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これで基礎科学力が強化できるか

 しばらく前に、北海道にある国立大学の先生からメールをいただきました。
8月上旬づけで「基礎科学力強化に向けた提言」及び「基礎科学力強化総合戦略」なるものが文科省の方で策定されたようですが,ご存知でしょうか。
URL:http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/21/08/1282822.htm
 文科省サイトで発表された提言および戦略については読んではおりませんでしたが、当時新聞などで「大学院博士後期課程の学生に給与支給を」というような記事で、この提言のことが取り上げられたように記憶しております。

 メールをくださった先生は、「なかなか夢のある提言なのですが,これの効果について」どうなのかを、さまざまな方のご意見を聞いたり、議論をしたいということでした。おそらく、以下のところからたどることで全体像が見えるようになっているのだと思います。

◎「基礎科学力強化に向けた提言」及び「基礎科学力強化総合戦略」について 別添資料
 「基礎科学力強化に向けた提言」(平成21年8月4日、基礎科学力強化委員会)
 <参考> 基礎科学力強化に向けた提言(要点)
 「基礎科学力強化総合戦略」(平成21年8月4日、基礎科学力強化推進本部)
 <参考> 成長の源泉となる基礎科学力の強化

 量が多くて大変なのですが、ざっと読み流していみるとたしかにポジティブなことがたくさん書かれております。たとえば「提言」の中にある「(2)研究人材のキャリアパス」では、次のように書かれています。
●より多くの優秀な学生を博士課程に進学させるため、アカデミアとノンアカデミアなど多様な場を見据えて、博士号取得後のキャリアパスを明確に示すとともに、ノンアカデミアからアカデミアへの異動やアカデミアからノンアカデミアへの異動といった進路の多様化・柔軟化・双方向化を図ることが必要である。
●特に、大学においてはポスドクに何を求めているか、研究活動におけるポスドクの位置づけを明確にし、ポスドクが自覚を持って研究活動に従事することが必要である。また、学生が安心して学習や研究に打ち込めるためには、将来の経済的な見通しを予め立てられることが必要である。このため、進学に係る「ファイナンシャルプラン」を計画できるようにすることも重要である。
 しかし、その続きを読むとどうやら大学院を国際化することも狙っているようです。
●我が国の研究環境は年々改善され、一定の評価ができるが、他方、米国で Ph.Dを取得する学生は、1 年間に中国で4,300人、韓国も1,200人であるが、日本は僅か220人程度であり、各国の国際ネットワークに対抗するためにも、我が国の大学院の格段の国際化を図るとともに、海外の大学、研究機関への若手研究者の派遣を促進すべき。
 次の項目が、大学院生には給与を出すということの根拠となるものでしょうか。
●高度の人材育成の観点から、修士課程・博士課程共に、TA(ティーチング・アシスタント)やRA(リサーチ・アシスタント)等を活用した実質的給与型の経済的支援の拡充を図るべき。具体的には,特別研究員事業の拡充、大学院に対する競争的資金において、TAやRAの雇用を義務づけることや、優秀な人材に対してフェローシップ型の RA として支援することが考えられる。その際、給付者と受給者の間には契約関係が生じ、奨学金とは異なり、TA や RA には十分な職業的義務の遂行が求められる。また、国民の税金を充当した個人への経済的支援が、将来社会への投資であることを銘記すべきである。何のための公的支援か理念及び目的を明確に示し、経済的支援を通じて学生に社会との関係を学ばせ自覚を促すことが重要である。
 と、金をもらうからにはしっかり働けと、なかなか厳しいことも書かれています。付録についている理工系博士課程教育研究標準モデルを引用します。
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 ざっと見る限り、現状と何もかわらないように思われるのですが、この図では「博士取得後に大学、企業等に就くことが基本」と、博士全員就職をうたっています。これは、国の責任として是非とも実現をお願いしたいところです。(私としては、全員が就職できる以上の数は、博士にしないということが適切だと思います。)

 これらの提言をまとめられた委員は、次の方々です。

     安西 祐一郎 慶應義塾学事顧問、慶應義塾大学理工学部教授
     大垣 眞一郎 独立行政法人国立環境研究所理事長
     梶田 叡 一 兵庫教育大学学長
     小林 誠 独立行政法人日本学術振興会理事、高エネルギー加速器研究機構特別栄誉教授
     佐々木 毅 学習院大学法学部教授、東京大学名誉教授
     竹市 雅俊 独立行政法人理化学研究所発生・再生科学総合研究センター長、京都大学名誉教授
     柘植 綾夫 芝浦工業大学長、三菱重工業株式会社特別顧問
     野間口 有 独立行政法人産業技術総合研究所理事長、三菱電機株式会社取締役
(座長) 野依 良治 独立行政法人理化学研究所理事長、名古屋大学特別教授

 こうしたそうそうたるメンバーがまとめたものですから、いい加減なものになるはずはないと思うものの、以下のように会議はたった4回しか開催されていません。これでは、最初から文科省の官僚が用意した答案を取捨選択するくらいのことしかできなかったのではないかという危惧を覚えます。
基礎科学力強化委員会 開催実績

