5号館を出て

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 アメリカにいらっしゃる研究者のtomo_macintoshさんという方の、「やりたいことは何ですか?」というブログがあります。

 その最新エントリー「PhDのキャリアパスを考える・JBC/SCSN ジョイントフォーラム」を見て、日本でもこういうのができたらいいなあ、とヨダレが出る思いでした。
開催まであと二週間!南カリフォルニア在住のPhD(およびPhD candidates)の皆さん、キャリアパスについて一緒に話し合いませんか!!

8月11日の土曜日、北カリフォルニア(ベイエリア)を中心に活動しているコミュニティ、JBC(Japan Bio Community)と南カリフォルニアのSCSN(Southern California Science Network)はUCI(UC Irvine)にてジョイントフォーラムを開催します。
 私はJBC(雑誌なら知っていますが(^^;))や、SCSNについての知識はまったく持ち合わせていないのですが、アメリカでは利害関係を共有する人達が簡単に集まって、自分たちの権利を主張するためのコミュニティを簡単に作ってしまうところがすごいと、いつも思います。

 大学院生やポスドクの組合(ユニオン)のようなものもあると聞きますし、情報交換だけではなく、実際にそうしたコミュニティを通じてポストを紹介してもらったり、逆に人を探したりということもやっているようです。

 しかも、JBCは日本人が作っているコミュニティです。日本国内でも同じような活動ができない理由はないはずだと思うのですが、日本ではそのようなことが活発に行われているというようなことはあまり見聞きしません。JBCのオーガナイザーは企業の方が多いようですが、各地区にあるフォーラムはおそらくポスドクを中心とした人達が運営しているようです。

 この雰囲気がうらやましいです。

 私のブログで行われる議論だと、なかなか企業・大学・大学院生・ポスドクがお互いに知恵を出し合って相互の理解と利益追求をするという雰囲気にならずに(まあ、それは私の人徳のなさ、リーダーシップの欠如によるところも大きいのでしょうが)、どうしても対立の構図が表に出てしまい、最後はため息で終わることが多いのと比べると、この明るさがとても良いと感じられます。

 なんとかこの風を日本にも持ち込むことができないものでしょうか。

 もしもポスドクが同じように動き出し始めたら、企業や大学や研究所も変わるような気がするのですが、甘すぎますか。
by stochinai | 2007-07-31 22:42 | 科学一般 | Comments(133)

7月末の庭

 今年の夏は、間違いなく冷夏でしかも小雨というかなり厳しい気候の札幌です。名物のサッポロ・タマネギも立ち枯れしています。この夏、札幌で30℃をかろうじて越えたのがいまのところ7月25日、1日だけです。そんな状態ですので、花が咲くのが遅れ気味のものも多いのですが、いったん咲いたものは花持ちが良いような気がします。そんなわけで、満開のアジサイです。
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 左上にあるロゴ画像に使ったドクダミの花は終わりましたが、アスファルトを突き破ってど根性ドクダミががんばっています。
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 夏になっても、生ゴミ園芸は地味に進行中で、これはブロッコリーです。水に挿しておいたら、根がでると予想された形成層から芽が出てきましたので、土の上に置きました。根が出ているかどうかはちょっと不安ですが、ぐんぐん伸びて来ています。
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 さて、ここからは動物シリーズ。まずは、サザンカの美しい葉の上にとまる、名前のわからないアブです。
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 同じ葉の上で見つけたクモです。
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 これは多分巣を張らないヤツですね。

 こちらは、普通の巣を張るクモです。獲物も見えます。
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 最後は、長時間おとなしくモデルになってくれたセマダラコガネ(?)です。
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 忘れてました。ムクゲのアブラムシを食べてくれているテントウムシの幼虫がいました。
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 ムクゲについたアブラムシは、水のスプレーだけで吹き飛ばしているのですが、最後の始末はテントウムシがやってくれています。よろしくお願いします。
by stochinai | 2007-07-30 22:22 | 札幌・北海道 | Comments(0)

