2009年 06月 25日
右耳から頼むと成功率が上がる?
まるごとのヒトを材料に行った実験は、なかなか解釈が難しくて苦手なのですが、このニュースにはついつい引き寄せられてしまいました。
頼み事は右耳から:「左耳と比べて2倍の効果」の理由
やかましいディスコの中において、ヒトが話しかけられた時には左ではなく右の耳で話を聞こうとする傾向があるということの他に、意図的に右耳や左耳から「タバコをください」とささやいて頼んだ場合、右耳から頼んだ方が左耳からの場合よりもタバコをもらえる確率が2倍高かったという、イタリアの研究者が行った実験結果です。
まあ、ただのニュースなら笑い話として聞き流してもいいのですが、元ネタを探してみると権威ある生物医学系の学術雑誌Naturwissenschaftenに載った論文であることがわかりました。
Naturwissenschaften
The Science of Nature
© Springer-Verlag 2009
10.1007/s00114-009-0571-4
ORIGINAL PAPER
Side biases in humans (Homo sapiens): three ecological studies on hemispheric asymmetries
騒がしいディスコの中で行った実験が、データとしてどのくらい信頼できるのかという気もするのですが、実験室ではなくヒトが生活する空間において、どのように反応するのかということを知るためには、こういう生態学的空間で行われた実験こそ意味があるというのが著者達の主張です。
3つめの実験がやはりハイライトで、サクラの女性に男女とりまぜたやかましいディスコにいる客に対し、よく聞こえないので右耳に口を寄せてタバコをもらいたいと頼んだ場合と、左耳から頼んだ場合で有意な差があったということを示しているのが、この表です。
その前のふたつの実験でヒトはこのような騒がしい場所では、右耳を使って話を聞きたがるという傾向が示されているので、右耳から話しかけられた場合の方が心理的に寛大になれるということなのかもしれないと、素人の私は思ったのですが、ワイアードビジョンの解説記事では論文のディスカッションを引用して「脳は左半球が積極的感情に、右半球が否定的感情にそれぞれ同調している」ので、「右耳に話しかけられると、その言葉は、頼みを受け入れやすいほうの脳の部分に送られていく」からだと書かれていますが、私にはにわかには信じられません。
でもまあ、最近は「脳科学」というとすぐにfMRIでの解析が出てくるのですが、それに比べるとこうした「素朴な」研究も大事にしていいのではないかとも思いました。
こういう話を聞いてしまうと、他人にものを頼むときには、思わず右耳にささやきたくなってしまいますね(笑)。
呼ばれた気がして出てまいりました。決して右耳に「出て来い」と話しかけられたから出てきたというわけではありません。笑
いずれ拙blogでも取り上げようかと考えておりますが・・・この論文、よく読むと実験協力者たち個人個人の「利き耳」を全く調査していません(やろうと思えば後で実験室に呼び出して「利き耳」を特定する質問紙調査もできたはず)。とすると、「単に実験に協力してくれた人たちの大半の利き耳が右側だった」という結果だった可能性が否定しきれませんね。
僕とてfMRI至上主義者ではありませんが(他の実験手法の経験がかなりありますので)、さりとて単純な行動心理学の結果のみで詳細な脳機能が云々と論じるというのも気持ちの悪いものです。現象論として意義を論じるだけならともかく、「積極的感情」とか「否定的感情」に関する神経相関の研究となるとfMRIどころかnon-human primateを使った電気生理実験でも未だコンセンサスの取れた結果は得られておりません。
ならば、stochinaiさんはあまりお気に召さないかもしれませんが、fMRIでざっくり撮ってしまった方が「脳機能に関する」研究としてはよっぽどマシなのではないかと思ってしまいます。
いずれ拙blogでも取り上げようかと考えておりますが・・・この論文、よく読むと実験協力者たち個人個人の「利き耳」を全く調査していません(やろうと思えば後で実験室に呼び出して「利き耳」を特定する質問紙調査もできたはず)。とすると、「単に実験に協力してくれた人たちの大半の利き耳が右側だった」という結果だった可能性が否定しきれませんね。
僕とてfMRI至上主義者ではありませんが(他の実験手法の経験がかなりありますので)、さりとて単純な行動心理学の結果のみで詳細な脳機能が云々と論じるというのも気持ちの悪いものです。現象論として意義を論じるだけならともかく、「積極的感情」とか「否定的感情」に関する神経相関の研究となるとfMRIどころかnon-human primateを使った電気生理実験でも未だコンセンサスの取れた結果は得られておりません。
ならば、stochinaiさんはあまりお気に召さないかもしれませんが、fMRIでざっくり撮ってしまった方が「脳機能に関する」研究としてはよっぽどマシなのではないかと思ってしまいます。
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stochinai at 2009-06-27 05:48
コメント、ありがとうございます。この論文を見た時に viking さんのことが頭をよぎらなかったわけではありませんが、同じ脳を研究しているといってもそのあまりの研究手法の差に「すれ違い」を感じ、尋ねるのに躊躇してしまいました。私としてはある意味「かなり粗雑な」研究結果が、それなりに名の売れた学術雑誌に載ったことに驚いたというのが正直な感想でした。
Naturwissenschaftenは・・・一応IFがついている学術雑誌です、という程度ですけどね。(^_^;; 個人的にはこういう質問紙調査の延長上に位置するような、やや規模の大きい行動学的調査は結構好きです。ただ、それならもっと細かい条件設定にこだわった方がいいなと思ったのでした。実際、本業の行動心理学屋さんならもっとこだわるんでしょうし。
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stochinai at 2009-06-27 12:48
こういう「フィールド調査」みたいなところから、新しい研究が始まるということになれば良いのですが、私には「ヒトが何かを承諾すること」と、「左右どちらの耳から入力するか」などということの関係は、どんなに研究が進歩しても結論が出せない課題のように思えます。「脳科学」の一部(特に、騒がれているやつ)の課題も、それは絶対に答えは出せないだろうというようなものがあるところに、とても不信感を持っている私です。
たぶんですが、stochinaiさんに今必要なのは「(怪しげな)脳科学」と「神経科学」との分離かと。混同しておられる現状では、その「不信感」は消えないだろうと思います。分野外の人々(非研究者の一般の人々も含めて)混同させないように努力するのは我々の役目ですが、それは未だ道半ばです。ご理解いただければ幸いです。
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stochinai at 2009-06-27 22:43
「脳科学者」ではなく、「神経科学者」と名乗ってくれたら、こちらも混同せずにすむとは思いますが、マスコミ的にはたとえ神経科学者と名乗っても、紹介する時には「脳科学者」になってしまいそうですね。遺伝子研究の時もそうでしたが(まだ、少し尾を引いていますが)、時間とともにそれほど万能ではないということが少しずつ拡がるのを待つしかないのかもしれませんね。うまく理解できたら、誤解を解くために私にでもできることがあれば、協力させていただきたいと思います。
by stochinai
| 2009-06-25 19:39
| 生物学
|
Comments(6)