5号館を出て

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脳のイメージング研究が炎上中

 これは2チャンネルではなく、NatureNewsに出た記事のタイトルです。

 Brain imaging studies under fire

 最近fMRI(機能的核磁気共鳴イメージングでいいのかな?)を使った、脳の機能解析が驚くほど盛んになってきています。最近の例で言えば、fMRIの解析から脳が「見ているもの」を画像化して我々を驚かせてくれました。

 Visual Image Reconstruction from Human Brain Activity using a Combination of Multiscale Local Image Decoders

 こういう研究であれば、あまり疑う余地もなくすなおにスゴイと思えるのですが、嫉妬や不公平感を感じる脳の部域などが、fMRIの活動部域との関連でいとも簡単に同定されてしまっているのではないかと思っているのは、何も私だけではなかったようです。

 NatureNewsでは、Perspectives on Psychological Scienceという専門学術誌に投稿され、今年の9月に掲載されることになっている予定の論文原稿がすでにインターネット上で広く公開されて話題になっていることが取り上げられています。ケンブリッジにあるMITの博士課程の学生を筆頭著者とするその論文では、こうしたイメージングによって解析された脳機能の論文の多くはきちんと解析されていないために「無価値」であると断定されているのです。

 Vul, E. et al. www.pashler.com/Articles/Vul_etal_2008inpress.pdf

 彼らは、fMRIを使って解析した「社会脳科学」関連の論文のうち54編を選び、著者に質問状を送り、その回答を用いて論文のデータを再解析して、脳の活動とヒトの特定の行動の相関関係の多くが論文で示されたほどのものではないということを主張しています。

 この解釈には統計学の専門的知識が必要なので、私にはにわかには正当性が判断できかねるのですが、かなり興味深く思われました。特に、この再検討した図が印象的です。

 最初の図は、元の論文に示されていた行動と脳活動部位の相関性を1論文1プロットで示したヒストグラムです。平均すると0.7くらいでかなり高いという感じがします。
脳のイメージング研究が炎上中_c0025115_23135026.jpg
  著者は、これはあまりにも高すぎて、統計処理を間違っていると考え、著者に質問をして統計処理をやり直してプロットし直したものが、下のヒストグラムです。
脳のイメージング研究が炎上中_c0025115_23164019.jpg
 赤いものが統計処理をする前提になるそれぞれの値の独立性がないと見なされたもの(だと思います、多分)で、緑が正しく独立の値の相関を見たもの、黄色は質問に対する答えがなかったもので、54本すべての論文が番号付きで表示されています。

 つまり、赤で示された論文は「無意味」なものと判断されたので、評価に値する論文は緑のものだけということになると、fMRIによる研究では言われているほど脳の部域とヒトの行動を強く結びつける結果は出ていないということです(だと思います、多分)。

 名指しで無意味呼ばわりされた論文の著者は怒り狂っていると思いますが、さすがにインターネット時代ですから、ネット公開に対してはネット公開で対抗しています。これは、議論のやり方としては悪くないと思いました。反論はこちらにあります。

 Jabbi, M. et al. www.bcn-nic.nl/replyVul.pdf

 私としては野次馬ですので、結論がどうなるのか見守るしかないのですが、先端の脳科学研究でヒトの行動や感情や思考のすべてがわかるというような、昨今の脳科学万能の「物言い」にはついていけなかったこともあり、こういう論争が巻き起こることは大歓迎です。

 今回、やり玉に挙げられた研究者達は、自分たちの仲間の研究者はこのような「雑音」に惑わされることはないだろうが、一般の人たちが変な方へ誘導されることを危惧するというようなコメントを出しているようですが、非専門家の中には逆に自分たちが「先端脳科学者」に変な方へ誘導されているのではないかと危惧している人もいるわけで、それはどっちもどっちではないかと感じます。

 この論争が有意義に行われるために、専門家同士の争いだけで終わらせることなく、非専門家にもわかるような論争として広く行われることが望ましいと思います。その上で、一般市民が脳科学にもっとたくさんの研究費を注ぎ込むことを納得するのか、それよりは他の分野の研究に回したほうが良いのではないかと思うのかという、研究費の配分にかかわるところにも非専門家が関わることができる壮大な実験になるような気がして、楽しみでもあります。

