古く- 2004年11月22日-です。

 Ask.jpも1件で研究室表示ですが、日付が2004年8月とあまりにも古すぎます。一方、Naverというサイトでは1521件出てきます。どうやら、後者のサイトでは、キーワードを分解してから検索をかけているようです。これでは、絞り込みが大変ですが、日付は不明です(最新のものと5月のものが出ているようです)。

 freshEYEも研究室を1件出してきました(日付は- 2004.11.02)が、infoseekでは「キーワードに該当するページが見つかりませんでした」とのこと、ロボットが真面目に働いていないようです。

 MSNβはGoogleと同じ結果が表示されていますが、段下げやサブメニューまで同じと言うことは、検索エンジンが共有されている気もします。日付も2004/11/25 と同じです。

 gooでは「 3件中 1~2件を表示」と出ますが、3件目はどこにも表示されていません。表示させることもできないみたいですが、再検索ボタンをクリックしてみると「4件中 1~4件を表示」されます。日付は- 2004年11月25日 -。そう言えば、gooもGoogleを使うことにしたとかいうニュースを昔に見たような気もしてきました。

 Exciteでも「4件中 1~4件を表示」と出ますがGoogle/MSNβと同じ表示です。その横をみると powered by Google となっていますので、Googleと同じなのはあたりまえでした。となるとMSNβもそうなのかもしれません。日付はやはり- 2004年11月25日 -です。

 もう一つのMSNでは1件のみが検索されました。こちらは研究室表示です。日付は不明。

 Biglobeも@niftyも Powered by Google でした。

 allthewebは1件のみ探し出してくれました。つぶやきのページではなく、研究室のメインページを表示しています。

 こうしてみると、Googleがあちこちにサービスを提供しているらしいことと、最初のキーワードである「今日のつぶやき」のページを出してくる検索ツールと、ホームページである研究室を出してくるものがあることがおもしろいと思いました。研究室表示のほうは、日付に関係なく我々のサイトのホームページを示しますので古くなることはないのですが、つぶやきのページだと昔のものにポインターが付いてしまうと、更新されない限り古いものが出てきます。検索ツールも特徴を知って使い分けられるようになると、利用価値があがりそうです。ここでもまた、ソフトを使う側の能力が試されてしまいます。

 よく、ネットの情報は玉石混淆で危険だという話も聞きますが、ある程度のリテラシーを持った人間ならば玉と石と見分けることができるわけで、そういう意味ではやはりかけがえのない情報源であり、危険ではない使い方を学ぶことも、これからのIT教育に求められる大きなテーマと言えるのではないでしょうか。
by stochinai | 2004-11-27 17:21 | コンピューター・ネット | Comments(0)

見えない新聞

 月に1回くらいのペースで配信されてくるメールマガジンに、団藤保晴の記者コラム「インターネットで読み解く!」という、科学的・良識的な評論があり、愛読させていただいております。

 今日送られてきたのが第150回の記念号で、「ネットと既成とジャーナリズム横断」というものだったのですが、記者の団藤さんが全国にちらばる個人ニュースサイトをとりまとめるツール役を買って出て「ブログ時評」を始めるという闘争(?)開始宣言でした。

 確かに、ものすごい勢いでブログが増えていることは事実で、時折あちこちを見回ってみると、とんでもない重要な意見が見いだされることがありますが、それが多くの場合は埋もれてしまっているのも事実だと思います。

 団藤さんは、その現状を「もったいない」と思い、さらにはしっかりとしたツールによってつなぎ合わせることで、新しいジャーナリズムを作り出せると考えておられるようです。

 現在、多くのブログサイトは同じようなフォーマットによって作られており、コメントを入れたり、トラックバックで関連記事をつなぎ合わせていく機能がついているようですが、効率的に働いているとは言い難く、まさに団藤さんが書かれているように「ブログの世界は急膨張しすぎて、面白い議論であっても当事者周辺にしか分からない」状況になってしまっていると思います。

 このような状況が続くと、あらゆる意見は砂浜におちた小さなダイアモンドのように埋もれてしまうことは確実で、だんだんと四畳半化してグローバルな視点などを提出する意欲を失ってしまう人が出てくることも懸念されます。

 そういうブログを巡回し整理する作業をしている方も大勢いらっしゃるようで、私はその中でもAcNetProjectによって作られているAcademia RSS Projectを頻繁に利用させて頂いておりますが、それは大変な作業であることは感じつつも、(失礼ながら)毎日毎日雨後の竹の子のように増え続けるブログサイトをウォッチし続けることは不可能だとも思っています。

