5号館を出て

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イギリス沿岸でシャチが種分化中(とBBCが言っている)

 BBCニュースで仕入れました。

 Two killer whale types found in UK waters

 イギリス沿岸に生息するシャチに2つのタイプがあることがわかったという記事です。同じ場所に住んでいるのに、異なるグループとして認識されるということは、シャチ同士でそれぞれのグループを認識しているということになり、交配もグループ内で行われていることがはっきりすれば、それは生物学的には別種として区別されるということになります。

 私のわずかな知識によれば、英米で killer whale (Orcinus orca) 殺し屋クジラと呼ばれているシャチ(これはアイヌ語だそうです)は、世界中で1属1種だけだと思っていたのですが、この記事とそのもとになっている雑誌 Molecular Ecology によれば、イギリス沿岸だけでもどうやら別種といえるくらい異なったシャチの集団が2つあるらしいということです。

 こういう大型動物で「新種」が発見されるということは極めて珍しいので、今まで1種だと思われていたものが実は2種だったとか3種だったとかいう話でも十分にワクワクします。

 論文の原著はこちらです。

Molecular Ecology Volume 18 Issue 24, Pages 5207 - 5217
10.1111/j.1365-294X.2009.04407.x
Ecological, morphological and genetic divergence of sympatric North Atlantic killer whale populations
ANDREW D. FOOTE, JASON NEWTON, STUART B. PIERTNEY, ESKE WILLERSLEV and M. THOMAS P. GILBERT


 脊椎動物の分類は基本的に形それも骨の形態で行われることが多いのですが、最近はそれに加えて遺伝子配列データを使うことが多くなりました。遺伝子データはデジタルなので、ちょっとした差でもはっきりと出るので、家族生活をする哺乳類などの動物では親戚ごとにグループ分けできたりします。

 さすがにそれだけでは、分類の単位となる「種」が違うとまでは言えないので、もちろん他の指標も使うのですが、今回は大きさを含む外見と餌そしてそれにともなう歯の減り方の違いが、遺伝子の違いと良い相関を示したので、これは別種あるいはそこまでいかなくても別種になりつつある状況と言っても良いのではないかという議論です。

 見た目が違うというのは大きいですね。まずは、こちらがタイプ1と呼ばれるグループです。
イギリス沿岸でシャチが種分化中(とBBCが言っている)_c0025115_20275181.jpg
 そして、こちらがそれよりもちょっと大型のタイプ2です。
イギリス沿岸でシャチが種分化中(とBBCが言っている)_c0025115_20282837.jpg
 この二つは大きさ以外に、模様や潮吹き穴の位置が微妙に異なり、タイプ1では頭の左右にある模様が背中に水平で、潮吹き穴の位置が模様の真ん中付近にありますが、タイプ2では模様がちょっと上を向いていて、潮吹き穴は模様よりも前方にあるということです。

 さらに、タイプ1はニシンやサバなどの魚を食べるているので大人になると歯がすり減ってくるのですが、タイプ2はイルカや小型クジラなどを食べているるので歯がすり減らないということだそうで、この写真がその比較です。
イギリス沿岸でシャチが種分化中(とBBCが言っている)_c0025115_20341844.jpg
 これはかなり違いますね。もちろん、DNAデータを比較してもそれぞれがグループを作っていることが示されました。

 というわけで、完全に別種だと結論するには至らなくても、これらが別々のグループとして生活および交配していることは間違いなさそうなので、このままいけば別種へと分化するだろうということが著者たちの意見です。

 これは、すごいということでWilipediaを見てみたら、実は南極海にいるシャチも、すでに3種類に分けられるという論文がかなり前に出ていました。もともとの論文はこれのようですが、オンラインでは到達できません。

Pitman R.L, Ensor P 2003 Three forms of killer whales (Orcinus orca) in Antarctic waters. J. Cetacean Res. Manag. 5, 131–139.

 しかし、同じような内容でさらに遺伝子解析も含めた論文になったものがオープンアクセスになっています。

doi: 10.1098/rsbl.2008.0168
Biol. Lett. 23 August 2008 vol. 4 no. 4 426-429
Mitochondrial sequence divergence among Antarctic killer whale ecotypes is consistent with multiple species
Richard G LeDuc, Kelly M Robertson and Robert L Pitman


 南極海にはこの図のような3種がいるそうです。
イギリス沿岸でシャチが種分化中(とBBCが言っている)_c0025115_20454837.jpg
 パッと見ると、どれも同じシャチに見えますが良く見ると、確かに模様のパターンがちょっとずつ違います。

 こういう目を持って、世界の水族館にいるシャチを見直してみると実はずいぶんいろいろ違うのがいるように思えてきます。

 シャチというのは、クジラというよりは大きなイルカと呼ぶべき存在なのだそうで、かなり知能が高く、家族があったり、社会生活もしているということなので、一見同じように見えるものでもシャチにとってみれば、方言や文化が違うということになるのかもしれず、そうだとすると意外と簡単に外とは交配しない「民族」のようなものができてしまうのかもしれません。

 いずれにせよ、こういう問題では研究者が真面目に取り組むとどんどん「種」が増えていくという傾向があるようなので、これから新たな種の発見が続くのではないでしょうか。

 観客のひとりとしては、楽しいので大歓迎です。
Commented by complex_cat at 2010-01-07 00:00
かつてカルフォルニアのナチュラルミュージーアムで非常勤で働いていた友人が言うには,この話は随分前から半ば常識とされていたようで,オルカのショーなどに使われる個体は「魚食い」の個体群からのものを使うという話があったようです。どの程度の比率か分かりませんが,当時その話を聞いたときに,人がシャチの口の中に頭を突っ込むショーのなどの背景として何となく納得した覚えがあります。
Commented by complex_cat at 2010-01-07 00:10
後,タイトルは,少し誤解を招きそうな気がします。sibling species,外部形態的に殆ど判別できないけれど,明確な生殖隔離が存在する別種として確認されつつあるということかなと思います。
Commented by stochinai at 2010-01-07 06:43
 タイトルは私もちょっと悩んだのですが、研究者がBBCなどの報道機関にそのように解説しているように思われたので、誤解されることも半ば承知で決めたのですが、確かにミスリーディングかもしれないので、ちょっと変えてみました(^^;)。

 論文というものはどうしても「これが最初」と書きたくなるものですし、マスコミなどに発表する時には、センセーショナルになりがちです。おそらくシャチの種分化にしたって、何万年も前から起こっていることなのだとおもいますが、プロの分類学者の方も「我々は種分化が起こりつつあるところに立ち会っている」などという言い方をしているのを何度か見聞きしました。

 自分で書いていても、「わかりやすい説明」と「生物学的厳密さ」とは、なかなか両立が難しいものだと思います。

 今年もよろしくお願いします。
Commented by complex_cat at 2010-01-07 09:46
先生のおっしゃるとおりだと思いつつも,厳密さについての論議があっても良いコメント欄ということに甘えさせていただいて,少し突っ込んでみたというのが本音です。
こちらこそ,本年もよろしくお願いいたします。
Commented by stochinai at 2010-01-07 10:28
 いつも的確なご指摘をいただき感謝しております。議論については、いつでもどなたでも大歓迎ですので、どしどし突っ込んでください。
by stochinai | 2010-01-06 20:58 | 生物学 | Comments(5)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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