5号館を出て

shinka3.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

<   2007年 12月 ( 39 )   > この月の画像一覧

融: 2008年の漢字

 今年も淡々と暮れて、何事もなかったように来年初日の朝を迎えるつもりでいたのですが、夕食の後一眠りして目覚めた時に来年を象徴するであろう漢字が頭の中に残像のようにこびりついていました。
 来年はこの字で示されるような現象がそこかしこで起こる年になりそうな気が、確信へと変わりつつあります。ということで突然ではありますが、来年をこの一字で予言しておくことにします。

 深く考えて出てきた字ではないのですが、今後さまざまなものの境界がなくなっていくだろうということはいかにもありそうなシナリオです。政治的なところでは、自民党と民主党の境界がなくなっていくだろうと思います。大連立になるかどうかはわかりませんが、現実にはすでに無くなっている自民党と民主党の境界が、2008年には表に出てくることによって日本の政治の方向が大きく変わるような気がします。

 ネットの中をさまよっていると、政治家と非政治家の境界は実際に政治運動をやるかやらないかという点を除くとすでに溶融していることがわかります。同様に、マスコミ・ジャーナリストと非マスコミ・個人ジャーナリストの境界も論評能力という点ではすでに融け去っていることは明らかです。

 自分の身近なところでは、専門家と非専門家の境界がなくなっていくだろうと思っています。もともと専門家というものはさまざまな知識や技術を囲い込み、自分たちの権益を守ることで存続してきた集団です。これを守るためには、適正な数の後継者を育て後継者達に自分たちの権益を譲り渡していくという安定したシステムが必要ですが、ポスドク問題に代表されるように自分たちの権益を譲り渡すべき何十倍・何百倍の人々をバブルのように自分たちの領域に取り込んだあげくに権益の譲渡ができなくなってバブルが崩壊しているのが現状です。それは逆に考えると、専門家集団に帰属することを許されなかったものの専門家と同等あるいはそれ以上の知識や技術を持ったたくさんの人が生み出されているということでもあります。

 このことは、専門家で囲い込んでいた「専門領域」の境界が融けていくことを意味しています。私はそれはとても良いことだと思いますが、「専門家」にとってはつらいことになるかもしれません。つまり、専門家が逃げ込める温々とした「専門領域」が外側から崩されてきているのです。昨今のさまざまな論文ねつ造事件問題に関連しても、専門領域で教育を受けながらも今はおそらくアカデミアの外にいると思われる人々が専門論文を読んで、ネットのあちこちで何が問題なのかを指摘したりしているのを見ると、ますますその感を強くします。

 このような感じで、あらゆる領域でプロとアマチュアの境界がどんどんなくなってくるのではないでしょうか。そして、その雰囲気が2008年には市民権を得てあちこちで領域の溶融が起こり、境界が消滅していくのではないかと天啓のごとくにひらめいたのが、私の食後のうたた寝に見た夢なのでした。

 たわけた妄想に終わるのかもしれませんが、目覚めてから数時間、まだ何とはなしに現実感を伴って残像として残っているこの想いを2008年への予感として、2007年最後の瞬間に書き留めておきたいと思いました。

 今年一年、皆さまにはたいへんにお世話になりました。皆さまにとって2008年が良い年になることを心からお祈りしています。

 来年もよろしくお願い申し上げます。
by STOCHINAI | 2007-12-31 23:45 | つぶやき | Comments(1)

新年の準備

 特になんらかの宗教にかかわって生活しているわけではないのですが、新年を迎えるにあたってスーパーやホームセンターなどでおそらく神道の風習であると思われるお供えや輪〆などを買って飾ることはなんとなく毎年続けております。一年に一回のことですので、汚いところこに飾るわけにもいかず、大掃除とまではいかなくても普段あまり気にしていないところの清掃をするのも年末の恒例仕事になっています。

 無信仰ですので、クリスマスツリーを飾る感覚とそれほど違うわけではないのですが、なんとなく子供の時から神道では神様に失礼なことをすると「罰(ばち)が当たる」と脅されて育てられたもので、お正月飾りについてもに「一夜飾り」はいけないなどという中途半端な知識が邪魔をして、30日までにはすまさなくてはならないと思うと、30日が勝負ということになり、結構追い立てられるものです。

