5号館を出て

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札幌の変態男

 ニュースのページにTBできると、少しは楽かと思いましてExcite エキサイト : 社会ニュースにトラックバックしてみます。

 お題は、『<少女監禁>小林泰剛容疑者、東京と北海道で同じ手口』(毎日が配信)です。

 この小林という男の住所の現住所が札幌ということらしく、テレビのニュースなどを聞いていると(あまり見ていません)、札幌で事件が起こったような印象を受けます。

 しかし、今回の事件が起こったのは東京で、数年前には江別に住んでいて、同じような事件を起こしているようです。

 今回の事件は「チャットで兵庫県赤穂市の無職の少女(当時18歳)と知り合い、数回のやり取りをした後、バレンタインデーにチョコレートを贈ってもらったころから態度をひょう変」ということになっていますが、その前にも「複数の女性と結婚、離婚を繰り返していた」とか、江別では、「当時の自宅に同居させていた21歳と19歳の女性」などなどと、信じられないような話が続々と出てきます。

 ワイドショーの評論家などは、例によって「どうして、こんなに簡単に男についていくんでしょう」などと話していましたし、私も不思議な事件かな~と思っていたのですが、逮捕されて来るまで護送される映像を見て、納得できました。

 えらくいい男なんです。

 これじゃあ、だまされる女性がいても仕方がないかなと思う一方、こういう事件があったからといって、いい男がもてなくなるというものではないだろうとも、思ったのでした。

 ともかく、再犯・再々犯ということになると、警察・裁判所にも責任があるんじゃないでしょうか。
# by stochinai | 2005-05-12 15:36 | つぶやき | Comments(1)
 「今日行く審議会」さんが、論文博士の廃止について中教審の資料をもとに論考したエントリーをたてられました。

 非常に的確に議論なさっておられますので、私は特に付け加えることはありません。そちらへ飛んで、お読み下さい。

関連エントリー
 また中教審
 また中教審2:博士課程への囲い込み
# by stochinai | 2005-05-11 18:18 | 大学・高等教育 | Comments(0)

国を愛する

 ばかぼん父さんのエントリー「国って愛するもの?」にトラックバックを送ります。

 私も朝刊で、「文部科学省が、教育基本法改正案の要綱素案に「国を愛する」と表現する方向となった」という記事を読みました。

 違和感があります。

 法律に書かれる「愛」というものは、我々が普段使っている「恋愛」とか「情愛」の中にある「愛」とは、ちょっと異なるもののように感じられます。ただし、「自然を愛する」というような場合の「愛」は恋愛感情にも似ている気がするので、対象が人であるかどうかということが理由でもないような気がします。そういう意味では国に「恋愛感情」を抱くことは、あり得ることだと思います。ただし、すべての国民が国に対してある種の恋愛感情を抱くというような状況は、ある意味で理想状態と言えないこともないのかもしれませんが、私はちょっと気持ち悪いです。

 つまり、我々が普段使っている「愛」という概念は、自分で自由にコントロールできるようなものではなく、自然にわき出てくる感情なのだと思います。ですから、それを外から強制することなどもちろんできません。人の行動は強制することができますが、人の心は強制できないものの代表のひとつです。

 それに対して、法律は人々の行動に対する規範(強制力)ですから、「愛する」という気持ちを持つこと求める法律ができた場合、どうやってそれを守らせるのでしょうか。

 基本法には具体的なことは書かないものなのかもしれませんので、基本法の精神を実現するための法律を別に作ることになると思います。どんな法律が作られることになるのでしょうか。心の中を見る方法がない以上、行動で判断することしかできないと思うのですが、「国を愛する行動」とはなんでしょう。

 国旗に敬礼すること、国歌を歌うこと、国民皆兵で国を守ること、国の組織に刃向かわないこと、国(政府)のやることを非難しないこと、、、、、。もちろん愛しているならば誰でもが自主的にそうするであろう行動が、国を愛しているかどうかを示す判断材料(証拠)にされてしまう畏れがあります。

 現に、心には踏み込まないと言って成立した国旗・国歌法と、学習指導要領に「国を愛する心を持つ」「国を愛し、国家の発展に努める」と書かれていることが、卒業式などで国歌斉唱に同調しなかった教員処分の根拠になると文部科学大臣がおっしゃっていることもありますので、あながち杞憂とばかりも言えないと思います。

 いずれにせよ「国を愛する」ことを法律に書かなければならないのは、不幸を抱えた国だという気がします。ダメ親父が、家族に「俺を愛さないと追い出すぞ」と言っているようなものでしょうか。


#道路を汚さないとか、自然を壊さないとか、ものを壊さないなどという「国を大切にする行動」は、国を愛する行動と重なるところもありそうですが、微妙に違うニュアンスです。「国を大切にする」と書こうといっていた公明党が折れたということは、この件に関しての公明党の責任の重さを感じさせます。


追記:TB頂きました「それでも地球は回る」kiyoaki.nemotoさんの、ところのエントリーを見ると、2月6日あたりの時点では公明党は強く反対していたことが良くわかります。ここへきて方針を変えた裏には、いったいなにがあるのでしょう。コメント・TBを歓迎します。

追記2(12日未明):0時のNHKBSニュースによると、公明党の神崎代表は未だに「国を愛する」表記には反対で、教育基本法の国会提出は見送るべきとの見解を発表したということです。当然でしょうね。
# by stochinai | 2005-05-11 16:27 | 教育 | Comments(9)

日の暮の背中淋しき紅葉哉            小林一茶


by stochinai