5号館を出て

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 ちょっと前、26日のScienceDailyニュースです。

 What Is The Fate And Effects Of Influenza Drug Tamiflu In Environment?(抗インフルエンザ薬タミフルは野生ウイルスにどのような影響を及ぼしているのか?)

 スウェーデンの科学省のようなところだと思うのですが、FORMASという組織が、590万スウェーデンクローネ(5.9 million Swedish kronor = 744 526.9 U.S. dollars= 70.8870704 million Japanese yen 日本円で7000万円ほど)の研究費を出して、タミフルによって環境中でどのくらい耐性ウイルスが出現するのかという予測調査をすることになったというニュースです。

 ご存じのように、我が国を始め世界的にタミフルに耐性のインフルエンザウイルスが出現しています。科学者はヒトに処方されたタミフルが分解されずに自然界に拡散していくことが、野生ウイルスが耐性を獲得する原因になるのでないかと危惧しているとのことです。私は、ヒトの身体の中でタミフルにさらされたインフルエンザウイルスの中から耐性のものが出現するのだとおもっていましたが、スウェーデンの科学者達はタミフルによる環境汚染を心配しているようです。

 もちろん、懸念されている新型インフルエンザの世界的流行が起こった時に、すでにウイルスがタミフルに対する耐性を獲得していたりしたら、対策がかなり難しくなることが予想されるということで、ウプサラとウメオの両大学とカロリンスカ研究所の環境化学者、ウイルス学者それに感染病学者などが協力して研究するプロジェクトです。

 その記事の中で、ちょっと気になることが書いてありました。研究調査対象として日本の汚水処理施設におけるタミフルの分解調査と、日本各地の表層水(池や川や湖や海岸も?)にどのくらいのタミフルが含まれているのかを調べることが入っています。日本ではインフルエンザにかかったヒトの40%にタミフルが処方されているという世界の「タミフル最先端国」です。そのために研究チームでは日本を「ホットスポット」として調査の最重点地域にしているとのことで、調査には京都大学の研究者も協力することになっています。環境中にあるタミフル量が推定された後には、それをカモなどに投与してトリインフルエンザにどのくらいタミフル耐性が出現してくるのかを調べることにしています。

 研究プロジェクトの正式名称は"Occurrence and fate of the antiviral drug Oseltamivir in aquatic environments and the effect on resistance development in influenza A viruses"です。下手な訳をしてみると、「水環境中に放出されたタミフル(オセルタミビル)の動態とそれがA型インフルエンザにどのように耐性を与えるかの影響調査」とでもなるでしょうか。

 私はそこまで考えたことはありませんでしたので、彼らが日本におけるタミフルの膨大な使用量に目をつけて、それが環境中に放出されてそこでウイルスに耐性を獲得させているのではないかという視点は新鮮でした。それと同時に、日本におけるタミフルの使用状態が「過剰」なのではないかと批判されているような気分にもなりました。

 外国の資金で日本の環境調査をしてもらうなどということは、「科学立国日本」としてはちょっと恥ずかしいことなので、文部科学省もこのプロジェクトに協賛してお金と人と便宜をはかり、共同研究を立ち上げるべきではないかと感じた次第です。

 日本の科学者としては、ちょっと恥ずかしい話題になってしまいました。
by stochinai | 2008-11-30 23:51 | 医療・健康 | Comments(1)

ネコの目

 ネコの目のようにくるくる変わるというのは否定的な表現ですが、彼らの目を見ているとまわりの明るさよりも、興味のあるなしで瞳孔の開き方が大きく変化するのが良くわかります。

 表情も変わるのですが、それに大きく影響するのが瞳孔の開き方です。これは、リラックスしている目です。
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 この目はかなり人間的に見えますが、普段ネコとつきあいがある方はちょっと違和感を感じるかもしれません。