 輪〆、準備完了です。
c0025115_0225737.jpg
 こんな感じで飾ります。
c0025115_0234064.jpg
 お供えは玄関にも置きます。
c0025115_0242617.jpg
 おひなさまも「片づけるのが遅れると、娘の婚期が遅れる」などと言われているように、どうも日本に伝わるいろいろな行事にはいろいろなタブーとペナルティがつきものなのが、なんとも鬱陶しいですね。まあ、宗教というものにはこういう不条理なルールがつきものなのかもしれませんが、科学の発展とともにこうしたルールには科学的根拠がないということがばれてしまいますので、それで人をしばろうとしても難しいということになるのでしょう。

 アメリカでは、キリスト教が科学よりも力を持っている部分があるせいか、進化論を信じているひとが30%くらいしかいないという話ですが、科学を進歩させるためには「神を殺す」必要が出てくる場合もあるのかもしれません。それにもかかわらず、自然科学の研究でアメリカが最先端国であることも疑いはないでしょうから、特定の分野を除くと宗教と自然科学(特にアメリカが必要としているような産業発展のための応用科学技術)はとくに軋轢をうまずにやっていけるということも、また事実のようです。

 年末年始に、人は来し方行く末を考えるもののようですが、日々の生活に追われる私は年末になってもなかなかそんな落ち着いた気分になれません。今年もタダの一日の終わりとして大晦日を迎え、タダの一日の始まりとして元日を迎えそうです。
by stochinai | 2007-12-30 23:55 | つぶやき | Comments(0)

ツバキ

 一年ほど前にホームセンターから蕾のついた状態で買ってきた茶花ツバキが、また咲いてくれました。
c0025115_1521025.jpg
 札幌ではツバキやサザンカは冬を越せないのですが、鉢植えだと毎年花を咲かせるのはそんなに難しくはないようです。

 ツバキの仲間は雄しべがたくさんあることが特徴のようですが、どうしてひとつの花にこんなにたくさんの雄しべと花粉が必要なのか、いつも不思議に思います。
c0025115_1571486.jpg
 花粉を運ぶ昆虫たちには、魅力的に違いないのでしょうが、花粉とは関係のない私たちがこうした花に惹き付けられるのはどういうことなのか、不思議な気持ちにとらわれることが良くあります。
by stochinai | 2007-12-29 23:59 | 趣味 | Comments(4)
 またまた昨日の、朝日新聞の夕刊一面トップがこんなのでした。連日の大学関係バッシングでしょうか。
c0025115_1922744.jpg
 教育ローンなのに奨学金という名前を使っていることは偽装ではないかとずっと言われてきている、学生支援機構(旧育英会)の取り立てがだんだんと厳しくなってきているようです。

 昔は、高校教員も返還免除職だったので、大学院を出てから高校の先生になろうというインセンティブにもなっていたと思うのですが今はそれもなくなりましたし、第二種という利息付きのものも出てきたので、気軽に借りてみたものの、なかなか就職できずに返還ができないという人が増えているのかもしれません。

 ポスドクなどをしているうちは返還猶予申請をすれば返還の先延ばしができるのですが、なんらかの理由で1ヶ月でも返還猶予の資格を失ってしまうと返還を開始しなければならず、いったん返還を開始したらたとえその後に「免除職」についたとしても返還を続けなければならないなど、返還に際してはなかなか厳しいルールがあるようです。

 もちろん、この「奨学金」は返還を前提に貸与されるものですので返す義務があるのですが、借りる前にまさか大学や大学院を出て就職がないなどと考える人はほとんどいないでしょうから、返したくてもお金が足りずに返せないという人も多いのではないでしょうか。さらに、外国に行くなどして「行方不明」になってしまえば追求を免れることができるという「伝説」が流布されたりしていますので、逃げ隠れしようと覆う人もいるにはいるでしょう。

 逃げていたら、目立つところで就職はできなくなりますよ。

 しかし、「奨学金」を借りてまで高等教育を受けた人が、無利子で20年かけて返せば良いという借金が重すぎる負担と感じられるくらいの収入しかない、あるいは正規の職に就くことができないことがあるという現実がなによりも大きな問題のような気がします。

 日本政府さま、「奨学金」を返してもらうために、「奨学生」だった人にまずワーキングプアにならなくてすむような職を与えてください。
by stochinai | 2007-12-28 19:46 | 教育 | Comments(26)
 昨日、朝日新聞の夕刊の一面トップにこんな記事が出ていて、びっくりしました。
c0025115_1210179.jpg
 ネットでも出ていました。

