5号館を出て

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経済学にもコミュニケーターが必要なんですね

 新しい言論プラットフォームとして立ち上がって日も浅い「アゴラbeta」で、池田信夫先生が非常に興味深い議論をしています。

 「中間小説」の必要性 - 池田信夫

 簡単に言ってしまうと、学問的に正しいことを言うことと、ポピュラリティを得て政策などに反映されることは別だということです。
藤原正彦氏のような議論は、学問の世界では問題になりませんが、彼の本がベストセラーになったことでもわかるように、床屋政談では主流派です。政治の世界でも「市場原理主義」を批判する通俗的な議論が与野党を問わず多く、経済学者の意見はほとんど影響力がない。
 これを、政治家や大多数の国民が「無知」であると片づけて終わりにするることももちろんできますし、いわゆる象牙の塔の住民はそうして生きてきているのだと思います。

 しかし、さすが池田先生の偉いところは「この責任は、経済学者にもあると思います」と、あっさり認めていることです。そして、その理由を経済学をひろめる人材の欠如に求めます。
日本の経済学は、理論的水準ではそれなりの段階に達していますが、実証研究が弱い。さらに少ないのが、一般向けに経済学の考え方を広め、あるいは政策として提案する経済学者です。経済学の専門誌には高度な理論が出ているのに、永田町では藤原氏のような「大衆小説」が流行し、派遣労働の規制のような明白にナンセンスな政策が出てくる。それを進めたのが、もとは政治学者だった舛添要一厚労相なのだから、病はなかなか深刻です。
 私とは意見が異なりますが、彼はそういう意味で(学問的業績はあまり評価できないものの)竹中平蔵を「超人的な雄弁」を持っていて、政策に反映させられる経済政策を語ることのできる稀有な経済学者として評価しています。

 この考えをあまりにも強く推し進めると、中味などはどうでも良く大衆を扇動できる経済学者が必要だというとんでもない議論になってしまうのですが、さすがに池田先生もそこまでひどいやつが扇動者になれるとまでは思っていないでしょう。

 おもしろいのは、経済学を伝えることの重要性を説いた次の文章です。まずは、原文を引用します。
経済学は自然科学と違って、経済学者だけが知っていても役に立ちません。多くの人々、特に政策担当者がそれを理解しないと意味がないのです。その意味で、経済学のロジックをわかりやすく伝え、合理的な政策を提案することは、学問そのものに劣らず重要です。経済学者が学術誌のような「純文学」に集中するのは、学界での地位を得るためには重要でしょうが、限界生産性から考えると、今のように間違いだらけの大衆小説ばかり横行している状況を是正するほうがずっと重要だと思います。
 この中の経済学を、生物学と入れ替え、自然科学を仮に教育学と入れ替えてみましょう。
生物学は教育学と違って、生物学者だけが知っていても役に立ちません。多くの人々、特に政策担当者がそれを理解しないと意味がないのです。その意味で、生物学のロジックをわかりやすく伝え、合理的な政策を提案することは、学問そのものに劣らず重要です。生物学者が学術誌のような「純文学」に集中するのは、学界での地位を得るためには重要でしょうが、限界生産性から考えると、今のように間違いだらけの大衆小説ばかり横行している状況を是正するほうがずっと重要だと思います。
 どうでしょうか。おそらく、たいていの学問分野に対して、同じようなあてはめが可能だと思います。

 池田先生、そのわかりやすく伝える人材こそが我々が最近一所懸命宣伝している科学・技術における科学・技術コミュニケーターなのです。同じ意味で、経済学にも経済学コミュニケーターが必要だということには120%同意いたします。

 ただし、最後でおっしゃっている「当サイトも、いい意味でのパンフレットとして、経済学の常識を政策担当者やジャーナリストに伝える「中間小説」の役割を果たしたい」というくだりは結構なのですが、さらに中間小説よりも噛み砕かれた経済学の常識を市民に伝える「ライト・ノベル」ともいうべきコミュニケーターも育てる必要があると思います。

 そこまでやって初めて、学問が人々の元へと届けられ、役に立つことになるのだと思いますが、いかがでしょうか。
Commented by magu at 2009-02-10 00:38 x
経済学のコミュニケーターに関して、私は否定的な考えを持っております。それは、自然科学と違って、経済学の場合、前提条件を異にする「学派」が複数存在し、それぞれの学派が自説に都合の良い言説のみをアピールしているという現実があるからです。ある特定の学派の考え方を、さも「経済学一般」の考えのようにアピールしている方がおられる限り、経済学コミュニケーターの存在は、マイナス要因の方が大きいと思いますけど。
さらに、経済学の方は、経済学の観点からのみで、いろいろな言説をされる方が多いのが気になります。いろいろな政策は、経済学の観点だけでなく、福祉やセーフティネットなどの観点も含めて論じられるべきで、近代社会の基本的精神(自由、平等、民主主義など)をないがしろにしていいものではないはずです。
残念ながら、現状では、「騙されない」ためには、自分でじっくりと時間をかけて経済学の勉強をしていくしか手はないと考えています。
Commented by stochinai at 2009-02-10 08:24
 程度はずいぶん違うかもしれませんが、自然科学も「ニセ科学」を含めさまざまな「学派」があって、それぞれに対応する「コミュニケーター」がいるという構図になっていると思います。経済学ではすでに「怪しげ学派」ほど、声の大きいコミュニケーターがいるような気もしますので、反対派のコミュニケーターも出てくるべきだと、私は思います。本当は「マルクス経済学」のコミュニケーターなども出てきて欲しいんですけれど・・・。
 2段目の「経済学の観点からのみ・・・」に関しては、完全に同意します。だからこそ逆に「経済学バカ」ではない、広い観点から発言できるコミュニケーターの必要を感じます。

 いずれにしても、最終的に自分のリテラシーを鍛える必要は常にありますね。
Commented by ある大学教員のたわごと at 2009-02-10 09:23 x
>その意味で、生物学のロジックをわかりやすく伝え、合理的な政策を提>案することは、学問そのものに劣らず重要です。

ダーウィンの自然淘汰の理論は社会科学でよく利用される
理論ですが、社会学者が誤用なく、ちゃんと利用しているか
生物学者がチェックする必要はあると思います。

>政治家や大多数の国民が「無知」であると片づけて終わりにする

有能かつ先見の明のあるな指導者がいる場合は国民は愚でいいですが、どうも、今の首相や社会の上層部(ex.漢検の理事、天下り役人とか見ていると、どっちが愚で、どっちが愚かわからない困ったもんです。
by stochinai | 2009-02-09 21:12 | CoSTEP | Comments(3)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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