5号館を出て

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 なんとかとなんとかの間というタイトルが多くなってきているような、今日この頃です(苦笑)。

 さて、一昨日のエントリー「政権交代が最重要課題なのか」のコメント欄で行われている、「通りすがり」さんと「ある」さんのやりとりを興味深く読ませていただきました。

 私も陰謀論が好きで、陰謀を行う前提になる情報操作という言葉にも思わず反応してしまう体質(笑)です。

 ただ、情報操作というものは、情報伝達手段が一部の特定の組織や機関に独占されていた時代ならともかく、今の時代にはかなり難しくなっているのではないかとも思っており、小沢一郎さんの秘書の逮捕およびそれをめぐる一連の報道や、今回の千葉県の知事選挙において情報操作が行われ、その結果我々国民が踊らされてしまっているのかというと、全体として見ればたとえ踊っている部分が大きく見えたとしても、ネットを代表とする分散型で中小規模のコミュニケーションが行われているところでは、必ずしも情報操作は成功していないことを感じています。

 そもそも人がコミュニケーションしようという時には目的があって、自分の見聞きしたものや考えていることを相手に伝えたり、相手の見聞きしたものや考えていることを知ろうとすることがその中心ではないでしょうか。その時に、フェアな人ならばできるだけ自分の主観が入らないように冷静に相手とやりとりしようとするとは思いますが、その情報はどうしても自分あるいは相手という生身の人間を介することによるフィルターがかかるものです。そうであるにもかかわらず、私達は「こんなすごいことを見た、聞いた」とか、「これは間違いなくこういうことだ」という自分の感動を相手に伝えようとするものではないでしょうか。

 コミュニケーションの中に、そうした情熱がこもっていればいるほど、相手にも印象強く伝わるものだと思います。

 しかし、この様子を第3者が外から冷静に眺めていたならば、情報を送り出す側がそれを歪めるようなバイアスをかけていることを感じとってしまうかもしれません。その状況の中では、結果的に情報は歪められ正しく伝わらないということも起こりえます。

 しかし、これは過ちであったとしても、情報操作とは言わないと思います。

 その過ちを指摘された時に、自分の見聞きしたものを冷静にとらえ直したり、自分の考えを柔軟に変えることができる人であるならば、多少の時間はかかっても、情報は正しい方向へと修正されるので、あまり大きな問題にはなりません。

 では、情報を操作しようと思う人が、このコミュニケーション・システムの中に入り込んだらどうなるでしょう。

 おそらく、最初の情報提供の段階から巧妙に嘘や偽りを忍び込ませるでしょう。もちろん、結論としてもっている自分の意見を正当化するために、事実や現象をねつ造するためです。スキルとしてのコミュニケーション能力は芸術的・演劇的要素が大きく、中味はさておきそれをうまく伝えることのできる人がコミュニケーションの達人となります。さらに。言葉以外に映像や音楽といった人の感性を直接強く刺激するメディアを使うとより効果的に情報を伝えることができます。芸能人や各界の著名人などという存在もそうしたメディアのひとつであり、そうしたもを使って提供される情報が意図的に歪められていたとしたら、それは情報操作と呼ばれるに値することなのかもしれません。

 しかし、それは今の時代に許されたコマーシャルという手段にすぎないと見ることもできます。

 現在、コマーシャルを情報操作とまでいう人は少ないのではないでしょうか。なぜならば、コマーシャルにだまされる人の数が少ないからです。この操作される人の数が多いか少ないかというところは、ある現象を情報操作なのかそうではないのかを見分ける指標になりそうです。

 とすると、選挙などといったたくさんの人の生活を大きく変えるようなシーンで同じようなことが行われた場合にはそれは情報操作といえるのでしょうか。

 ここのところはかなり難しい判断を迫られるような気がします。選挙民が簡単に操作されてしまったのだとしたら、それはコマーシャルに簡単にだまされるような賢くない存在ということを認めることになってしまいます。コマーシャルにだまされて被害を受けるのは選挙民自身なのだから、それは自己責任だという言い方も成り立つかもしれません。

 逆に、この記事を書いている私を含め、誰もが自分の言いたいことを相手に伝えるために、自分の議論を有利に運ぶために、データとして使う情報の取捨選択を始め、多かれ少なかれ情報を「操作」してしまうことは避けられないことだとも感じます。