 国立大の定員超過分、授業料没収 文科省、合格数抑制へ

 確かに、最近はうちの大学でも定員をオーバーして学生を入学させているはずです。しかし、それは文科省の指導によるものだとばかり思っていました。

 もともと国立大学では、教室や教員の数の問題、さらに実験などの科目では設備の問題がありますので、定員を超過して学生を取るとすぐにさまざまな問題が起こり、さらに昔は授業料収入も国庫にはいっていたので、なんのメリットもないということで定員を大幅に超過して入学を許可していたということは、ほとんどなかったはずです。

 それが、法人化されて以降だと思いますが、入学定員を割っている場合には運営交付金を削減されるという(噂?)ことで、定員割れを極度に恐れるようになっています。一方、これは最近の風潮だとも思いますが、たとえ北大に入学した学生でも1割くらいは初年度でやめてしまうと聞いています。退学のほとんどの理由は、他大学受験のようです。つまり、入学してはみたもののもう少し勉強してもう少し偏差値の高い大学へ入り直したいという学生がかなりいるようなのです。

 というわけで、入学時に定員ぴったりかあるいはちょっとくらい多くいたとしても、1年2年経つうちにどんどん減っていって定員割れになってしまうということがあったのだと思います。それに対し、例によって文科省から「強い指導」があったので、今では入学時に120%とか130%とかを確保しておかなければ卒業時に100%を維持できないということになっているのではないでしょうか。(データを目の前にしているわけではありませんので、傾向として聞いてください。)

 つまり、我々の大学に定員以上の学生がいたとしても、それは決して(某私大のように)授業料収入をねらって定員の何倍もの学生を入学させていたというのとは、基本的に性格の違う話なのです。

 それを、記事では「法人化以降、独自収入のアップを目指して合格者を増やしている国立大に警鐘を鳴らす対策だ」と書いていますが、文科省の誰かがそう言ったということなのでしょうか。「没収」という言葉と合わせて、極めて作為的な「国立大学たたき」の臭いを感じます。
 全国立大の授業料は08年度入学生から53万5800円。たとえば1~3年生の定員の合計が1000人の学部で、10年度に1~3年生の学生数が1200人いるとすれば、基準となる110%(1100人)を上回る100人分の授業料、計5358万円が取りあげられる。

 学生数1000人くらいの大学にとっての5000万円は、大学全体の予算規模からみると「小さい額」ではないでしょうか。そう考えると、今回の発表の裏には別の意図が隠されているとみるべきではないかというのが、私の感想です。とりあえず、二つは思いつきます。

 一つは、私大への学生の還流です。定員割れを起こしているたくさんの私大があるのに、国立で定員を超過して入学を許可しているのは、私大に対する営業妨害であるということを言いそうな文教族の先生がいらっしゃいそうです。

 そして、もうひとつはもっと深刻なことですが、「授業料没収」という「処分」を受けるということは大学の評価を傷つけることになります。この先、国立大学の整理統合がささやかれておりますので、その場合には「成績」の悪い大学から処分されていくということが考えられ、となると評価の低い大学が候補にされてしまう可能性もあるのではないでしょうか。定員超過してお金を稼いでいる大学というダーティな印象を整理する口実にするのだとしたら、あまりにも下品です。

 あらゆることが大学差別化のポイントに結びつけられてしまう昨今ですから、これもあながち笑い話ですまなさそうな「憶測」となりそうで恐いです。
by stochinai | 2007-12-27 21:47 | 大学・高等教育 | Comments(45)
 12月の始めの頃に仕事で夜遅くなってタクシーに乗ったら、「お客さん忘年会ですか」と言われてしまいました。「今年は忘年会の出足が早いみたいですよ」と、タクシーの運転手さんが言っていました。北海道は不景気な上に、灯油の高騰で冬季の出費が例年よりも1家族当たり5万円も増えるというのに、忘年会の出足が良い(タクシーに乗る人が多いのだそうです)というのは、もはややけくそ状態なのかもしれません。どうせ、少しくらいがんばったところで生活が楽になるわけでもないのだとしたら、たまにはパーッと騒いで憂さ晴らしをしたくなるという気持ちも良くわかります。

 私も本日は2つの忘年会からお招きをいただいているのですが、1つは6時からもうひとつは6時半からの開始ということで、さてどのように渡り歩こうかと思案しているところです。

 それはさておき、先日の福田首相の薬害肝炎一律救済への方針転換に続いて、今日は渡海文部科学大臣が高校日本史教科書の中での沖縄戦の「集団自決」の扱いについて、春の検定結果を不服とする訂正申請を承認したというニュースが飛び込んできました。