 その原因はこれです。
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 上下がさかさまだったんです。

 久しぶりの武藏丸でした。
by stochinai | 2008-11-29 18:11 | 趣味 | Comments(1)
 先日、イギリスでは出生前診断をしてダウン症が発見されても、そのまま生もうとする母親・家族が増えているようで喜ばしいと書きました。

 ダウン症を克服したイギリス社会

 ところが、デンマークでは2004年から導入された全国レベルでの妊娠第一期診断の結果、診断が導入される2000年から2004年までは毎年55人から65人産まれていたダウン症の新生児が、2005年には31人、2006年には32人と半減したことがわかりました。

 国が進めた全国レベルの診断は2段階のもので、1段階目は胎児の超音波検査と母親の血液検査で、その段階でダウン症のリスクが高いとされた人には、第2段階目の胎児の絨毛診断か羊水診断を勧められます。全国レベルでの診断が行われる前にも、35歳以上であるなどのハイリスクグループと判断された妊婦は絨毛診断か羊水診断をすることが(おそらく無料で)できたそうですが、2000年にそれを受けた人は対象者の50%以下だったようです。

 産まれた子の数は2000年で約67000人、2006年が約65000人と少し減少しています、逆に出産した母親の平均年齢は29.7歳から30.3歳と若干高齢化が見られます。この年齢から推定するとダウン症の発生率は、2000年が121人、2005年が132人、2006年が135人ということになるそうです。しかし、実際に産まれたダウン症の子の数は2000-4年が55-65人だったのに対して、2005年は31人、2006年は32人でした。

 出生前および後の診断によってダウン症と判定された胎児または子の数は、2000-3年が毎年135-140人、2004年は157人、2005年は161人、そして2006年は149人となっています。実際に産まれた子の数をこれから引くと、2003年までは毎年80人くらいが中絶されており、2004年にちょっと増え、2005年には130人、2006年には117人という計算ができます。

 もう一つ考えさせられるデータがあって、2段階診断が導入された2004年から、胎児の絨毛診断や羊水診断が顕著に減り、2000年には7524件あったものが、2006年には3510件と半分以下になってしまっています。つまり、2段階診断が始まってからは、1段階目の(信頼性は低いが簡便な)診断で妊娠を中断した親が増加したということです。

 う~ん、考えさせられます。同じヨーロッパといっても国によって随分と雰囲気が違うのかもしれません。

 日本はどちらに近いのか、なんとなく想像はできますが、イギリスの例を見ただけで決して楽観は許されないと再認識しました。


【ニュース・ソース】

 食品安全情報blog 新しいスクリーニングによりダウン症で生まれる子どもの数が半分になった

 EurekAlert! New screening halves the number of children born with Down syndrome

 原著 Impact of a new national screening policy for Down’s syndrome in Denmark: population based cohort study : BMJ 2008;337:a2547
by stochinai | 2008-11-28 20:39 | 医療・健康 | Comments(0)
 共同通信の記事によると、「文部科学省は26日までに、教員の定員数や資格、授業方法、施設の要件など、大学を開設するのに必要な最低条件を定めた『大学設置基準』を厳しくする方針を固めた」そうです。

 文科省、大学設置基準を厳格化へ 質の保証目的
 設置基準は大学の多様化を進めるため、1991年改正で規定を削減。規制緩和の流れもあり、90年で507校だった大学数は2007年には756校に増えた。

 ところが最近は、専任教員の多くが大学以外の業務に従事していたり、図書館などの施設が不十分だったりするなど質に懸念がある状態となり、審査する大学設置・学校法人審議会から、基準を厳しくするよう求める意見が出ていた。
 少子化とともに大学が増えたというのは、誰が考えてもおかしな話だと思いますが、大学数が1.5倍にも増えています。そのおかげで進学率も10%くらい増加して、50%を越えてしまいました。

 この状況の下では、学力を含む個々の学生の能力が特に変化していなくとも、それぞれの大学の平均や下位にいる学生のレベルは確実に下がります。あえて「学力低下は錯覚である」を読まなくとも、そのくらいは容易に想像できることです。そして、国立大学とて例外ではありません。