闘いすんで日が暮れて

 自民党の歴史的大敗を受けても、安倍総理大臣は「辞めない」とおっしゃっているようです。選挙前から、当選者が目標に届かなくても退陣に至る総理の責任問題に発展することはない、と言っていましたから、ある意味で予定通りの発言とは言えますが、目標に届かなかったというレベルのものではないので、それでも予定通りの発言を繰り返すというのは、聞いていても情けない気持ちになります。ここであっさりと辞めますと言ったらちょっとは見直されたと思うのですが、まあここで辞めたらもう先がないと思っているのかもしれず、同情できなくもありません。しかし、総理大臣がカッコ悪いと、国民としてもちょっと恥ずかしいと思ってしまいます。

 これで、明日からは今までのような自民・公明による独裁的国会運営が簡単にはできなくなったことは、とりあえず喜んでおきたいと思いますが、これで今の日本に山積するたくさんの問題が解決するのかどうかを考えた時、この選挙の結果だけでは何も動き出さないだろうこともまた感じられ、そういう意味では喜んでもいられないという気になります。

 選挙の前までは、大学問題そして博士・ポスドク問題を考えてくれる国会議員を1人くらい担ぎ出すのも悪くないかもしれないと思ったこともあるのですが、いざ選挙が終わってみるとこんな激しい選挙戦を闘ってようやく議員になれるという現実を目にすると、たとえ教育問題全般にテーマを広げたところでそれをメインに国会議員になることなどはとてもとても不可能だと思えました。ということは、せいぜいできることはパートタイマーで大学問題を考えてくれる国会議員を支持することくらいかな、と現実的な気分になっています。

 そんな中でCOEやグローバルCOEプログラムの「高度な政治性」に警鐘を鳴らすエントリー(COEプログラム 世界水準の研究教育拠点作りの真の狙いは?)が書かれ、私の頭の中はそちらのことでいっぱいになっています。個々の大学や、個々人の研究者の事情はいろいろなことがあり、ほとんどすべての人は自分たちの大学や研究を守るために一所懸命COEやグローバルCOEに応募して、採択された場合にはこれまた一所懸命頑張っていることも事実で、そのおかげで発展した研究・教育は間違いなくあり、助けられたポスドク・大学院生・研究・研究室があることも事実です。

 しかし、その反面いろいろ危惧すべき側面があることも事実なのだと思います。あえて、コメントをせずに、引用します。
COEに予算の編成・執行権があり、RA、ポスドク、その他の研究員の採用等の人事権を握るなど、極めて高い自立性を備えている。いわば国から大幅な権限委譲を受けた地方公共団体のようなものである。この慣れないことに拠点リーダーを巻き込むとに懸念がある。お金の使い方が放漫にならないだろうか。清貧に甘んじていた学者とその卵が、使い切らなければならない大金を与えられ時に陥る落とし穴である。私の杞憂であって欲しいが、それを検証するためにも経費の使途は公開が必須である。

何故このような『権限委譲』により学者に余計な仕事を増やすのだろう。例えばRAとかポスドクなど、現在もある日本学術振興会特別研究員のシステムをそのまま活用して採用人数を増やせばそれで済むことである。科学研究費補助金を弾力的に使えば研究補助者の雇用も可能であるし、大学院生の出張旅費なども捻出できる。国際会議の開催も同じようなもの、今あるシステムを内容を拡充させながらそのまま使えばよいではないか。
 そして、最後にフィクションと断りながら、かなり「真実」に近いのではないかと思われるシナリオが示されています。
世界水準の研究教育拠点作りという一見壮大なプロジェクトも、一皮剥けば既存の研究室の寄り合い所帯で、『研究教育拠点』も作文の上でのみの存在である。しかしCOEに採択されれば潤沢な活動資金が与えられるし、また所属する大学のステータス向上に役立つなどのメリットがある。しかしCOEは継続性が保証されてはいるものではない。「金の切れ目が縁の切れ目」になりかねない惰弱性がある。だからこそこのような『競争的資金』獲得を向けての競争が熾烈になる。いわば企業が『公共事業』の受注に熱中するようなものであろう。その裏には『天下り』もあれば『談合』もある。そういえばCOEプランはかっての『列島改造論』の文部科学省版、その産物だとすると、見えてくるものもある。文部科学省の高級官僚が利権を持って天下りする、また利権を餌に天下りする。そのためのプラン作りだったのである。占めるポストは大学学長であったり理事であったりする。もうすでにその動きが顕在化しているようである。
 言うまでもなく、山形大学の一件が思い出されるわけです。
by stochinai | 2007-07-29 23:42 | つぶやき | Comments(8)

