5号館を出て

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サリドマイドで手足の奇形が生じるメカニズム

 日本でサリドマイドが妊婦のつわりや不眠症の改善のために販売され始めたのが1858年で、1959年頃から手足に奇形を持つ新生児の報告がみられるようになりました。1962年に回収されましたが、報告された被害者は309人です。サリドマイドは西ドイツで開発され、1957年から販売されましたが、1961年に回収されるまでに使用された薬剤の影響で3049人もの被害者が出ています。アメリカでは、治験段階で数名の被害者が出ただけだそうです(ここまで、Wikipediaの情報)。

 Wikipediaでは30%の死産を含めて、サリドマイドの被害者総数はおよそ5800人と書いてありますが、naturenewsによれば、被害者は10000人近いとなっています。

naturenews: How thalidomide makes its mark (サリドマイドはどうやって効果をあらわすのか)

 このニュースにあるように、本日TOCがメールで届いたPNASのオンライン速報版には、今まで「謎」とされてきた、なぜ妊娠初期にサリドマイドを服用した母親から生まれた赤ちゃんが、その他のからだの部分の成長には大きな異常は見られないにもかかわらず、手足にだけ強力に異常が生じるのかということが明らかになったという論文が載っていました。

Thalidomide induces limb defects by preventing angiogenic outgrowth during early limb formation (サリドマイドは四肢形成の初期に血管が成長することを阻害することで手足に異常を生じさせる)

 今まで、サリドマイドがどうやって手足に異常を生じさせるのかがはっきりしていなかったのは、サリドマイドが直接、作られつつある手足に働きかけるわけではなく、からだの中(主に肝臓)で分解されて作られた何十とある産物のうちのどれかが効いているらしいということしかわからなかったため、実験的に証明することが難しかったということらしいです。

 論文の著者らは、サリドマイドの分解産物のひとつと考えられるCPS49という物質が、ヒトの胎児に相当する時期のニワトリ胚の四肢に働きかけて、サリドマイドが起こしたのときわめてよく似た症状を引き起こすことを見つけました。
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 上の3枚の写真はCDEの順番にだんだんと盛り上がっていく翼の芽です。中に見せる網目状のものは血管です。下の段は、同じ時期の翼の芽にCPS49を与えたもので、本来ならばFGHと盛り上がっていくべきものが、ほとんど盛り上がりません。同時に内部の血管の発達がきわめて悪いことがわかります。

 その10日後になると、正常なものはいわゆる手羽先でおなじみの骨格をもった翼になるのですが(L)、CPS49を与えたものでは、Mでは手羽先の3本の指の骨がなくなっており、Nでは2番と3番の指の先が短くなっているという、ヒトのサリドマイド症にそっくりな症状が再現されました。
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 詳しく実験してみると、このCPS49はできあがったしまった血管には影響を与えないものの、伸びつつあるような手足の中にある若い血管や作られつつある血管を壊してしまうことがわかりました。それで、サリドマイド症では胎児の手足の先の成長だけが大きな影響を受けることの説明がつくとされています。

 私は、これは新発見かと思いましたが実はWikipediaに、すでに記述があります。
また、サリドマイドには「血管新生阻害作用」があることがわかった。これは胎児に対しては手足の毛細血管の成長をさまたげ奇形を発生させる原因となっている可能性がある。
 最近、サリドマイドが多発性骨髄腫の治療薬としてとして再認可されましたが、新しい血管の成長を阻害することでがん組織(骨髄)への栄養供給を絶つことが制がん効果の理由だとすると、つじつまが合う話だと思います。

 他にも未発見の作用があるかもしれませんが、このように薬の働くしくみがはっきりしてくると、適切に用いることで副作用の恐れも少なくなってくることが期待されますので、薬の開発途上でも基礎生物学者たちの強力を得ることが良いのではないかと思われる研究でした。(今回の実験で使われたのは、医学系の研究でよく使われるラットやマウスではなく、ニワトリでした。妊娠中のマウスにサリドマイドを与えても、胎児に異常が出ないのだそうです。ニワトリは動物の四肢形成の研究には昔からよく使われている材料ですが、医学系の研究ではあまり使われていないと思います。そういう意味で、医学研究と生物学研究の協力も役に立つのではないかと感じたわけです。)
Commented by ぜのぱす at 2009-05-13 05:50 x
観ている現象自体は正しいのでしょうけど、何故四肢特異的なのか?、矢張り今一判りませんが、ひとつはタイミングで、ちょうどつわりの盛んな頃に、四肢の形成が始まると云うことでしょうか?でも、同時に他でもorganogenesisは進んでいるはずで、そこでの血管新成が妨げられれば問題だと思うんですけど・・・・。マウスで全く影響がないのも解せませんねぇ。
Commented by stochinai at 2009-05-13 18:34
 そういう意味でまだまだ「詰めが甘い」ことは否めず、紹介記事などは言い過ぎというところも多々あると思いますが、こうした基礎研究が社会的に注目されることは、必ずしも悪いことではないと思っています。「基礎生物学はすごいみたいだぞ」と納税者に感じてもらうことは、やはり大事なことでしょう。
Commented by stochinai at 2009-05-13 18:35
 マウスに関しては、有効物質が胎盤を通過しないというような記述がどこかにあったように思います。マウスでも、胎児に直接与えるとおそらく効くように思います。
Commented at 2010-03-06 10:23 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by stochinai | 2009-05-12 20:35 | 医療・健康 | Comments(4)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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