5号館を出て

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メンデルの法則を覆す研究?(科学ジャーナリズムの不在)

 どうして、こんな書き方しかできないのでしょうか。「メンデルの法則を覆す研究結果、米国の科学者チームが発表」がHOT WIRED JAPANに出ています。もちろん、もともとのHOT WIRED NEWSを翻訳しただけのものなので、日本の記者が全面的に悪いというわけではありません。

 元記事がAPのものだと書いてありますので、飛びつきたくなる気持ちはわかりますが二次情報を翻訳して垂れ流すのでは、大学生のレポートと同じレベルです。ジャーナリストは、記事の商社に成り下がってしまってはいけません。少なくとも、元記事を読むとともにプロの生物学者のコメントを求めるくらいのことはして欲しいと思います。

 元記事でも、あたかも別の科学者のコメントを取っているかのように書いていますが、もともとの論文が載っているNatureのnews and viewsの解説をパクっているだけのようです。

 そもそも「150年間、科学において不動の地位を保ってきた遺伝法則に疑問を投げかける研究結果が発表された」という記事の書き出しからして大間違いなのです。

 何十年も前の大学生ですら、生物学を専攻していれば、そもそも多くの遺伝様式はメンデルの法則にあてはまらないことの方が多いということを教わっています。

 インターネットの時代の我々は、たとえ生物学を専攻していなくても「非メンデル遺伝」とか「non-Mendelian-inheritance」でGoogle検索してみると、前者でも約198件、後者にいたっては約6380件もヒットすることで、簡単にこの記事の価値を検証することができます。つまり、メンデルの法則に従わない遺伝のパターンなんて、昔からたくさんたくさん報告されているのです。

 もちろん、この論文(Nature 434, 505 - 509 (24 March 2005); Genome-wide non-mendelian inheritance of extra-genomic information in Arabidopsis )自体はなかなかおもしろいものです。染色体上にある遺伝子のDNA配列を比較しながら、かけ合わせ実験をしているのですが、父親も母親ももっていないけれども祖父母が持っていた遺伝子配列が孫に出てくるのです。その理由はいろいろ考えられますけれども、現時点では不明です。それがどういう仕組みで起こるのかということについては、生物学者ならばワクワクしながら結果を待ち望むようなおもしろい現象です。

 しかし、たとえそうだとしても、それは今までにたくさん見つかっている非メンデル遺伝のひとつにすぎないものなのです。

 それを「150年間、科学において不動の地位を保ってきた遺伝法則」が覆る、ハッタリ文句にだまされて、そのまま受け売りするなどということでは日本には科学ジャーナリズムなどというものがないことがバレバレです。今、私がここにこういうふうに書いても、明日の新聞などには埋め草の「科学記事」としていろんな新聞に出ることが充分に予測されます。

 まだ、この論文が日本人によって書かれたものでなかったことは幸運だったかもしれません。もし、そうだったら「メンデルの法則覆る大発見」が日本人によってなされたので、ノーベル賞は間違いないだろうというような記事が出ても不思議はありません。

 そんな記事を売っているプロのマスコミ・ジャーナリストっていったい何なのだろうと思います。政治や経済のジャーナリストであるならば、日本でもまだ一次情報に当たって書いている人も多いのかもしれません。しかし、記者クラブでの発表をそのまま右から左へ流しているというものもあるのではないでしょうか。

 ブログが雨後の竹の子よりもたくさん出てきていて、そのほとんどはゴミだとおっしゃられるプロの方の気持ちはもちろんわかりますが、ただでやっているブログのほとんどがゴミでどこがわるいんでしょう。それよりも、お金を取っているマスコミはたった一つでもゴミを出したら徹底的に非難されて当然なんじゃないでしょうか。

 少なくとも、日本には誕生すらしていないと言える科学ジャーナリズムに関しては、アマチュアであるブログよりプロであるマスコミのレベルが高いなんて全然言えないということだけは申し上げておきたいと思います。
Commented by 花見月 at 2005-03-25 01:26 x
拍手。
そういえば、今日、メーリングリストに
時事通信ニュース速報
◎両方で働く遺伝子も=女性の2本のX染色体-米大学チーム
女性の性染色体は、父から受け継いだX染色体と母から受け継いだX染色体の2本あり、細胞ごとにどちらか片方の遺伝子だけ働くと考えられていたが、両方で過剰に働く遺伝子もあることが分かった。
米国のペンシルベニア州立大とデューク大の共同研究チームが、
40人の女性の細胞を調べた成果を17日付の英科学誌ネイチャーに発表した。
というのが流れてきました。
このニュースについても、つぶやいてほしいです。
Commented by stochinai at 2005-03-25 14:29
 先週はこれがトップ科学ニュースでしたね。
 X染色体には、(他の染色体と同じように)異常になると病気を起こす遺伝子がたくさんあります。普通の染色体は男性でも女性でも2本ずつあるので、片方が異常になっても病気になることは少ないのです。X染色体は男性では1本しかないので、それと合わせるかのように女性でも片方のX染色体がまるごと不活性化(遺伝子が働かない状態に)されています。しかも、その不活性化はランダムに起こるのです。(続く)
Commented by stochinai at 2005-03-25 14:30
 (続き)しかし、そうであるにもかかわらず、片方の染色体に異常遺伝子を持っていても病気になる女性がほとんどいないのは不思議なことだと思われていました。ランダムに出ても良いはずですよね。
 もし、他の普通の染色体にある遺伝子と同じように、両方のX染色体にある遺伝子が同時に働いていれば、正常な遺伝子も働くことになるので病気にはならないのです。今回、不活性化されているX染色体にある遺伝子にも働いているものが結構あることがわかったということです。大切な発見ですが、私の感想は「やっぱり」というものです。
by stochinai | 2005-03-24 21:29 | 生物学 | Comments(3)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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