5号館を出て

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研究成果を必要とする人々が科学者を直接サポートする

 今朝の朝日新聞の記事に目がとまりました。

 患者団体が1型糖尿病研究を助成 根治療法開発めざす

 日本では研究をサポートしてくれるのは、ほとんどが政府系それも文部科学省を中心とする財源です。もちろん、医学系の研究ならば厚生労働省や企業からの研究費も期待できます。しかし、政府系の研究費にしても、大企業系の研究費にしても、結局は「国民の声」や「消費者の声」という多数派を代表することになってしまうのは、「資本主義」あるいは「民主主義」というものの限界なのかもしれません。

 そんな中で、自分たちを悩ませている病気を治すための研究をして欲しいということで、患者さんを中心とする組織が直接研究助成に乗り出したというニュースは、ブレークスルーを感じさせてくれるものでした。

 患者団体が1型糖尿病研究を助成 根治療法開発めざす 
 1型糖尿病に苦しむ患者や家族らでつくるNPO法人「日本IDDMネットワーク」(井上龍夫理事長)は根治療法の開発を推進するため、研究者らに助成する仕組みをつくった。
 従来ならば、インフルエンザなどと比べるとある意味で「少数派」であるこうした疾患に対する研究を進めて欲しいという場合には、まず政府へ陳情し、政府は国民の声を斟酌しながら、研究費の配分にそうした声を反映させようとするのだと思います。

 しかし、そういうシステムだと特殊なケースを除き、政府は「こういう研究をしてくれる人には研究費を出します」というような言い方をせずに、研究費を申請してくる研究者の中にたまたまそうした研究に近い申請があった場合に、研究費を配分するというようなきわめて受動的な姿勢にならざるを得ません。その結果、患者さんやその家族の訴えはなかなか研究者のところにまで届かないというもどかしさがあるのだと思います。

 そこで、こんなことではいつまでたっても研究者は自分たちの望む研究をしてくれないという危機感を持ったのでしょう。患者さんやその家族の方々が基金を創設し、それを自分たちが望む研究をしてくれる研究者に配分するという行動に出ました。

 現行の研究費配分法にさまざまな異論がある中で、こうした動きは非常に好ましい一石を投じてくれるのではないかと期待しています。

 最近ではバイオ系の大型研究費は数千万から数億、場合によっては十数億から数十億という規模になってきていますので、今回の基金が提供する200万円というお金は、リッチな研究室にとっては何の魅力も感じられない額だとは思いますが、一方でたとえ50万円100万円でも非常にありがたいと思ってくれる研究室があるのもまた事実です。

 医学研究をする研究室はどちらかというと前者が多いのだろうとは思いますが、患者さんから直接受け取る100万円のお金には、数千万円の研究費にまさる「何か」が込められていることも感じます。受け取る研究者は、文科省からの数千万円の研究費よりも責任感を感じていることだと思います。

 また、こうした動きが将来的には大きな基金へと発展する可能性も期待したいところです。政府や大企業を通さない新しい研究費配分モデルとして、病気の克服などのような研究成果を直接期待する利害関係者を越えて、すぐには問題解決へとつながらないような基礎研究までをもサポートしてくれる、イギリスのウェルカムとラストのような財団が、日本にもできるかもしれないという夢を見させてくれるニュースだとも思いました。

 ただし、そのためには科学者の側からも直接市民に研究のサポートを訴える行動が必須だと思います。そもそも基本的には、間に政府が入っていようといまいと、国民に基礎研究の重要性を理解してもらえなければ、税金や寄付を財源とする基礎研究活動などはできなくなっても当然なのでしょう。そういう意味では、現状で科学者の側からの働きかけがあまりにも少ないことを恥ずかしく思わされるニュースでもありました。

 まあ自業自得とはいえ、たとえ50万円でも「何の役にもたたなさそうな研究」に資金を提供してくれる「市民グループ」が現れるなどということは、現状では夢のまた夢だとは思います。しかし、そうしたことを実現するモデルを模索することも必要だと思う、今日この頃なのでした。
Commented by こーた at 2009-01-27 22:47 x
厚生科研費の交付も一部患者団体のNPOなんかから行うようにすることはできないのでしょうかねー。受ける研究者はかなり大変になるでしょうが。
Commented by magu at 2009-01-27 23:44 x
民間からのサポートを普及させるためには、「寄付金」に対する税制を改める必要があります。大学などの研究機関に、有志家が巨額の寄付をするアメリカでは、寄付金に対して税金が免除されることが大きいと思います。まず、ここを変える必要があるのではないでしょうか。
Commented by どうでしょう at 2009-01-28 00:11 x
日本でも一応控除はあります。アメリカの寄付文化は宗教的なものが大きいと思いますよ。ボランティアへの参加意識などもまるで違います。
Commented by magu at 2009-01-28 00:28 x
先のコメントに対して、補足・修正させていただきます。
日本の寄付税制では、寄付金に対して、控除が認められているものの、その手続きが煩雑であること、控除額の制限、控除認定のバリアの高さ、などから、控除のシステムがあまり機能しておらず、結果として寄付がしにくくなっているようです。
Commented by kk at 2009-01-31 12:19 x
たしかに、magu さんのいうのはあると思う。
それから、日本の場合、どこかにお金を寄付しようと思っても、
とっかかりを見つけるのが面倒なのもあるかもしれない。
CA州では、毎年ほぼ全員が自分で提出しなくてはならない税金の申告書に、いくつかの研究団体のリストがあげてあって、それらの活動の説明を読んで、自分の意志でお金を寄付したいと思う人が、税金の申告書を使って簡単に寄付できるようにもなっているようだ。
日本では、そういう情報を得る手段が少ない人たちにとっては、なかなか寄付というのは敷居が高そうな気がする。日本でも研究にたいして寄付する人がいる訳だけど、案外、やりたいと思っていても、やり方がわからない人も多いのではないだろうか。まあ、日常の義理と人情に大半のエネルギーを使い果たして、ボランティアや寄付にまわせないのも一部事実ではあるかもしれないけど。
Commented by masa346 at 2009-02-10 12:47 x
とても興味深い記事ですね。
「研究費は科研費。」と当たり前のように思いがちですが、
「他にもいろいろ手段があるんだよ。」ということを考えさせられる記事です。

いつも楽しい情報ありがとうございます。今後も応援してます。
Commented by stochinai at 2009-02-10 14:35
 こちらからも積極的に動け、ということですよね。

 今後ともよろしく、お願いします。
Commented by クニ at 2009-02-11 19:37 x
はじめまして、すでに成人した息子が自閉症で、「自閉症とのつきあいから」というブログを開いてるクニと申します。

臨床の先生方のお手伝いをしばらくしていましたが、息子がかなり難しいことになってきたので、その理解をするために自分でも勉強をしております。

本日書いたブログの題が『忘却・鎮痛系のカンナビノイドの受容体CB1と生体のセンサーで記憶・痛み系のTRPファミリーとのバランスの崩れが自閉症を含め多くの疾患の原因に』、現在おもっているところです。

研究者の方とどうつなげていったら、念願の「息子の幼少の時から、問い続けている自閉症とは。 その構造を知ることで、難しい自閉症という障害を、もう少しやさしい障害にと考えています。」に近づくのか。

理解ある研究者の方とどう出会うかも、自閉症の本質とともに
かなり難しい問題だなとおもっております。
Commented by stochinai at 2009-02-11 20:05
 お察し申し上げることしかできませんが、状況の困難さに立ち向かわれている様子に敬服いたします。
 他の様々な難しい病気のケースにおいても、患者およびその家族の方々がかなり努力をされて専門家の書いたものを理解できるようになっている例はかなり見聞きします。そこで、そうしたレベルにおられる方と研究者の出会いをアレンジすることができれば、今までになかった新しい協力のあり方が動き出すのではないかと感じます。
 いろいろな意味で「つなぐ人」や「つなぐシステム」が望まれているというところまではわかるのですが、・・・・。
Commented by クニ at 2009-02-11 22:32 x
ありがとうございます、先生のご本をよんだらたぶん何かのヒントを
いただけるのだとおもいますが、どうしたら次につながるのかわからない状態で。

