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北大教授ら博士論文審査で金品受領 【追記あり】

 ちっとも知らなかったもので、びっくりしました。
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 TBS News i 北大教授ら博士論文審査で金品受領 (動画あり)

 一昨年と去年、しかもありそうなI学部ではなく、農学研究院と工学研究科、理学研究院の教授ら9人ということです。
 教授らは、博士号の取得者7人から、現金や商品券など、あわせておよそ61万5000円相当を受け取り、このうち2件の論文審査に関わった教授は、15万円の現金を受け取っていました。
 謝礼金を受け取っていた9人のうち8人は返還していますが、大学は、このうち現金などを受けとった4人を訓告処分にしました。
 どうして発覚したのか、などいろいろ気になることはありますが、恥ずかしながら私はまったく何も知りませんでした。それにしても、処分が軽すぎないですか?

 伝説のように聞いていたことではありますが、現在まで続いていたことにはまったく驚きました。

 それにしても、私のところには「常識の範囲内」の菓子折すら来ないのはどうしてなんだろう(爆笑)。

【追記】
 北海道新聞 北大でも学位取得で謝礼 教授ら9人 最高15万円受領
今年二月、論文博士の謝礼授受を告発する情報が北大に寄せられたため、〇七-〇八年度の二年間に審査された百二十八件の博士号の取得者と、審査に携わった二百九十三人に記名式アンケートを実施した。

 四人に対する処分を懲戒より軽い訓告としたことについて逸見副学長は「教員は自ら要求しておらず、儀礼的な範囲と判断したため」とした。北大には学位審査に関連した謝礼授受を禁止する規定はなく、今回の結果を受けて新設する。


 毎日jp 北大博士号謝礼:氷山の一角の可能性
 今回、明らかになった北海道大学の論文博士の学位審査を巡る謝礼問題だが、審査件数の多い課程博士の調査はまだ手つかずの状態。いわば氷山の一角で今後、拡大する可能性も残されている。

 今回の調査は、2年間で128件の論文博士だけ。883件と審査件数がはるかに多い課程博士は対象外だった。北大幹部は「告発のあった論文博士の調査を先行させた」と説明するが、真相究明は緒に就いたばかりだ。


 毎日jp 北大博士号謝礼:「学内一部で常態化」 長年の慣行 改まらず
Commented by K' at 2009-04-22 17:03 x
農学研究院出身(修士まで)ですが、いまだにこんなことを続けていたなんて悲しくてしょうがないですよ。
Commented by stochinai at 2009-04-22 17:42
 内部にいる人間のひとりとしても、お恥ずかしい限りです。ちょっと厳しいかもしれませんが、発覚した場合には懲戒免職にでもしないと、なくならないような気がします。
Commented by たまこ。 at 2009-04-22 17:49 x
でも、金額がI学部なんかと比べると、低いような。。。。。。。
Commented by stochinai at 2009-04-22 17:59
 やっぱり、そっちもまだあるのですか?
Commented by ぜのぱす at 2009-04-23 03:30 x
私が学生の頃聞いた話です。当時は"無給"のオーバードクターが溢れて居た時代で、(他講座でしたが)或る先輩が漸く助手に就職出来たと思ったら(某私立大学の歯学部)、そこでやる仕事と云えば、お金で学位を買う人々の為のdata採りでした。そのうち嫌気が差して、辞めて、高校の先生になったんだと記憶しています。そう云うところでやり取りされるお金と、本当に感謝の気持ちで行われる御礼は、本来、区別されるべきものでしょう。私自身、課程を終了する前に職を獲て、更にその後母校を離れて異動したので、論博ですが、主査の先生は、私の指導教官ではなく、学位審査にあたって、色々、お世話になったんで、学位取得後に御礼の品(せいぜい数千ですが)を贈った口ですが、本当に感謝の意味でした。今回のケースは、額が多少大きい例もあるようですので、その場合は、贈る側、受け取る側、双方の常識が確かに疑われますが、中には、本当に常識的な御礼もあったんじゃないかなと思います。が、まぁ、李下に冠を正さず、であるべきなのかも知れませんね。と云う意味では、当時の主査の先生にはご迷惑をかけたのかなぁ??
Commented by ぜのぱす at 2009-04-23 07:07 x
数千→数千円

ついでに、もうちょっと。

論博の場合は、私自身の例も含めて、純粋に感謝の気持ちで御礼をするケースが少なからずあると思うのですが、これも、当時、聞いた話ですが、医学部の場合は、課程博士なのに、桁の違う額の御礼が行き交って居た様です。今は、どうだか知りませんが。
Commented by ななし at 2009-04-23 08:27 x
規定がないから大丈夫と言うのもなんだかおかしな話ですね。菓子折りやお歳暮レベルならセーフだと思うが、さすがに現金を受け取っていたら免職だと思いますよ。

そもそも、論文博士の審査をするときに3万円くらい、正規にお金がかかったと思うのですが、今はどうなのでしょう。無料のボランティアなのでしょうか?

