5号館を出て

shinka3.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

中国地方の国立大学

  中国地方の国立大学法人といえば、山口大学・ 広島大学・岡山大学・島根大学・鳥取大学だそうです。

 私の知り合いもいる大学が多いのですが、 中国地方の国立大学に証拠保全が実施されたというニュースがフラスコさん経由で入ってきました。

 「国立大学法人への著作権侵害の疑いによる証拠保全の実施は、本件が初めてのケース」なのだそうです。

 我々のまわりでも、この件に関してはルーズな対応が散見されます。フラスコさんは「どこの国立大学法人か知りませんが、民度の低さを露呈してしまったみっともない事件だと思います」と手厳しいです。正論なのですが、厳しいです。

 BSAによると「本件は、BSAが組織内違法コピー問題解決のために設置している情報提供窓口(フリーダイヤル、Eメール、BSAホームページ)への情報提供がきっかけで、大学内で違法にコピーされたソフトウェアが使用されている可能性が発覚しました。

 寄せられた情報の正確性を確認のうえ、大学内において著作権侵害の可能性が高いと判断。その後、BSAメンバー企業が大学に事実確認も含めて再三の通知ならびに面談を申し入れたにもかかわらず、誠意ある対応が得られませんでした。そのため、やむを得ずBSAメンバー企業が裁判所に著作権侵害に伴う証拠保全の申し立てを行い、今回それが認められ証拠保手続きの実施に至りました」ということなので、弁解の余地はないと思います。

 おそらく数日以内には、大学名も明らかにされるでしょう。

 悲しいことですが、そういう大学から淘汰されてしまうのではないかという恐れを感じるのが昨今の状況です。
# by stochinai | 2005-09-27 22:11 | コンピューター・ネット | Comments(3)
 来週つくばで開かれる日本動物学会第76回大会に参加します。うちの研究室からは、4名が発表することになっていて私は何もしない「監督および懇親会係」で、のんびりと付いていこうと思っていました。

 ところが、世の中そうそううまくはいかないものです。初日の午後にある本部企画の公開シンポジウムで発表する予定になっていたTさんが外国出張に出てしまうということで、急遽ピンチヒッターを立てなければならなくなり、なんとよりにもよって私に白羽の矢が立ってしまいました。

 ご指名は動物学会の事務局長であるNさんですので、もちろん断ることなどできるはずもないのですが、「ほんとうに私でいいんでしょうか。後悔しませんか」と念を押した上でお引き受けすることになりました。もちろんNさんのご指名ですので、一所懸命務めさせていただきますが力不足はどうぞあらかじめ、ご覚悟をお願いいたします。

 このシンポジウム「主体である研究者は何をなすべきか -電子ジャーナル時代を迎えて-」は、SPARC/JAPAN連続セミナ-「電子ジャ-ナル時代の学術情報流通を考える」 第5回を兼ねるということも後で知りました。いままでに行われてきたセミナーはなかなかおもしろそうなものです。

第1回 「Natureの歴史、今、未来を語る-Nature の編集方針」
第2回 「電子投稿査読システムとは何か-今、日本で使えるシステム」
第3回 「オ-プンアクセスの理念と実践-研究者・図書館・学術誌」
第4回 「電子ジャ-ナルをどう作成し、どう公開するか-学協会、企業の試み」

 これらの後を受けてのセミナーですから、連続して参加されている方々はかなりのレベルに到達していることが予想されます。(怖いな~)

 もちろん私も当事者の1人として、電子ジャーナル時代のいま論文とどのようにつきあうべきかを常日頃考えています。このブログでも、図書館、電子ジャーナル、フリーアクセス、市民と科学などに関連したエントリーも書いたりしています。

 図書館もいらない?
 ハスカップ(北海道大学学術成果コレクション)
 今なぜe−learningなのか?
 宿主の行動を支配する寄生虫(小泉さんは選挙民の行動を支配したのか)
 市民と科学者が対等に参加する新しいコミュニティをつくるブログ

 第5回 「主体である研究者は何をすべきか-電子ジャ-ナル時代を迎えて」では、電子ジャーナル時代とはいったいどんなものなのかを整理し直す講演を出発点に「学術情報を生産し、発信し、また受け手としてある研究者の方々に、流通の担い手であるという自らが何をすべきかをお考え頂」きたいということが提案されています。

 最初の企画では、「研究情報の双方向流通コミュニテイー<ユーザーでありプロバイダである研究者>」「インパクトファクターを正しく理解する:その定義と誤用」「機関リポジトリと大学図書館」という3つの講演が予定されていましたが、最初の講演がキャンセルされることとなりました。そこで私が何を話せるのかということで、本日タイトルを出せというメールが届きましたので、5分間ほど考えて「インターネット時代の研究者と論文 - アクセス、投稿、公開 -」というタイトルで話題提供させていただくことにしました。

 現場の研究者として、コミュニティのインフラを構築すべく「物質・材料の専門研究機関として,同分野の情報を整理・統合・発信する研究者向けポータルサイトを立ち上げる計画を進めている」というTさんの発表の穴を埋めることなど私にはとてもできないのですが、いちおう「現場にいる研究者」として、電子ジャーナルや図書館とどのようにつきあっているのかという報告をさせていただきたいと思っております。主催者側からは、こちらに訊きたいことというリストを頂いているので、基本的にはそれにお答えするという形を取りながらも、少しでもお役に立つ話ができれば幸いです。

