5号館を出て

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 久しぶりに10日間くらいずっと原稿書きに終われていました。

 なかなか原稿を書くためのまとまった時間というものはとれないものです。しかし、編集の方と9月末日を締切にしましょうと約束したので、私としては珍しく長期戦で真面目に書いていました。

 もちろん、昨日から新学期が始まり、講義や会議も入るようになってきましたし、父の四十九日や納骨なども「粛々と」入っていたので、ずっと原稿だけに没入できていたわけではありませんが、今日の日付が変わる前に何とか誠意だけは送れたような気がします。

 「書く」という作業は持続する体力も要りますが、それよりも「書き出す」というところの初速度をどうやって確保するかというところがキーになるような気がします。

 書き出すことができれば、あとは気が付いてみたら5時間くらい書き続けていた、ということはそれほど珍しい経験ではありませんので、私の場合はやはりどうやって書くという作業に突入するかが問題です。

 それに関しては、このブログを書き続けているいうことがずいぶん助けになってくれている気がします。

 テレビ番組か何かで、ピアニストは毎日何時間かピアノを弾くということを続けていないと、すぐに弾けなくなるという話を聞きました。それで、プロは毎日何時間か弾くことを続けているのだそうです。

 書くということも同じようなところがあって、毎日書き続けていると、(いいものが書けるかどうかはさておき)書くということ自体に対する敷居は随分と低くなっていることを感じます。

 というわけで、ブログを書いていったい何になるのかというご意見もあるでしょうが、書くという行為のエクササイズとしては、侮れないものを提供してくれていることを実感しています。

 練習として書いているようなものを読まされているということになると、読んでいる皆さまにははなはだ失礼なことかとも思いますが、もちろん書く内容に関してはそれなりに考えたものを取り上げているつもりではあり、それとこれとはまた別の問題ですのでお許しを。

 というわけで、今日は10時間くらい書き続けて、その後に書いているせいで緊張感のないことになっていることをお詫びしながらのエントリーといたします。

【追記】学生を指導していても感じますが、書くというスキルは書くという作業を繰り返すことで確実に伸びます。自分はものを書くのが苦手と思っている若い人は、たとえば毎日400字のブログを書き続けるというようなことで、自分を鍛えてみてはどうでしょう。たまに、2000字書くより、毎日400字を1週間続ける方が、「書く」ということに対する抵抗はなくなると思います。中味はそれから考えましょう(笑)。
by stochinai | 2008-09-30 23:54 | つぶやき | Comments(0)
 今、ちょっとデータを調べている余裕がないので、記憶だけで書きます。

 もちろん私立も入れての話なのですが、今年度の大学に入学した学生でAOなどでいわゆる学力判定試験を受けずに入学したものが50%を越えたというニュースがあったと思います。

 それを受けて、あせった文科省が「大学生の質」を確保するために、高校卒業認定試験のようなものをやって、それに合格したものだけを大学に入れるようになどということを言い始めたと、どこかで読んだ気がします。

 しかし、時すでに遅しではないでしょうか。

 私大の半分近くが定員割れしている現状で、たとえ難しくなくてもそもそも試験というものをやったら希望者が激減するはずです。

 つぶれることを覚悟でそんなことをする私大はないと思います。

 さすがに、国立大学ではそんなことはないだろうと思われるかもしれませんが、国立大学でも定員を確保するためには、毎年毎年合格ラインの「学力」を下げていることが推測されます。

 そもそも、そんな学力を客観的に判定する手段はありませんので、入学許可は相対的に定員までを満たす上位の点数を獲得した学生に与えられます。

 大学側ではずいぶん前から気が付いているのですが、この方法では年々入学してくる学生のレベルが下がってくるのです。

 外から見ていてもさすがにそれには気が付くのだろうと思います。

 そこで、文科省があせっていろんなことを言い出しているようですが、時すでに遅しです。

 大学院もポスドク1万人計画の破綻で崩壊状態が訪れています。

 大学も無試験合格状態で、崩壊しつつあります。

 日本の教育を壊したのは、日教組ではなく文科省なのですよ。中山さん。

 私は大学と大学院のことしかわかりませんが、小中高も同じようなことが起こっているのだと思います。

 それをやってきたのは、自民党・文部省・文科省なのですよ。中山さん。

 本当に日本の教育を憂いているのならば、日教組なんかほっておいて文科省に切り込んでください。中山さん。
by stochinai | 2008-09-29 22:34 | 教育 | Comments(14)
 私の通勤路にあるDVD・CD・ビデオなどのレンタルショップのGEOです。最近は、DVDを見る暇もないので、あまり中には入りません。
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 最近、改装したようで暗闇に浮かび上がっている姿は美しいと言えば、言えます。