 さて、どうなるでしょうか。(日本では、議論すら起こらないような気もしますが・・・・。)
Commented by たか at 2009-01-15 00:25 x
「脳科学」万能の物言いをしている自称「先端脳科学者」はマスコミでこそ重宝されていますが、一般人を変な方に誘導して結果的に脳科学に対する信頼性を失わせているため、当然同業者からは迷惑な存在と見なされています。文部科学省の脳科学委員会が懸念を表明した所以です。
www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20090112-OYT1T00715.htm
Commented by stochinai at 2009-01-15 00:35
 当然、脳科学者にもいろいろな方がいるわけで、そうした議論が表に出てくることは外にいる人間にとっても歓迎です。ところで、無意味とされた論文の中に日本人のものも数点混じっておりますので、ご確認をお願いします。
Commented by viking at 2009-01-15 00:37 x
・・・呼びましたか?
Commented by stochinai at 2009-01-15 07:19
 よろしければ、お願いいたします。m(__)m
Commented by anomy at 2009-01-15 10:17 x
viking先生のブログにも貼りましたがURLは1/13 読売新聞社説の元ネタと推測されるものです。
Commented by stochinai at 2009-01-15 15:12
 ありがとうございました。一部、引用してみます。

 現時点においては脳科学の知見のみで、人間の思考や行動の全てを説明できるには至っていない。たとえ脳科学者が自らの研究の限界を十分認識していたとしても、脳科学の知見が社会に伝達される時には話が単純化され、この限界がやすやすと無視さ れてしまう。例えば、 「右脳人間、左脳人間」 「男性脳、女性脳」 「睡眠学習」等の多くは科学的根拠に乏しく、最近では「神経神話(Neuromyth) 」と呼ばれ注意喚起がなされている。脳のある部位は特定の精神的能力や行動傾向に対応するという単純な素人理解は、科学者たちの意図に反して生物学的決定論へと傾いていき、結果として犯罪者や精神障害者の差別・排斥等の重大な人権侵害が生じる可能性がある。
Commented by 認知神経科学を学ぶB5 at 2009-01-16 18:19 x
いつも興味深く拝見させていただいてます。
下側の図で色分けされているのは、値の独立性ではなく、解析の独立性によってではないでしょうか。脳社会学では、行動実験や質問紙などの結果と、ある特定の脳領域の活動の相関性が高いことを示すことで、その脳領域の関与を証明するという論法が多く取られます。このとき、どの脳領域に目を向けるのかという解析と上記の相関性に関する解析が独立に行われなければならないということだと思います。(違っていたらごめんなさい。)
Vulによる再反論が下記のアドレスに載っていました。
ttp://edvul.com/voodoorebuttal.php
Commented by stochinai at 2009-01-16 20:50
 コメントありがとうございます。私はあまり良く理解できていませんので、おそらくおっしゃるとおりのことが論じられているのではないかと思われます。この論争が専門家同士だけではなく、我々のような外部の人間にもわかるように行われるとありがたいと思っています。
Commented by viking at 2009-01-16 23:19 x
・・・ということで解説してみたいのですが、肝心のblog用サーバが落ちたままで如何ともしがたい状況です。復旧まで今しばらくお待ち下さい。
Commented by ある at 2009-01-17 00:45 x
分野外のものですが、脳の一部切断で性格が変化するとかいう話をどことなく聞いて、脳の役割分担があると信じておりました。
ttp://www4.ocn.ne.jp/~murakou/enigmaofamygdala.doc
脳が半分でも普通の生活が出来る話を聞いて、脳って機能転換できるのだなあともおもったことあります。
ttp://rate.livedoor.biz/archives/50407243.html
右脳人間、左脳人間はみなさん、どのくらい真剣に信じてうらなっているのでしょうか?まじめ半分、冗談半分と思いますが、会社の人事が「信じる」とおおごとですね。
Commented by viking at 2009-01-18 04:36 x
・・・ということで書き上がりました。

ちなみにこういう論争が日本で起こり得るかというと、僕はあり得ないように感じます。日本では「研究への批判」を「研究『者』その人への人格攻撃」と勘違いする人が少なくないように思いますので・・・みんながそう感じてしまうから、なかなか厳しい批判をぶつけにくい。コミュニティとしては平和なんですが、科学という意味では残念なことです。
Commented by viking at 2009-01-18 04:45 x
ついでに失礼をば。

>認知神経科学を学ぶB5さん

そのコメントで概ね正しいと思います。
Commented by stochinai at 2009-01-18 05:43
 vikingさん。文字通り膨大な解説のエントリーをありがとうございました。わからないところは読み飛ばしても(笑)、十分に本質的なことが伝わってくるとてもありがたいものです。専門家による解説のお手本として、見習わせてもらいたいと思います。

 vikingさんの名前をクリックしても飛べますが、念のためにリンク先を掲載しておきます。
http://www.mumumu.org/~viking/blog-wp/?p=2396
 素晴らしいですよ。ぜひとも、どうぞ。

 (トラバもうまくいっていました。^^;)
by stochinai | 2009-01-14 23:36 | 生物学 | Comments(13)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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