5号館を出て

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掃除と論文

 そういえば、この建物に引っ越してきてから、自分のオフィスの大々的な掃除ってしたことなかったような気がします。今日は、それをやっていました。

 掃除というか、いろんなものを右から左に動かすとともに、なんでこんなものがというほどのゴミとがらくたを捨てまくってみると、引っ越してきた時のままの段ボール箱がたくさん出てきました、というか見えるようになってきました。(どんなに汚かったんだろうねえ、という感じです)

 この段ボール箱の中には、いわゆる論文の別刷りとコピーが数千部入っているはずです。はずというのは、ここへ引っ越してきてから6年間開けたことがないからです。

 この6年間に起こったことで、我々の研究生活をもっとも大きく変えてくれたのが、インターネットの発展です。ここでも何回か書いた記憶がありますが、もはや文書やそのコピーを自分で所有する必要がなくなりつつあるのです。

 ここへ引っ越してくる前の「研究生活」では、論文の別刷りあるいはコピーを手に入れることに、研究の2~3割の時間と精力を注いでいたような記憶があります。たった一つの論文のコピーを手に入れるために1日を費やすことなども珍しくもありませんでした。

 それが、いつの間にか全国の図書館の相互サービスが充実してきて、必要な論文がどの雑誌の何年の何号の何ページで、著者の名前はこれこれです、というようなことさえわかればコピーを依頼できるようになって、お金はかかるものの便利になったものだと感動していたら、数年のうちにインターネットを通じて瞬時に論文が手に入るような時代が訪れてきたのです。新しい論文のほとんどは、このようにして入手できます。

 そして現在は着々と、過去の論文も新着論文と同様にインターネットで入手できるようにする体勢が整えられつつあります。(どんどんと画像やテキストに電子化されているのです。)研究をしている人にとっては、このことのありがたさは筆舌に尽くしがたいものがあるのです。ちょっと考えても、上に書いたように研究生活の2~3割20~30%が瞬間、つまり数%にまで効率化されるだけではなく、今までだったら見逃していたような論文も次々に芋づる式に容易に発見できるようになってきました。

 ところが、良いことばかりではありません。こうなってくると、過去の論文を見逃していたなどということは絶対に許されなくなるのです。ということは、楽になった分、緊張感が増しているということにもなります。

 冷静に考えてみると、ほんとうに良い時代になったのかどうかはわからない、というのが現実なのかもしれません。どんなことでも、そういう両面はあるものですね。ふ~。

 まだ時間は早いですが、今日はそろそろ上がって風呂にでもはいって早寝したい気分です。
Commented by ぜのぱす at 2005-03-10 14:31 x
遠ぉ〜ぃ昔ぁ〜しのことなんで、記憶が定かではなく、どんなメカニズムだったのかも覚えていませんが、分子生物学会の企業展示場で、論文等をコピーしてそのまま保存出来るというコピー機とコンピューターを併せたような巨大な装置が展示されていました。

売れたのでしょうか(笑)?

今ならスキャンしたものを直にPDFファイルに変換できるスキャナーがありますから、便利な世の中になったものです。
Commented by stochinai at 2005-03-10 20:25
 おそらくレーザーディスクに文書を記憶させるという装置だったのではないかと思われます。そこそこ売れたかも知れませんが、昔の30センチLPレコードのように大きなサイズのレーザーディスクというものが、今や絶滅してしまったと思われます。

 日本の技術革新では、そんなことばっかり繰り返していますね。

 でも、日本ではほぼなくなってしまった30センチLPレコードって、アメリカなどではいまだに新譜が出ているようですから、アメリカではまだレーザーディスクも使えるのかもしれませんね。

 どっちがいいのか、よ~く考えてみましょう。
by stochinai | 2005-03-09 21:42 | 科学一般 | Comments(2)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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