 言われるまでもなく、私たちの「研究生活」はもはやそれとの関わり合いなくしてはまったく成立しないほどインターネットというインフラに依存しています。

 私の専門的興味との関係が大きいのかもしれませんが、もう数年来専門雑誌に掲載される論文は、電子ジャーナルへのアクセス以外の方法で読むことはほとんどまったくと良いくらいなくなってしまいました。

 私のいる大学は比較的大きな総合大学なので、図書館が一括契約している電子ジャーナルの数は膨大なものです。本日現在で、なんと13347種類の雑誌がオンラインで全文読めるようになっています。ほんの数年前までは、毎週のように図書館にほんの10数種類の雑誌を眺めに行くということが研究生活の中で大きな割合を占めていたものが、今では研究室を出ることなく何十種類もの閲覧ができてしまうのです。このことによって、自分で超高価な学術雑誌を購読することなど夢のまた夢という、私のような貧乏研究者にとっては信じられないくらいジャーナルへのアクセシビリティが上がりました。

 論文の投稿や査読もインターネットの利用によって、時間やコストが極端に軽減されてきています。旧来のように紙に印刷された論文は投稿する我々がそのコストを負担することが多いので、研究費に重くのしかかってきます。値段に大きく影響するカラー印刷に関しては、ウェブで公開するpdfファイルはカラーでも無料というケースがありますので、同じ論文でも紙印刷はモノクロで、ウェブファイルはフルカラーでというケースも多くなってきています。ちょっと前までは考えられなかった離れ業です。

 このような変化について書き出すと、キリがなくなります。

 インターネットが我々の研究生活に与える影響を改めて考える機会はそれほどないものですが、今回はせっかく良いチャンスを与えていただいたので、少し時間をかけてNさん、Hさんに頂いた宿題を反芻しながら、発表までにはもう少し掘り下げてみたいと思います。

 今日はイントロということで、これにて失礼いたします。
# by stochinai | 2005-09-27 21:44 | つぶやき | Comments(0)

Googleの魔術にやられる

 メディア探求さんのところで、気になる話を見つけました。「画像の『超整理法』(Picasa2)」です。

 私は、今まで名前も聞いたこともないソフトでしたが、「大西さんに触発されて、googleが買収した画像管理ソフト『Picasa2』を使ってみた」という書き出しで興奮気味に書かれています。googleが買収して、改良して無料配布を始めたということのようです。

 出したのがgoogleです。あのgoogleが、自分のコンピューターの中にある、すべての画像を管理してくれてしまうのです。創造するだけで、そりゃスゴイものに違いないと思いました。

 というわけで、連休前に書かれたこの記事がずーーーーーーっと気になっていました。

 メディア探求さんのエントリーに書かれた「視覚に訴えるインターフェイスや抜群の操作性で、単なる画像ビューワーとしてもすばらしいのだが、googleらしいのは、パソコン内に保存されているあらゆる画像を勝手にかき集めて、一括管理してくれること。パソコンの奥の方に隠したまま保存したことも忘れていたような恥ずかしい画像も発掘される」というくだりを読むと、googleデスクトップを試してみた時に感じた衝撃を思い出します。

 googleデスクトップは、忘れていたファイルもすべて発掘してくれるすごいやつでしたが、所詮文字情報しか集めてはくれませんでした。

 今の時代のコンピューターには膨大な数の画像が入っています。デジタルカメラの画像ファイルくらいはなんとなくオーガナイズして保存している人も多いでしょうが、メールで送られてきたもの、ダウンロードしたもの、ウェブ画像を保存したもの、ワードやパワーポイントで使用した画像やムービーファイルなど、どこに何があるかわからなくなっている「画像」ファイルはどうやって探し出したら良いのか悩んでいる人は多いと思います。あきらめている人のほうが多いかも知れません。

 しかし、どんなに小さいサムネイルでも、画像はタイトルではなく画像の状態で見せられるといっぺんに記憶がよみがえるもの。Picasa2は、そうした画像をすべて探し出して、時系列で並べたサムネイル・データベースとして見せてくれるのです。しかも、今ではすべてが日本語化されています。

 去年の末にまだ完全には日本語化されていなかった頃のレビューがここにあります。

 誘惑に抵抗できずに、Picasa2への扉を開いてしまいました。

 「時系列」で「すべて」を羅列するということがこれほどのインパクトを与えるということは一度体験して見なければ想像できないと思います。

 もちろん例によって、このすごさは恐ろしさと裏腹の感情を生みます。

 この検索力は、自分のコンピューターの中に封じ込められている限りは超便利なツールになってくれるのだと思いますが、ひとたびネットを通じて外部へと公開されて世界中の画像が一括管理されるようになったらどうなってしまうのかという恐怖感を覚えることもまた事実です。

 この感覚はひょっとすると、原子力という力を封じ込めて使おうとする原子力発電に対して感じるものと似ているのかもしれません。あまりにも強力に便利さを提供してくれる技術がもし暴走してしまった時にはどうなってしまうのだろうかという恐れです。

 これほどのパワーを我々がほんとうに制御しきれるのかという不安です。

 自動車や飛行機というハードウェアが出てきた時に人々が感じた恐れと、今我々がソフトウェアに対して感じている恐れは同じようなものなのかもしれません。

 単なる杞憂に終わることを心から願ってはいますけれども、便利すぎるツールの出現に警戒する動物としての自分の感覚は大事にしてやりたいと思っています。
# by stochinai | 2005-09-26 21:45 | コンピューター・ネット | Comments(4)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai