5号館を出て

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クローンウシ・ブタの安全が答申されたのに販売自粛継続とは

 昨日、内閣府の食品安全委員会がクローン食品を「安全」と認める評価書を正式に決定し、厚生労働省に答申しました。諮問した厚生労働省はその答申を受けて、当然流通を解禁するものだと思っていました。

 ところが、先ほどのニュースによれば、農水省としては当面は一般への流通に関しては自粛要請を継続する、つまり流通の解禁はしないという方針を決めて発表したとのことです。

 47ニュースから引用します。
 流通解禁を見送った理由について農水省は、一層の科学的知見の収集と消費者への情報提供が必要と説明しており、消費者からの不安の声に応えた形だ。現在の技術では生産率が極めて低く、商業生産への利用が見込まれないことなども挙げた。
 クローン家畜を作る技術はまだまだ研究段階ですから、その生産価格を考えたら当然採算がとれるようなものではありません。それは安全性とは関係なく、最初からわかっていたことです。

 一方、朝日のニュースなどでは、もっぱらコスト高が強調されています。
農林水産省は26日、「クローン牛は『安全』と思うが、生産率が極めて低く、コストが高くなるため、食用として市場に回すことは見込めない」として、当分の間は引き続きクローン牛生産を研究に限定することを明らかにした。
 どうも意味がよくわかりません。

 そもそも、食費安全委員会への諮問はなんのためにやったのでしょうか。クローン家畜を我々が食べても安全かどうかを検討するためです。その結果、「安全」と判定されたのですから、当然市場への流通を許可するということでなければ安全委員会への諮問の意味がなくなります。忙しい委員を長い時間拘束して検討した結果が使われないということならば、今後は委員の引き受け手もいなくなるでしょう。

 それとも農水省はクローンウシやクローンブタには特別の価値があり、ブランドもののクローンならば普通に繁殖されたウシやブタより高く売れるとでも思っていたのかもしれません。価格というものは市場が決めるものですから売れ行きが悪ければ値段は下がります。たとえクローンウシが安全だと発表されても、同等の肉と同じあるいは高い値段だったら買う人は少ないでしょう。つまり、クローン家畜は遺伝子組み換え作物と同じように値段が安くなければ売れないのです。そういう意味では、クローン家畜は遺伝子組み換え作物とは根本的に違った存在で、最初から一般の食品として流通させることは無理だということはわかっていたはずです。

 市場価格としてたとえば、同等の肉よりも3割から5割安ければ間違いなく売れると思います。半額なら私も買うかもしれません。しかし、クローン家畜の生産には、普通の家畜に比べると何倍もの資金が投入されているでしょうから、そんなものは誰も作ろうとは思わないでしょう。

 ここまで書いてきてわかりましたが、農水省はクローンウシを食用にしようという計画を持っていろいろな予算を獲得してきたのかもしれません。そうだとすると、その目論見(といえるほどのものではありません)が破綻したことを受けて、肉畜のクローン生産をやめるということにしたということが今回の流通自粛継続ということなのかもしれません。

 そうだとすれば、どうせこの先作る予定もないクローン家畜を市場に流して大きな議論を巻き起こし、しかも肉は売っても売っても赤字が増えるだけということになる地獄から逃げたというのが本音なのかもしれません。そう考えると、農水省の意味不明の行動の意味が非常にすっきりと理解できます。

 それが本当だとしたら、あまりにも情けない行政と言わざるを得ません。
Commented by 愛読者(のつぶやき) at 2009-06-27 12:42 x
最近、iPS 細胞利用のロードマップとやらが提示されましたが、それを思い出しました。
体細胞クローンにしろ、iPS にしろ、ヒトに医療として用いるには、採算が合うワケがないと考えております。『進化から見た病気』に示されたような観点を、人々が共有する方が、国内の総医療費は削減されるような気がいたします。
Commented by stochinai at 2009-06-27 12:52
 こういう問題に関して、たとえば研究を大規模に推進すべきかどうかなどということについては、科学者と政府だけではなく、一般市民はもちろんのこと、医療系の企業や保険屋さんなど、利害関係者になる可能性のあるあらゆる人々の間での議論が必要だと思います。

 おっしゃるとおりの側面はありますね。
Commented by KAYUKAWA at 2009-06-27 18:57 x
 現時点では、体細胞クローン「個体」の産生効率が悪すぎることや、消費者が「安全性」とは別の観点で受容しないだろうことなど、誰の目にも明らかだと思います。
 私見では、体細胞クローン個体作成の技術は、遺伝子組み換え技術と組み合わせて、異種移植用の臓器づくりや医薬品生産ための「動物製薬工場」を目標にしているのではないか、と。しかしそのどちらも、まともな成果は出ていないようですが。
Commented by stochinai at 2009-06-27 22:54
 まともな成果がでないのは、基礎研究がきちんとできていないうちに応用へと突っ走るからではないかと思います。