 もちろん、パチンコ屋さんなどと同様に、こんなに電気を使っているのはどうなの、と感じることもあるのですが、それはさておきこのレンタルショップというのはテレビのアナログ放送の停波と同時になくなるのではないかというのが、今日の「つぶやき」です。

 テレビのアナログ放送が終わった時には、テレビの電波はデジタルだけになってしまうわけで、ネットとテレビのデータがデジタルという意味で統一されるのだと理解しています(違いますか?)。その時、どうしてもテレビを見続けたいと言う人はデジタル・テレビを買うとは思いますが、同時にテレビ番組のかなりのもの(もちろんお金をとれる優良なものだけ)がたとえ有料化されたとしてもネット配信もされるようになるのではないでしょうか。

 そして、同時にレンタル・DVDも有料ネット配信に変わり、テレビもDVDもネットで有料ということで垣根がなくなりそうに思えるのです。

 というわけで、あえて予想しておきます。

 アナログ電波が止まる時、街のレンタル屋さんもなくなるでしょう。
by stochinai | 2008-09-28 23:45 | 札幌・北海道 | Comments(1)

紅葉の始まり

 アメリカ・バージニアからも紅葉便りが来ています。

 札幌も急激に寒さが増しており、恥ずかしながら時折暖房を入れたりしております。

 こちらでも、昨年見つけたバージニア・クリーパー(アメリカヅタ)が色づき始めました。
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 葉っぱ一枚とは言え、絵になるところがさすがは自然です。
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 今年は実は不作のようですが、発見しました。
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 こんなものにも、もののあわれを感じる秋ですね~。
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 寒いっす。
by stochinai | 2008-09-27 18:04 | 札幌・北海道 | Comments(1)
 この記事には、CyberBuzzを通じてGoogleからコマーシャル料が支払われています。そのことが、Google自身の規定に違反するということで、Googleから削除またはリンクの消去依頼がきました。このサイトのポリシーとして、「削除はしない」ということと、誤字脱字程度の軽微なものを除き「訂正をする場合には明示的に行う」ことにしていますので、削除には応じずリンクに関して、rel="nofollow" 属性を タグに追加するという対応を行いました。


 私が今使っているiGoogleのヘッダー部分です。しばらく前からトトロで固定されていました。
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 いろいろと新しいデザインのページが次々と提供されているのは知っていたのですが、なかなか暇がないのとこのトトロのテーマが結構気に入っているのでした。

 今日は、Googleさんからご案内があったので、見てみました。こんなにすごいことになっているのですね。

 アーティストiGoogle

 特におすすめなのが、今回追加されたMISIAとGUCCIなのだそうです。

 アーティストiGoogle MISIA
http://www.google.co.jp/intl/ja/help/ig/artist2008/index.html#name=misia

 MISIAを試しに使ってみると、時間ごとに変わると思うのですが。現在のパターンはこちらでした。
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 アーティストiGoogle GUCCI
http://www.google.co.jp/intl/ja/help/ig/artist2008/index.html#name=gucci

 そして、GUCCIはこちらです。
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 どちらも素敵すぎて、私には・・・ですね(笑)。

 たとえそうだとしても、今はものすごい数のテーマがありますので、探せばきっとお気に入りが見つかると思います。これは、ほんの一部です。
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 まあ、こうしたデザインはいわば付け足しでして、iGoogleのすごいところはいろいろなガジェットを集めて自分だけのGoogle検索(もできる)ホームページを作れることだと思います。

 ちなみに私は、ガジェットとして「札幌地方の天気予報」「Googleカレンダー」「日付と時刻」「To-Do List」「Remember The Milk」「Gmail」を常時表示させています。これだけ出ていると、ほとんど他のページに行かずに欲しい情報が一面だけで手に入るというわけです。

 Google Reader も表示できるはずですが、それは広いところでゆっくりと見たいので入れていません。

 というわけで、あなたも自分だけのiGoogleを是非ともオシャレに決めてみて下さい。

 私も、とりあえず Serengeti Sunset に変えてみました。。
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by stochinai | 2008-09-26 20:39 | コンピューター・ネット | Comments(1)
 総理大臣が2人続けて辞めたと思ったら、現在の日本とそして自民党の窮状を作った張本人の小泉さんが議員をお辞めになるそうです。

 政治家って、国のために一身をかけている仕事なので、辞めるとか辞めたとか、そんなことは言っていられないものかと思っていましたが、何のことはない普通のサラリーマンと変わらない意識なのかもしれません。