 沖縄戦の集団自決、検定意見を事実上修正 渡海文科相

 その結果、教科書では「日本軍の命令が直接の原因だったという記述は避けつつ、『日本軍の関与』や『戦中の軍の教育』などによって住民が自決に追い込まれたと記しており、『集団自決が起きたのは、日本軍の行為が主たる原因』と読める内容になった」とのことです。

 これは、今年の検定で削除される以前の状態に戻ったとも言えるのですが、「美しい国」や「教育改革」を掲げた安倍政権下で強権的に進められた政策からの完全なる路線転換というふうにも見えますが、一方で自民党があまりの人気のなさに「怯えている」ようにも見えて、それはそれで心配になります。

 自民党が心を入れ替えて、小泉・安倍ラインの政策の誤りを認め、これからは路線転換を図るということであるならば理解できなくもないのですが、つい先週くらいまでは安倍政権の政策を継承しているふうにも見えていたので、どうも信用できません。やはり、「世論調査」といういささか怪しげなデータにおける支持率の急落を受けて、急場しのぎの人気回復政策のように見えてならないのです。

 2大政党政治がきちんと機能するためには、それぞれの党が確固たる政策を掲げて選挙を戦い、その結果時々政府が交代するというのが健全だと思うのですが、今の自民・公明政権をみていると政権交代に怯えるあまり、自分たちが信じる政策を行うのではなく、次の選挙でなりふりかまわず政権を維持することだけを考えているように見え、これでは政治の名に値する政策論争が起こりそうに思えません。

 薬害肝炎患者の救済や、沖縄戦の集団自決について教科書から削除しないという内容に、私は賛同なのですが、それを決める政府や大臣が「不本意ながら」しぶしぶと受け入れていくという政治が健全なものとはやはり思えないのです。

 総選挙をやって、民意を問うことが先なのではないでしょうか。
by stochinai | 2007-12-26 17:46 | つぶやき | Comments(14)
 報道によると、厚生労働省の薬事・食品衛生審議会安全対策調査会は今日、「現時点では因果関係を示唆する結果は得られていない」とする見解をまとめたにもかかわらず、さらに調査検討を進める必要があるので、現時点では10代への投与を原則中止する現在の措置を解除しないそうです。

 なんだかわかりにくい発表になっていますが、疫学的調査による限りは、タミフルを服用することで特に強い脳および行動に対する副作用は見られなかったということだと思います。疫学的調査というものは、我々実験生物学者から見るとはななだわかりにくいものではありますが、人間を対象としている以上、大きな個体差を無視することができないことと、厳密に条件を揃えて実験をする(たとえば、強制的にインフルエンザに感染させた上で、タミフルを与えてみる)というようなことはできませんので、仕方がないと思います。

 とりあえず、タミフルが異常行動を常に引き起こすことはないという結論は出せると思いますが、異常行動を引き起こさないとは結論できず、さらに特定の条件のもとで異常行動の引き金を引くかもしれないということは、今回の調査からは否定できなかったということだと思います。さらに、10月の末に報道されたように、脳の発達が不完全なマウスやラットの場合、タミフルが脳に入りやすいという動物実験の結果が出されていますので、ヒトの場合も幼児やなんらかの原因で脳血液関門(いろいろなものが脳へ入らないようなバリア)の発達が遅れている場合などには、タミフルが脳にはいってなんらかの(副)作用を引き起こしても不思議はなさそうに思われます。

 薬害問題で政府がひっくり返るかもしれないという状況の中での発表ですから、厚労省も腰が引けているのかもしれませんが、私はそもそも厚労省がこの薬品は絶対に安全であるとか、使うなとか全国の医師に命令するというシステム自体がおかしいのではないかと思っています。タミフルの問題が起こる前には、日本は世界一のタミフル消費国だったそうですが、厚労省が安全宣言を出して責任を取る一方で、全国の医師はそれが原因で起こるかも知れぬ副作用などにはあまり大きな注意を払わずにどんどん使うという、システムがおかしいと思えてなりません。

 もちろん、ウイルスが混入している薬品などを使用禁止にするのは当然のこととしても、医師と患者が「自己責任」においてさまざまな医薬品や治療法を使うことまでも制限する必要はまったくないと思いますし、逆にたとえ認可前の薬品だとしても海外で一定程度の実績があるものであるならば、医師と患者の判断で使用を認めても良いのではないでしょうか。

