5号館を出て

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 こんな重大なニュースが報道されないなんて、またしても開いた口がふさがりません。

 ヤメ記者弁護士さんが、14日に「セラフィールド漏洩事故についての報道状況:英国あ~んど日本」というエントリーで教えてくれました。

 イギリスのソープ再処理工場で、ウランとプルトニウムを含む高レベル放射性廃液約83立法メートルが漏えいする大事故が発生した事故が、ヤメ記者さんが検索した限りでは日本での報道は共同のみとのこと、グーグルニュースで検索しても、河北新報の有料サイトと中国新聞(すでにリンク切れ)しか出てきません。

 さすがにあちこちのブログでは、いろいろと調べて書いているものが出始めました。

 こういう時にはウルトラマンを呼ぶしかない気もするのですが、とりあえあず原子力資料情報室に行くのが一番です。

 最新ニュースとして2件(そのうち、1件は今日更新)あります。

 ソープ再処理工場で高レベル放射性廃液約83立方メートル漏えい (2005-5-12)

 ソープ再処理工場・使用済燃料硝酸溶液漏えい事故-続報2005/5/16 (2005-5-16)

 いまだに事故は続いているようです。

 どうした、日本のマスコミ!!
# by stochinai | 2005-05-16 21:02 | つぶやき | Comments(2)
 重苦しい記事だと思いました。国側逆転勝訴、工事差し止め取り消し 福岡高裁です。

 干拓工事の差し止めというような「工事中止による経済的損失」が大きいことに対しては、一般の場合よりも高い漁獲量減少と工事との関係を証明ができない以上、差し止めることはできないという論理のようです。

 何をもって「十分な証明」というのかわかりませんが、この論理は科学的に「完全に」解明されていないことに対しては、被害を訴えることは認めないということにも読めます。

 現代の自然科学は、ある意味でまだまだ発展途上ですから、これは科学というものを逆手にとった判決だと思います。

 これでは、大きなお金をつぎ込んだ事業を禁止することは不可能になります。

 力のないものの見方になってくれない裁判所なら、いらないということになりませんか。

追記:新しいエキサイトニュースでは、二人の法学者のコメントが載っています。どちらも、この決定に疑義を持っているようです。

 この決定に賛成する学者のコメントが欲しいところですが、やはりこの決定は科学的だけではなく法学的にもおかしい超政治的判断ということになるのでしょうか。

追記2: この決定の持つ政治的・社会的意味はとても大きいと思います。
 裁判にまで希望を持てなくなったら、力を持たない大多数の国民は無力感にとらわれてしまうと思います。そのことが、この国の未来にとってどのくらい大きな影響を持つかということを、高等裁判所の判事さん達は考えた上で、この決定を下したのでしょうか。

追記3: =社説は語る=に書かれている「年間45億円に満たない農業生産のために、干拓には約2460億円もの巨費をかけ」た事業が、あまりにも大きすぎて止めるわけにはいかなくなったというのが現実なのかもしれません。裁判所もそれが怖くかったのでしょうか。滅び行く巨大恐竜が干潟に埋まってあがいている様子が連想されます。
# by stochinai | 2005-05-16 18:04 | つぶやき | Comments(4)

昭和歌謡ベスト30

 天気が良ければ絶好の花見日和になるはずの桜模様なのですが、寒い上に一日中雨模様の札幌でした。

 夕方になってようやく雨も上がったので、ひさびさに近くにあるブック・オフ系列のハード・オフに行ってみました。カメラ、楽器、オーディオ、コンピューター関係などを中心に扱うリサイクルショップです。

 最近はリサイクルショップも成熟したせいか、かなり的確に品物の値段付けがされているので、なかなか「掘り出し物」を見つけることがなくなりました。

 仕方がないので、品質保証なしのジャンク品などをかき回していたところ、2003年に発売された2枚組のCDで税込み105円というものを見つけました。そのタイトルが「昭和歌謡ベスト30」です。