 そんな中、新しく立ち上がりつつあるブログ・ツールも多いのですが、ツール自身が意見や思想を持っているものの出現を願っていたところでした。

 団藤さんという、プロのジャーナリストがその作業に立ち上がってくれたことに、私は大いに期待を持っています。

 タイトルにも書きましたが、ブログの世界を見渡し、整理し、読者を適切な記事へと導いてくれるツールがあったならば、それこそが未来の「姿なき見えない新聞」の登場になるのではないかと、ひそかに期待しています。

 心ある人がひとりでも多く、このような動きに賛同し、自分のできることで協力していくことができるならば、見えない新聞は姿をあらわすことなくどんどんと成長し、いずれは世論形成に影響を与えるような力を持ちうる可能性があると思います。

 しかし、正直なところ現在のブログの世界を見わたたして見ると、我々の業界で言うところの「原著論文」が少なすぎる気がします。多くのブログは、引用に毛の生えた程度のコメントしか載せていません。引用などは専門のブログツールにまかせることで、もっと多くの人がオリジナルな発言ができる環境が整ってくれることになるならば、私は団藤さんの試みを全面的に支持したいと思います。
by stochinai | 2004-11-25 17:21 | つぶやき | Comments(0)

こども達のネットワーク

 今朝、配信されてきた毎日教育メールの記事に、携帯「チェーンメール」でイラク邦人殺害の画像出回るというものがありました。

 実は、我が家の娘達の携帯にも殺害動画があるサイトのアドレスや、殺害現場写真が送られたきたというような話は聞いていたので、このニュースそのものにはそれほど驚きませんでしたが、ニュースになったことによりまたあちこちの教育委員会などが動き出してアホな対応が始まるのではないかと危惧しております。

 昔から、子ども達の間では独特のニュース(怪談系やオカルト系が多い)がものすごい勢いで拡がるという現象は知られており、多くの子ども達が携帯を持つようになった現在、そのニュースが携帯チェーンメールとして拡がっていくのは必然だと思います。

 子ども達に携帯やコンピューターの「正しい」取り扱い方を教育しなければならないなど、一部の教育管理者が騒ぎ出すのも予想されるのですが、子ども達のうわさ話を阻止することができないのと同じように、携帯やメールによる情報伝達を阻止することなどできるはずはありません。

 唯一の解決方法は、子どもたち自身のしっかりとした人格を育てるということでしかないので、いろいろなルールを作ったところで何の効果も期待できないでしょう。

 ましてや現時点で行われているような、携帯電話の学校への持ち込み、校内での使用を禁止するなどという対応では、携帯使用が陰に隠れるだけだし、今回のような「事件」の場合には校外で見たり転送したりするのはいいのかということになってしまいます。違いますよね。

 おまけに、先日の奈良の少女誘拐殺人事件があったせいで、今後はむしろ子ども達には積極的にGPS携帯などを持たせるという動きになるでしょうから、それと子ども達のチェーンメールを防ごうなどという話は完全に矛盾したことになってしまいます。

 もともと、大人の社会の電話会社が金儲けのために始めた携帯電話の普及なのですから、子どもは禁止などということは最初からあり得ない選択だったのではないでしょうか。むしろ、現在の主なる使用者は子どもになってしまっていると思います。

 韓国では、数年前から携帯を使ったカンニング事件が多発しており、日本でも起こっていないとは言えません。単に摘発がないだけだと思います。

 こういう状況になってしまった以上、我々としても子ども達は携帯を持っているという前提で動き始めたほうが現実的な対応だと思います。

 講義中に居眠りしている学生に、メールを送ってやったらそれ以降、講義に集中してくれたり、手を挙げるのが苦手な今の学生に、講義の中で意見があったらメールを下さいと言ったら、意外とみんなが乗ってきたりということも笑い話ではなく現実に考えても良い時代が来つつあると感じます。

 携帯の普及にどう対応するかが試されているのは、子ども達というよりは我々大人達なのです。
by stochinai | 2004-11-24 17:23 | 教育 | Comments(0)

雑酒増税

 明日、2コマもある講義の準備をしながら、聞くともなく横でかかっているテレビのニュースが聞こえてきました。

 去年の発泡酒増税に続いて、最近売れ行きが良いビールタイプの雑酒にも増税しようという政府税調の答申が出たとか出るとかいうニュースだったようです。

 税金の収入が悪くなってきているので、取れるところからはどんどん取ろうという政府の姿勢はわかっているつもりで、いずれなんやかやと理由をつけて「儲けているところ」からは税金を取ろうとしているのは知っていましたので、それほど驚くに値しないニュースだったのですが、その中で税調の委員長だかなんかだという石というおっさんが出てきて言った言葉を聞いて、思わず切れそうになりました。

