5号館を出て

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予算がない時にあきらめられるものとあきらめてはいけないもの

 なんだかんだ言っても、そこそこコンピューターを使いこなすことのできる人が多いネット周辺には、「科学」の重要性を理解している人が多いと思いますので、そこで今回仕分けされてしまった科学技術関係予算の減額に対する失望感が高いように見えてしまいがちなのですが、おそらく世論調査をしてみればあの「査定」には賛成する国民の数の方が、大型研究予算を温存するという意見よりははるかに多くなるのではないかと感じています。

 民主党には、自民党(自公政権)の推し進めていた科学技術政策に対する反発があり、いわゆる彼らの科学技術政策の目玉だったものをつぶしてしまいたいという気持ちがあるのかもしれません。しかし、たとえそういう深層心理があったとしても、今回の仕分けにおいては膨大にふくれあがった国家予算の削減という「大義名分」があり、あの程度のせこい仕分けではほとんど意味のある削減にはならないとしても、たとえ1億円でもいいから国民注視の中で削減するというパフォーマンスを止めるだけの強い説得力を持った概算要求の提案と、それに対する「素朴な疑問」に対する明快な回答ができなかったのだとしたら、それはある意味政争の中で敗北していく運命だとあきらめるしかないかもしれません。

 しかし、「某科学史家の暴言録」さんがおっしゃっているように、仕方がないと片付けられないこともあると思います。
私が一番気になるのは、人材育成関係の事業の予算縮減である。人材育成・若手支援で道を誤れば、一世代の人材が欠落し、長い期間にわたって悪影響を与えることになる。
 実はこの人材育成に関しては、今回の仕分けとはまったく関係なく、少なくとも私の関係する理系分野では、すでにもう崩壊しつつあるという現実を認識しておかなければなりません。

 大学院重点化とポスドク等1万人計画などで、毎年のように膨大な数の博士が生み出されるとともに、そのうちのかなりの部分がポスドクという短期雇用の研究者になるというシステムは、それが作られた最初のうちは大学院などにおける研究業績の急速な増加という形で成果を生み出していったことは事実だと思います(研究が大学院生とポスドクによって担われているので、それが増えれば当然業績は増します)。ところが、しばらくたっていくうちに、おおむね3年任期のポスドクを2回・3回と繰り返しても、ほとんどの人が大学教員や研究所の常勤研究員として就職できないという現実が明らかになってきました。

 このあたりの事情の解説については、ネットをちょっと巡回するだけでいくらでも手にはいりますが、研究者が増える一方で、大学などは縮小を始めたこともあり、要するにそれらの人材を受け入れる受け皿が社会全体として用意されていなかったことが大きな理由だと思います(これに関しては、博士やポスドクが研究職にこだわりすぎるという声もありますが、研究者として育成された人材が研究職にこだわるのはあまりにも当然のことです)。

 その状況が大学院を目指す大学生や、博士課程を目指そうと思っていた修士課程の学生にも認識され始めた結果、数年前から大学院では博士課程への進学率が低下してきており、定員を満たしていない大学のほうが多くなってきているのではないかと思います。ここへきて、文科省も博士課程の定員削減を認めるような発言をするようになりました。しかし、理由はよくわかりませんが、意外なほど実際に定員を減らしている大学院は少ないようです。

 理系の大学生は、さすがに最近の科学を身につけるのは大学4年では足りないと思っている人が多いのか、修士課程までは行こうという意識は非常に高いものの、そのほとんどが博士課程への進学をためらっているのが現実です。その結果、研究者として期待できる人材が必ずしも博士課程へ進学しないということが実際に起こっていると思います。あるいは、自分は研究者になりたいと強く思っている学生は、特定の旧帝大のトップ数大学の大学院博士課程へ集中するということになっているのかもしれません。

 そういうリスクの中を博士課程に進学する、いわば研究後継者になりうる「金の卵」である大学院生への経済的支援として非常に重要な学術振興会の特別研究員制度を廃止するというのは、まさに研究者を育てるという教育に対する暴挙と言わざるを得ません。博士課程の学生やポスドクを今後減らしていくということ自体は間違いではないと思いますが、逆に今後は博士課程の学生ややポスドクは後継研究者として全員に生活費を国が補償していくという制度があってしかるべきものでもあります。

 もちろん、税金で生活費も支給され、次世代を担う研究者として教育された人材に関しては、見返りとして日本の科学にそれなりの大きな貢献をしてもらわなければなりませんが、研究者を目指す若者に研究者あるいは教育者としての職を与えたならば、彼らは喜んで身を粉にして研究教育に励んでくれるでしょう。

