5号館を出て

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進化の過程で壊れた遺伝子を修復した酵母でビールを造る

 北海道では特に夏がビールの季節というわけではなく一年中飲まれているのですが、暑い季節に野外で飲む一杯ももちろん代え難いものです。
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 ビールを造る時には、まず発芽させた大麦を乾燥させ、粉砕し、麦芽自身の持つ酵素でデンプンが2糖の麦芽糖(マルトース)や3糖のマルトトリオースに分解されたところで、ホップを加え煮沸して酵素の働きをとめたものを作ります。これが、いわゆる麦汁です。この麦汁に酵母を加えて発酵させてビールにします。この時、濃厚な麦汁を使うことができれば、アルコール濃度の高いビールを経済的にしかも廃棄物があまり出さずに作ることが可能になるのだそうです。

 ところが、現在多く使われているラガービール酵母は、濃厚な麦汁を発酵させることができないのだそうで、無理に使うと、発酵も遅くなり、さまざまな副産物の含まれたまずいビールになってしまうことが問題とされていました。

 この度、フィンランドの研究者が発表した論文によると、ラガービール酵母が濃厚麦汁を効率的に発酵させることができない理由が、酵母の持つマルトースやマルトトリオースを細胞内に取り込むタンパク質(αグルコシドトランスポーター)の遺伝子(AGT1)の一部が変異して、機能するトランスポータータンパク質が作られないことだとうことがわかりました。

Improved Fermentation Performance of a Lager Yeast after Repair of Its AGT1 Maltose and Maltotriose Transporter Genes
Applied and Environmental Microbiology, April 2009, p. 2333-2345, Vol. 75, No. 8
0099-2240/09/$08.00+0 doi:10.1128/AEM.01558-08


 一方、エールと呼ばれるビール酵母(ラガー酵母の祖先に近いと考えられているようです)ではAGT1遺伝子が破壊されておらず、正常に働いています。そこで、研究者たちはエール酵母のAGT1遺伝子を使って、ラガー酵母のAGT1遺伝子を修復し、修復された遺伝子をラガー酵母に導入して働くようにしてやりました。

 その「遺伝子修復を受けた」酵母を調べたところ、マルトースやマルトトリオースを大量に取り込むように変化して(治って)いることが示され、濃厚な麦汁からもアルコール濃度の高いビールを造ることができるようになっていたということです。また、ラガービールは下面発酵と呼ばれ、発酵が終わると酵母が沈んでいくのですが、その性質に変化はなく、今までのラガービール酵母と同じように使えることも示されました。

 この酵母は、定義からいうと「遺伝子組み換え」酵母ということになりますが、生物学的にいうと変異を受けて働かなくなった遺伝子を、変異を受ける前の状態に戻したものであるとみなすこともできます。自然界を探すと同じような変異を受けない遺伝子を持ったラガー酵母が発見される可能性もあると思いますが、生物学的に見てそれと同等なものと考えることのできるこの「遺伝子修復酵母」の扱いはどうしたら良いのでしょう。

 今まで、遺伝子組み換え作物などというと、自然の状態ではあり得ない遺伝子を導入したものが多かったので、反発も強いという側面があったような気もするのですが、今回のようなものをどのように扱っていったら良いのかということも考えなければなりませんね。

 エコで経済的で、しかも過去に実際にいたと考えられる生物を遺伝子操作で作ったというお話でした。

 解説記事は、ScienceDaily (Apr. 22, 2009) の Science News でした。

Environmentally Friendly Beer Brewing: Repaired Gene Improves Commercial Lager Fermentation

Commented at 2009-04-22 23:40 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ぜのぱす at 2009-04-23 00:47 x
これは、どちらかと云えば、遺伝子治療ですよね。

遺伝子組み換え作物に対して、日本の消費者は、必要以上に強い反発を感じているようですが、遺伝子治療に対しては、寧ろ、(安易に)待ち望んでいる風潮が感じられます。どちらも、生物学的には差がないのに。

もし、この酵母で作ったビールを日本で販売しようとするとどうなるんでしょう?、などと云うことをつらつらと思った次第。
Commented by yu at 2009-04-23 08:38 x
遺伝子組み換え食品と言われないために、遺伝子組み換えで望む形質を持つ品種を探し出したあと、わざわざ偶発的な突然変異でその品種をもう一度作り直すと言うことも行われているらしいですね。莫大な時間と資源の無駄の上、好まない形質も発現する確率も高まると思うのですが。。。
by stochinai | 2009-04-22 19:50 | 生物学 | Comments(3)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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