 科学のことをたいして理解していない政治家は、原理さえわかったならば大金をつぎ込めばなんとか応用まで持っていけると思っていると思っているのかもしれませんが、ほんとうにそういうレベルにまできているのならば、企業が大金をつぎ込んで突っ走るはずです。

 企業が手を出さないことに、企業から見たらそれほどでもない額(基礎研究から見たら大金)の資金を集中的につぎこむということは、税金の無駄遣いというだけではなく、基礎研究の破壊になっているということをわかってくれる政治家はいないものでしょうか。
Commented by ベンチャー社員 at 2009-06-28 10:15 x
>異種移植用の臓器づくりや医薬品生産ための「動物製薬工場」
は世界的にも完全に頓挫していますね。

 農水でまだこれをやっているのは職員の仕事のためのアリバイ作りだと思っています。組織防衛です。政治家は関係ないです。

 基礎研究ができれば応用につながるか、というとちょっと違いますね。ちょっと我田引水を感じます。
本気に応用を見据えて基礎研究している人は大学でも少ないと思います。基礎研究でやっていけない研究者が、応用を言い訳にしてお金を取っている例が多いです。

 どちらも「評価」がちゃんとできていないことから起きていると思います。
Commented by ベンチャー社員 at 2009-06-28 10:35 x
 stochinaiさんの企業は「大企業」だと思いますが、ある程度原理が分かった段階で応用化を始めないと企業化は全部アメリカのベンチャーにされてしまいますよ。というかそうなっています。

 農水でこのテーマに使っているのは、大企業から見てもものすごい額だと思いますよ。出口に問題があるのは農水でも認識していて困っていると思います。

 このテーマではなく一般論としてですが、日本のベンチャーにもお金が廻るようになれば、はるかに効率的に応用研究ができるのにと思っています。
Commented by stochinai at 2009-06-28 14:21
>基礎研究ができれば応用につながるか

 応用を考えずにやるのが基礎研究で、広い基礎研究の中からたまたま応用につながるものが出ることもある、ということを言いたかったのです。そういう姿勢で基礎研究を支えようという国家的視野があるかどうかが問題だと思っています。確かに、今の日本を動かしているのは政治家ではなく官僚かもしれませんが、「政治家は関係ない」という現状も大問題ではないでしょうか。

>一般論としてですが、日本のベンチャーにもお金が廻るようになれば

 我田引水はちっとも悪いことではないと思いますが、このお金はどこから出ることを期待していますか?もしも税金から回ってくることを期待するということならば、納税者を説得しなければなりませんよね(基礎研究も同じですが)。
Commented by ベンチャー社員 at 2009-06-28 16:34 x
 個別の細かいことにいちいち政治家が出てくるのは好ましくないと思いますよ。まともな意思決定ができるようなシステムを作る、のは政治家の役目ですが。
 ベンチャーが税金からのお金を期待するのは堕落です。もう堕落しているのですが・・・。
Commented by といいますか at 2009-06-29 01:40 x
金融破たんで既存のベンチャースキームはほとんど崩壊したので、次のやり方を考えないと厳しいんじゃないですかね。アメリカをそのまままねるのは無理ですよ。
Commented by 老婆心 at 2009-07-01 23:14 x
失礼ながら、状況をあまりよく把握されていないようなので、コメントさせていただきます。体細胞クローンについて今回、諮問したのは厚生労働省ですが、海外からクローン家畜からの牛肉が輸入された時に問題にならないようにというのが諮問の理由です(アメリカから圧力があったかどうかはよくわかりません)。農林水産省はコスト面はともかく(採算性がないことは明らかですが)、これだけ消費者から不安の声が上がる中で、研究機関からの牛肉をわざわざ販売することはないと思っただけでしょう。さすがに元々クローン家畜を食用に回そうと考えるほどバカではないでしょうし。
Commented by stochinai at 2009-07-01 23:29
 外国にも、クローン家畜を食用にしようと考える「バカ」はいるでしょうか?
Commented by 老婆心 at 2009-07-01 23:59 x
外国では自然交配をしているので、クローン牛を種牛にして、子供をとる農家がいるのかもしれません。そのまま食用にする「バカ」はいないでしょう。日本では種牛として使うのもバカですね。人工授精したほうがコスト的に賢いので。
by stochinai | 2009-06-26 20:05 | 医療・健康 | Comments(12)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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