 レコード会社の境を越えたコンピレーションアルバムになっていて、1959年5月発売の大橋節夫とハニー・アイランダーズの「幸せはここに」という曲から始まって、1974年7月のさくらと一郎「昭和枯れすすき」まで、全30曲です。状態は完璧で、なぜにこれが105円なのか不思議でしたが、「掘り出しもの、掘り出しもの」とさりげなく買ってしまいました。

 一枚目一曲目が「圭子の夢は夜ひらく」。歌っている藤圭子が、前川清と結婚していたことがあるとか、宇多田ヒカルのおかあさんだとかを知っている人も少なくなりました。

 ザ・ピーナッツの「恋のバカンス」は、新しいアレンジにすれば今でも十分通用する曲と歌唱力を再認識しました。そういえば、この曲は最近なんかのコマーシャルで使われていたような気もします。

 城卓矢の「骨まで愛して」は、当時の流行語になりましたが、この人はどこにいっちゃったんでしょうか。

 「遠くへ行きたい」は歌い継がれてスタンダードになっていますが、オリジナルのジェリー藤尾のものは、やはり聴かせてくれます。当時この永六輔作詞、中村八大のコンビでたくさんの曲が書かれていますが、歌い手の一人の坂本九の曲が入っていないのは別に「坂本九ベスト30」というのが出ているからのようです。

 続いて1965年のデューク・エイセスの「女ひとり」。この曲がはやって、それほど経たないで京都への修学旅行がありました。京都・大原・三千院は組になって記憶されているのはこの歌のせいです。こちらは永六輔作詞、いずみたく作曲。このコンビもたくさんのヒットがあります。

 その次が奥村チヨの「恋の奴隷」。数日前からの監禁事件の報道があるせいで、今だといきなり放送禁止になるかもしれない、などと考えてしまいました。「あなたと逢った その日から 恋の奴隷になりました あなたの膝にからみつく 子犬のように だからいつも そばにおいてね 邪魔しないから 悪い時は どうぞぶってね あなた好みの あなた好みの 女になりたい」。う~ん、です。

 そう言えば、昔はご当地ソングと言って、地名を歌い込んだものが多かったですね。次は「二人の銀座」。今はおばさんレポーターになってしまった和泉雅子と山内賢のデュエットです。去年の暮れに、たまたま銀座を歩いた時にみゆき通り・すずらん通りを実際に見て感動したのは、この歌のせいでした。

 黛ジュンの「恋のハレルヤ」やブルー・コメッツの「ブルー・シャトー」、小川知子の「ゆうべの秘密」は67-68年のものです。私は多感な(?)高校生の時の歌ですから、刷り込まれ方もすごいと思いました。

 1枚目はこんなところでしょうか。

 2枚目2曲目は、いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」、考えてみるとこれもご当地ソングですが、当時は新鮮で歌謡曲がついに演歌を抜け出したような感じがしたのは、今でいうならばモー娘くらいの若さのいしだあゆみの力が絶大だったような気がします。

 尾崎紀世彦の「また逢う日まで」や、小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」、今ではスターと呼ばれているにしきのあきらの「空に太陽がある限り」、「昭和枯れすすき」などは、確かにはやった曲ですし、しっかりと歌詞も記憶にあるのですが、「あー、そういうのもあったね」というくらいの印象しか残っていないのは、私がすでに大学生になってしまって歌謡曲を卒業してしまったせいなのかもしれません。

 しかし、同じ時期のものですが、渚ゆう子の「京都の恋」、欧陽フィフィ(くさかんむりに非の字がふたつ)の「雨の御堂筋」の印象は強いですから、そろそろはやりの曲と自分の好みの曲を分けて扱えるようになっていたということなのかもしれません。

 しかしなんと言っても2枚目の珠玉の一曲は、由紀さおりの「夜明けのスキャット」です。受験時代には、勉強する時にはいつでもラジオを聞いていましたから、番組のテーマソングだったこの曲は毎日聴いていたのだと思います。そして、まさに大学入試のあった激動の1969年3月にこの曲が発売されています。

 こうして当時の歌をまとめて聴いてみると、まさに私は昭和に育てられたことを実感してしまいました。

 昭和も遠くなりにけり。
# by stochinai | 2005-05-15 23:59 | つぶやき | Comments(4)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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