自閉症スペクトラム共通の記憶・経験を再編集できないところに加え、息子の状態はNMDA受容体による右脳と違う言語脳の左脳の機能差を作るところとGABAの過剰にどんよる臨界期の早期化、また感覚器の過敏さなどが同じ偏りでおこっているとおもいますが、自閉症スペクトラムとしては共通点以外は頭囲を含め両極端に振れるものが多く、空間感覚などあまり良くなかったのがある時期にはかなり優れたものになっているなど。

その両極端の振れは、食えなかった人類が食えたときに繁殖と子育ての、また強いストレスに対して積極的・消極的のモードを持っていることとつながっているとおもうのですが、このあたりの広がりを研究のデーターとしてどう処理されるかは素人考えですがかなり難しいのではないかと。

そのあたりを理解されると研究者の方にとって自閉症はいろんなところにつながる世界的な成果が期待できる分野だとおもうのですが。
Commented by stochinai at 2009-02-11 23:05
 私は脳科学はまったくの素人なので、クニさんのおっしゃることに適切なコメントをすることはできないのですが、脳科学の研究者の方には思い当たるものを感じておられる方もいらっしゃるような気がします。ただ、やはり現実の「患者さん」を前にすると、基礎科学をやっている科学者としてはやはり尻込みしてしまうだろうという気がするのもまた事実です。たとえ実験対象としては貴重な存在だということはわかっても、例えばクニさんの息子さんの症状を治すことができないのならば手を出せないと思うのではないかと感じます。研究の発展にも役に立ち、息子さんの症状も軽快するという自信を持てないと、なかなか科学者の側から「研究させてください」とは言い難いのだと思います。
 とはいえ、うまい道が見い出せる可能性はありそうに思えますので、いろいろなところでがんばっていきましょう。
Commented by クニ at 2009-02-12 13:53 x
勝手な思いを続けさえていただくと、発生がすべての根本にあり、ほとんどその仕組みのアレンジしたところの問題なのではと。

女性の性周期と関係する構造でもありますが、ここの糖尿病の問題も、インスリンが→Akt→GSK3βたぶんそのあと→eNOS→NOと続くところの問題で、このGSK3βが発生の背腹を分けるシグナルや分節を作るときに関係する発生に関係するところ。個人的にはその発生したNOが細胞外マトリクスを分解し、その分解にアクチビンやWNTなどが調節される。

自閉症に関係しそうな嫌悪記憶の再固定にGSK3βの活性が必要だとか、ピロリ菌がAKT→(GSK3β)→βカテニンに関係するとか、ガンがAKTに関係するするとか、ここしばらくで新聞に載っただけでもけっこうあるようにおもえます。

発生のわかる先生のような方が、他の疾患の多くが発生に関係するこの基本構造の偏りだということを明らかにしていただければ、糖尿病も、自閉症、その他の疾患でも治療に大きな進歩をもたらすのではないかと。

もし、そんなことがかなうなら、私的にも微力ですが援助をさせていただきたいと。
Commented by stochinai at 2009-02-12 14:02
 自閉症などの神経系が関わる病気の難しさは、発生によってできる形などよりもはるかに高次の生物現象だからなのだと思います。我々の生物学はまだまだそれを読み解くレベルには達していないというのが正直な感想です。今は、あちこちでジグソーパズルのコマが見つけられている段階で、それがつながってひとつの「絵」になるためには、もうしばらく時間が必要だと思いますが、おっしゃるようにキーになるのは分野を越えた協調のようですね。
 過度な期待はできませんが、かと言ってあきらめる必要もありません。基礎研究を積み上げることで、ある時どこかで光が見えるはずだと信じましょう。
by stochinai | 2009-01-27 20:55 | 科学一般 | Comments(13)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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