5号館を出て

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もつれた糸はどこから解きほぐしたら良いのか

 事業仕分けで削減や廃止を宣告された事業については、主にその利害関係者から猛烈な反対の声が上がっています。誰だって、現在持っている既得権益をいきなり剥奪されると言われたら、たとえその権益が自らの生命そのものを脅かすものでなくとも、また場合によってはその権益を受けていることに多少なりとも心のやましさを感じていたとしても、反対の声をあげてしまうものだと思います。

 今回のような事業仕分けに関しては、利害関係者の声がもっとも大きくそして悲痛に聞こえるのは当たり前なので、声が大きくそして痛々しい意見に負けてしまったのでは何のための事業仕分けだったのかわからなくなります。

 もちろん、今回の仕分けの影響をもろに受けて、生活が困窮する可能性のあるポスドクなどに関しては、たとえ事業が廃止されたとしても何年かの生活保障はあってしかるべきものだとは思います。ダム建設事業が打ち切られて失業してしまう現場労働者も同様だと思います。しかし、そういう方々はたとえ今回のような仕分けがなかったとしても、プロジェクトあるいはダム建設の終了とともにあっさりと首を切られてしまうという、この20年ほどの間に確立された日本の労働スタイルの中に置かれてきたわけで、こうした事業が無限に拡大再生産を続けて行くというあり得ないシナリオがなければ、早晩同じ状況に追い込まれていたはずです。

 ダムの問題はさておき、あたかも事業仕分けさえなければ日本の若手研究者が被害を受けることはなかったかのような物言いで、研究予算の復活を要求する意見には大きく首をかしげざるを得ません。

 というわけで、せっかくの事業仕分けですから、生産的な教育研究の場を作り直すという作業が開始されない限り、安易に復活すべきではないというのが私の意見です。
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 (C) photoXpress

 もつれた糸はどこから解きほぐしていったら良いでしょう。

 確かに、高等教育と研究が一体化していて、大学院生が授業料を払いながら、日本の科学研究を支えているという厳然たる事実は動かしがたいものだと思います。ポスドク等1万人計画の頃は、大学院時代を乗り越えて博士になれば、「好きな」研究をしているだけで毎月30万円から40万円の給料がもらえて、運が良ければその後で研究室が持てるかもしれないという「夢」を持ち続けて、ボスの研究に大きな貢献をした(している)ポスドクが数え切れないくらいいます。

 他の予算が削られる中、科学研究費は増加を続け、研究費で雇われるポスドクなども増加してきたところまでは良いのですが、いつまでたってもポスドクが終わらない、つまり独立して研究室を持てないという状況は、ある種の詐欺状態と言われても仕方がないところです。

 それでも、科学研究費が増え続けて、場合によっては一生ポスドクをやっていてもなんとか食べていけるということであれば、それはそれで「あり」なのかもしれません。

 ところが、日本の経済状況が没落してきて、政治家を含めた多くの日本人が科学への税金投入はは日本の未来への投資にならないという判断に傾きつつあるというのが現状でしょう。もちろん、国民にそう思わせてしまった原因の一つが、科学者が科学の有用性を訴え続けてこなかったという怠慢であることは間違いないところだと思います。しかし、たとえそうであっても「日本国民」が、科学にそんなにお金をつぎ込まなくても良いと判断したのならば、それを「科学否定」だとか「無知のなせる技」などと非難する権利は科学者にはありません。

 今回の事業仕分けの科学予算削減というのは、そういう国民の声の反映であることをひとまず受け入れることから、次の議論を始めるべきだと思います。

 本当に科学研究の予算を削減してもいいのか。さらに、科学者を育てる大学院・大学は減っても良いのか。それでも、本当に日本の未来に不安はないのか、といった本質的な議論をする良いチャンスなのではないでしょうか。

 それが、あちこちからの「陳情」によって政治決着してあっさりと復活してしまうことになると、せっかく広く議論をするチャンスが失われることになるのではないかと恐れています。

 高等教育、大学院問題、ポスドク問題、研究問題、女性研究者支援問題、大学教員問題、大学そのものの問題、などなど関連するものだけでも、科学の周辺にはとてつもなくたくさんの問題が複雑にからみあっていることがわかります。そうしたところにある根本的問題を議論することなく予算が復活して、みんなが黙ってしまうくらいなら、予算の復活などないほうが良いのかもしれないと思う、今日この頃です。
Commented by もっともですが・・・ at 2009-12-17 07:34 x
若手が削減されるということに反対な人は意外に少ないのでは?
“若手だけが狙い撃ちされた”ことに反対の思いがあるのではないでしょうか?
多くの科学者は削減はやむをえないと感じているはずです。

そうではなくて、なぜ“議論もないまま“若手だけを切るのかが不愉快なだけだと思います。
PIたちは安泰で、若手殺し。

議論をする時間を稼ぐため、“陳情”で時間を作ることはアリだと思っています。
削減ありきで、当事者間で議論させてほしいと願う昨今です。
削減はできると思います
Commented by stochinai at 2009-12-17 20:27
 結局、交渉の席に着ける人間が限られていることがそういう状況を生み出してしまうのだと思います。ノーベル賞受賞者などは最大の既得権者のように思えます。私を含めすでに既得権を持っている者などを間に入れずに当事者が行政関係者と直接交渉するチャンネルをどうにかして開きたいものですね。
Commented by 通りすがり at 2009-12-20 20:51 x
今回の仕分けの話が一部の陳情に決着し、折角科学界の抱える諸問題に対する議論ができる場が失われつつあること私も憂いています。

陳情と言うカンフル剤を打っても本質の問題は何も解決されず、もし数年後「仕分け」が実施されたら本当に科学予算は削減されてしまうことを認識してもらいたいと思います。

また、若手制度改革のことだけを考えるのであれば科学者のみなさんは自分は科学のスペシャリストであり、政策立案や組織改革のスペシャリストではないことを理解してほしいです。10年間若者問題は「科学者だけでは解決してこれなかった」のです。素人が下手にいじると大火傷します。納得感を得るため多くの意見を聞く場を持つことは必要とも思いますが、いまこそ外部のスペシャリストの意見を取り入れるという謙虚な姿勢をもつことも必要と考えます。
とはいえ、今回若手制度は文科省や偉い研究者の方にはあまり意識されていない気もしますが…。
by stochinai | 2009-12-16 21:30 | 大学・高等教育 | Comments(3)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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