通常業務に関わることをして、顧客からお金もらったらまずいですよ。教習所の教官が合格の謝礼を求めたらアウトですし、各種資格試験もそうですよね。

大学って本当に無法地帯で、学生はむしられるだけですね。
Commented by ひで at 2009-04-23 09:02 x
むしられてるんじゃなくて、学生のほうが媚びて擦り寄ってるんですよ。発覚したら審査教官は懲戒免職、学生は退学 or 学位取り消しでいいでしょう。
Commented by みいも at 2009-04-23 09:10 x
私の周りでのいまどきの学生は、どんなに手厚く博士論文の面倒を見てもらっても学費を払っているんだから当然、としか思っていないようで、最初から御礼をする気すらない人が多いようです。

それなら教員側も給料で支払われている額に見合った指導だけをすることにすればいいのでしょうか?これはいわゆる「放置」に限りなく近い指導が正当化されてしまう危険をを意味するのですが。
Commented by stochinai at 2009-04-23 09:47
 私は謝礼の現場を見聞きしたことはないので想像なのですが、おそらく謝礼をもらうことなど考えてもみなかったという先生の方が、親身になって丁寧かつ一所懸命指導するタイプではないかという感触を持っています。
Commented by K' at 2009-04-23 12:08 x
感謝されないので指導のモチベーションが落ちるという心情は理解できますが、だからといって学生がお金や商品券を謝礼として渡す必要はないし、指導教官には「感謝の気持ち」や「謝礼」などとは関係なく大学院教育のプロフェッショナルとして行動してほしいものです。感謝されないから放置するという行動原理の人は、大学ではなくて研究所に勤めればいいのです。
Commented by hanahi at 2009-04-23 13:37 x
>大学院教育のプロフェッショナルとして行動してほしいものです。感謝されないから放置するという行動原理の人は、大学ではなくて研究所に勤めればいいのです。
全くその通りだと思います。感謝云々の前に自分の給与が何に対して支払われているかを考えて頂きたいと思います。
それに、良い指導をしておられる教官は、やはり多くの学生から感謝されているように思います。金品の授受は無くとも、何らかの形でお返しをしたいと考えている学生は結構います。

>いわゆる「放置」に限りなく近い指導が正当化されてしまう
既に正当化というか看過されているのではありませんか?
放置された学生は学費と時間と希望を失いますが、放置した教員は何を失うのでしょうか?
Commented by みいも at 2009-04-23 22:11 x
「感謝」というと少々おかしな感じがしますが、appreciateというとより適切かなと思います。教えられた内容に関して、その意義を認識してありがたいと思う感覚ですね。これがないのでは高度な教育はそもそも成り立たないと思います。私の経験上はappreciateができる学生さんはたいてい優秀な方と見されていることが多いです。

大学院において指導に熱心な先生方は、明らかに過剰なサービスを学生に対して提供していますが、これは本来大学院で教えるということがそういう意味合いを本質的に含んでいることを皆さんよく理解しているからであって、「仕事で規定されている義務だから」ではないです。教育のプロなのだから、という考え方には単純には賛同できません。プロであれば必要最低限のことしかしないという考え方だって成り立つからです。学生を甘やかしてきちんとした教育を施さず、卒業を安直に保証する先生が人気があるようではいかがなものかなと思います。

Commented by みいも at 2009-04-23 22:12 x
念のために書いておきますが、今回の本来のテーマであるところの金品の授受がいけないということとは上記のこととは別の話ですし、混同してはいけないことです。ここを混同されている方が非常に多いのではないでしょうか?教員の教えている内容について、学費を払って得たサービスなのだからappreciateしなくてもよいと考えている人が増えているように感じています。これは非常に憂慮すべきことです。
Commented by hanahi at 2009-04-24 02:52 x
高度な教育にappreciateが重要ということには異論はありません。ただ、appreciateは学生が「すべきこと」ではなく、学生と教官が「共につくり出す関係」ではないでしょうか。良い指導に対して自然に感謝と尊敬の念がもたれるのが理想的です。「良い指導」と「感謝の念」のどちらが欠けても成立ちません。
appreciateが生まれにくいのだとしたら、学生が恩知らずになったからかもしれませんが、教官の指導力が低下しているからかもしれません。

また、必要最低限の指導という考えを問題視されていますが、もし「必要最小限の指導」を明確にできるならと、教官にはそれを果たしてもらうだけでも構わないのではないかと思います(というか十分になるように最低ラインを決めます)。
少なくとも、必要最低限の指導すらしない教官の存在が許される現状よりはましではないでしょうか。
by stochinai | 2009-04-22 15:02 | 大学・高等教育 | Comments(15)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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