 言葉そのものは良く覚えていませんが、あのようなビールの味を忘れさせるような酒を出すこと自体が問題なので、税金を高くして(製造自体を否定していることを思い知らせて)やるというような発言だったと思います。

 この人は、一橋大学かなんかの学長だったはずで、国立大学法人化の時にも第3者を装って法人化を推進していた人ですが、これほどまでに恥知らずなことを言うとはまったくあきれました。御用学者を見たければ彼を見ればよいという見本のような人です。

 大学で学問をやっているはずの人間が、人間の文化や嗜好の領域を税金でコントロールすることが当然であるかのごときことを言うとは、まったく信じられません。彼の住んでいるところの知事と似ていることに驚きました。あの知事は、反大学・反知性の人ですが、石さんは知性を商売にして生きているいる人ですから、そんな発言をするということが学者としては命取りであるということがわからないとも思えません。もし、確信犯としてやっているのなら、A級戦犯と言えますね。

 それにしても、そんな下品な酒(発泡酒や雑酒)を飲むやつは信じられないといいながら、そこから税金を取ってその税金で自分たちの懐を潤そうというのですから、さらに下品だということがわからないんですかね。彼らのように、高いビール以外は飲めないという高級な人々こそ、お金もたくさんあるのでしょうからこのさいビールの税金を高くするようにしてはどうでしょう。

 こういう私も、タバコの税金を上げるという話の時には、タバコはからだに悪いから、まあ税金を上げてタバコを止める人が出るのなら、それはそれで良いかと思っていました。

 しかし、今回の雑酒という酒が下品だから税金を上げてやるという石君の発言を聞いて、自分が間違っていることに気が付きました。タバコを吸うか止めるかは他人に迷惑をかけないならば自己決定すべき問題です。税金でコントロールすることは、やはり正しくありません。

 今、政府関係者のやるべきことは、税金を上げることではなく、税金の無駄遣いを止めることです。そっちの方がはるかに緊急の課題のはずなのに、やりませんねえ。(当たり前か!)
by stochinai | 2004-11-23 17:23 | つぶやき | Comments(0)

ロップイヤー・ラビット

 連休の谷間の月曜日ですが、なんだか最近は曜日感覚がはっきりしなくなっています。いけないことだと思っています。スローに生きなくちゃ。

 今朝、大学へ来てみるとゴミ捨て場付近の芝生の上に野良ウサギがいて、のんきに草を食べていました。

 長い耳が首の下まで垂れている南方系の顔をしているので、北海道にいるエゾノウサギであるはずもなく、冬が近づいて捨てられてしまったペットではないかというふうに見えました。

 なんとなく全体に汚れており、少なくとも数日間はこのあたりをさまよっていた感じがします。研究室の学生などにメールで連絡をしておきましたら、午後になって自分でもウサギを飼育しているM本と、自分でも赤ちゃんを飼育(?)しているT尾のふたりが、ウサギを発見・回収してきました。

 意外とというか、当たり前というか人に良くなれていて、飼育室に入れたら暖かいのか(外は夜は零下になります)、うつらうつらと眠ってばかりいます。お腹も空いているらしく、どんなエサでも良く食べます。美男子ではないですが、愛嬌のある顔をしているので、そのうちもらい手も見つかるでしょう。

 さて、今日は痛快なニュースが入っています。朝日のチリ大統領、ブッシュ氏警備担当者に激怒 晩餐会中止にと、毎日の米チリ夕食会:米側の警備強化要求で「格下げ」にをご覧下さい。

 よその国に来てまで、自分の国でのやり方をゴリ押ししようとするアメリカのやり方に、南米チリの大統領が怒りまくって「あんたの歓迎パーティは中止!」と宣告したのです。

 貧乏でもプライドの高い国の政治家は、やっぱり違いますねえ。中道左派政権だからという説もありますが、そんなことではなく独立国はどのようにすべきかということを心得ているように思えます。

 こういうのを「普通の国」というのであって、戦争ができる国とか徴兵制がある国とかになることは、決して普通の国のあるべき姿だとは思いません。

 まずは、国際的プライドの回復からやりましょう。K泉君。
by stochinai | 2004-11-22 17:26 | つぶやき | Comments(0)

