5号館を出て

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10月も終わり

 前回の写真を撮ってから、まだほんの3日しかたっていませんが、イチョウの黄葉が進んでいるようです。黄葉のピークは落葉のピークでもありますので、ほんの数日で木が裸になってしまう恐れもあり、なんとなく落ち着かない気分になるのは私だけではないようで、今日もまたイチョウ並木は人だかりがしておりました。

 縦長の写真ですが、前回の1枚目と同じ場所です。やはりカエデが美しい。
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 もちろん、イチョウのトンネルもそれらしくなってきています。
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 歯学部横の駐車場のカエデです。
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 オフィシャルサイトの写真をみると、完全に黄葉しているふうに写ってますが、下の写真のように実は意外とまだ緑の葉の木もあります。週末までは持ちそうにも思えますが、今夜と3日は雨が降りそうで、ひょっとすると雨とともに散ってしまうかもしれません。
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 この落ち着かない気分は、本州の人がサクラの散る季節に味わうのとと同じようなものかもしれませんね。
by stochinai | 2006-10-31 21:05 | 大学・高等教育 | Comments(4)

単位偽装の高校長が自殺

 まさか2日も続けて自殺を取り上げることになるとは、自分でも思っていませんでした。

 つい、今し方ウェブで報道され始めましたが、茨城県立高校の校長先生が自殺してしまったようです。

 同校は、一連の必修逃れ問題で今年度、3年生80人に世界史Aと理科基礎の2科目を教えず、日本史と生物、物理に振り替えていたことが発覚。理科基礎は3年前から履修していなかった。
 この校長先生は、今年の4月に当の高校に赴任してきており、今年のカリキュラム作成には直接タッチしていなかったとも言われていますが、もちろんその中で単位偽装があることは認識していたはずで、自殺とその問題に関係があると考えるのが普通だと思います。

 昨日取り上げた、いじめが原因の自殺と違って、校長先生のケースは企業汚職などで起こりがちな、事情を良く知っている重要な関係者の自殺と似ているような気がします。

 いずれにしても、人が自殺に追い込まれるということは、その人に非常に大きなプレッシャーがかかっていることを意味していると思われ、逆にほんとうの責任者が自殺するということは少ないのではないかというのが、私の偏見です。

 今回もその偏見に従って邪推してみると、ほんとうの責任者(あるいは悪人)は校長先生の近くにいて、大きな権力を持っていた人間が怪しいということになります。この場合は、文科省は大きな力を持っているとしても、ちょっと遠すぎますのでどうも教*委*会あたりがあやしいと思えてなりません。

 どんな根拠があるのだと言われても、根拠のない推測にすぎないのですが、亡くなった人が追いつめられていたことは間違いないのではないでしょうか。もちろん、最大の被害者である高校生にも責められていたでしょうが、彼らに対する責任の取り方として「死んでお詫びする」ということは、どうも腑におちません。

 そうなると、やはり校長先生に上からプレッシャーをかけていたところを疑うのが自然ではないでしょうか。

 まあ、私のつまらない推理はどうでも良いのですが、今日もまた書かなければなりません。

 これ以上、何の解決にもならない校長先生が死ぬようなことは、断固阻止してください。その責任は、とりあえず各地の教育委員会にあると思います。責任をもって、校長先生の命を守ることと、高校生の人生と教育を守ってください。もちろん、その上にいる文科省が、教育委員会にプレッシャーをかけるだけだと、こんどはそちらから自殺者が出る恐れがありますので、それも避けなければなりません。

 みんなで協力して、死ではなく、未来へつながる形での解決を模索していきましょう。

 教育基本法の改正などと、暢気なことを言っている時ではないでしょう。
by stochinai | 2006-10-30 22:48 | 教育 | Comments(7)

連鎖自殺を防止せよ

 なんだか、いやな予感がしています。

 最近、いじめによる自殺が大々的に報道されるようになってから、古い自殺事件が実は自殺によるものだったというような掘り起こしだけではなく、新たな自殺事件も起こっているような気がします。