 蓮舫さんのおっしゃる、税金に対する見返りが数年のうちに間違いなく実現される確実な方法のひとつだと思います。

 とりあえず、今回は話をここに絞っておきたいと思います。民主党政権の皆さん、次世代の研究者を育てる政策に投入するお金は短期的に見ても長期的に見ても、重要で十分に見返りのある投資になります。自民党は失敗しましたが、これが未来を見据えた科学技術政策の最重要課題として、お願いしたいポイントのひとつです。

 是非とも、ご検討をお願いいたします。
Commented by 甘過ぎ at 2009-11-16 06:20 x
「次世代の研究者を育てる政策に投入するお金は短期的に見ても長期的に見ても、重要で十分に見返りのある投資になります。」
この点について自分としても大賛成したいところだが旧帝大の大学院でも教育カリキュラムを改善する必要があるね。カリキュラムの見かけは立派でも成績管理は欧米とは比較にならないくらいいい加減。文科省はしっかり成績管理をして留年をたくさん出した大学にこそ運営費交付金をたくさん出すべき。今は逆のことをしている。あと工学であれ理学であれ自分の研究室に必要な部分しか教えないところが多いと感じる。
ドクターコースが真に競争的環境になり人材育成投資がしっかりしてこそ見返りが期待できる。
Commented by stochinai at 2009-11-16 06:42
 その点に関してはまったくおっしゃるとおりで、文科省にその力があるかどうかはさておき、大学院のあり方を「教育」の観点から根本的に改革しなければダメだと思います。
 とりあえずは大学院への資金の配分方法を現在の研究中心から、学生を育てることへと大きく舵を切って、学生はどこの研究室へ進学しても、しっかりとした研究者へと育つように教育を受けることができるような体制にしなければならないと思います。現状は研究室によって、予算、教育体制などがあまりにも違いすぎると思います。
Commented by 学会がまとまれば at 2009-11-16 07:37 x
生物や物理など分野を問わず、今回の若手切りに関しては危機感は多いと思います。
全学会がまとまれば、非常に大きな政治圧力にはあるでしょう。
問題は、どうやってまとまるかです。

元来、学会は政治とは距離があります。
それをどうつなげて、学生や院生まで波及させて意見を集約するかができれば、きっと変えられるでしょう。
でも、時間がかかればどちらにせよ致命的ですが…。

Commented by stochinai at 2009-11-16 19:48
 学会も大学も文科省に申請(お願い)することは慣れていますが、連合して交渉(要求)するなどということはほとんどやったことがないので、非常に難しいと思います。
 もちろんそういう「正規ルート」で状況を突破できればそれにこしたことはないのですが、難しいと思われますので、一方でそれを模索しつつ、かといってあまり頼らずに、あちこちでどんどんゲリラ的活動を重ねていくというのが現実的かと思っています。
Commented by ゑぶ at 2009-11-17 01:21 x
文科省に陳情したりゲリラ活動的ないやがらせをしても、ただ単に文科省の業務量を増やすだけで何の解決にもならないばかりか、本来業務にさける時間がなくなって(それでなくても公務員は残業が著しいので)、研究者たちは自分の首を絞めるだけですよ。

研究者は役所に対して自分たちの生活のために研究に金を出せというのではなくて、国のために研究振興が必要なんだと主張するのならば、むしろ、研究能力を生かして、研究への公的投資がいかに国民にペイするかエビデンスを示すべきなのでは。きっと使えるデータが示されたら、たとえば行政刷新会議対応で、官僚が使うかもしれない。文科省を敵視するだけでなく、援護射撃、弾丸補給をするという姿勢も必要と思います。結局、財務省と直接ぶつかりあうのは研究者ではなく文科省なので。

それに近い海外の例を以下の通り示します。
ttp://www.eric.ed.gov/ERICDocs/data/ericdocs2sql/content_storage_01/0000019b/80/1b/a3/eb.pdf
Commented by さすらいの秘書@化学系 at 2009-11-17 09:08 x
こんにちは。
↓ここで国民の意見を募集しているとのことなので、私も一筆書こうかと
思っています! 参考までにURL貼らせていただきます。
おじゃまいたしました。。。

【総合科学技術会議】
予算要求施策に対する優先度判定について
ttp://www8.cao.go.jp/cstp/index.html
【文部科学省】
今回の事業仕分けについて
ttp://www.mext.go.jp/a_menu/kaikei/sassin/1286925.htm
Commented by stochinai at 2009-11-17 09:36
 ゑぶさん
 ゲリラ的活動とはいやがらせのつもりはまったくなく、ゲリラ的支援活動のつもりでした。さすらいの秘書@化学系さんのおっしゃるパブコメも役に立つ可能性があることのひとつだと思います。

 ゑぶさんが教えてくれたpdfファイルを見て思い出しましたが、日本にも国立教育政策研究所というところがあり、そこに高等教育研究部という立派なところがあるのですから、文科省はヒアリングの時などにはそういうところをどんどん利用してもらいたいものですね。
http://www.nier.go.jp/koutou/home.html
Commented by ゑぶ at 2009-11-18 02:06 x
学会は、いわば同業者集団の業界団体みたいなものなので、学会単位でエビデンスに基づいた提言をだせたらいいのでは、と思います。ちなみに、経団連もそういうことをやっています。
ttp://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/index.html

なお、国立教育政策研究所は、文部科学大臣の所轄機関であり、文部科学省の一部です。余談ですが、この研究所が文科省のシンクタンク的存在として、教育振興に資するエビデンスをどんどん提供していたら、教育振興基本計画の数値目標を巡る文科省と財務省との議論においても、少なくとも文科省完敗と呼ばれなくて済んだのではと思います。
ttp://monokaki-meijin.blog.drecom.jp/archive/1796
ttp://rihe.hiroshima-u.ac.jp/tmp_djvu.php?id=98016
(↑計画策定時に文部科学省高等教育政策室長だった人物の反省の弁)
Commented by 名無し at 2009-11-18 13:11 x
正直今回の仕分けを聞いていて最も問題なのは文科省の無能さではないのでしょうか。文科省は科学や教育というのが広義の経済政策であるという概念がすっぱり抜けており、とても今後文科省が打ち出す政策が成功するとは考えられません。

ゆとり教育、博士1万人計画など様々な大型政策をことごとく失敗した文科省は、科学・教育(大学以上)を他省庁に権益を譲り、文化省となればいいのではないでしょうか。
現在の大学や科学政策の惨状は、文科省が主導したことが大きな要因としか考えられません。責任をとって省を解散すべきでは。
経産省の主導に入ったほうが、よぽっど有意義な気がしてたまりません。
Commented by stochinai at 2009-11-18 17:12
 いろいろな方の話を聞くと、いままでは文科省にいろいろなお願いをしにいったりすると、大学関係者の方が、まさに今の仕分け委員の方々が文科省を問い詰めるのと同じような態度で、同じようなことを言われていたようです。
 今回、立場が逆転してみると何も言えなくなったということは、文科省の方々もしっかりとした方針があって高等教育・科学政策を動かしていたのではないということなのでしょう。
 だからといって、経産省の下にはいるのは、ヒツジがオオカミの檻に入るような気もするのですが・・・。
Commented by SUSU at 2009-11-23 10:51 x
まずは、大学業界全体として、博士が授与機関、専門、年齢ごとにどの程度ポスドクやテニュア教員に就いてるか。また、民間就職した人についてもどの程度大学院時代の専門と一致した職種に就いているかなど、出口情報を徹底的に調査し、明らかにするべきであると思います。

博士については経歴や所属をデータベースに登録している人も多く、さほどコストは必要としないと思われます。現状の正確な把握なくして、国家レベルで大学院教育のシステム変更を議論するのは、○○会議の一部の重鎮の意見で左右されたりするのでやや危険だと思います。

Commented by stochinai at 2009-11-23 13:00
 まったく、おっしゃるとおりですね。それほど詳しくはないのですが、とりあえずのデータは文科省にあります。
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/main_b8.htm
 それ以上の細かいことを調べようとすると、お金と人が必要になるのですが、学術会議とか国大協などがやってくれるかどうか。あるいは、今回の仕分けでいろいろと削ったところから、まずそうしたことを調べるための予算(組織?)を創設してもらうという提案はどうでしょうか。
Commented by SUSU at 2009-11-23 15:16 x
詳細に調査すると地方国立大学・私立大学および基礎系分野に厳しい数値が出る可能性が高く、第3者機関でないと、しがらみで身動きの取
れない既存の組織では、私個人としてはあまり期待が持てません。

連帯の苦手な博士達の生態を考えると絵空事かもしれませんが、例えば、割としがらみの少ない各学会の若手部門などが中心となって、組織率の極めて高い横断的な博士の連合組織(労働組合?日本医師会的なもの?)を立ちあげて、わずかな年会費を集めながらそこが会員の調査をするなどしない限り無理かもしれません。
Commented by alchemist at 2009-11-24 10:15 x
少し前に、キャリアパスの実態調査がありましたが、以前の調査結果のまとめが以下に掲載されています。既にtenureを得たヒトが調査対象なのでここの話題とはずれる面が多いのですが、参考になる部分もあるのではないでしょうか。
ttp://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/rep123j/idx123j.html
Commented by stochinai at 2009-11-24 19:58
 忘れてました。こういうのもありましたね。ありがとうございました。
by stochinai | 2009-11-15 23:23 | 教育 | Comments(15)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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