 昔のように、情報を伝達するメディアが一部に占有されていた時代だったならば、情報操作も簡単に出来たかもしれません。しかし、個人では数人に対して直接伝達する手段しか持たなかった昔に比べると、今では我々のように何も持たない存在でも発達したインターネットによって、サイズは小さいといえども誰でもがあっというまに、数十人、数百人、数千人に自分の持っている情報や考えを伝えることができるのです。

 こんな小さなブログでさえ、毎日1500人から3000人というとてつもないたくさんの方のアクセスを受ける時代には、情報操作というものもかなりやりにくくなっているのではないかというのが私の実感です。

 もちろん、まだまだ簡単に操作される多数の人々がいるのは事実だと思いますが、我々がこのメディアを有効に活用して、中小規模のメディアが網の目にようにめぐらされた新しい情報網を有効に使うことによって、簡単に操作されない「人の海」を作っていけるのではないかと期待しています。

 というわけで、情報操作のたくらみは、今の時代ならば打ち破ることができるのではないでしょうかというのが、今日の結論です。もちろん、そのためにはたくさんの人の不断の活動が保証されることが大前提となるのですが。
by stochinai | 2009-03-31 20:58 | つぶやき | Comments(2)
 今年初めてお目にかかったキノコです。
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 まわりの植物はコケ(スギゴケ?)ですから、その大きさ(小ささ)がわかると思います。

 (キノコを横切る細い糸のようなものは、撮影している時には気がつかなかったものですが、白髪かな?)

 暖かそうな日差しが向こう側に見えますが、これは一昨日撮った写真です。もちろん屋外ではなく、玄関の風除室内におかれた鉢植えの中の出来事です。

 今日は午後から一転して、ものすごく大きな牡丹雪が降りしきっています。札幌の積雪は昨日をもってゼロになっていたのですが、今夜はどうなるのでしょうか。
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 これは、気象庁の気象統計情報による札幌の3月の気象データの一部を切って貼り合わせたものです。

 3月2日に11センチ、7日に8センチ、11日に12センチ、そして24日に5センチ、26日にも8センチと3月だけでも70センチ近い新しい積雪があったものの、今月初めに63センチだった雪は中旬頃から劇的に減っていることがお分かりいただけると思います。

 今夜になっても、時折降っている雪も、春の淡雪に終わることだろうと思います。
by stochinai | 2009-03-30 19:36 | 札幌・北海道 | Comments(0)
 千葉県知事に森田健作さんが大差で当選だそうです。

 自民党員だったこともあるはずの森田さんは、今回は自民党の正式な推薦は受けていなかったものの自民党県議の約半数が支援したということですし、事実上は自民党推薦ということは千葉県民も承知の上でしたでしょう。一方、民主党、社民党、国民新党、日本新党という政権交代を目指す連合勢力が推薦した吉田平さんが敗北したということで、この結果を政権交代に対する「ノー」を意味していると考える向きもあるようですが、マスコミ各社が騒ぎ立てているほど政権交代と連動した結果と見るのは、騒ぎすぎのような気がします。

 しかし、選挙民の投票行動などというものは、ちょっとしたことで大きく動くものですから、今回の結果に小沢一郎さんの公設第1秘書の逮捕・起訴が影響していることもまた事実なのでしょう。理由も良くわからない理由で、熱病に浮かされたように選挙結果が大きく動く可能性があることは、我々は小泉郵政選挙で経験済みです。

 そう考えてみると、ふわふわと動く世論の支持を得ることばかりに気を遣って、右往左往することが果たして政党の行動として正しいのかというところをもういちど考えて見た方が良いかもしれません。

 私も今回の小沢さんの秘書逮捕は明らかにおかしいと思いますし、それが国策捜査として行われたかどうかはさておいても、結果的に民主党に大きなダメージを与えることになっているということにも異論はほとんどないと思います。そして、それが今日の千葉県の知事選挙の結果にも影響を与えたことも確かなのかもしれません。

 しかし、さきほどテレビのインタビューを受けていた森田さんの言葉からは、(選挙戦の疲れで、普通ではなかったのかもしれませんが)この人を知事に選んだ千葉県民の方々には申し訳ありませんが、残念ながら「この人が知事になってしまって、本当に良いのですか」という印象しか受けませんでした。

