5号館を出て

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今年最高のサイエンス・ライティング

 NewScientist のオピニオン欄に、今年最高のサイエンス・ライティングというタイトルの記事があったので、早速のぞいてみました。

The best of this year's science writing

 ところが、期待に反してそこには今年最高のサイエンス・ライティングの記事が紹介されているのではなく、3冊の新刊が紹介されていただけでした。

Book information
The Best American Science Writing 2009 by Natalie Angier
Published by: Ecco
Price: $14.99
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Book information
The Best American Science and Nature Writing 2009 by Elizabeth Kolbert
Published by: Houghton Mifflin
Price: $14
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Book information
The Best Technology Writing 2009 by Steven Johnson
Published by: Yale University Press
Price: $17.95/£14
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 最初の本のリンク先では、アマゾンでいうところの「なか見検索」と同じ機能がありますので、目次とイントロをざっと眺めてみると、要するにこれらの本は今年一年に新聞や雑誌に書かれたサイエンス・ライティングの中から秀作と思われるものを集めてきてコンパイルしたもののようです。もちろん、どうしてそれらのライティングが素晴らしいのかという評論もついているはずです。

 こういう企画って、日本でもしもあるとするならば(時評ということになるのでしょうか)新聞や雑誌がかなり浅くやる程度がせいぜいではないかと思うのですが、それなりの厚さの単行本にまとめて出してしまうところがいかにもサイエンス・コミュニケーションの先進国であることを感じさせられます。

 こういう企画によって、サイエンス・ライティングをウォッチしているサイエンス・ライティング評論家が食べて行く助けになりますし、もちろん元記事を書いたサイエンス・ライターさんにも記事の再使用にかかる収入が多少なりとも入ることになります。もちろん、ベストに選ばれたということは、今後のライター活動にも大きな力を持つことになるでしょうから、こうした企画そのものがサイエンス・ライティングのサイクルを回す力にもなっているのだと思います。

 今でもあるのかもしれませんが、昔リーダーズ・ダイジェストというアメリカの雑誌の翻訳ものが日本でも出ていたことがありました。内容は、あちこちの雑誌からの転載が多く、しかも記事が要約されているので、私はそれを見た時にあまり良い印象を持たなかった記憶しかありません。当然、その後手にすることもほとんどありませんでしたし、日本では廃刊になったと記憶しています。ところが、Wikipediaによれば現地ではまったく異なった受けいられ方をしているようです。
2004年、アメリカ合衆国版のリーダーズ・ダイジェストは毎月1250万部を発行し、読者数は4400万人に達した。近年は減少傾向にあるが Audit Bureau of Circulation によればリーダーズ・ダイジェストは米国の総合雑誌の中では最も発行部数が多く、これより発行部数が多いのは全米退職者協会(AARP)の会員向けの出版物だけだという。
 これを読んで、そしてアメリカではサイエンス・ライティングのリーダーズ・ダイジェストともいえる上記の本が出版されているのを知って、彼の国とこの国との「文化」の差を再確認させられているところです。

 サイエンス・ライティングはサイエンス研究の解説記事だと思います。そして、膨大に出版されるサイエンス・ライティングをすべてフォローすることのできない人のために、サイエンス・ライティングを解説する記事やその年のベスト記事を推薦する記事や本が出るのが、アメリカという国の文化なのでしょう。

 それは、普段あまり映画を見ない人や音楽を聞かない人をも巻き込んで、全国的なお祭りになってしまうアカデミー賞やグラミー賞と同じように、普段はあまりサイエンスに興味のない人でも、たとえ賞はなくとも今年の「ベスト・サイエンス・ライティングはこれだ」と言われると心が動いてしまう人が多いことを意味していることの証明なのかもしれません。

 リーダーズ・ダイジェストが支持される国では、たとえマイナーな文化に対しても「今はこれがホットなんですよ」という呪文が人々を惹きつける文化があるようにも思えます。うまく言い表すことはできませんが、どんなものであれ最新の文化の流行などをきちんとフォローすることが「社会人として身につけておくべき教養」だと思っている人が多いような気もします。

 日本ではサイエンス・ライティングでは食べていけないということは良く聞くことですが、サイエンス・ライティングを「流行させる」ための努力もまだまだ足りないということも感じているところです。
Commented by libel at 2009-11-02 08:49 x
日本のように狭くて、出版流通の整っている国には育ちにくい文化です。>リーダーズダイジェスト

向こうは、専門書の類は専門書店に行って買うもので、日本のように普通の書店が多彩な品ぞろえを持つことは少ないですし、一般人は手にしにくいものがたくさんあります。
関連文献が膨大でもありますから、要約・抜粋集がほしいと考えるのも自然です。

日本で、一般的な出版社から本を出せば、ほとんど日本全国に行きわたってしまうわけで(少なくとも流通の仕組み上は)、となれば要約・抜粋集よりは、改めて1冊に・・・という話になるでしょう。かの国とは同じになりにくい。
つまるところ文化がどうこうというより、むしろ「経済合理的な仕組み」によって文化が醸成されているのだと見るほうが正しいと思います。
Commented by stochinai at 2009-11-02 09:07
 なるほど、説得力のあるコメント、ありがとうございました。
by stochinai | 2009-11-01 23:08 | 科学一般 | Comments(2)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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