 「学生の質が低下した」状況の下で、それぞれの大学を厳格に評価すると、かなり多数の大学が「不適格・不適合」という評価を受けることになるのだと思います。大学数の増加をみると、これまでかなり自由に大学の設置を許可してきたことは明らかですので、ここへきて急に設置基準を厳格化するということは、倒産する大学が続出することになると思います。

 この話は何かに似ていませんか。私は、バブルの後で不良債権処理をした時に、金融機関がバタバタと倒れた話を思い出します。

 大学をこのようなバブル状態にしたのは、誰あろう大学設置の許認可権限を持っている文科省ではないのでしょうか。それが間違っていたから、訂正するということ自体は間違ってないと思いますが、間違った政策を行った責任を個々の大学に負わせるのはちょっと酷な気がします。在学生がいる大学を、突然に不認可状態に置くことも難しいと思いますので、ここで大きく高等教育行政の舵を切るのだったら、いろいろなサポート体制を整備した上で行って欲しいと思います。

 しかし、設置基準をゆるめて大学の設置許認可を乱発したあげくに基準を厳格化するって、なんかフェアな感じがしないです。
by stochinai | 2008-11-27 21:37 | 大学・高等教育 | Comments(7)
 札幌の円山動物園のホッキョクグマのララは、2003年と2005年に一頭ずつの赤ちゃんを産んでいます。昨年は期待されながらもコグマを産まなかったのですが、今年も出産準備に入っているらしいです。

 かわいらしかったホッキョクグマの赤ちゃんたちは雄だということで、ツヨシとピリカと名付けられていました。ある程度大きくなった時、ツヨシは釧路動物園に、ピリカはおびひろ動物園に婿入りしたはずだったのですが、なんとこの度彼らが雌だったことが判明してしまいました。彼女らだったというわけです。

 話題:ホッキョクグマは雌 性別判定でミス
 しかし、今年6月にクルミと一緒のおりに入ったツヨシに「雄らしい行動が見られない」と、釧路市動物園が疑問を持ち、DNA鑑定を2回実施。それでも判明せず、今月4日に麻酔して触診の結果、雌と判明した。一方、おびひろ動物園も24日に触診を行い、雌と分かった。
 これはちょっと円山動物園、恥ずかしいことをしてしまいましたね。

 しかしたとえミスが原因だとしても、微笑ましいと言えば微笑ましい話題を提供してくれるところが、動物園の良さだと思います。最近は旭川の旭山動物園に押されて、ちょっと影が薄い円山動物園ですが、先日も現在は日本で唯一となるコモドドラゴンの期間展示にこぎつけるなど、実はなかなかの底力を持っていますので、努力次第で飛躍のチャンスは大いに期待できます。

 そんな努力を支えるボランティア・サポーターとして、CoSTEPの選科Bコースの受講生たちが、札幌の円山動物園を取材して記事を書きました。それが、なんとgooニュースのご厚意によりgooニュース・ライフ・コーナーに掲載してもらうことができました。すごい、メジャー・デビューになったというわけです。

  水に流して大丈夫? 動物園の「うんち」の行方 (11月17日)

  におい対策から見る都市型動物園 (11月18日)

   "台所事情"は火の車? 動物たちの食生活 (11月19日)

  野菜で防ぐホッキョクグマの「メタボ」 (11月20日)

  ホッキョクグマのお弁当箱に隠されたヒミツ (11月21日)

   突然の地震、動物園は安全なのか (11月22日)

   「旭山とは違う」…癒しで再生目指す動物園(11月24日)

 いずれも受講生が教員の指導を受けながら、取材して推敲を重ねて書いた様子が伝わってくるものばかりで、よく一次取材をがんばって書き上げたとほめてあげたい気がします。(まあ、私はどちらかというと身内ですので、評価は割り引いてください。^^;)