 つまり、現在の日本という国が持っている民意あるいは民度というものはその程度のものであり、その民意ばかりを気にして世論調査を政治解析の最大のよりどころにしているように思えるマスコミの意見も、同じような程度になってしまっていることが感じられます。そんなマスコミが、今日の選挙結果を受けて判で押したように小沢退陣の論を張ったコメントを流すことは予想に難くないのですが、もうそろそろ聞き飽きてきた人も多いことと思います。

 私もついさっきまでは、小沢さんの秘書の逮捕は明らかすぎるほど政治的影響力を持った、不用意にあるいは意図的に行われたものであるとしか考えられないから、そんなことに負けないで戦って欲しいと思う一方で、それはそれとしてがんばりながらも、政権交代を目指す政党としては選挙における投票を得るために、最大限に効果的なタイミングとやり方で小沢退陣を実現し、選挙に勝利することを目指すべきだと思っていました。

 しかし、今日の選挙結果を見ていると選挙民の行動というものが、想像を遙かに超えて軽いものであり、そんなものを掴まえるために、正義や信条までも捨ててしまっていいのかどうか、はなはだ疑問に思えてきました。

 そんな吹けば飛ぶような「国民」の支持を得るために、時には小異を捨てて大同に付き、合従連衡を繰り返しながら進んでいくのが政治なのかもしれませんが、そのようなことを積み上げた結果として交代された政権などというものは、実はもう中身にはそれほどの違いがなくなってもいるのではないでしょうか。

 今、我々が求めている政権交代がそのようなものになっているのだとしたら、もはや政権交代のみを最優先課題として行動することの意味がわからなくなってきます。

 ひょっとすると、万年与党と万年野党がいた50年55年(^^;)体制下の日本の方が、落ち着いて住みやすかったのではないか、などと思えてきたりもする選挙結果でした。
by stochinai | 2009-03-29 23:26 | つぶやき | Comments(10)
 ScienceDailyのScience Newsに非常に熱いお茶を飲むと喉のがんになりやすくなるという記事が載っていました。

 Drinking Very Hot Tea Can Increase The Risk Of Throat Cancer ScienceDaily (Mar. 28, 2009)

 本文を読むとdrinking very hot tea (70°C or more) can increase the risk of cancer of the oesophagusと書いてあります。70℃以上の熱いお茶を飲むと食道がんになるリスクが高まるという意味ですから、喉のがんといっても食道がんということです。

 もとの論文はBritish Medical Journalに載ったもので、ウェブでオープンアクセスになっています。
Published 26 March 2009, doi:10.1136/bmj.b929
Cite this as: BMJ 2009;338:b929
Research
Tea drinking habits and oesophageal cancer in a high risk area in northern Iran: population based case-control study
 このニュースはロイターでも配信されており、日本語で読むこともできます。

 熱過ぎるお茶で「咽喉がん」になる可能性=研究

 ロイターのもとニュースが見つかりませんでしたが、一番上の解説記事と同じように原稿には「喉のがん」と書いてあったものを「咽頭がん」としてしまったのではないかと思われます。残念ながら、これでは誤報になってしまいます。

 それはさておき、先日もアルコールを飲んで顔が赤くなる人は食道がんになりやすいという論文をご紹介しました(「お酒を飲んで赤くなる人は週に缶ビール11本までで我慢」)が、今回の論文では熱いお茶を大量に飲む人も食道がんになりやすいということを示しています。食道は食べ物・飲み物の入り口ですから、大変です。

 イランの北部に食道がんの発生率が以上に高い地域があるのだそうで、そこを中心に疫学的な調査をした結果です。

 食道の扁平上皮がんと診断された300人の人と、近隣の571人の対照群を中心にケースコントロール研究(疫学的研究?)を行い、48582というたくさんの人に対してコーホート分析(集団分析?)を行い、統計解析したということのようです。

 当地は乾燥地帯ということで、ほとんどすべての人がお茶(ブラックティー)を毎日1リットル以上飲んでいることがわかりました。そのうち、39.0%が60℃以下のぬるめのお茶を飲み、38.9%が60-64°Cの、そして22.0%の人が65°C以上の熱いお茶を飲んでいるという結果でした。アルコールやタバコの週間も調べたそうですが、特に相関はなかった一方、ケースコントロール研究の結果からぬるいお茶を飲む人の食道がん発生率を1とすると、熱いお茶を飲む人は2.07倍、とても熱いお茶を飲む人は8.16倍もがんの発生が高まったということです。

