5号館を出て

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 ひどい話だと思いました。

 小論文、コンピューターで自動採点 入試センターが試作という朝日コムの記事です。

 だいたい、コンピューターによって判定できないような能力を見るために導入されていたはずの小論文をコンピューターで自動採点するっていうのは、どういう了見なんでしょう。

 記事の最初にこれを開発した経緯のひとつが見て取れます。「採点に時間がかかり、採点者によるばらつきが出やすい小論文の判定に威力を発揮しそう」というのがそれです。要するに採点する人間(教育する側ということです)が、採点に時間を取られるのがイヤで、さらに採点者によってバラツキがでるので採点結果に自信を持てないということを自白しているのようなものだと思います。

 ということは、これを開発した人々は、現在全国で行われている入学試験や入社試験における小論文の客観性をあまり信じていないということになります。記事の最後には「小論文は、従来のペーパーテストではとらえにくい思考力、表現力などを測る目的で導入する大学が急速に増え」ているのだそうで、「今年春の入試で、86%の国公立大が個別試験に取り入れることにしている」ものが信頼できないって、どういうことでしょう。

 経験的には、短い文章を書かせることで受験生の「総合力」をかなり的確に判定できると思っています。文章の中に、受験生の「人格」が見えてくることもあります。主観が入ると思われるかもしれませんが、例えば400字くらいの文章を書かせて、それを5段階で評価するというようなシステムにしておくと、ほとんど主観のはいる余地はないものです。(20段階で評価するというようなことは無理だと思います。しかし、コンピューターならそれをやりそうで恐いです。)

 確かに、機械的に採点可能な○×や択一の試験(こんなものは人間の手で採点する必要はありません)よりは採点に緊張感が必要とされることは事実です。しかし、そういった試験では、受験生の本当の力はわからないということで導入したはずの小論文なのですから、採点する側でも書いている側を思いながらの「読み手」になって採点するのが正しい採点の仕方ではないでしょうか。

 せっかくアナログで出力されている小論文を、アナログ的に文章を理解することができないコンピューターに任せてしまうということの意味が理解できません。

 小論文は、面接試験に次いで受験生のことを知ることのできる、素晴らしい試験手段だと思います。せっかくの学生を知るチャンスを、コンピューターに渡してはいけません。
by stochinai | 2005-02-15 18:38 | 教育 | Comments(2)

卒業研究発表会

 ふ~、ようやく卒業研究発表会が終了しました。

 これで、先月末から博士号検定最終試験、修士研究発表会と続いてきた卒業のための行事の派手なところがすべて終了と言うことになります。

 実際に単位の認定をしたりする作業はまだ残っていますが、あとはセレモニーみたいなものなので、一応肩のこる作業は山を越えたことになります。

 大変だ大変だとみんな言っていますが、昔から比べるとずいぶん楽になってきているはずなのです。例えば、博士だと昔は大学院に入って5年で取る人などはほとんどおらず、博士号を申請するまでには5本くらいの論文を書いているのが普通でした。修士論文もすべて英語で書くことを要求されていましたので、修士卒業生を3人も抱えてしまったら(経験あります)過労死しないのが不思議な年末年始になります。そして、卒業研究も論文の形で提出しなければなりませんでした。

 それが、今は博士も大学院5年間で出る人がメジャーになり、論文も1本以上あれば良いということなので1・2本の人が多くなり、修士論文も無理に英語で書かなくても日本語でもOKということになり、卒論もポスター発表をすれば無理に書かなくても良いということになっているのです。

 それにもかかわらずやはり大変なのは、学生も大学院生も大量にいるからなのだと思います。我々も大変と言えば大変ですが、学生はそれだけしっかりとした指導を受けられなくなっているということになるので、迷惑と言えば迷惑を被っていると思います。そういう意味では、学生も昔より大変な状況に置かれているのかもしれません。昔の学生はしごかれたかもしれませんが、少人数でしっかりとした教育を受けていました。