 認可前には基本的に使わせず、認可したならば日本中の医師がこぞって使い、あっというまに世界一の使用量になってしまうという例は、抗生物質・血液製剤・タミフルなどを代表に枚挙にいとまがないのではと思います。その結果、製薬会社が大もうけをし、政治家に献金をし、官僚が天下るという政官財のトライアングルができているのでしょう。

 この構造はそろそろ終わりにする時だと思います。

 それからタミフルが引き起こす不幸な事態に関しては、薬害というよりは日本の貧困な労働・家庭環境も大きく影響しているのではないかと思えてなりません。

 子供がインフルエンザになったとしても、両親のうちのどちらかかが数日から1週間くらい、なんの心配もなく仕事を休んで子供についていてやれる環境の人が、今の日本にはどのくらいいるでしょうか。1日でも、1時間でも早く職場に復帰したくて、子供にタミフルを処方してもらう母親の声を何人かから聞きましたが、時には職を失うかもしれないという母親のプレッシャーが、放置された子供の事故を見逃してしまったとしたならば、それは単なる薬の副作用というよりは、貧困な社会の病理のような気がしてなりません。

 今の日本は、政治だけではなく社会のシステムを根本から考え直し作り直すことが必要なところまで追い込まれているのだと思います。
by STOCHINAI | 2007-12-25 23:23 | つぶやき | Comments(3)

お疲れさま!

 サンタさんが、世界中の子供達にプレゼントを配り終わったようです。お疲れさまでした。
c0025115_20464983.jpg
 1年間、ゆっくりお休みください。
by stochinai | 2007-12-25 20:47 | スマイル | Comments(0)
 日本時間で今日の夕方頃に北極のサンタ村を出発したサンタクロースは、ニュージーランド・オーストラリアを経て、日本に到着したようです。
c0025115_21503818.jpg
 日本のよいこ達は早く寝て、プレゼントを待ってください。
by stochinai | 2007-12-24 21:52 | スマイル | Comments(1)

政治家の正しい使い方

 いつも人を食ったような発言を繰り返していた福田首相が、今日はとても苦しそうな顔をして、「患者全員を一律救済する法案を与党の議員立法で今国会に提出する」という記者会見をしていたのが印象に残りました。

 昨日は、一部の報道で内閣支持率が20%を切ったという、どこまでほんとうかわからないようなニュースも飛び交っていましたが、年金問題では国民の信頼を回復するような方策は何一つ出せなさそうな状況で、つい昨日まで「一律救済は困難」と言っていた福田政権ですが、国民の支持を回復するにはこれしかないという高度に政治的な判断を行ったのだと思われます。読売などの記事によると「何も聞かされていなかった官僚からは『寝耳に水』と驚きの声が上がった」ということなので、今まで官僚と蜜月時代を送ってきた福田政権は政策の舵を切ったというふうに見えなくもありません。

 しかし、冷静に考えてみるとこの「政治的判断」は、政府や官僚の責任問題を回避するかなり巧妙に計画されたものとも見えます。なぜならば、患者の救済にはそれなりの資金が必要になり、それが政府の責任において出費されるのではなく、野党も反対することの難しい議員立法に基づいて出費されることになると、少なくとも今後の出費に関しては与野党共同責任ということになって、(もちろん無駄遣いではないのですが)そのことについて誰も責任を負わなくてもよいという構図に持っていけるからです。

 そこに気がついた一部の野党議員などからは、官僚や政府の責任は追及するという声はあがっていますが、患者救済の立法には賛成せざるを得ないでしょうから、やはり追求には限界があるでしょう。

 それはさておき、一貫して一律救済は絶対にできないと言い張ってきた政府・自民(+公明)党が世論に負ける形で方針転換をしたことは、日本の民主主義にとってとても大きな一歩だったような気がします。選挙の時以外は、常にバカにされ続けている「主権者」の意向がこのような形で政府を動かすことができたということは、今年を締めくくるにあたって贈られた大きなクリスマス・プレゼントではないでしょうか。

 今回の出来事は、多くの国民が望んでいることを実行する政治が行われるように与党・野党をうまく操ることが不可能ではないことを示しています。

 これこそが、政府の正しい操作方法のひとつなのかもしれません。マニュアルが作れるといいですね。

【追記】
 コメント欄に書かれていますが、まさくにさんという方からいくつかの疑問が出されております。詳しく反論するつもりはありませんが、後ほどコメント欄で簡単に応えさせていただきます。
by stochinai | 2007-12-24 03:15 | つぶやき | Comments(11)

青鬼灯 秘かに育ち 居りにけり      中島たけし


by stochinai