 もちろん、発表された場が昨年までの「さっぽろサイエンス観光マップ」というような自前の媒体ではなく、かなり公共性が高い場であったということから、良きにつけ悪しきにつけ反響も大きかったようで、執筆者達も喜んだり、落ち込んだりととても良い勉強をさせていただいたようです。

 「札幌サイエンス観光マップ」の時には、せいぜい事実誤認などの誤りを指摘されるくらいだったのではないかと思われますが、gooのライフ・ニュースには毎日新聞など、「本物の」新聞記者の書いた記事が並んでいますから、そこに記事を書くというのは名誉なことである一方、読者からのきつい目が注がれていることもまた事実です。その結果、書いた本人は思ってもいなかったコメントがつくこともあるでしょう。私は、毎日ブログを書いていますので、そういうことはしょっちゅうあり、だいぶ打たれ強くなってきています(笑)。

 この度、「市民記者」としてデビューした受講生の皆さんは、これからもさまざまなメディアに書かれることになると思いますが、せっかくウェブという双方向性を持ったメディアを使うのでしたら、最初に書いた記事を出発点に双方向性が保証された場で記事を発表するということにもチャレンジしていただきたいものです。

 ・・・・・

 さて、話を最初に戻して、雌だとわかったホッキョクグマの名前はどうなるのでしょうか。ピリカは女性にも使える「美しい」というアイヌ語の形容詞だからそのままで良いかもしれませんが、さすがにツヨシは改名しないと、なんだかかわいそうですね。せっかく女の子だとわかったのですから、かわいい名前を再募集してお嫁入り先を探してあげましょう。名前は「彩菜」とか「愛」とかがいいのでしょうか。釧路つながりで「麻紀」っていうのは古すぎますか?(スミマセン、もちろん冗談です。)

 しかし、現在日本国内で飼育されているホッキョクグマは、雄20頭(道内2頭)、雌28頭(同雌7頭)と雄が不足しているみたいなので、ちょっと心配ですね。
by stochinai | 2008-11-26 19:10 | CoSTEP | Comments(0)

自分の身は自分で守る

 銃刀だけではなく、手榴弾までも流通する物騒な日本になってきています。

 先日、テレビのニュースショーでコメンテーターをしていた警察出身の方(佐々さんだった?)が、「警察も忙しいし、警察官の数にも限りがあるので、これからは何でも警察に頼ろうとせずに、自分の身は自分で守ることを考えてください」というようなことを言っていました。

 たしかに、SECOMとかALSOKとかいうホーム・セキュリティ会社の宣伝をテレビでよく見かけるようになりましたが、あれはあくまでも泥棒よけくらいのものではないのでしょうか。

 もちろん、お金を払えばボディガードを雇うこともできるのでしょうが、かなりお金がかかりそうなので、大きな会社の重要人物といったようなケースでなければ、とても経済的に無理でしょう。

 逆にいうと、そういう経費を自前で出せるような人は警察が守ってあげなくても、自分で自分の身を守るようにお願いしても良いのかもしれません。もちろん、今回のような政府関係者を守るのは警察の大きな使命のひとつだと思いますので、それまで「自分で守れ」というのはちょっと酷だとは思いますが、退職した人の面倒までは警察でも見切れないという現実もありそうです。

 警視総監でさえ狙撃されたことがある国ですから、一般の人間が命を狙われるなどということは誰も想定してはこなかったこの国の「安全神話」はもはやくずれてしまったと考えるべきなのかもしれません。

 子どもの頃から、何かあったら反射的に警察にお願いするというのが、この国の常識だったと思うのですが、いざという時には警察が頼りにならずに殺人事件が起こってしまったことも、ニュースで良く聞きます。警察を責めることは簡単ですが、警察も他の役所と同じくおそらく人手不足なのだと思われますので、なんでも警察に頼るのではなく、自分で自分の身を守るようにして欲しいと、警察OBの方がいうこともわかるような気がします。

