5号館を出て

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テレビという媒体は新聞に似ていると感じました

 昨日、ゴールデンアワーの全国放送に出演させていただいたため、たくさんの方々から反響をいただきました。「教養」バラエティとは言え、楽しんでいただくことを第一に作っている番組ですので、その程度にゆるく見ていただき、おおむね楽しめたという寛大な感想をいただいて、正直ほっとしております。(自分では見るたびに、いろいろとアラが見えて汗が出ます。)
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 もちろん、「お笑い」番組とは言え、科学知識を提供するという姿勢もあるわけですから、そういう意味では正しい情報をきちんと送れたかどうかということがかなり気になってはおります。番組は、どう見ても私が授業を行っているように作られていますから、見ている方は、私がしゃべっている部分に関しては、私が責任を持っていると思うのが当然ですね。

 今回の番組の私が出た部分に関しては、45分ほどの時間をかけて録画されたものを、その3分の1くらいに編集しているのですが、正直に言って私が想像していたよりははるかに上手に私の言ったことを拾いまとめあげてくれていると感じました。

 今回の番組のきっかけとなったのは、例の本が制作を担当している方々の目にとまったからということらしいのですが、出演が決定する前に何度か電話で打ち合わせをしただけではなく、関係者の方が2人ずつ2回も私のところに「取材」に来られ、それぞれ2時間くらいずつお話をさせていただきました。

 その時にすでに、皆さんが私の本を読まれていただけではなく、私が過去にサイエンスZEROに出演したことをご存じだっただけではなく、どうやらそのテープも見ておられるようなので、びっくりしました。そのような、良く勉強をしておられる姿勢に対してある種の「安心感」が感じられたことも出演にためらわなかったことの理由のひとつだったかもしれません。

 とは言え、向こうが台本を作り、それに従って「授業」をするというお話だったので、台本が来るまで正直言って結構不安なものがありましたが、台本の初版(3回くらいやり取りしながら改訂を繰り返しました)を見た時に、向こうの企画の意図もわかりましたし、これなら行けそうだと安心したものです。

 もちろん、内容は私の本を基本に組み立てられていたのですが、そこからさらに拡張された話題もあり、台本を見てから私自身が勉強し直したところも多々あります。その過程で、番組を作るのはあくまでもテレビ局であり、たとえ私が出演するとしても、それは単に「素材」のひとつとして使われるだけなのだということが良くわかりました。

 新聞の取材などを受ける時もそうですが、たとえ2時間くらいお話ししても、記事になるのはせいぜいが5分間くらいの部分です。そして、取材の中で記事になるのがどこの部分になるかについては、取材を受けたこちらにはまったく決定権はなく、記事を見て初めて知ることになります。

 それに比べると、今回は収録の後でアニメーションの作成やビデオの音入れのお手伝いもさせていただきましたから、少しは「収録されたビデオのどこがどのように使われるのか」ということについての情報に前もって接することができましたが、最終的にできあがったもののすべてを見ることができるのは番組の放映時であるということでは新聞の取材と基本的には同じと言えます。

 新聞やノンフィクションのテレビ番組がこのように作られている限り、取材あるいは出演する側はあくまでも一次情報を提供するだけの存在であり、それをどのように編集するかという権利は新聞社あるいはテレビ局にあるということになります。もちろん、この状況ではその内容に対する責任について、取材を受けた側あるいは出演者には取りようもない部分というものがどうしても生じてきますので、最終的な責任も編集権を持っている新聞社あるいはテレビ局に取ってもらわなくてはなりません。

 良く、新聞・雑誌やテレビ番組のインタビューなどで、発言した趣旨と異なる内容の記事や番組が作られたといって問題になることがありますが、記事や番組の作られ方を考えると、そうしたことは起こりうることを覚悟していなければ、取材や録画番組への出演は難しいと思います。

 今回は、非常に貴重な経験をさせていただきましたし、ある意味ではかなり楽しませてもいただきました。

 上に書いたこと以外にもいろいろなことを感じましたが、なによりもやはりゴールデンアワーのテレビというものがすごい力を持っていることを、放送が終わってからヒシヒシと感じさせられております。
Commented by umishida at 2009-05-18 09:46 x
楽しく拝見しました。 見る前に危惧していたのは、ずさんな編集で先生の発言の趣旨が曲げられてしまうのではないか、あるいは「浮世離れした学者先生」としていじられて笑い者にされるのではないか、ということでした(今まであまりこの番組を見たことがなかったものですから)。が、そういうことはなく、安心しました。白衣を着ていらしたのは、生物学者らしさを求める番組側のリクエストでしょうか?
Commented by はやおか at 2009-05-18 11:38 x
おつかれまでした。汗びっしょりでしたね。SNSで紹介させていただきました。

日本ですから番組制作もやはり責任の所在が曖昧という点があります。

本当はプロデューサーが責任者なのですが、現場には出てきませんから実質責任はディレクターが負うことが多いです。

また、発言部分の責任だけは出演者に投げようという意思もあります。いずれにせよ、責任をたらい回しにして、曖昧にする傾向はありますね。

海外はどうなのか知らないのですが。
Commented by stochinai at 2009-05-18 13:05
 「発言の趣旨が曲げられてしまうのではないか」「いじられて笑い者にされるのではないか」ということについては、私も危惧していなかったわけではありませんが、一緒に番組を作るという気持ちは通じるのかな、とも思いました。白衣でとお願いされたのは、ろくな衣装を持っていない私としては助かりました。

 さすが、テレビマンだったはやおかさんは、するどいところを見ていますね(汗)。

 また番組の内容に関しては、私が提供した情報に対してさえもあちこちから「裏取り」をしてくれていました。膨大な数の人が見ているということで、かなり気を遣っているようで、少し気の毒な感じがしたことも事実です。少しくらい論議が起こることを恐れない番組も欲しい気はしますが、テレビという巨大メディアでは難しいのでしょうね。
by stochinai | 2009-05-17 23:37 | つぶやき | Comments(3)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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