5号館を出て

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 今日は、北海道の高校の先生向けに頼まれた原稿の下書きを転載させてもらいます。

Ⅰ はじめに
1.国立大学法人・北海道大学
 今年の春から国立大学法人というものになった北海道大学の理学部は、理学研究科という大学院にぶら下がっている組織です。もちろん学部生はそこに所属しているのですが、教員も大学院生も理学研究科という大学院組織に属しています。この10年くらいは他の大学と同様に北海道大学でも、頻繁に大学組織の改革が行われており、大学の中にいる我々でさえ組織がどうなっているのかを把握しきれずにおりますので、外からご覧の皆さまには何がなんだかわからないことだと思います。話をわかりやすくするために、大学入学から学部移行、そして大学院へと進学する学生の視点で説明をしてみましょう。
Ⅱ 理学部・生物科学科
1.入学から学科分属
 現在は、理学部生物系として入学試験による選抜が行われています。一般入試(前期・後期)とAO入試を合わせて45名の入学者のうち、2年次にAO入試の5名と40名中27名合わせて32名が生物科学科(生物学)へと分属します。残りの13名のうち8名は生物科学科(高分子機能学)へ、残りの5名は地球科学科へと分属します。逆に、物理系から3名、科学系から5名が生物科学科へと分属・進級してきます。ただし、2006年からは、生物の得意な学生に対する生物重視の入試は残りますが、入学後は理学部として一括教育をすることになっており、入学の時点での系別は廃止されることになっています。
2.学部から卒業研究
 生物科学科(生物学)へ進級した学生は、2年次と3年次は、生物科学の専門の講義と実習で非常に忙しい毎日を送ることになります。この2年間は非常に厳しく、毎日朝から晩まで講義と実験に明け暮れますが、ようやく専門の学問に触れるという実感を持てるようになる時期でもあります。勉学の苦しさから、落ちこぼれとなってしまう学生も出てきますが、多くの場合はここで講義をする研究者に出会い、研究のおもしろさを教えられ、現実感を持って研究することを望み始める学生も多くなります。
 もっともハードな講義と実習で追いまくられる3年次が終わると、卒業実習のための研究室分属が行われ、各研究室に一人か二人ずつ配属され、いよいよ研究のまねごとが開始されるのです。多くの学生は3年次までに、教職や卒業研究以外のほとんどの単位は取得してしまいますので、4年次は教職単位を除くとほぼすべての時間を卒業実習という名の研究に宛てるようになります。すでに、気分は大学院生です。私の所属する研究室には、今年二人の卒業実習生が配属され、次のような研究をしています。それぞれ本人が書いています。
(T君)ヤマトヒメミミズには、どんな細胞にでも分化できると言われる幹細胞(ネオブラスト)が存在します。自分はこのネオブラストの発生過程に興味を持ち、ネオブラストがどのように発生してくるのか、またネオブラストが幹細胞と同じく未分化であるのなら、その発生過程において未分化能がどのように維持されているのかを解明したいと考えています。現在は研究の第一段階として胚の構造を観察しているところです。
(Mさん)GFPはくらげ由来のたんぱく質で蛍光を発します。GFPの発色効率をさらに高めたVENUSという遺伝子が理化学研究所で開発されました。私は、これをアフリカツメガエルに組み込み、全身でVENUSを発現する個体を作りたいと思っています。また、この個体の元になる卵と精子はJ系統という、遺伝子が均一になっている系統の個体のものです。全身で蛍光を呈し、なおかつGFPを組み込まれていないJ系統と移植実験を行ってみて、拒絶反応が起こるかどうかを確かめてみたいと思っています。
図1 アフリカツメガエル
Ⅲ 大学院・理学研究科生物科学専攻
1.組織
 私たちの研究室は、大学院・生物科学専攻の系統進化学講座にありますが、そこは事実上3つのグループの分かれていて、内部では系統進化のⅠ、Ⅱ、Ⅲと呼ばれています。Ⅰは教授2名、に助手1名で動物分類学と生態学、Ⅱは教授1名と助教授2名で植物分類学、Ⅲは私一人の助教授1名だけのとても小さな研究室ですが、いちおう進化発生学研究という看板を掲げています。
2.研究
 そこには、すでに博士号を持った独立の研究者である博士研究員を先頭に、大学院博士後期課程の学生が4名、博士前期課程(修士課程)の学生が3名いて、次のような研究をしています。