AO入試

 これは22日になってから書いています。

 北大理学部でも21日に、生物科学科、化学科、地球科学科AO入試の二次選抜が行われました。

 普通の入試ならば来春まで進路が決まらないのに、今の時期に入試が行われて決まるとすれば、残りの高校最後の生活をかなり充実したものにできるに違いありません。もちろん、無駄に過ごしてしまう可能性もないとは言えませんが、意志のある人にとっては、大学進学が確約されての数ヶ月、読書をしたり自由な勉強をしたりと、普通ならば受験勉強最後の追い込みのつらい時期を、有意義に過ごすことができるに違いありません。

 でも私は、前からAO入試ということに違和感を感じておりました。

 AO(admission office)が、大学入学者を決めるというのはアメリカでは古くから行われていることのはずですが、入試があるという話はほとんど聞いたことがありません。

 高校生は、自分の高校までの業績(勉強だけではない)を大学のAOに送り、大学のAOでは送られてきた資料と独自に調査して集めた情報で入学を許可するかどうか、あるいは奨学金を出すかどうかなどということを審査してくれるという制度だと理解しています。

 たとえAOがやっていても、一発勝負の「試験」をやるのなら、一般入試とそれほど大きな差があるとは思えないというのが、私の疑問の出発点です。

 もちろん、一般入試よりも試験科目が極端に少なく、プレゼンテーションや面接試験なども取り入れられているでしょうから、一般入試とは異なる人材が合格する確立も高いと思います。それはそれで、評価できる事柄です。

 なぜ試験をやるかというと、やっぱり大学側のリソース不足なのだと思います。アメリカの大学のAOは、どちらかというとプロスポーツ球団のスカウトのようなものを想像すればわかりやすく、大学に入りたい人間と言うより、大学が欲しい人材を捜し出して、入学をお願いするための組織だと聞いています。

 それをやるためには、人とお金と時間が必要で、たくさんの専門の職員が全国の高校を歩いて回って、大学で欲しい人材を発掘して歩くことをやらなければならないと思います。

 今の日本の大学の進学者選びでは、ほんの数名の教員が持ち回りで入試委員(要するに、教育研究の合間のパートタイム業務です)をやっているのが現状ですから、試験をせずに人材を見つけるなどということはとうてい不可能なのです。

 ですから、名前としてはAOがやるのに「入試」という形を採らざるを得ないという現状は理解できます。しかし、大学教育を根底から変えようと思うのなら、入試を全廃してAOが責任をもって入学者を選び出していくという制度に変えるということも真剣に検討して良い時期がきていると思っています。

 北大は国立大学法人なのですから、納税者である国民の皆さんは意見を言う権利があります。入試制度に関しても、採る側の論理ではなく受ける側の論理を主張してください。とは言っても、大学のホームページにご意見メールコーナーすらないのも、問題ですよね。
by stochinai | 2004-11-21 17:26 | 大学・高等教育 | Comments(0)

まっとうな意見

 今朝の朝日新聞の「声」欄に、しごくまっとうな意見が載っていました。

 愛知県の64歳無職の加藤さんという方の「派遣の議論はまず総括から」です。

 イラク派遣延長の議論の前に「この1年間、どれだけの税金を費やし、いかほどの人道支援ができたか、その実態をきちんと総括した上で延長の是非を問うべきだ」という意見です。

 先日の某国首相の「自衛隊が活動しているところが非戦闘地域だ」という答案が0点または1点ならば、この人の意見には95点以上をあげたいと思います。非の打ち所がほとんどありません。

 「どんな成果があったのだろう。給水ダムはできたのか。水道施設は完備したのか。住民の生活道路はどう整備されたか。病院や学校はどれだけできたか」などは私も是非とも知りたいところです。

 もっとも、失敗した政策の成果などについて政府が発表したがらないのもわかるので、こうしたデータの公表はジャーナリズムおよび野党の責任なのでしょう。

 最近の野党やマスコミは自分でデータを集めるということがきわめて苦手のようで、政府の発表するデータをもとに意見を言ったり、提言をしたりすることが多いので、政府がデータを選択して発表する状況ではまさに赤子の手をひねるようにもてあそばれているように見えるとまで言うと、言い過ぎでしょうか。

 それにしても、今回の投書のようなきわめてまっとうな意見が国民の声として政治を動かす力になることが感じられない昨今の日本の状況を考えると、投書する人もあまり力が出ないかもしれません。

 まあ、新聞の「読者の声」そのものも、新聞社が意図的に作っている「記事」であるという声もあるので、読んでいる方でもこれは国民の声と言うより、作られた新聞の記事のひとつとして現実感なく読んでいるのかもしれませんね。

 う~ん。なんだか、四方八方閉塞感が漂いますね~。
by stochinai | 2004-11-20 17:27 | つぶやき | Comments(0)

日の暮の背中淋しき紅葉哉            小林一茶


by stochinai