 同じように、お茶を入れてから4分以上たって飲む人の発がん率を1とすると、2-3分後に飲む人は2.49倍、2分以内に飲む人は5.41倍の発がん率になっていました。

 おもしろいことに、この論文にはビデオによる解説がついています。
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 私が子どもの頃には、熱いみそ汁が胃がんの原因になるとおどされたことがありますが、みそ汁の中に含まれる塩の量と胃がんの関係はWHOで認めているところですので、熱いみそ汁は実は食道がんの誘発因子になるということなのかもしれません。

 猫舌の人は、熱いお茶も熱いみそ汁も飲めないでしょうから、そういう意味ではがんのリスクを下げる性質だということでしょうか。
by stochinai | 2009-03-28 18:09 | 医療・健康 | Comments(2)

不思議な三角形の氷

 ほとんど雪がなくなった札幌ですが、今朝珍しいものを発見しました。
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 水が一杯はいったおけの表面に薄い氷が張っていたのですが、その一部に見事な三角形の部分があるのです。

 ちょっと拡大してみます。
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 まわりの部分の氷にはたくさん気泡がはいっているのですが、中央部付近に形成された2等辺三角形の部分は透明で、ほとんど気泡が含まれていません。

 このおけの中にはもう一箇所3角形が作られていました。
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 こちらはちょっと形が歪んでいる部分がありますが、気泡の状態も含めてかなり似たものができあがっています。

 小学校の頃に、雪や氷の結晶は6角形を基本とするというようなことを習った記憶がありますが、3角形の氷はどういう時にどうやってできあがるのでしょうか?

 conyさんなら、教えてくれるかな?(そういえば、つくばの産総研で作ったロボットをひと目見た時からconyさんにそっくりだと思っていたのですが、モデルになりましたか?)
by stochinai | 2009-03-28 16:57 | 札幌・北海道 | Comments(0)
 通勤時間にはいつもiPodでポッドキャスティングを聞いています。iTunesで定期ダウンロードしたものを聞いているのですが、その中でもTBSラジオが配信している番組「ストリーム」は、コラムの花道で特定のゲストをスキップする以外は、すべてを聞いていました。(札幌ではTBSの電波は極度に弱く、ビルの中などではまったく聞こえませんので、生放送を聞いたことはありません。そういえば、高校生の頃は雑音にも負けずTBSの深夜放送を聞いていたことを思い出します。)

 週刊誌など読むことがない私ですが、「タチヨミスト★SHINGOさんの週刊誌チェック!」を聞いているので、学生よりもゴシップ情報に詳しかったりします。また、ラジオの気安さからなのか、時々暴走的な発言が飛び出すのもおもしろく、テレビや新聞などでは絶対に見聞きすることのできない政治記者の武田さんの話は、他のどんなメディアよりも信頼して聞けるものでした。また、スポーツ音痴の私ですが、生島淳さんのスポーツ解説を聞いていると、スポーツの裏にうごめく政治や商売の話が生々しく理解できたものです。

 残念ながら、そのストリームは昨日で終了してしまいました。

 TBSとしては、1日も早く止めたかった番組だということなのか、現在はまだダウンロード可能な過去3年間以上のポッドキャスティング番組を含めたすべての情報ページを、なんと今月中(あと3日!)に閉鎖すると宣言しています。
3/17(火)ストリーム ホームページ閉鎖のお知らせ

3/17(火)ストリームからのお知らせ
ストリームの放送は3月27日(金)をもって終了します。
これに伴いTBSラジオのサーバ負荷軽減のため
2009年3月31日(火)18:00をもってホームページを閉鎖します。
ポッドキャスト等で番組をお楽しみの皆さんは早めのダウンロードをお願いいたします。
 「サーバ負荷軽減」などという時代錯誤の理由を持ってきていることも、この番組の終了の意味を示唆しているのかもしれません。

 民間企業ですから、経営上不利であるとなれば番組を打ち切るのは当然なので、そのことをとやかく言うつもりはありませんが、テレビや新聞ではできないことをラジオならばできていたということの意味をもう一度かみしめるとともに、ラジオでもできないことがポッドキャスティングならばできるということも前向きに考える良い機会になったと思います。