 もともと、若い人の自殺は連鎖する傾向があると言われておりますし、私の知っている大学でも同じクラスの学生が3名も自殺したという事例があります。

 ただでさえそうした影響を受けやすいところへ、毎日毎日これでもかというほどのいじめ自殺報道です。いじめ自殺報道では、いじめられて自殺した本人は悪くなく、徹底的に、いじめた友達、放置した友達、いじめた教師、放置した教師、放置した校長、隠蔽した校長、放置した教育委員会、隠蔽した教育委員会、さらに放置した文科省が責められる論調になっています。

 これは、かなりたくさんいると予想される、いじめ自殺予備軍の子ども達に非常に悪い影響を与えると思います。

 つまり、次の(自分の!)自殺によって、自分のまわりにいるすべての悪人が一気にマスコミによって叩かれる未来が想像されてしまうのです。

 いじめを受けている子ども達はとても苦しい毎日を送っていますので、その解決法のひとつとして自殺を選ぶのだと思います。それが、地獄からの解放になるだけではなく、自分を追い込んでいる悪人達に対する効果的な懲罰になるかもしれないと思われるのはとてもまずいことです。

 さらに、最初のうちはわりと素直にいじめの存在を認めていた学校側が、最近はいじめの存在を認めることに対してかなり慎重になっていることを示す報道が目立ち始めました。これもまた、かなりまずいことで、子ども達がそれを糾弾する意味においても自殺という手段を選ぶ可能性も出てくるかもしれません。

 自殺した子ども達が、純真無垢で一点の曇りもない天使のような存在であるかのごとき報道もかなりまずいと思っています。自殺によって自分が美しくなれるような錯覚を与える恐れがあります。

 マスコミの方々に訴えます。いじめ自殺報道をする場合には、当事者である子ども達の目や耳にはいることも自覚して、そちらに対するケアの報道も行ってください。それを行えないのなら、子どもの自殺報道などをする権利はありません。

 次々と自殺を誘発しているかもしれないという自覚が持てないのなら、ジャーナリストをやめてください。
by stochinai | 2006-10-29 23:53 | つぶやき | Comments(14)

イチョウ カエデ ツタ

 ここ数日は寒さもゆるんで、紅葉・黄葉もちょっと足踏み状態ですが、待ちきれない市民の方々が北大に押し寄せてくる土曜日です。

 13条通りのイチョウ並木(左側)はまだ色づきが悪く、イチョウよりも右歯学部側のカエデがきれいです。イチョウ並木のオフィシャルサイトはこちらです。来週末が勝負と思われます。
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 こちらは工学部と理学部の間にある大野池。
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 博物館の壁をのぼるツタもいい色になってきています。
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 登りはじめたツタの若芽は色づきが早いです。日影になったところの紅葉が遅れて、緑のままなのが、さすが大学のツタだけあって、サイエンスを感じさせてくれます。
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by stochinai | 2006-10-28 16:24 | 大学・高等教育 | Comments(1)
 先週はたまたまS医大側の都合と私の出張が重なって休講だったのですが、今日は週に1度のS医大での講義の日です。

 天気も良かったので、講義終了後に大学へ帰る前の昼休みに、道立近代美術館のとなりにある知事公館の庭を散歩してみました。三岸好太郎美術館の裏手の道立美術館側にある目立たない入り口から入ると、街中とは思えないくらいの静けさが支配する別世界です。

 黄葉・紅葉が見頃でした。
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 このあたりは芸術ゾーンになっており、知事公館の裏庭にも意外な芸術作品がいくつか置かれていました。

 そもそも知事公館自体が無形文化財にも指定されている美しい建物です。その裏に横たわる巨石(安田侃作「意心帰」)がとても良く似合っています。
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 知事公館の側から振り向くと、巨石とモミジがこれまたいい味を出しています。
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 左の端に人がひとり立っているのを見ると、石の大きさもわかると思います。