 第1回 平成21年4月8日(水曜日)
  基礎科学力強化総合戦略策定に向けた検討の進め方について
  基礎科学力強化総合戦略に向けた検討の視点について

 第2回 平成21年5月13日(水曜日)
  基礎科学力強化総合戦略に向けた主要論点について

 第3回 平成21年6月16日(火曜日)
  基礎科学力強化総合戦略に向けた提言(骨子案)について

 第4回 平成21年7月9日(木曜日)
  基礎科学力強化に向けた提言について
 しかし、ここで議論されるもととなったと思われる、現在の日本における高等教育の課題を図示した下の付録を見ると、かなり的確に問題点が把握されていることがわかります。是非とも拡大された原典をごらんになってください。背筋が寒くなりますよ。
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 しかし残念ながら、これだけ問題が的確に把握されているにもかかわらず、今回の提言や戦略の中にここで提示された問題の解決についてほとんど触れられていないように思えるのは私の偏見でしょうか。

 それとも、文科省としてはここに示されたような現在目の前にある複雑にからまりあった問題を解決するよりは、ガラガラポンとすべてをスクラップアンドビルドしようということなのかもしれないとすら感じました。

 そして何よりも、こうした提言や戦略はあくまでも文科省からの提案にすぎず、それをどのように実行するかは時の政府(今ならば民主党中心政権)が決めることです。私は、今後の教育科学行政は、この提言や戦略にしばられることなく、一からやり直しになるような気がしているのですが、そうではないのでしょうか。

 さて、この提言と戦略を前に、我々はどのように対処すべきなのか、私にはにわかにはわからなくなっております。
Commented by nik at 2009-09-07 21:53 x
ざっとしか目を通していませんが、かなりポジティブな提言だと思います。実現すれば、今進学を考えている人にとっても、将来科学を志す子どもたちにとっても、いい環境が整備されていくんじゃないでしょうか。
私自身、現在修士1年で博士課程後期に進学を考えているので、少しでも早く環境を整備してもらえたらいいなと思っています。
裕福な方ではないのでさすがに両親も進学を快く思っていないらしく、口が裂けても留学がしたいなどとは言えませんし・・・。お給料がもらえたり海外留学支援をしてもらえたりすると、私みたいな人間も夢をあきらめなくて済むのかなーと思いますね
Commented by こーた at 2009-09-08 00:00 x
博士取得者の企業への就職増は、人材の流動化が促進しない限り改善されることは難しいでしょう。これは、研究人材のみの問題ではなく、現在の終身雇用制度自体の疲弊からきているのだと思います。民主党政権下でキャリア官僚の終身雇用を見直すなど、大胆な人材活用が望まれるところですね。
Commented by ななし at 2009-09-08 00:30 x
確かに、問題点は結構明確になって来ていると思うんですけどね。

でも、ほとんどのポストが終身雇用の教員で埋まっている問題と、企業から必要とされないレベルの博士の就職問題(具体的にはどうレベルアップを図るか)、それから、博士教育の定義の不明確さの問題(外から見れば、博士なんてと一緒くたにされてしまっているうちは社会進出は出来ない)は解決されないでしょうね。

逆から言うと、これらを解決出来ればかなり見通しは良いと思うのですが、一番の解決策が「あと20年待つ」では、あと20年は良い学生は来ませんよ。

まず大学が変わること(教育内容、基準を明確にすると共に社会的に価値のある博士を育てる)が先決で、次に、それを受け入れる仕組みづくりでしょうね。粗製濫造博士を引き取れ、では社会は納得しないでしょう。質的向上が図られ、社会的評価が上がれば、政策としてもっと大きな額の資金を投入するのは容易いと思います。
Commented by vs財務 at 2009-09-08 13:33 x
財務省向けの資料作成かと。

資料では経費削減が根源です。貧して鈍している窮状を訴え、現在の対応策が妥当であることにお墨付きを与えるために、ビッグネームを拝借しました、というあたりではないでしょうか。

実質的なものは何もないと思います。
Commented by M at 2009-09-08 19:54 x
会社に35歳過ぎの余剰博士を引き取らせるのは無理があります。
良く言われる事ですが、高校理科教師にしてしまえば良いと思います。教員採用試験の年齢制限を外し、博士持ちは特別に、採用前研修で教職単位を与えるということでどうでしょうか。
Commented by ベンチャー社員 at 2009-09-09 10:08 x
皆、自分は変わりたくないから、他人に変わって欲しいと言う。
こういうメンタリティーが一番の障害でしょう。
Commented by 通りすがり at 2009-09-10 03:09 x
理科教師は、教えるだけではなく、生徒の部活や学校行事の指導や、父兄の対応、事務処理、など、「勉強を教える」以外の多くのスキルが必要でしょう。30代なら、これらのスキルはあるのが当然で、できないと受入側の負担が大きい。余剰博士の受入は結構大変だと思う。
by stochinai | 2009-09-07 18:33 | 大学・高等教育 | Comments(7)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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