 私は、今日になってから昨日のストリームを聞いたのですが、その中で心に染みるひと言があったので、記録にとどめておきたいというのが、このエントリーを書いた動機です。明後日までならまだ聞けます。全体だと7分くらいとちょっと長めですけれども、私の心に強く残った箇所を抜き書きしておきます。生島さんの言葉です。

 3/27(金)お世話になった方登場!生島淳さん編をダウンロード
今ね、情報番組いっぱいありますけど、あれは紹介番組だからね。批評性のある情報エンターテインメントはこの番組しかなかったので、・・・それが無くなるのがとても(言葉につまる)
 スポーツに詳しくない私が、どうしてものすごく深く詳しくスポーツの世界のことを語る彼の話を興味を持って聞くことができたのかが、とても良くわかる言葉でした。

 そして、この「批評性のある情報エンターテインメント」という言葉は、私が最近考えている「科学批評」の方向性とかなり重なる部分があることを強く感じました。

 批評性のある情報エンターテインメントとして科学を語ることができれば、科学のことなど詳しくない人にも科学の本質を伝え、同時に科学とのつきあい方を考えてもらえるのではないか、そんなことを考えさせてくれるトークでした。

 来週からはストリームの代わりに何を聞けばいいんだろう?
by stochinai | 2009-03-28 15:10 | つぶやき | Comments(2)
 有用情報が満載なので、いつも勉強させていただいている「医学処 -医学の総合案内所-」さんのところで、不思議な情報を見つけました。

 アジサイの葉が原因とされた食中毒事件、原因物質検出せず。

 昨年、立て続けにアジサイの葉を食べたことによる中毒事件が起こり、私もびっくりして2回とも取り上げました。

 アジサイによる食中毒と遺伝子組み換え根粒菌
 信じられないニュース2題

 ところが、10日ほど前の読売新聞(読売オンライン)によると、件のアジサイの葉から中毒の原因物質が検出できなかったということなのです。

 アジサイの葉は毒?原因物質検出できず…昨年2件の食中毒
 当初は青酸系の成分が原因とされていたが、1件では検出されず、もう1件も微量で、「シロ」の可能性が高くなった。アジサイが食卓に上ることは昔からあり、市場にも流通しているのに、過去に中毒の報告が全くなかったのも不可解で、「別の有毒成分があるのでは」「アジサイの種類によって違う」という見方も出ている。アジサイは、はたして有毒なのか。各地の研究者や行政担当者は首をひねりながら、謎を追いかけている。
 実は、このことは昨年の夏の時点ですでにわかっていたことのようで、厚生労働省では先に出した「アジサイの喫食による青酸食中毒について」 (平成 20 年7月1日付け食安監発第 0701001 号)を廃止して、8月18日に新たに「アジサイの喫食による食中毒について」(食安監発第 0818006号)を出しています。

 その中でも基本的には、アジサイの葉や花が食中毒の原因になる疑いが強いので、「食品又は料理の飾り用としての販売をしない」ようにと呼びかけていますが、「アジサイに青酸配糖体が含有されているとの知見」については未確認であると訂正しています。

 読売の記事の中でも、その点に言及されています。
 ところが、客が食べた店先のアジサイを県で精密に調べても青酸配糖体は検出されず、農薬など他の毒性物質も出なかったという。

 一方、大阪市立環境科学研究所は、葉1グラムあたり29マイクロ・グラムの青酸配糖体を検出したものの、「微量だから1~2枚で中毒は起きないはず」と困惑する。
 現時点では、独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究所 安全性研究チームが作成している、「写真で見る家畜の有毒植物と中毒」というページにあるアジサイの項がもっとも信頼できそうです。
有毒成分

有毒植物に関する単行書等にアジサイの葉は青酸配糖体を含むという記載があったため,本ウェブサイトでもそのように記載してきました.また,厚生労働省の課長通知(平成20年7月1日付け)でもそのように記載されていました.しかし,下記のつくば市での中毒を機に,「アジサイの葉に含まれる青酸配糖体」に関する原著論文を検索しましたが,現時点では見つかっていません.

下記の文献(1)および茨城県つくば市でのヒトの食中毒事例のように,アジサイが中毒を起こすことは確かだと思いますが,その原因物質は青酸配糖体ではないようです.