 この庭には、ベンチや東屋もありますし、駐輪スペースも用意されているのに、人がほとんどいませんので、お昼にお弁当を持ってのんびりするには最高の穴場かもしれません。
by stochinai | 2006-10-27 22:07 | 札幌・北海道 | Comments(1)
 ニュースを見るたびに、単位偽装をしている高校の数が増えて行くのを見て、驚いている人は意外と少ないのではないかと思います。若い人なら、かなりの数が実際に体験をしているでしょうし、今の高校生で受験科目以外の勉強も一所懸命してきたなどという学生に出会うことが、例外中の例外だというのが大学にいるものとして感じていることだからです。

 受験関係で高校から内申書を取り寄せると、単位の偽装までは見抜くことはできなくても、成績の偽装はごくごくあたりまえに行われていることはわかります。自分の生徒を大学に受からせてやりたいという高校教員の親心はわかりますが、高校ぐるみでやらなければ成績の偽装などはできるものではありません。ですから、履修していない単位を履修したかのごとくに偽装するということも、十分に想定されていた事態です。

 今回の件に関してはほとんどすべてが学校ぐるみで行われていたことは間違いないことですし、私は教育委員会、場合によっては文科省もその存在を知らなかったとは思えないのです。さらに、今大騒ぎしているマスコミだって、ずっと前からそういうことがあると知っていたのではないでしょうか。

 というわけで、私としては「なぜ今、このタイミングで騒がれ始めたのか」ということの方に興味があります。教育改革(再生の研究をしているものとしては、「教育再生」という言葉は嫌いです)を目玉にしている内閣ができあがったことと無関係ではないような気がしています。もしも、今回の単位偽装問題の責任が文科省にまで波及した場合には、文科省の頭越しに教育改革をやろうとして教育再生会議なるものを立ち上げた内閣には大きな追い風になるのでは、と邪推しています。

 さて、そもそもこの単位偽装というものが、どうしてこんなに簡単にしかも全国的に行われているのかということを考えると、高校も日本的な官僚組織の末端に位置することがしみじみと感じられます。

 日本の官僚システムは、優秀な末端公務員の存在によって支えられてきたのだと思います。末端にいる公務員の遵法精神は、熱心を通り越して異常なものに感じられることがしばしばありますが、逆に言うとこの末端の公務員が許可してくれた書類は、その後どこのレベルでも滞ることなく処理されていくだろうということは、想像に難くありません。

 自分の経験でいうと、科研費の書類などを提出するときに、「よくもそんなに細かいところまで」というくらい小さな点にいたるまで事務の方々によるチェックが入ります。私などは、時々イライラして「書類が不備で採択されないのは私の責任ですから、そのまま出してください」と思うこともありますが、許してもらえません。しかし、そのおかげで少なくとも書類上は一点の曇りもないものができあがるのですから、感謝以外の何ものでもありません。(どんなに形式上立派な書類ができても、採択されないのは私の責任なのですね(涙))。

 横道にそれてしまいました。そのように優秀な末端の公務員が、もしも邪悪な心を持ったらどうなるかという好例が、今回の高校単位偽装事件なのだと思います。校長を中心とする末端の公務員が共謀して偽装を行い、教育委員会に届けると、それはそのまま文科省までノーチェックで処理が進むということが明らかになったと思います。

 こういう末端の公務員に大きな裁量が与えられているというのは、公務員が国と一体となって国の利益のために骨身を惜しまずに働く存在であるということが前提とされて、はじめて成立するシステムです。その結果、極めて効率的な行政が行われるというわけです。

 逆に、ここに日本的官僚システムの大きな落とし穴があるわけで、昨今起きているほとんどの行政がらみの事件は、すべてがこの部分におけるほころびに端を発しています。日本型の官僚システムにおいて、末端の官僚のモラルが低下したり、面従腹背の行動を取り始めると、すべてが瓦解してしまうという脆弱さもあるわけです。