 もちろん、いきなり襲われてしまった時などは、自己責任とまでいうのは酷な話だと思いますが、この国は危険な国であるという前提にたった自己の危機管理は必要になってきたと理解すべきなのでしょう。

 とりあえず、宅急便などはドアを開けずに受け取れるしくみを一刻も早く作ってほしいところです。
by stochinai | 2008-11-25 21:57 | つぶやき | Comments(3)
 エキサイトからのお知らせです。
11月26日(水)0時より、
サーバーの定期メンテナンスのためエキサイトブログのサービスを一時停止いたします。
これにより、エキサイトブログ全サービス(モバイル投稿含む)の利用ができなくなります。

期日:2008年11月26日(水)
時間:深夜0:00~昼12:00(12時間)
内容:消耗しているサーバーのパーツ交換
    パフォーマンス改善の為、全データベースの最適化処理
    全サーバーのOSアップデート
 トラブルなく、明日の昼には再開できることを祈りたいと思います。

 よろしくお願いします。
by stochinai | 2008-11-25 19:37 | コンピューター・ネット | Comments(0)
 先日、母親の血液を調べるだけで胎児の遺伝子診断が簡単にできる新しい技術が開発されたという論文を紹介しました。

 母親の血清中にあるDNA断片で胎児のダウン症診断

 そこのコメント欄で、簡単に診断がつくようになったら、ダウン症の胎児は堕胎されるのではないかという危惧を感じるということを述べましたが、24日付のBBCNewsの記事を読んでみると、少なくともイギリスでは人々の叡知を信頼しても大丈夫だという結果が出ていることを知り、浅はかな私の推測を大いに反省しております。

 Down's births rise despite tests

 イギリスでは、ダウン症の出生前診断が始まった1989年には717人のダウン症児が誕生していたのだそうですが、それが2000年(? at the start of this decade)には、549人に減少して、堕胎が増えたことを示唆しています。ところが、最新の2006年のデータでは749人と診断開始前よりも増えていることが明らかになりました。

 イギリスのダウン症協会(The Down's Syndrome Association)が、ダウン症の子を生んだ1000組の親にアンケートを取って、生む前にダウン症と知りながらどうして生んだのかを尋ねました。宗教的あるいは思想的理由で堕胎ができなかったという30%と、診断結果を信用しなかったという20%の回答を除くと、残りはダウン症の人を知っていたからとか、ダウン症でも暮らしやすい世の中になってきたからという、「ダウン症でも大丈夫」という答えだったということです。

 出生前診断でダウン症がわかっても、家族や友達のサポートが期待されるという回答も多かった上に、ダウン症の子どもがそうではない子ども達と共学で通える学校が普通になってきたということが大きいようです。そうなってくると、ダウン症の子を育てることが、それほど大きな困難を伴わなくなってきたというのが、イギリス社会の現状のようです。

 ダウン症協会の会長キャロル・ボーイズさんは、自分がダウン症の子どもを育てていたころの社会では、ダウン症の子は今とは全然違う扱いを受けており、その当時ならば生んで育てるのは大変だったけれども、社会が変化したことで子を持つ親の考えが大きく変わったと考えています。

 なんと、今のイギリスではテレビドラマにダウン症の赤ちゃんが出演することがあったり、ダウン症の役者さえもいるということです。もちろん、スーパーで働いている人もたくさんいます。

 イギリスでは出生前診断が非常に盛んで、妊婦の2/3が受けると言われていますが、そのイギリスでは診断によってダウン症とわかっても親は堕胎しないというニュースを読んで、私が危惧していた、出生前にわかったら堕胎する親が多くなるのではという考えは、愚かな偏見であることが証明されました。

 イギリスの社会としての成熟ぶりには驚嘆させられました。完全に脱帽です。間違えてうれしいという経験もなかなか貴重でした。

 翻って、日本ではどうなのでしょうか。出生前診断をして、ダウン症がわかっても安心してその子を生んで育てる社会になっているでしょうか。

 とりあえず、ダウン症の子を普通のこと同じ小中学校へ入学させることができないと、教育後進国と言われても反論できないですね。そうなっていますか?