厚生労働省の課長通知も,青酸配糖体が含まれているという事実が確認できないことから,8月18日付けで修正版が出ています.
 というわけで、アジサイの葉を食べることで中毒が起こるのかどうかというところから疑問視されているようなのですが、昨年の6月13日と6月26日という極めて近接した時期に、茨城県つくば市と大阪市北区という離れた土地で摘まれたアジサイの葉を食べたことで類似の中毒症状が引き起こされたということを矛盾なく説明することのできる原因が宙に浮いてしまったことだけは間違いありません。

 こういう謎をどこかのポスドクが見事に解き明かしてくれると、いろんな意味でうれしいんですけどね。
by stochinai | 2009-03-27 21:53 | 医療・健康 | Comments(2)

攻めの大学改革

 今日付けのCBニュースに、「日本の医学教育はガラパゴス?」という記事がありました。 
「日本の医学教育はガラパゴス」―。元東大客員教授のゴードン・ノエル氏(米オレゴン健康科学大)は離日する際に、日本の医学教育制度の特異性をこう表現したという。
 これは医学教育に限らず、日本の大学教育さらには大学院教育がそうなっていると思います。
東京医科歯科大医歯学教育システム研究センターの奈良信雄センター長が、「医学教育の国際間比較」と題して発表。この中で、ノエル氏の発言を紹介した。
 奈良センター長は、日本の医学教育制度の特徴として、▽教授から学生へのワンウエー(一方通行)の講義中心であり、学生は欠席、遅刻、居眠りをすることもある▽講座が縦割りで、基礎と臨床の乖離(かいり)がある▽大項目の筆記試験での評価法が残っている―などを挙げた。
 一方、海外の医学教育では、▽少人数チュートリアル教育▽基礎―臨床統合カリキュラム▽e‐ラーニング▽臨床の早期導入▽SPS活用▽シミュレーション教育▽参加型臨床実習▽MD-PhDコース(研究者養成特別コース)▽国際交流―などが主流になっていることを紹介した。
 この後に引用されている東大医学教育国際協力研究センターの北村聖教授が紹介したエピソードが、日本の高等教育システムにおける諸悪の根元をあぶり出していると思います。
最近の東大の教授会で、「入学させた学生を卒業させる義務があるのか」というテーマで意見交換があったことを報告。教授会では、「医学生は20歳を過ぎた成人。それなりの目標に到達していないのであれば、その後の人生を大学が保障する必要はないのではないか」「日本人的感覚からすると、冷酷かもしれないが、温情で卒業させたために、患者に被害が及ぶことになってはならない。臨床に向いていない人は落とすべきでは」「大学が卒業させるのであれば、大学が(医学生の質を)保証するぐらいでなければならない。もう、入学させたから卒業まで保証するという時代ではない」などの意見が出たという。
 医学部だけではなく、ほかの学部も含めて大学・大学院においても、入学した学生は「よほどのことがなけらば」、また「時には、かなり首をかしげざるを得ない状況があっても」ほとんどのケースにおいて卒業できるのが日本の高等教育制度の特徴であり、それがある意味でガラパゴスと言われる状況を生んでいるのだと思います。

 一方、昨日話題にした放送大学の卒業率はなんと入学者の10分の1くらいだと聞きます。そういう目でみると放送大学は、「普通の大学」よりは卒業要件を厳しく判定しているという意味で「進んだ」大学だと見ることもできます。もちろん、コメント欄でbeachmolluscさんが書いておられるように「せっかくPCとネットの時代になっているのにもかかわらず、その活用をベースに設計・構築されていない古いシステムが継続して運営されている」ということも事実だと思いますし、「大学とは名ばかりで、趣味の講座と何の変わりもない」という側面があるのもその通りだと思います。

 しかし、一方で他の大学とは違って入学した学生のほとんどすべてを卒業「させなくてはならない」という拘束がないという面から見ると、理想の大学に生まれ変わることのできる有利な素地を持っているような気がしました。

 国立大学を含め「普通の大学」は、文科省によって定員というものに非常に強い制限がかけられており、入学定員を10%上回る合格者を出すと運営交付金や補助金に影響を受け、30%を越えると信じられないようなペナルティ(すみません、中味はあまり知りません)が与えられるという話を聞きました。ということは、上の東大の教授会で話されたような、たくさん入学させてどんどん振り落としていくという制度は採れないということになります。私は、今の大学を再生させるひとつの有力な方策が、どんどん入れてどんどん落とすということだと信じていますので、それを許さない文科省のもとでは高等教育の改革は両手両足をしばられて400メートル走を要求されているようなものだと思います。