BYOOL Bloggers

 "BYOOL Bloggers"というポータルサイトで、このブログが紹介されているようです。本日、その旨が書かれたBYOOL・SNSなるものへの招待メールが届いて始めて知りました。

 「日記・エッセイ」BLOGとして紹介されていますが、まあ分類としては妥当なところでしょう。
 大学の5号館に研究室を置く多分動物好きな(?)著者が、様々なテーマについて毎日綴るブログ。
 内容よりも、毎日更新というところが評価されたのかもしれませんね(^^;)。いずれにしても、ありがたいことです。

 ご参考までに。
by stochinai | 2007-07-29 16:08 | コンピューター・ネット | Comments(0)

選挙を楽しむ

 参議院選挙の北海道選挙区(改選数2)はおもしろいことになっています。おもしろいというのは、我々の投票行動で勝敗結果を動かせる可能性があるということです。今まで、民主・自民で一人ずつ分けていたのが、民主と民主推薦が自民を追い落とす可能性があるのだそうです。

 つまり、なんとか自民党議員の1議席を死守したいと思う人と、北海道選挙区には自民党はいらないという人の一騎打ちになります。

 自民党候補を当選させたい人は、非自民候補の票が割れることを望んでいると思います。

 逆に自民党候補を落選させたい人は、今自民党候補と競っている某候補に票を集中させるのが自分の票を政治に生かす道だと思います。

 どちらにしても、投票に行くことが楽しくなるような選挙になりました。
by stochinai | 2007-07-28 23:37 | 札幌・北海道 | Comments(2)

博士の就職

 いつもBostonから日本の後輩博士・ポスドクの応援を続けていただいている島岡さんから、「20%ルール」をきっかけとして盛り上がっている議論に対して、建設的な提案が寄せられています。
議論の焦点は広義での当事者:「ポスドク」「研究室主催者(教授)」「大学」「企業」「政府」の誰にどういうようにアプローチするかである。
 上記のコメント欄には、「現場」からの具体的報告やさまざまな「当事者」の意見が出てきており、たとえ自己満足と言われようとここでの議論が有益な情報を提供くれていることは間違いないありません。そして、私も議論の最後の方で書いたように、就職したい博士・ポスドクが自己研鑽やさまざまなスキルアップを図ることは当然としても、それだけでは解決は不可能らしいことも議論の中で明らかになってきています。

 そのような議論を眺めた上で、島岡さんはまず大学・大学院に提案しています。 
 米国に比べ企業の中途採用の難しい日本では、理系大学のPh.D./Postdocに対する就職支援機能を高めることは非常に重要である。個々の研究室レベルではなく大学のカリキュラムとして体系的に行うできであると思う。個々の研究室では「研究の方法」を全体のカリキュラムでは「仕事の方法」をトレーニングし、「事務」で就職支援をする。
 仙台通信さんがやはり上記の議論を見て、「これではやっぱりアクションにつながらないなあ……」とおっしゃっていますが、島岡さんの提案は具体的に実現できるものだと感じました。私は、これを文科省が推進しているグローバルCOEの教育活動の一環として動き出すことが適切ではないかと感じています。>全国でグローバルCOEを提案しようとなさっておられる方々に提案いたします。

 今までの(今でも?)大学院は、どうしても研究後継者を育てるというポリシーで教育が行われてきたために、指導する研究者と同じような狭いアカデミズムの領域に閉じこもることが推奨されてきたと思います。ところがここへ来て、そういう教育を受けてきた人が受け入れるキャパシティを越えて量産されて来たため、本来の受け皿ではないところへアプライしても受け入れを拒否されるという事態が今のポスドク問題の一側面なのだと思います。

 というわけで、これからの博士教育は非専門の一般キャリア教育をかなり充実させることが要求されていると認識しなければいけません。そうなってくると、20%ルールどころか専門研究の教育が30-40%で、残りの60-70%はジェネラリストとしての博士を作るという教育を行わなければならないということになります。