 関連記事:'I can't imagine her any other way'
by stochinai | 2008-11-24 22:30 | 医療・健康 | Comments(9)
 昨夜、自首してきた旧厚生省事務次官および家族の連続殺傷事件の「犯人」が、犯行の動機として言っている「三十数年前の小学生の頃、自分の飼っていた野良犬を保健所に殺されたことに対する復讐」として、今回の事件を実行したということに対して、報道のほとんどが理解不能というコメントをつけていることに対して、あえてひとこと申し上げておきたいと思います。

 たとえ40歳を過ぎた大人であっても、小学生の時に理不尽に自分がかわいがっていた犬を保健所が捕獲し、殺害したという事件があったのだとしたら、その件について一生忘れることができず、機会があるならば報復してやろうと思っていたという気持ちに関しては、私は理解できます。

 幼い小学生の気持ちとして、その責任者を親だと思ったのか、近隣の住民だと思ったのか、保健所の野犬捕獲員だと思ったのか、保健所の所長だと思ったのかはわかりませんし、その責任者を誤って把握してしまうことのほうがむしろ多いということもわかるのですが、そんなことは関係なく自分がかわいがっていた犬を殺した人間を許せないというふうに思ったことは、非常によく理解できます。

 たとえ40歳を越えようが60歳になろうが、小学生の時に受けた強いインパクトあるいは傷を痛みとして抱え続けていることに、私は違和感を覚えません。ですからある日、その報復が行動となって実行されたとしても、それは想定の範囲内です。

 ただし、やはりわからないのは小学生の時に受けた心の傷の原因を作ったのが、通報した近隣の住民か、実際に犬を捕らえに来た保健所の野犬捕獲員か、小学生の理解できる指揮体系としてはせいぜいが保健所の所長くらいまでではないかと思われるにもかかわらず、実際にねらったのがそこからはあまりにも遠い、複雑な官僚体系の中で保健所の上部のさらに上部機関である厚生省(厚生労働省)の中の、実力者としては大人の理解を要求される事務次官だったということです。

 小学生の時に受けた心の傷を死ぬまで忘れないということは、ちっとも不思議なことだとはおもわないのですが、その相手があまりにも不思議なところにいる人だったということが私の理解を越えてしまっています。

 そこで考えたシナリオのひとつがこんなことです。

 小学生の時に受けた傷をいつかなんとか晴らしたいと思っていた犯人が、ある日どこかで厚生労働省の事務次官をなんとかしたいと思っていたテロリストに出会ったとします。テロリストは、なんらかの理由で今回襲撃された文部事務次官の口を封じたいと思っていました。一方、今回の犯人は自分が小学生の時に受けた心の傷を癒すために、保健所の関係者に報復したいと思っていました。

 そのふたりが出会った時に、テロリストが犯人に対して、これこれの元事務次官を殺害すればその思いを遂げられるとささやいたとしたらどうでしょう。犯人の子どもの頃からの思いは遂げられ、テロリストのねらいも達成され、世間的にはわけのわからない最近の事件の一つとして片づくことが可能になるのではないでしょうか。

 こんなシナリオが裏にあるとしたら、今回の事件の真相は決して明らかにならないという気がします。そして、今回の事件もこれ以上の解明は進まずに、これで終わりになってしまいそうです。

 このまま歯ぎしりをするくらいしか、われわれのできることはないのでしょうか。そうだとしたら、この国はかなりやばいところまで来てしまっているのだと思います。
by stochinai | 2008-11-23 23:59 | つぶやき | Comments(5)
 数日前の札幌で起こったことだったので、何か情報が入ってくるかと思ったのですが、何も得られませんでした。公式に得られた情報はこれだけです。