 それを大学生も大学院生もたくさん増やして、マスとして教育しようということになりましたから、ある意味で教える方も教えられる方も大変になっているのだと思います。なんで、こんなことになったのかと不思議に思うかも知れませんが、政治や経済のレベルから眺めると、今のやり方が昔よりはずっと良いということになっていると思います。

 つまり、大学や大学院を出た人がたくさんいるということは、たとえ平均値が下がったとしても、政治や経済に必要な「優秀な人材」の絶対数は確実に増加しているので、適当にあるいは過当に競争させればさせるほど、彼らから見て望ましい人材を確保しやすくなっているのです。

 ですから、政府は政策を誤ったと見る見方は誤っていて、政府は着々と望ましい方向へと大学を変えていると見るべきなのかも知れません。

 資本主義下での政治や経済から見ると、大学は大学生の幸せのためにあるわけではなく、政治や経済を支える人材を供給する源として位置づけられていますので、実は文科省のやっていることもそれなりの計算があってのことなのだと思います。

 もしも、この考え方が事実だとしたら、我々は政治に対して今までと異なる対応をすべきなのかもしれません。

 検討を続けようと思います。
by stochinai | 2005-02-14 21:04 | 大学・高等教育 | Comments(2)
 今朝の朝日新聞に、ジンバブエの大統領が自分のことを独裁者であると非難したアメリカのライス国務長官のことを、「白人に屈した裏切り者の奴隷」であるというようなことを言っているという記事が載っていました。

 大統領の言葉を引用してあります。「黒人奴隷を先祖に持つあの少女(ライス長官)は、奴隷の歴史や米国内で黒人が置かれる状況から、あの白人(ブッシュ大統領)が我々の友人ではないと理解すべきだ」と述べたと報道されています。まあ、なるほどという意見ではあります。

 この記事を読んで、アメリカ国内でも同じようなことを感じている黒い肌を持つアフリカ系アメリカ人は多いはずなのに、そう言えば今までこのような声が報道などで出てきたことはあまりないと、改めて感じました。

 ライスさんは、かなりネイティブに近い特徴を維持していて、肌の色も濃く、髪や骨格も異人種との混血を感じさせない感じなので、それが人種差別主義者も多いはずのあのネオコンの巣で高官を務めていることに違和感を感じる人もいるのではないでしょうか。正直に言うと、私もかなりそうした先入観にとらわれておりました。

 別に身体的特徴が思想を決めるわけではありませんので、コテコテのアフリカン・アメリカンが、思想的にはゴリゴリのネオコンでもまったく構わないとは思いますが、やはり第一印象は「えっ?」というものがあるのではないでしょうか。

 しかし、さすがにアメリカは民主主義の国なのか、そのような裏切り者呼ばわりをする声がこちらまでどんどん聞こえてくることがないことには、敬意を感じます。

 虐げられた民族というものは、しばしば思想的にも共同行動を取ることが期待されることが多く、異なる考え方を許されないという状況が生む悲劇を描いてたくさんの小説や映画が作られています。

 ライスさんにしても、あの姿形をしていますから、多くのの人が期待する考えと違うものを持っているということで、ここにくるまでにはたくさんの苦労をしてきたものと思います。私は彼女とはまったく考え方は違いますが、彼女を見るたびに彼女がこれまでに経験してきたであろう数え切れない苦労を思い、いつも感慨を覚えてしまいます。

 でも、どうして人は姿形である種の定型的な思想を持っているということまでも期待されてしまうのでしょう。

 そういえば、我々も「日本民族」として、日本人という外見的特徴を共有しているというだけで、思想的傾向までも特定の傾向を期待されてしまうことがあると思います。外国の人からそう思われるのなら、まあ仕方がないと思うこともありますが、同じ国の人たちから日本人なら「日本という国を愛するべきだ」とか「日の丸を見て感動すべきだ」とか「北朝鮮を憎むべきだ」とかいうあたりまでも期待されると、それはちょっと勘弁してよと思ってしまいます。

 今、世界を覆い尽くそうとしている原理主義というのも、同じ歴史や宗教を持っているものは同じ思想を持たなければならないという思想のようにも思えます。似たようなものなのかも知れませんね。