 高校単位偽装事件は、大学入学者数の実績を上げたいという校長と、その校長に評価されたいという教員と、生徒を大学に入れたやりたいという教員の親心と、できるだけ楽をして大学にはりたいと思う生徒という、反対勢力がほとんどいないところで起こったことですから、これだけ全国的に何年もあるいは十何年も続いていながら、修正されなかったのだと思います。

 そして、本来ならば監視をしなければならないはずの教育委員会も文科省も、日本型官僚システムにどっぷりつかって、それを発見できなかった(あるいは見逃してきた)ということは、もはやこの国は、「日本型官僚システム」ではやっていけないということを証明していると思います。

 改善のためには、研究費不正使用問題や論文ねつ造問題と同じように、第3者機関による監視システムがなければダメだと思います。

 また、各種裏金事件のように末端公務員が平然と違法行為を行う背景には、遵法していてはやっていられないという明らかな「法の理不尽さ」もあると思います。第3者による監視とともに、アホな規則も正していかなければ現場の支持は得られません。

 現場が動きやすいルールと厳格な監視、この二つが様々な事件にピリオドを打つための特効薬だと信じます。

【付録】
 北海道日本ハム・ファイターズが優勝してしまいましたね。ここ数日は、まったく「信じられな~い」展開でした。
by stochinai | 2006-10-26 21:26 | 教育 | Comments(20)

ドングリ発根

 一週間前の出張に出かけるちょっと前に、例のドングリを水苔の中に半分埋めてみました。出張中に乾燥すると困るので、生けたビンの口をサランラップで覆っておきました。

 まさか、まだ芽がでることはないだろうと思いつつも、怪しげな雰囲気だったのでまわりの水苔をちょっとよけてみると、ななななな~んと根が出ていました。
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 最初、みたときには芽かな、とも思ったのですが先が下を向きかげんですし、おそらく根に間違いないと思います。
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 生物学者としては失格で、植えた日を記録していませんでしたが、落果したのが10月7日ですから、それから考えてもわずか2週間くらいで発根したことは間違いありません。

 実ができる前から観察を続けてきたドングリが次世代への活動を始めるとは、なんとも感動させてくれますね。

【追記】
 こちらには、世代を重ねるトマトが紹介されています。続いてこそ、生命ですね。
by stochinai | 2006-10-25 20:20 | 趣味 | Comments(5)

20℃差の帰札

 札幌に帰り着きました。

 午前中、予定通りに最後のパラボリックフライトをこなし、データ処理、全体の研究総括をバタバタとまとめ、検討会議を済ませて、撤収を完了、小牧を出たのが4時5分。当地はおそらく、23-24℃の気温だったと思います。

 札幌からのクルー4名だけが乗った貸し切り状態のセントレア行きのバスでは、全員が寝呆けていたようです。空港が近いというアナウンスで目が覚めると、薄暮の中に浮かび上がったセントレアの管制塔を見た瞬間、自分がどこの国にいるかわからなくなりました。
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 気を取り直して、空港にはいってチェックインしようとすると、最終便の前の便にまだ間に合うとのメッセージ。十分に余裕があったので7時の便に変更して帰ってきました。

 小牧の23-24℃から帰り着いた千歳の気温は1℃。その差は20℃を越えています。しかし、いざ北海道の冷気に触れてみると、思ったほどの寒さは感じられず、どちらかというとその冷たさはなつかしく気持ちの良いものでした。やっぱり私は北の人間だと実感した瞬間でもあります。

 今回はまるまる1週間(7日)の出張でした。一緒に言ってくれた学生達は8日です。このくらい、大学を離れていると日常生活に戻るためのリハビリに数日かかるものです。今回は、どのくらいでもとに戻れるか、今はちょっと不安です。