 給料は高いし、ちょっと目立てばテレビや新聞で大々的に取り上げてくれるし、視察旅行と称して公費で海外出張もできるし、責任を追及されてとても自分で背負いきれなくなったら、や~めたって首相や大臣でも簡単に辞めることができるのは、とても素晴らしい商売ですね。

 おまけに、年金もたっぷり付くみたいですから、小泉さんみたいにまだ若いうちに引退して、悠々自適の生活をするのは理想的かもしれません。

 立て続けに辞めた総理大臣のお二方も、ニコニコして元気そうで、将来に心配もないでしょうから、議員だっていつでも辞めることができるのでしょう。

 しかし、小沢一郎さんの歴史的名言になったと言われている、「自民党総裁は政権を投げ出せても、国民は生活を投げ出せない」の言葉どおり、我々庶民は辞めたいと思っても明日からの生活を考えると、そうそう簡単に辞められないのです。

 ここは、せめて小泉さんは元総理大臣の人脈を使って、国民のすべてがご自身と同じ66歳くらいになったら、引退して悠々自適に生活できるような仕組みを作るように、自民党の後継者の皆さんに働きかけていただけないものでしょうか。

 それから、中曽根さんにはポスドク1万人計画の責任をとってもらって、彼らをなんとか救済する政策もお願いしたいところです。

 戦後60年以上、ほぼ政権を独占してきたのですから、責任をとらなくてはならないことがた~くさんあります。

 どうせ、政権を失いそうだから全部ほったらかして、また小泉時代の前に時計を逆戻しするというような後ろ向きの政策ではなく、今までやってきた失政の後始末をすべて取ります、というようなことを言ってみてはどうでしょうか。麻生さん。

 でも、首相になってからの麻生さんの言葉を聞いていると、ヒヤヒヤするような発言がやはりありますね。この調子だと、あと数日で地雷を踏んでさようなら、ということになるのではないかと心配です。

 小泉さんの引退の話を聞いて、なんだか力が抜けてしまいました。こんな軽い政治家を政権党として押し戴いて持っている日本という国って、どうなんでしょう?
by stochinai | 2008-09-25 21:17 | つぶやき | Comments(9)
 Nipponia nippon ニッポニア・ニッポン というとてつもない学名を持つトキは、1995年に日本国内での絶滅が確認されたトリです。大型で迫力のあるトリだとは思いますが、私にはそれほど美しいトリには見えません。顔が赤いのは、そこだけ羽毛がなく赤い皮膚が見えているからだそうで、その点は北海道のタンチョウの赤い頭が赤いのと同じですね。

 そのタンチョウも、一時は絶滅したと考えられていたものが、地元住民の努力で持ち直し、今では1000羽以上にも増え、一部では「増えすぎ」という声さえ聞かれるようになりました。タンチョウの場合は、絶滅を免れた十数羽から個体数が持ち直したのですが、トキの場合は絶滅の危機が認識され保護が始まった時には100羽前後がいたにもかかわらず、それを絶滅から救うことができなかったということを厳しく認識すべきだろうと考えます。

 乱獲や農薬などが絶滅の原因として指摘されていますが、それよりも当時そして今の日本の環境にトキが住めなくなってきたということがあるに違いないと思います。その環境のどこが変わったのか私にはよくわかりませんので、ここでトキを放鳥してもうまく野生化するのかどうか、予断を許さないものだと思います。

 それより何より、今回放鳥しようというトキは中国の個体群です。幸い、飼育下では繁殖・生育が順調に行われており、中国からたった5羽(?)から100羽以上に増えているようですので、動物園の中だけで生き続ける動物として維持するだけで良いのではないかというのが私の意見です。もちろん、原産地の中国に放すのでしたら、それには反対はありません。

 今の日本では、他の動物種に関しては移入種の問題が盛んに議論されており、基本的にすべての移入種を撲滅しようというのが環境省(あるいは日本政府)の方針のように思えるのに、なぜトキだけが移入種であることが明らかであるにもかかわらず、これほど肯定的に扱われるのかということに、とても不思議な感覚を覚えています。

 個体群生物学の研究者であるならば、たとえ同一の種だとしても住んでいるところが中国と日本というふうに交雑がほとんど想定されない地域の個体群は遺伝的に異なるグループになっているはずなので、亜種として扱われても不自然さはないはずです。そのくらい異なる個体群を、たとえそこにはもうトキはいないことが確認されているとしても、導入することにいろいろな意味で不安はないのでしょうか。