(博士研究員:Yさん)我々人間を含む多くの動物は、前後軸、背腹軸を持った左右相称動物です。一方、有櫛動物(クシクラゲ)は、口-反口軸と呼ばれる軸を持つ放射相称動物です。放射相称動物は、進化学上、左右相称動物が出現する直前に位置しており、遡れば、左右相称動物と共通の祖先動物から進化してきたと考えられています。本研究では、放射相称動物であるクシクラゲの軸構造を、分子生物学的手法により解析しています。また、有櫛動物がモザイク卵であることを利用して、細胞質や割球の除去により有櫛動物の軸形成を実験生物学的に解析することも目指しています。
(博士後期課程3年:K君)私達が使っているヤマトヒメミミズは、雨の日に道端でよく出会うフトミミズ等に比べてとても小さく、とても変わった増え方をします。1.5 cmほどに成長すると、自分の体をいくつもの断片にちぎるのです。そして、それぞれの断片は前に頭、後ろに尾を再生して、1匹のミミズになります。ところが時々、後ろにも頭が再生して、両側に頭をもったミミズになってしまうことがあります。私はこの両頭ミミズに注目して、どのようにして頭や尾が作られるのかについて研究しています。
図2 ヤマトヒメミミズ
(博士後期課程3年:Y君)哺乳類、鳥類、爬虫類では脳は再生しません。しかし、同じ脊椎動物でも下等な魚類、有尾両生類(イモリ)では脳の一部を除去しても再生できます。おもしろいことに、これらの間に位置する無尾両生類(カエル)では、オタマジャクシの時は再生できるのですが、カエルになってしまうとできなくなってしまいます。この個体発生にともなう再生能力の消失に興味をもちました。今までの研究から「カエルも脳の再生に必要な分裂できる細胞は持っているが、カエルになるとこの細胞が壊れた部位に移動できなくなる」ことを発見しました。
(博士後期課程2年:T君)長年にわたる形態学と分子生物学研究から、受精卵から全体の調和を保ちながらからだが作られる発生過程と、全体との調和が取れるようにからだが補修される再生過程では、状況が異なるにもかかわらず、同じ遺伝子が働ていることがわかってきました。私はヤマトヒメミミズを実験材料に、特に再生初期の遺伝子発現の変化に注目し、再生をコントロールするメカニズムを明らかにすることを目標に研究を行っています。
(博士後期課程1年:Sさん)私が実験材料として用いているヤマトヒメミミズは、プラナリアと同様に、細かく切り刻んでもそれぞれの断片が再び完全な個体へと再生しますが、幹細胞(ネオブラスト)の数ははるかに少ないです。今までの研究から、ヤマトヒメミミズのネオブラストは切断後まもなく同調的に分裂増殖しながら切り口へ移動し、再生芽と呼ばれる新しい組織を作ることが示されました。私は、再生時のネオブラストの挙動を追跡することで、少数の幹細胞による驚異的な再生能力のメカニズムを探りたいと思っています。
(修士課程1年:K君)私は脳も再生できる両生類の中でも、オタマジャクシの時には再生できるのに、カエルになると再生できなくなるという特徴を持つアフリカツメガエルを用いて、視覚情報の処理を行っている中脳という部分についての再生実験を行っています。主に、カエルになると再生能力を失ってしまう原因の解明を中心に実験を進めています。
(修士課程1年:Nさん)ミジンコでは、形態の違いから別種とされていた2つのグループが、実は通常型と捕食者の存在で誘導される防御型の違いであることが明らかになってきました。このように発生時の外部環境によって異なる表現型を選択するという現象は、環境と進化の関わりについて研究するための良いモデルになると思います。フサカがいるとミジンコにはneckteethと言われる突起が形成され、それを持つ個体は捕食されにくくなります。今後は、フサカからの刺激を受けた個体では形態形成に関わる遺伝子の発現がどのように変化するのか、長期にわたり刺激を与え続けることでかたちの変化の仕方に影響があるのか、などを調べていきたいと思っています。
図3 ミジンコ
Ⅳ おわりに
 このように、さまざまな研究材料を使ってとりとめのない研究をしているように見える私たちの研究室ですが、研究テーマの中にある動物のからだが作られていく発生とそれを作り直す再生、そして作られたからだを守る免疫というものの中には、不安定から安定へとからだの中の状態を一定に保つホメオスタシスともいうべき共通の性質があると思っています。そして、それらのしくみがすべての動物において、進化という縦糸で結ばれているのです。私たちの研究室では、これからもホメオスタシスと進化についての研究を続けながら、地球上における生命の歴史と未来を見つめ続けていきたいと思っています。
# by stochinai | 2004-11-19 17:28 | 大学・高等教育 | Comments(0)