 毎日新聞ニュースフラッシュ:体罰の女性教諭を懲戒処分 /北海道
 札幌市教育委員会は18日付で、男子生徒の頭をたたくなど体罰を振るったとして市立信濃中の40代の女性教諭を減給1カ月(給料の10分の1)の懲戒処分とした。教諭は同日付で依願退職した。
 記事の中にあった市教委の発表では、「教諭は5月の給食時間中、1年の男子生徒に座って食べるよう注意。指導に従わないため服を引っ張って座らせようとしたが、抵抗され冷静さを失い、生徒の頭を平手でたたいた。興奮した生徒がみそ汁の茶わんを教諭に投げつけたことから、教諭は生徒の手の甲を数回たたいた」というもので、本当にこの発表のとおりのことがあって、それで懲戒にしたのだとしたら市教委の人権侵害事件になると確信しました。

 推測ですが、先生が当日付けで依願退職されたのは抗議の意味だったのだろうと思います。処分不当として裁判を起こしても充分に勝ち目はあると思われますが、その気力がわいてこないほど、札幌市の教育委員会および教育の現場に希望が持てないと思ったのではないでしょうか。

 懲戒免職や停職になったわけではなく、10分の1の減給が1ヶ月ですから、処分の屈辱に耐えられるならば辞職する必要はないはずですが、その屈辱に耐えられなかった、教師としてのプライドを身内である教育委員会そしておそらく校長などに踏みにじられたことで、これ以上教師を続けられないと思っても不思議はありません。

 いわれのない罪に問われて、しかも有罪と決めつけられ、これからも同じ職場で働き続けろという方が無理というものではないでしょうか。

 信濃中学校のホームページに、「学校教育の方針」が掲げられています。
① 生徒の願いに応える学校
   (生徒の積極的な意欲を育て、成長が確認できる学校)
② やりがいのある学校
   (生徒や学校のために教職員が力を発揮する学校)
③ 信頼される学校
   (生徒、保護者、地域の方々に開かれ、信頼される学校)
 どこの学校でも同じなのかもしれませんが、生徒、保護者、地域の人々のために教職員が奉仕するかのごとき文言が並んでいます。この文面では、教師はやる気を失ってしまうでしょう。学校は、生徒と教員と地域社会が協力して作り上げるものではないでしょうか。

 崩壊していると言われている現在の教育を建て直したいのなら、まず教師が働きやすい環境を作る必要があるはずです。教育委員会や父母の圧力で教師が萎縮してしまっているようなところで、ちゃんとした教育などできるはずはありません。

 新聞の記事を見る限り、この先生が生徒に対してとった毅然とした態度は教育者として褒められることがあっても、懲戒に当たることなどまったくないはずです。教育委員会が「体罰」という言葉におそれおののいて、文科省、父母からの批判をかわすために懲戒を行ったと、私には見えます。その証拠に、本当に体罰を行ったということであるならば学校教育法に基づいて、もっと重い懲戒が科せられてもしかるべきなのに、減給1ヶ月ということは教育委員会でも、これが体罰に当たると断定できるとは思っていなかったたということでしょう。

 教育委員会としては、教師が依願退職するとは思っていなかったと思いますので、おそらくショックを受けているでしょう(すぐ、忘れるでしょうが)。しかしそのことより、プライドを捨ててまで教師を続けることはできないという退職教諭の方の意志が、数多くの教師の方々に伝わったことの重大さに気がつかなくてはいけないと思います。

 教師がのびのびと教育できる環境を作らなければ、いくら締め付けても教育は良くならないでしょう。このままでは、教師を志望する人間もどんどん減っていきますね。
by stochinai | 2008-11-22 17:06 | 札幌・北海道 | Comments(3)

日の暮の背中淋しき紅葉哉            小林一茶


by stochinai