 とここまで書いてきて気がつきました。ちょっと前に「教育再生会議」から、自分の大学から進学する大学院生を30%以下に抑えるというルールが提案されたことがありますが、この30%というのは研究の後継者として教育すべき人数を頭に置いていたのではないかということです。ただの偶然でしょうか、それとも文科省の側でも70%くらいの大学院生は、研究後継者としては「余剰」と考えているということなのでしょうか。

 数字というものは、いろいろと想像力をかき立ててくれますね。
by stochinai | 2007-07-28 15:52 | 科学一般 | Comments(12)
 学内での選挙で破れたにもかかわらず、前文部科学事務次官が山形大学の学長に「天下り」することが決まりました。

 もともと大学構成員が投票する「学長選」は、「意向投票」と呼ばれているはずで、少数の委員からなる「学長選考会議」が学長を決めるための「参考」にするだけのものなので、たとえ選考会議が意向投票と異なる結果を出したとしても、手続き上の違法性はないのだと思います。

 法人化されてから、冬の時代に突入した国立大学が、やり手の学長などを頭に立ててなんとか生き残りを図ろうという意図から、監督官庁である文科省の官僚を学長に据えるという作戦はとてもわかりやすいものです。全国の大学で、ヨダレを流している人達がたくさんいる様子が目に浮かぶようです。

 今回の学長選では4人が立候補したのですが、前文部科学事務次官というとてつもない強敵の存在に、他の3候補は公示後に候補を一人にしぼって一本化を図り、見事に選挙では378票対355票で勝つことができました。ところが、14人のメンバーからなる学長選考会議では天下り候補に10票がはいったそうで、圧倒的な勝利に終わりました。負けた側からみると、絶対に納得できないだろうとは思います。

 どんな手を使ってでも大学が生き残ることを目標としている山形大学の「経営陣」が、新しい学長に大学の生殺与奪権を持つ組織の出身者(しかも、ついさっきまでそちらにいた)にすることで、文科省の内部情報を手に入れるだけではなく、今後文科省が大学運営をするにあたって、「先輩」が天下った山形大学に有利な取り計らいを期待して、今回のような強引な結果になったのだと思いますが、たとえ学長を選ぶプロセスに違法性がなかったとしても、そもそもの民主主義行政の基本ルールに反するという重大な間違いを犯しているような気がしてなりません。

 文科省では、大学に運営交付金の他に、科学研究費補助金やグローバルCOEや特色ある教育プログラムなどといった教育関係の特別経費を配分しています。運営交付金は、どこの大学にも学生数などに応じて一律に配分されているので問題は少ないと思いますが、最近は「競争的資金」と称して多くの予算が選抜過程を経て、採択されたところだけに配分されるようになっています。今後の大学の生き残りにとって重大な意味を持っているその配分を決める官庁である文科省の官僚のトップが、ほぼ現役のまま配分を受ける側の大学の学長に収まるというのは、どう考えてもアンフェアな状況が到来することが予想されると思います。

 そもそも、山形大学が彼を学長にしたのは、フェアに闘っていたらもともと金と力のある旧帝大などにかなわないので、アンフェアな状況が来て山形大学に有利になることを期待してのことだと思います。そもそも、旧帝大などと闘わされること自体がアンフェアなので、自分たちにもアンフェアなことをする「理」があると思っているのかもしれません。

 もしも、山形大学にとってアンフェアに利益がもたらされることがあれば、それはその他の大学およびひいては日本の国に対しては不利益になります。

 つまり、この人事はやはり民主主義の原理・原則、日本という国の体制(民主国家ですよね?)に反することになるような気がしてなりません。

 株式のインサイダー取引が厳重に取り締まられているのと同じように、大学を競争状態に置くのでしたら、その監督をしている人間が大学に天下るということは、同じように取り締まられなければならないことにならないはずです。文科省の高級官僚としては引く手あまたの天下り先ができて、うれしいということになるのでしょうか。文科省と大学法人にも天下り防止法を適用しなければなりません。