理系音痴が動かす国

 昨日の毎日新聞理系白書に「理系音痴」が動かす国という、元村有希子さんの署名記事が載っています。

 悲しくも恐ろしい言葉「21世紀の今も、年4兆円近い科学技術予算を左右するのは『科学音痴』を公言する政治家たちだ」というのは、日本の現状のことです。

 この20年くらいをかけて、政府は理系の大学院生を大量に増やして、彼らの受け皿を作らなかったことを、かねがね不審に思っていたのですが、特に考えがあってやっているわけではなく、単に「音痴」なだけなのかもしれません。つまり、理系の大学院を出るということが、ひとりひとりの人生にどのような意味を持つのかがわかっていないのでしょう。職がないなら別のことやれば良い、と簡単に思っているのだと思います。しかし、大学院だけではなくポスドクを何年もやって、40歳くらいになった人間に「職がなかったら、別のことやれ」って、簡単に言って欲しくないですよね。

 そんな中、米100俵の総理に対し、総合科学技術会議で先月、有識者議員の一人が次のような進言をしたそうです。

 「科学技術振興には社会の理解が不可欠で、それには合言葉が有効だ。例えばケネディ元大統領は『人類を月に送る』、クリントン氏は『ヒトゲノム解読』を掲げた」そうです。ここはひとつ日本でもやりませんか、ということを言いたかったのだと思います。
 
 ところが、「あのスローガン好きの首相が、このアドバイスには関心を示さなかった」と書いてあります。やっぱり。 

 このエピソードを読んで、日本政府が考えている科学技術振興というのは、科学を振興させたいということではなく、科学技術振興を「何か」に利用したいだけなのだということを確信しました。彼らにとっての科学とは、経済発展という目的のための手段のひとつにすぎず、別の方法で目的に達成されるなら、それで良いということだと思います。

 首相が出てきたついでに、前から気になっていたことをひとつ。首相は、「やればできる」という言葉がお好きのようですが、この言葉ほど落ちこぼれた人間を傷つけるものはないということをわかって欲しいと思っています。

 もちろん、やればできると思って努力することは貴重なことなのですが、やってもできないことがあると知ることは、もっと意味があることだと思います。

 今の若者達は、首相をはじめとした方々の刷り込みにより「自分だって、やればできる」と思っている人が多いようですし、事実そのように言う学生も多いです。

 そして、最悪なことに「やればできると思っている」にもかかわらず、決してやろうとしないので、「やってもできない」という境地に到達できないのです。

 いつまでたっても、「やればできる」というおまじないを頭の中で繰り返しながら、トライをしないままに年を取っていきますので、かなりの年齢になっても「自分はやればできるのだけれども、やる気が起こらないのでやっていないだけだ」という不思議な思考を持ち続けている若者がかなり見受けられます。