 それはさておき、ライスさんという存在はブッシュ政権に取っては、宣伝として利用しているだけなのかもしれませんが、それが宣伝になるというアメリカという国の「形を重んじる民主主義」も見ようによっては悪くないんじゃないかと思うこともあります。
by stochinai | 2005-02-13 23:13 | つぶやき | Comments(0)

話題を作る皆さまのNHK

 今朝は、NHKが午後2時からやる予定だった日本ラグビー選手権大会の生中継を中止して、夜中の午前2時に録画を放送するということになったということがニュースになっていました。

 なんで?と思っていたら、レフェリーの胸に「朝日新聞」の文字がはいっていることが原因だと言います。プロスポーツなどでは、選手の胸や背中に商品名や会社の名前が入っているのは当たり前で、NHKでも特にそれを撮影しないように努力しているようには思えませんでしたが、今ケンカしている朝日新聞というのがまずかったのでしょうか。なんか、変な社長や会長のいる独裁会社で起こったような話に聞こえます。

 ところが、昼頃になるとNHKのニュースを始め、各局のニュースでやらない予定だった生放送を、急遽放送することになったということがニュースになっていました。結局、生中継は行われたようです。

 いったん予定していた生中継をしないという判断も十分におかしいものでしたが、ファン・視聴者から要望する声が相次いだため、急きょ生中継に戻したという行動もおかしいと言えます。

 結局、このフラフラした感じが今のNHKを巡るさまざまな問題を生んでいるのだと確信しました。

 まず、ことの発端になった社員に対する管理の甘さは、要するに会社としてしっかりとした組織ができていないということを示しています。さらに、火に油を注ぐ結果となった会長の暴言の数々や、政治家や政府に対する卑屈なまでの対応がありました。そして、今度は受信料を払わないと騒ぎ始めた視聴者に対しても、おどおどした対応が目立ち、朝令暮改を繰り返しているのが今の(昔から?)NHKです。組織がシステムとして機能していないのだと思われます。

 そもそも、誰しもが変だと思っていながら「まあ、NHKだからね」と、あきらめていた商品名や会社名に対する扱いについても、これを機に止めたら良いのではないでしょうか。特に、昔から平気で行われている曲名や歌詞に対する対応は、楽曲という文化作品に対する冒涜以外のなにものでもないと思います。

 ちょっと思い出すだけでも、ポール・サイモンの「僕のコダクローム」という大ヒット曲を放送しなかったり、かぐや姫に「クレパス」を「クレヨン」、山口百恵に「真っ赤なポルシェ」を「真っ赤な車」と歌詞を変えて歌うことを強要したりと、裁判を起こしたら絶対に勝てないようなことをずっとやり続けてきたのです。(こういう話題だと年齢がばれますね。)

 しかし、アナウンサーや歌手がその言葉を言わなくても、街の風景を撮したり、プロスポーツを中継したりした場合には、商品名や会社名を消すことなどできるわけもなく、そういうものに関しては知らん振りして平気で流し続けているのです。

 こうした優柔不断さ、時には信じられないほど厳密に頑固で、そうかと思うと意地もプライドもかなぐり捨てて相手におもねったり、まったく何を考えて経営しているのだかわからないところが、NHKという組織なのだと思います。

 しかし、もうそろそろ年貢の納め時のようです。受信料を払う視聴者を恐れ始めた今、NHKは変わらざるを得ないところまで追い込まれたと見るべきでしょう。
by stochinai | 2005-02-12 18:52 | つぶやき | Comments(2)

大雪でおやすみ

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 またまた大雪が降りました。

 1月23日の写真と見比べていただければわかるのですが、ほぼ同じ場所を写した写真です。

 玄関前の除雪だけではなく、写真の中央奥に見えるガレージの屋根の雪をこちらがわの庭に下ろしました。結局、約3時間の肉体労働となってしまいました。ガレージは100人乗っても大丈夫ということになっているらしいのですが、おそらく300人が乗ったくらいの重さになっていたのではないかと思われます。シャッターの枠がゆがんできたので、さすがに恐ろしくなって意を決して雪下ろししました。