 もしも、日本中の大学が一斉に同じようななりふり構わぬ壮絶な競争を始めたら、日本は終わりですね。
by stochinai | 2007-07-27 23:03 | 大学・高等教育 | Comments(68)
 ニューヨーク大学の大学院生たちが、Botanicalls というシステムを開発しているというニュースが入ってきました。ロイター配信で、ITメディアニュースに載っています。
「水をください」――植物が電話で訴える技術
無線ネットワーク経由で信号を送る湿度センサーを使って、植物がヘルプコールをかけてくる技術を大学院生が開発している。(ロイター)
2007年07月26日 15時41分 更新
 技術的には、それほど難しいことはないと思います。鉢植えの土の中に湿度センサーを挿しておき、それぞれの植物に適する湿度を設定して、鉢内の湿度が設定を越えたり下回ったりした場合に、無線ネットワーク経由で電話をかけてくるというしかけです。
「植物が電話をして、乾燥しているから水がほしいと伝えてくる。それもかなり礼儀正しく」
 こちら CNET Japan には、電話で植物と会話している「やらせ写真」と、セットアップのプロトタイプ、それに開発チームの写真が出ていま。

 鉢のひとつひとつにセンサーを埋め込み、それぞれに別の設定をしておくだけではなく、植物が「かけてくる」電話の声もそれぞれの植物に応じて変えることもできるそうです。「例えば、スコッチモスは本当はスコットランド生まれの植物ではないが、人工のスコットランドなまりが割り当てられている。繁殖力の強いオリヅルランは親しみのある元気な声」なのだそうです。日本でだと、あちこちのお国なまりバージョンができそうですね。外国語なまりの植物もおもしろそうです。

 大学院生たちは、物理やITではなく双方向コミュニケーションを学ぶ院生なのだそうで、ある意味でテクノロジー的には大したことがない技術ですが、植物と対話するという発想はなかなかユニークなものだと感心しました。「せっぱ詰まった電話がかかってくるだけ、というふうにはしたくなかった。だから、水をあげたら感謝の電話をかけさせるようにしている」と、なかなか念が入っています。

 同じアイディアで、水槽の魚やカエルなどから、「餌くれコール」や「水換えてくれコール」がくるようにすることもできそうです。そんなふうに考えていくと、意外と実用的な使い方もできる予感がします。
by stochinai | 2007-07-26 22:05 | スマイル | Comments(3)
 地震から1週間以上たっているのに、まだ毎日のように原発関連の「新事実」が出てきます。

 東京電力は、知っている本当のことをすべて発表するという方針でないことは明らかなようです。はっきりしないうちは発表したくないという気持ちはわからないでもありませんが、はっきりした時に予想(期待?)よりも悪い結果だった場合には、発表しなかったことをひどく責められるのは、何度も何度も何度も何度も経験しているはずなのに、どうして日本の原子力関係者の姿勢が改まらないのか不思議でなりません。

 想定よりも大きな地震を受けて、予想外の被害が出ていることは間違いないようですので、それをもとに今後はもっと大きな地震を想定して原発を作り直すなり、補強するということは緊急に行わなければならないことであり、被害発表が震災から1週間以上たってからなどというノンビリしていてはいけないのだと感じていない関係者が、原子力発電所を運営しているあるいは管理しているという現実にこそ、恐怖を覚えます。

 原発自身は、それなりに危険なものだと思いますが、それを封じ込める技術があるからこそ実際に運用を始めたのでしょうが、今回の震災で想定外の事象が起こった場合には、あっさりと被害が拡大することが白日のもとにさらされてしまいました。昔は航空機もかなり危険な存在でしたが、何度も大きな事故を経験することで、航空機には2重、3重、4重のフェイル・セイフ・システムが装備されていると聞きます。それでもなお事故は起こります。

 原子力発電所の事故に関しては、人類はアメリカのスリーマイル島の原発事故とロシアのチェルノブイリ原発の事故を経験しています。現実の世界情勢(経済・社会・政治・国力)を考えると、アメリカ・ロシアと来たら、その次の大事故は日本であるというくらいの覚悟をしておくのが、冷静な態度というものだと思います。