 いつでもどこでもネットにつながることが多くなったので、メールくらいは旅行中でもなんとか処理できるとは言え、このような長い出張の時にはどうしても対応できないことがたくさん出てくるものです。ほんの数日の出張ならば、そうしたものに対しても札幌に帰ってからすべて対応しようとしがちです。

 しかし、そういう状態が一週間も続くと、いくつかの事項は時間切れになってしまって、帰ってからの対応では遅すぎるというものも出てきます。

 対応できないということをちょっと考えると、取り返しのつかないということのように思えますが、さらに時間が過ぎてしまうと、「取り返しがつかなくても、大したことはないじゃん」ということが意外に多いことにも気が付きます。

 つまり、なまじっか「できてしまう」からどんどんこなしていたことのいくつかは、冷静に考えてみる、と実は「やる必要のない」ものだったということがわかるのです。

 そう考えると、強制的に仕事ができなくなる長期出張というものが、自分の日常を見直す貴重な機会でもあるということがわかりました。

 今後は、出張がなくても「やらなくても良いことはしない」という分別をしたいと、しみじみ思っているのですが、はたしてできるでしょうか?
by stochinai | 2006-10-24 23:56 | 札幌・北海道 | Comments(2)

あと1日

 小牧へ来て、初めて雨が降っています。今朝は天候がすぐれず、実験飛行が1時間遅れてしまいましたが、いつもとは違う裏日本の上空まで飛んでいって、予定どおりパラボリックフライトを15回繰り返して帰還しました。幸い、期待していたデータもいくつか取ることができ、一同ちょっと胸をなでおろしているところです。

 そして、明日がいよいよ最後の飛行となる予定です。飛べるかどうかは、天候次第なのですが、天気図を見る限り、なんとか飛べるのではないかと予想しています。

 今回の実験では、いろいろとおもしろい体験をしていますが、航空機を使った実験ということで、なかなかおもしろい航空業界の手続きを経験することができています。ご参考までに、通常の実験手順をご紹介します。

 まず、朝8時までに三菱重工内にあるDASの実験施設に入ります。普通は9時30分から実験を開始するので、9時20分くらいまでにはパイロット2名と生物班の実験者1名、物理班の実験者1名、それにDASの責任者1名の5名が搭乗します。

 搭乗の直前である9時から、関係者がほぼ全員揃って「飛行前ブリーフィング」が行われます。そこで、まず気象予報士が実験空域の気象条件の説明を行い、場合によっては飛行空域の変更が指示されます。続いて副パイロットによって、この飛行がかくかくしかじかの法律に則ったものであることの他、飛行経路や飛行時間、搭乗者の確認を行った後に、離陸時の飛行機の重量およびその重心位置、搭載燃料が何ポンドで何時間飛べるのか、どんな実験を行うのか、などが説明されます。さらに、どんな高度をどのくらいの速度で飛行するのか実験時間や実験回数、秒単位での実験タイミングの確認、搭載物資や搭載動物(今回はオタマジャクシ60匹(笑))など、驚くほど細かいことまで、そこで再確認されます。

 離陸して30分くらいで実験空域に到達して、その後1時間くらいの間に15回くらいのパラボリックフライトを繰り返して戻ってきます。帰路も30分くらいかかりますので、飛んでいる時間はほぼ2時間というところです。

 さらに、着陸後もすぐに、同じメンバーで「着陸後ブリーフィング」が行われ、予定と異なったことはなかったかどうかの確認作業が行われます。

 その後、2-3時間をかけて実験データの解析作業を突貫工事で行った後、また同じメンバーで「デイリーミーティング」が行われ、実験と結果の概要の説明、さらには結果の解釈および次回のフライトへ向けての予定や要望が話し合われた後、翌日へ向けての作業が行われま。というわけで、早くても6時くらい、ちょっと手間取るとすぐに8時9時になってしまいます。特にトラブルがなくても、朝8時から夜6時くらいまでは、まさに息つく暇もなく一日が終わってしまうというのが実感です。