 一方、卒業率10%と言われる放送大学ではまさにたくさん入れてたくさん落とすという教育がされているということになります。その制度を使いつつ、beachmolluscさんのおっしゃる「専門分野の講師と受講生が双方向で情報交換をやり、主導する講師側も自分の勉強になるよう」な体制をとることができたら、そこらの大学に負けないものになることができそうな気がします。

 少子化で希望者全入時代になった大学を、卒業する学生の質の維持という観点からの攻めの改革をしようと思ったら、まずはここらあたりを突破口にするという手もあるかもしれないと感じました。

 現在の文科省にはどうしてそういうことができないのかということを含めて、ご意見をいただければと思います。
by stochinai | 2009-03-26 19:53 | 教育 | Comments(18)

なんと9刷

 「進化から見た病気」も一段落して、ロングテール状態にはいってきたのかなと感じる今日この頃ですが、講談社からブルーバックスの刷見本が送られてきました。
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新しい高校生物の教科書 (ブルーバックス)

 9刷になったのですね。こうなると、欲深い私は「目指せ10刷」と思ってしまいます(笑)。
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 これを書いていた時に、半分冗談だっとと思うのですが、共著者の方のお一人から、「stochinaiさんは、大学の教科書を作ろうとしているんじゃないの」と言われたことを思い出します。その時には、このまま高校の理科が滅びていくようならば、これが大学の教科書になることもあり得るかもしれないと漠然と思っておりましたが、実際にあちこちの大学初年時の教育に使われていると聞くことも多くなってきました。

 表紙を替えたら、もっと使っていただけるようになるかもしれませんね。

 いずれにしても、ご利用ありがとうございます。m(__)m
by stochinai | 2009-03-25 21:34 | 生物学 | Comments(1)
 昨日、放送大学北海道学習センターのあるビル(高等教育機能開発総合センターの南隣)の4階で会議があったので、エレベーターを待っていたらその横にある各階の案内板の様子がちょっと変なことに気が付きました。
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 5階と6階の英語表示がシールで上書きされているようなのです。

 放送大学北海道学習センターの英語名として The Open University of Japan Hokkaido Study Center と書いてあります。

 放送大学の英語名は、たしか The University of the Air だったはずですが、いつ名前が変わったのでしょうか。もう、7-8年も前のことになりますが放送大学で「現代生物科学」という講義の1時間を担当させていただいたことがありますので、名前が変わったのだとしたらまんざら他人事でもないと気になり、放送大学のサイトに行ってみました。サイト名は http://www.u-air.ac.jp/ とたしかに The University of the Air と表記されています。
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 英語ページもあります。サイト名はもとのままですが、なんと大学名は変わっておりました。
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 いつからそうなったのかが気になりますので、学長からのメッセージを読んでみるとなんと冒頭に書いてありました。
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The Open University of Japan (OUJ), whose official name was changed from the University of the Air in October, 2007, develops, provides, and promotes innovative higher distance education of top quality, in collaboration with mass media networks and alliances.
 もう1年以上も前に変わっていたのですね。ちっとも知りませんでした。

 まあ、前の名前があまりにも存在感のない「空気大学」とも取れるもので、そちらの違和感を考えると「公開大学」の方がずっと適切だと思います。

 せっかく英語名を変えたのならばサイト名も変えるとともに、ついでに日本名も「自由大学」とかに変えてしまってはどうでしょうか。あるいは、そのまま「オープン・ユニバーシティ」でも良いのかもしれません。でも、そうすると夏休みとかに各大学でやっている大学開放事業のオープンユニバーシティと区別がつかなくなって、混乱してしまうでしょうか。

 ネットで調べてみると、そもそも放送大学というものが、イギリスの University of the Air の名で構想された一般社会人の生涯学習機関であるオープン・ユニバーシティを模して作られたものらしいですね。(知恵蔵

 ややこしいですけれども、なんとなく納得できたような、できないような・・・・・。
by stochinai | 2009-03-25 21:06 | 大学・高等教育 | Comments(2)

日の暮の背中淋しき紅葉哉            小林一茶


by stochinai