 そういう状況ですから、原発事故に対しては現実的に起こりえないくらいの事故を想定していて、ちょうど良いのだと思います。そもそも、危険を覚悟で原子力を使おうと国の政策として決めたのでしたら、利益などということは2の次にして安全性の確保が必要なのではないでしょうか。

 また、誰だって原発が自分のうちの近くにできて欲しいとは思わないでしょうから、原発ができることになった地元にはとんでもない金額の補助金が投入されていると聞きます。確かに、北海道の泊発電所の近くに行くと、道路は立派、学校も立派、何に使うのかわからないような立派な建物がたくさん建っています。そのくらいのことをしないと原発が受け入れてもらえないという現実は、原発を安全なものだと信じている人が少ないことを意味しているではないでしょうか。

 まさか、事故は起こらないだろうと思いながらも、今回のようなことが起こると地元の人々はかなり不安になります。こういう時には、立派な道路や建物よりも原発の安全性が大事だと思っているに違いありません。今後も多少は地元に行政の補助金が落ちることは必要だとは思いますが、それよりも原発をより安全にすることの方が歓迎されるはずです。そういうわけで、誰がみても不必要に思われるような多額の地元交付金のうち、そのほとんどを基本的に原発の安全設備のフェイル・セイフ・システムに投入するようにしてはどうでしょう。

 今度、原発が想定外の地震に遭った時に、これこれこういう事態になったけれども、かくかくの安全装置がはたらいて、非常に安全に原発が停止しました、というような報告を聞きたいものです。

 「想定外」という発言を聞く度に、原発に携わっている科学・技術者の存在が否定されているように思えて、とても残念に思います。
by stochinai | 2007-07-25 22:51 | 科学一般 | Comments(4)

連日の飲み会

 人は、しばらくぶりに会うと飲食をともにしたくなるものです。

 今日は兵庫県立大学(前の姫路工業大学)から、TKさんが特別講義で来てくださいました。今回は、家族全員での来札です。TKさんはちょっと前までこちらで同僚だった方ですし、奥さんのRKさんはうちの研究室でポスドクだったこともある方でもあり、お子さんのMK君と私は彼が物心ついたころからの友達です。彼は今や9歳で小学校4年生になり、妹のNKちゃんは6歳、末っ子のYKちゃんは3歳という、現在としては「大家族」での民族大移動出張です。

 RKさんは、昨日フランスから帰国したばかりで、うちのポスドクのYさんは昨日ウッズホールから横浜の実家にたどり着き、今日の夕方に札幌に着いたとたんなのですが、久しぶりに会うのだから、みんなで宴会しようということになりました。

 動物は危険を感じると最初に飲み食いをやめます。飲み食いができるということは、自分が安心しているということの証でもあります。つまり、他人と一緒に飲み食いをするということは自分が飲食を共にしている相手に対して完全に無防備であり、信頼していることを示す最高の手段のひとつなのだと思います。というわけで、ヒト(人間)は久しぶりに会うと一緒に飲み食いをして、お互いの信頼感を再確認するという儀式をするのではないでしょうか。学会では必ず懇親会という名の飲み会が開かれますが、それはみんなが仲間であることを再確認する恒例の儀式でもあるのでしょう。

 というわけで、久しぶりに出会った我々は初対面の人間も含めて飲み会をやったのであります。

 札幌駅前のあるビルの地下で子供も交えた3時間余りは、やはりなかなか意義深いものになりました。写真は、家族を運ぶためのレンタカーを取りにいったRKさんを飲み屋ビルの前で待つ一団です。こんなシルエットだけの写真でも、参加者は自分および知り合いを同定できることでしょう。
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 振り向くと札幌駅前は駅地下と大通り地下をつなぐための工事中でした。
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 ビルの中には旅行業者の店舗があり、東京へツアーの宣伝をしていました。
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 こんな大都会になった札幌なのですが、やはり東京へのあこがれが強いのは我々の弱さなのかもしれないと、ささいなウィンドウのディスプレイを見て感じるへそ曲がりの5号館なのでした。
by stochinai | 2007-07-24 23:51 | つぶやき | Comments(3)

ふと咲けば山茶花の散りはじめかな        平井照敏


by stochinai