 でもまあ、地上組は飛行機が飛んでいる2時間の間はちょっとダレておりますし、ビデオの解析が主なデータ解析作業も椅子にすわったままのかなり忍耐のいる作業ですので、ずっと身体を動かし続けているわけではありません。

 というわけで、飛行のない土日を除くと、あっという間に終わる日々の繰り返しですので、1週間の実験は長かったような短かったような感じです。

 なんとか明日無事に飛行できて、もはや冬になっているという噂の札幌へ帰るのが楽しみです。
by stochinai | 2006-10-23 23:35 | 生物学 | Comments(4)

日本ハムと愛国心

 札幌にいる時、名古屋へ出張だと話すと、かなり多くの人に「日本シリーズを見に行けば?」と言われました。

 野球音痴の私でさえ、今年の日本シリーズが中日と日本ハムで争われることは知っておりましたが、最初に第1・2試合が名古屋ドームで行われること、さらにはそれが昨日・今日であることは知りませんでした。

 特に、応援するということもありませんが、中日も嫌いなチームではありませんでした。というか、あまり良く知らないながらもセリーグでは阪神とともに好きなほうのチームです。一方の日本ハムは、ともかくパリーグそのものを良く知らないということで、好きとか嫌いとかの感情は持っていないつもりでいました。

 昨日は、夕食をとっていた韓国料理屋さんでテレビがかかっておりました。ほぼ、日本ハムの負けが決定したころに店を出ましたが、「札幌にホームがある北海道日本ハムファイターズ」が負けるというのは、やはりあまり良い気分のするものではありません。

 今日は、快勝と言える勝ち方でシリーズを振り出しに戻して、明後日からは札幌で試合があるということになりました。もはや不思議でもないのですが、正直に言ってなんだかうれしい気分になりました。

 昔は、札幌にはプロのスポーツチームはありませんでした。テレビでも野球はジャイアンツ戦しかやりませんし、JリーグもJ1しか報道されることもありませんでした。

 それが、今はJ2ですがサッカーのコンサドーレ・札幌ができ、日本ハム・ファイターズが札幌に移ってきて、私の身近にはたくさんの両チームファンが生まれました。私は札幌のチームだからと言って応援する義理はない、とずっと言い続けているへそ曲がりものですが、それでもコンサドーレが不振だと、なんとなくおもしろくない気分がしますし、ファイターズが勝つとうれしいという気分になることは否定できません。

 そんな自分を観察していて、「愛国心」っていうのはこういう気分なのかもしれないと思い至っています。

 札幌の人間なのだから、コンサドーレやファイターズを応援すべきだと言われると、そんな義務はないと思いつつも、札幌という地域につながって活動を続ける両チームとはなんとはなしの地縁のようなものを感じるのかもしれません。

 しかし、いわゆる愛国心とコンサドーレやファイターズのような地元チームが愛されることとの決定的な違いは、いわゆる「愛国心」というのは実体のはっきりしない「国」を愛するということなのに対して、地元チームはそれを構成する人間が愛されていることだということなのだと思います。

 オリンピックの時にも、日本選手は同じ日本に生まれ育ち、そして住んでいる存在として熱烈に応援されるのであって、日本という国が応援されているのでもなく、ましてや日本という政治体制が愛されているわけでは、まったくないということを認識しておく必要があるのではないでしょうか。

 そう考えると、保守派の方々がおっしゃっている国を愛するという意味での「愛国心」って、やっぱりはちょっと違うんじゃないかなあ、と感じますね。

【追記】
 専修大学文学部林ゼミ写真帳(YOSHIO_HAYASHI)さんのブログ・エントリーで、このエントリーを引用してくださいました。こちらからトラックバックを送らせて頂きます。
by stochinai | 2006-10-22 23:46 | つぶやき | Comments(10)

今日二つ三つ朝顔の通り道          稲畑廣太郎


by stochinai