 雪下ろしの間中、新潟の被災地の人々を思って、めげる気持ちを頑張らせていました。向こうは、こんなもんじゃないですし、倒壊の危険もあり常に命がけだと思います。

 その後、筋肉痛を予防するため昼風呂に浸かってから、飲み会にかけつけ、そこで大酒を飲んでしまいました。疲れとアルコールで途中で寝込んでしまったために、ブログもお休みでした。すみません。

#このエントリーは翌日に書いたものです。
by stochinai | 2005-02-11 14:00 | つぶやき | Comments(0)
 最近、大都市の真ん中に天然温泉をうたった施設が続々とできています。

 札幌でもススキノの真ん中に温泉がありますが、これはかなり昔からあるものです。ところが最近は街中のあちこちにあるようです。調べてみると、意外なほどたくさんありました。札幌駅、すすきの天然温泉6選には、つぎの7ヶ所(6選なのに7ヶ所なのは、同じ源泉を利用しているところが二つあるということでしょうか)が載っています。

札幌駅周辺の天然温泉
  スカイリゾートスパ「プラウブラン」 札幌駅の真上、JRタワーの22階
  カルロビ バリ スパ 札幌時計台の至近に温泉
  天然温泉 極楽湯 北海道大学の植物園を眺める
  北のたまゆら JR桑園駅に至近

すすきの駅周辺の天然温泉
  すすきの天然温泉「湯香郷」 すすきのの中の温泉
  パークサイド・スパ 中島公園駅に至近
  スパ・サフロ すすきのの中の温泉

 東京都内には、もっともっとたくさんあります。東京都内温泉銭湯情報を見てください。驚くほどの数です。

 最近は、高いお金を払って遠いところまで行ったところで温泉の質も湯量も低下しているところが多いようで、入浴剤を入れていた温泉が問題になっていたのはつい最近だったような気がします。

 そればかりが原因ではないのでしょうが、大都市でも深く掘れば温泉が出るということがわかって、都市の温泉がブームになってきているようですが、危惧していた通りに事故が起こってしまいました。

 東京の温泉掘削現場で天然ガスによるものと思われる火災が起こってしまいました。幸い、現時点で人的被害は出ていないものの、大都市の真ん中のあちこちで1000メートル以上の井戸を掘削し、どんどんお湯を汲み出しても大丈夫か、と思うのが普通の感覚ではないでしょうか。

 そんなに深く掘ると岩盤を突き抜けるので、たとえすべてもお湯が汲み出されて空所ができたとしても地盤沈下は起きないから大丈夫、というようなことを誰かがテレビで言っているのを聞いたことがありますが、それもどうも信用できない気がしています。

 その危惧が当たったわけではありませんが、思いも寄らぬ天然ガスの噴出と引火という事故が起こりました。記事を読んでみると、都福祉保健局は「温泉掘削中に天然ガスが出たケースは実際にある。掘削業者もガスが出ることを知った上で作業していたのではないか」と言っているそうですが、そんなことは周辺住民は知らされていなかったのではないでしょうか。許可を出した都にも責任があると思うのに、この無責任なコメントはなんでしょう。

 だいたい、大都市の真ん中に温泉が必要なのでしょうか。温泉は、田舎にあってこそ豊かに楽しめるのではないかと思います。何も、大都市の真ん中で毎日、温泉に入らなくてもいいじゃないですか。技術的にできるからと言って、何をやっても良いというものでもないでしょう。

 今回はある意味で、予測を越えたガス炎上事故が起こったのですから、今後も予測不能な事故が起こる可能性はあり得ると思います。予測できないことが起こる可能性があるのですから、人のたくさん住んでいるところをむやみと掘るのは止めてもらいたいと思います。

 たとえお金になったとしても、そこまでしなくても良いのでは、ということはやらないでおきましょう。そういうものは、もともと不必要なのですから。
by stochinai | 2005-02-10 22:46 | つぶやき | Comments(2)
 特許を取ってその使用権を稼いだり、特許そのものを売ったりできる可能性のある一部の医学・製薬に関係したものを除くと、生物学では学問研究そのものがお金になることはほとんどありません。