 北大の保健管理センター精神衛生相談室カウンセラーの市川啓子さんが書いたただよう学生の心(4)の中に、このことが鋭く指摘されています。「カウンセリングなどを通して若者の無気力に向き合った時に感じるのが、彼らのなかにある何ともいえない『万能感』の存在です」が、まさにこれだと思います。以下に、市川さんの言葉を転載させて頂きますが、さすがにプロの解釈はすごいと脱帽です。

 「人間は、幼いある時期に『幼児的万能感』を持つといわれています。自分の望むものは与えられるという感覚です。しかし、成長に伴ってさまざまな葛藤や挫折にぶつかり、現実は自分の思うどおりにはいかないという体験を積み重ねるようになります。そのことを通じて現実を検討する力や、等身大の自分を認識できるようになるといわれていますが、思春期以降もこの「幼児的万能感」から抜け出すことができない若者が増加しているのではないかという見方があります。」

 というわけで、首相にお願いがあります。これからは「やればできる」から、「やればできるかどうか、まずはやってみよう」と叫んでもらいたいと思います。よろしく、お願いします。
# by stochinai | 2004-11-18 17:29 | 科学一般 | Comments(0)

お客さん

 今日は、カリフォルニアのアーバイン(Irvine)からお客さんが来たので、歓迎会をしています。

 お客さんは、日本人なのですが東北大を出て、広島でポスドク(博士を持っている非常勤研究員)をした後、カリフォルニアでポスドクをやっている人です。

 東北大での大学院生時代に、カエルの再生研究をやっていたので知り合いになった人なのですが、アメリカで研究者として働くには時々国外に出て(日本に戻って)、ビザの更新をしなければならないということで、東京のアメリカ大使館に出頭するついでに北海道にも寄ってくれたというわけです。

 セミナーをお願いして、主に今やっている再生研究の話をしてもらいました。ついでに、つい最近カリフォルニアで住民投票の結果、賛成多数で成立した「再生研究推進」の話もしてくれました。シュワルツネガー州知事の下、先頃亡くなったスーパーマン・クリストファー・リーブや、パーキンソン病で苦しむマイケル・J・フォックスの話などが出てくると、「さすがアメリカ」という気がします。 

 アメリカには日本から行っているポスドクの人がたくさんいるのですが、そういう人たちが集まると、必ず最後はどうやって日本に帰ったら良いかの話になるそうです。

 日本政府の大学院生・ポスドク大量生産政策の結果、優秀なポスドクの人がたくさん海外に出ているのですが、向こうでたくさんの業績を上げたとしても、なかなか日本で定職に就くことのできない人が多いという現状があります。

 非常に優秀な彼ら・彼女らをこのまま、外国流民にしてしまっては国家的大損害です。せっかく育った彼らをなんとかして日本に呼び戻して、きちんとしたポジションを与えることは、日本の将来にとっても非常に重要なことであると思いますので、政府にはそこのところをしっかりと把握した上で、長い目で見たしっかりとした政策の立案をお願いしたいと思います。

 内閣や国会議員の継続年数以内の政策しか出てこないような、今の政策立案システムでは国の将来を担うであろう、若手研究者の未来を切り開くことはとても難しいと思います。

 そこで、政府だけにまかせておかず、全国の大学関係者においても、自分たちが育てた、最良の頭脳である彼らを日本に呼び戻し、次世代の研究および研究者養成に携わるべきポジションを与えるよう声を上げて頂きたいと思います。

 微力ながら、私も頑張りたいと思います。

 逆に、そのような境遇に置かれたポスドクの皆さんにも、声を挙げて頂きたいと思います。

 黙っていても、国は動いてくれないものです。一緒に頑張りましょう。
# by stochinai | 2004-11-17 17:43 | 生物学 | Comments(0)

風わたり泥も乾きて春の草             嵐雪


by stochinai