 もしそれがOKならば、北海道に昔いたエゾオオカミに近縁なオオカミを大陸から移入して、増えすぎたエゾシカの捕食者として復活させようという提案も許されることになるのでしょうか。オオカミというのは人畜に害を及ぼす可能性があるので、ちょっと乱暴な意見かもしれませんが、ある地域で種が絶滅してしまったのだとしたら、その事実を厳粛に受け入れて歴史として伝承していくというのが正しい対処法ではないかと、私は思います。

 メダカに関しては、子ども達に「自分で殖やしたものは、決してそのあたりの池や河に放さないでね」という、正しい生物学教育が行われているはずですが、メダカはダメでなぜトキなら良いのか、小学生にもわかる説明はできのるでしょうか。

 そういえば、すでにコウノトリで前例は作られていましたね。
by stochinai | 2008-09-24 21:35 | 生物学 | Comments(15)

癒しのノイズ

 今日は自宅の各部屋の使い方の見直しということで、大規模な模様替えをしました。その結果、どこにこんなにあったのかと思うくらいのゴミが出ただけではなく、しばらく隅に追いやられていた昔のオーディオ装置を表舞台に出すことができました。

 思い返せば、2年ぶりくらいになるのかもしれません。レコードに針を落としてみました。最初は、一番右側に立っていたという理由だけでCannonball Adderleyを聞いたのですが、最近はデジタル音源をiPodのヘッドフォンやコンピューターにつながった貧弱なスピーカーで聞くことが多かったので、パワーのあるアンプとでかいスピーカーでガンガン鳴らしてみて、レコードってこういう音だったのだと、改めて感動してしまいました。

 こりゃヤバイということで、他のものも聞こうと少し探してみると、偶然に先日取り上げたSomethin' Elseが出てきたので、じっくりと聞いてみました。

 音が出る前に予告のように聞こえ始めるテープのヒスノイズの合間に、ほんとうに久しぶりに聞いたスクラッチノイズ、ヒスやスクラッチの音ってこんなに感情に訴えかけてくるものだとは思いませんでした。というか、昔ちょっとオーディオをかじっていた頃は、どうやってこのヒスやスクラッチを低減させるかということに一所懸命で、こういう音が聞こえるということ自体が否定されるべき「敵」だったような気がします。

 当然、敵の音に愛情を感じるはずなどなかったと思うのですが、今日聞いてみて思わず涙が出そうになりました。雑音が心をかき乱すなんて。

 もうこれはいけません。はまりますね。

 というわけで、今は Miles Davis がロックに行く前にしばらくさまよっていたビッグバンドとの競演の時代に録音した、ロドリーゴのアランフェス協奏曲がはいっているマイルス・デイビスのスケッチズ・オブ・スペインを聞いています。
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 大学生から大学院生の頃に、Jazzを中心にたくさんのLPレコードを買いあさりました。その頃、将来は研究者になれるとも思っておらず、集めたレコードを流しながらの居酒屋か喫茶店をやりたいと漠然と思っていたような記憶があります。

 その夢はまだ叶ってはいませんが、そうした商売をするのでもなければこれだけのレコードをすべて聞くことのできるだけの暇な時間を死ぬまでに持つことができるかどうかという心配がよみがえってきました。

 幸いなことに、昔の几帳面さのせいか久々に取り出したレコードはどれも非常に状態が良く保存されていましたので、これからは少しずつでも頻繁に聞こうと思います。

 CDやメモリー上の音源は確かに簡便ですが、今味わっているようなレコードを聴くという儀式がない上に、懐かしのテープヒス・スクラッチノイズが無い分、情緒もまた少ないことも再確認しました。

 さらに、久しぶりに最内周で空回りするレコードの音にすら感動してしまいました。こういう気持ちって、若い人にはわからないでしょうね~。それで、いいんです。
by stochinai | 2008-09-23 23:49 | 趣味 | Comments(0)

ラジオ少年

 これを見た時には、一瞬なんのことかわかりませんでした。
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 しかし、よく見ると下に小さい字で「特定非営利活動法人ラジオ少年」と書いてあります。

 「ラジオ少年」という言葉から連想したのは、「電波少年」でした。
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 しかし、電波少年が「世界の青少年の夢を育む」はずはないと不思議になります。

 その横に、こんなポスターがあったので、なんとなくわかったような気がしました。
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 メチャメチャ懐かしい!「アマチュア無線」をやっているところなら、「ラジオ」または「ラヂオ」という感覚は良くわかるような気がします。主催者の方は、70歳台くらいかもしれないと感じました。