 生物学に限らず、学問研究はその分野の教育をすることでお金を稼ぐことができることはありますが、研究そのものがお金を生むという状況は想像もできませんでした。

 しかし、世の中には頭の良い人がいるもので、生物学の中でももっともお金と縁遠いと思われている「分類学」という分野において、元手をかけずに商売してお金を稼ぐことのできる方法を発見した人がいます。

 ワシントン発のCNNニュースで、新種のサル、学術名の命名権をオークションに、という記事が出ています。

 「南米ボリビアのマディディ国立公園で発見された新種のサルについて、発見者が8日、サルの命名権をネットオークションにかけると発表した」とのことで、そのサルの命名権を競売にかけるようです。オークションサイトの説明文を読むだけでははっきりしないのですが、一般名(たとえば和名だとウチダザリガニとか)の命名権を競売にかけると書かれています。常識的に考えて発見者(つまりこれから記載論文という名の報告をするべき人)が命名権を売るといっているのですから、おそらく学名(ラテン語の2語からなるもので、ウチダザリガニだとPasifastacus trowbridgii)も売りに出されていると解釈されると思います。

 チャリティ・オークションのサイトの文章では、以下のようになっています。

 Winner of this lot will have the name of their choice permanently entered into all future references, including scientific publications, field guides, and other publications, that mention the new species.

 一方、CNNの記事によると「ティティ属に属するこのサルは、身長約30センチ、体重約1キロで、果物が好物。体毛は明るい茶色で、頭頂部にはっきりした金色、頬や喉に明るいオレンジが入っている」とのことですので、学名に関しては属を変えることはできませんのでCallicebus なんとかとなると思います。

 普通だと、一般名はゴールデン・ティティとかになるのでしょうが、チャリティで落札した人の意志によってはホリエモン・ティティとか、ビル・ゲイツ・ティティとかになって、学名はCallicebus horiemonus(語尾は間違っているかも知れません)とかになる可能性もあります。

 しかし、このニュースのインパクトは我々のやっているメシの種にならないはずの生物学が、その目的(今回のようにWCSがボリビアの野生生物保護団体を通じて、国立公園の管理・運営に使う)によっては、大きなお金を集めることができる可能性を示してくれたことだと思います。

 絶滅が危惧されている我々の基礎研究そのものも、大金持ちや多くの人々のチャリティによって支えてもらえる可能性もあるのだという希望は、基礎研究が今後どうやって生き延びていったら良いのかということについて、非常に示唆に富む大きなニュースだと思いました。

 「金にならない研究」も、まだまだあきらめるのは早いかもしれません。
by stochinai | 2005-02-09 21:40 | 生物学 | Comments(4)

筋肉マン事件?

 筋肉マンが事件を起こしたのだと思ってしまいました。

 ダスキン肉まん事件

 そう言えば、そういう事件もありました。

 記事の中の「大肉まん」も、「犬肉まん」って読めちゃって、なんか疲れているのかもしれません。

 くだらない話で、すみません。
by stochinai | 2005-02-09 17:35 | つぶやき | Comments(1)

書斎が戻ってきました

書斎を修理に出す

 修理に出してから1週間くらいで、修理費用の見積もり電話がありました。モデムとタッチパッドと液晶のくすみを全部直すのなら、7万円近くかかるとのこと。

 液晶のくすみは、パネルの内側についた汚れではなく圧迫痕なのだそうで、直すのなら液晶交換ということでした。どうせそれが高いのだろうから、それはいらないと言ったら、約2万円に値下げされました。

 というわけで、その交渉から数日後「書斎」が戻ってきましたが、ハードディスクをリカバリしなければならなかったので、ということでまっさらな状態になって戻ってきました。

 30ギガほどのプログラムとデータはきれいさっぱりと消し去られていました。ある程度の予想はしていたので、データのバックアップは取ってあったのですが、長い時間をかけてつくりあげたソフトウェア環境は簡単に元に戻すことはできません。