 ネット検索してみて、ますますその感を強くしました。

 ようこそ ラジオ少年 へ

 おじさんのラジオ製作教室

 TSuneo Hara JA8ATG

 想像したよりは、ちょっとお若いようです。インターネットや携帯電話がこれだけ発達してしまうと、アマチュア無線の存在はほんとうに霞んでしまいますが、懐かしいものに出会った気がします。

 そういえば、昔はアマチュア無線のことをハムと呼んでいたはずですが、それがどういう意味なのか今まで知りませんでしたが、ウィキペディアに書いてありました。
「ハム」の由来

アマチュア無線家 (radio amateur) をハム (HAM) と呼ぶが、この言葉の由来には諸説ある。

* amateurの最初の2文字をとり発音しやすいようにhをつけたもの
* いわゆる“大根役者”のことを英語でhamと言うことから
* アマチュア無線の黎明期に有名だったアマチュア無線局のコールサインから

日本では「アマチュア無線」のことをハムということもあるが、これは誤用。英語圏では、アマチュア無線のことは、"amateur radio"または"ham radio"といい、"ham"とだけ言うことはない。海外(英語圏)では、"hammy"(ハミー)と呼ぶこともある。
 結局、良くわかりませんでしたが、なんとも懐かしかったです。
by stochinai | 2008-09-22 22:58 | 札幌・北海道 | Comments(2)

食品偽装雑感

 たたけばいくらでもホコリが出てくる食品偽装問題ですが、究極の解決方法は自給自足しかないと思います。しかし、たとえ自給自足したとしても、土壌や海が汚染されていたならば、無農薬で育てたはずの農作物に人間が作った毒物が混入したり、自分で釣った魚が水銀で汚染されていたりすることもありますので、今の地球環境の中にいる限り、たとえ自給自足したとしても安全を保証することは難しいという現実があるのかもしれません。

 もちろん、自給自足して手に入れた農作物や漁業畜産物のすべてを、最新の分析技術を駆使して検査すれば、かなりのレベルで安全を確保することは、理論的には可能です。しかし、これは現実的にはまったくあり得ない状態ですので、我々は食物の安全やその監督を税金を支払った上で政府に権限を委託しているのです。

 ですから、基本的に国民をこうした危機にさらした時点で、行政は責任を問われてしかるべきなのですが、昔から日本の「お上」は何を勘違いしているのか、責任を回避する傾向が強いように思いますし、たとえ口先で責任を認めたとしても、これほど何度も何度も同様の事件が繰り返されるということを見ていると、責任を感じてきたとはとても思えません。

 よく言われるように、そんなに安く食品が手に入るはずはないということが事実なのだとしたら、国としては国民の安全を保証するために食品の値段にも、最低賃金制と同じような最低価格制度を設定し、農水畜産業に携わる人たちの生活を保障すべきではないでしょうか。

 現実はまったく逆で、自由競争が絶対善であるというような宗教にも近いようなスローガンで、できるだけ安く手に入れて、できるだけ高く売り、携わる個々人の収益を最大にすることを奨励しています。ちょっと考えればわかることですが、このゲームでは他人をだますことができれば利益が増加することになります。あるいは弱い立場にいる人から、搾り取れるだけ搾り取ることができればさらに利益が増加します。

 都市で労働者がどんどん派遣化されているのと、農山漁村で第一次産業に携わる人たちから生産物がどんどん買いたたかれていることの背景には同じマネーゲームが動いているのだと思います。

 消費者が安いものを求めることがその原因であるという言われ方を良く聞きますが、そもそも消費者が安いものを求めるのは収入が少ないことに原因がないでしょうか。

 このスパイラルから抜け出すためには、ものの値段というものが倫理を失った自由競争で決められるのではなく、生産者も消費者も普通に生活できる収入を保証することを前提に決められるようになる必要があるのだと思います。

 その原理としてもっともわかりやすいものはマルクス主義ではないかと思うのですが、いちおう現代社会では捨て去られた理論ということになっているようですので、すべての人が人として生きることを前提とした新しい価値評価や流通のシステムを模索しなければならない時期に来ていると思います。

 個人的感情としては、石油や食品など人が生きるために必要なものを買い占めて、その値段の動きにあわせて、売買するだけで金を儲けるようなことは犯罪だと思いますので、それを禁止するだけでもずいぶんと世界は良くなるような気がするのですが、あまりにナイーブすぎるでしょうか。
by stochinai | 2008-09-21 23:58 | つぶやき | Comments(7)

風わたり泥も乾きて春の草             嵐雪


by stochinai