 しばらく実用に使うことはあきらめなければならないでしょう。まとまった時間をとれる暇がないです。

 いっそのこと、まったく別のOSでも入れてしまおうかな、とも思っていますが、正規にライセンスを取っているソフトウェア(WindowsXPもです!)に関しては、他の機会に権利委譲の手続きをとらなければならないことを考えると、それも面倒くさい話です。

 新品を買う時以外は、泣き面に蜂という感じで次々と不幸が襲ってきます。トホホ。
by stochinai | 2005-02-08 21:55 | コンピューター・ネット | Comments(0)

大学内に保育所

 あまりにも当たり前すぎることだと思うのですが、読売オンラインに名大が教職員・学生など対象に「学内保育所」開設へという記事が出ていました。

 「名古屋大学(平野眞一学長)は来年4月から、同大の教職員や学生、留学生を対象にした学内保育所を開設する方針を決めた」ということです。大きな大学だったら、どこでも教職員向けの保育所はあるものですが、学生・留学生をも対象としたとものについては、あまり聞いたことがありませんでしたので、画期的なことなのかもしれないと思いました。

 しかも「国立大の学内保育で、国立大学法人が設置主体となるのは全国初という」と書かれています。しかし、今まで横並びでやってきた全国の国立大学のことです。名古屋がやるなら、他でも一斉にやるのではないかと思い、調べてみました。

 まずは、足元の北大を検索。なんと、脱力するほど同じストーリーの話題が12月の北大時報に載っていたのでした。 お知らせ「子どもの園保育園(仮称)の設置等について」です。

 「このたび,本学の中期計画に基づき,育児にあたる必要の生じた本学の職員や大学院生,ポストドクター,外国人研究者等が安心して就労又は就学できる環境を整えるため,平成17年度から「子どもの園保育園(仮称)」を札幌市の認可を得て本学が設置・運営する予定でおります」だそうです。ほとんどまったく同じ企画ですね。もちろん、悪いことではありませんので、どんどんやったら良いと思います。

 私は保育所のことは詳しくないのですが、北大の場合は札幌市の認可を受けることから、「4月1日からの入園児童は一般市民の児童も対象となっており,入園の可否は札幌市で決定されることとなりますので,入園を希望する場合は,居住地域の区役所(保健福祉サービス課)へお申し込みください」となっており、「現在職員授乳所に入所中の児童であっても,同様に申込手続きが必要と」なるのだそうです。そうなると、北大関係者が優先されるわけではなくなると読めます。

 これって、地域のためにはなるかもしれませんが、北大の教職員・学生にとっては大学のそばに認可保育園ができたのとなんら変わらないということになります。北大が自らの費用を使って作るのであれば、北大関係者の福利厚生を優先すべきではないかと思うのですが、そこにもまた例の経済原則が働いているのでしょう。認可保育園となると、自主性を失う見返りに公的補助が得られます。なんかセコイ気がします。

 それに、そもそも保育園や託児所というものは、異常にお金がかかるところだと聞いています。ある時給非常勤の方が、「子どもを預けて働いても赤字になるだけです」とおっしゃっていましたが、そんな現実があるのに国が少子化対策に有効な手を打てないというのは、まったく不可思議な気がします。

 学生であろうが、大学院生であろうが、事務職員であろうが、若手研究者であろうが、給料の少ない大学(だけじゃないですが)関係者が子どもを持った場合には、保育料や低学年の学費はすべて無料にするという簡単な政策がどうして取れないのでしょう。

 くだらない大型工事はもうやめて、すべての予算を子どもを増やすためにまわすくらいのことをやらないと、少子化に歯止めなんてかかるわけないです。

 少子化対策なんてきわめて簡単です。子どもを生んだ方が生活が楽になる社会を作ることです。それを、子どもは将来収入源になる親の資源であるから、その成育は受益者負担で自己責任でおやり下さいなどという思想を持った連中が行政を牛耳っている限り、何百年後かに人の1人もいない日本列島が近隣のアジアの国に乗っ取られることでしょう。

 まったく、書いていても腹が立ってきます。
by stochinai | 2005-02-08 21:41 | 大学・高等教育 | Comments(10)

今日二つ三つ朝顔の通り道          稲畑廣太郎


by stochinai