2005年 04月 06日
ニュースの娯楽化
「ネットは新聞を殺すのかblog」で、人気ランキングだとニュースが娯楽化してしまうかというエントリーが立てられました。
ホリエモンがあまり深くも考えずに「ニュースの重要性なんてアクセスランキングで決めればいいじゃないですか」とかなんとか言ったので、筑紫さんをはじめとする心あるオールドメディア・ジャーナリスト達が続々と反論を出したことはそんなに前のことではありません。彼らの反論の要旨は、視野の狭い迷える人民を正しく導くためには、立派なジャーナリストの活動が必要なのだということだと思います。
ネットの世界という迷える人民が烏合して作り上げているシステムに、ニュースの価値などを判断させるのは危険すぎる、と言いたい気持ちはわからないでもありません。しかし、インターネットがあろうがあるまいが、テレビ・ラジオ・週刊誌・雑誌などポスト新聞メディアとして現れてきたメディアにおけるニュースが報道されるかされないかという選択基準はすでに、単純に大衆受けするかしないかという尺度に動かされているという現実があると思います。
そうした大衆娯楽と区別がつかなくなったものを、ニュースと呼びたくはないという守旧派の方々の意見はさておき、現実社会ではネットが殺す前に新聞はすでに死んでいるという見方もできるのではないでしょうか。そして、そこでニュースが売れるか売れないかの判断は、単純な人気投票原理に支配されていると思います。
ここでホリエモンの言っていることと、筑紫さんの言っていることがかみ合わないのは、かたや「価値」というものはそれが金になるかならないかだと言っているのに対して、もう一方は人間の生きる意味というようなことに照らし合わせてそれが重要か重要ではないかということが「価値」なのだ、とまったく違うことを同じ言葉で言おうとしているからだと思います。
一方、「ネットは・・・」の湯川さんは「ニュースは今後、ニュースサイトではなくブログを通じて知ることが多くなると思う。マスメディアやニュースサイトの価値判断の影響力は相対的に下がりつつあるのではなかろうか」と言います。
湯川さんの言っているのは、高いリテラシーを持った個人がネットという仕組みを使うことで、主体的に自分の価値基準を持ってニュースを探すことのできる時代になっているのだから、何も心配することはないということだと思います。
印刷された書籍やCDなどの爆発的ヒットがなくなってきていることは事実かもしれませんが、その原因が高度なリテラシーを持った個人がたくさん生み出されることで、人々が主体的に多様な価値観を持つようになったからであるとは、私には思えません。全体として書籍やCDなどの売り上げは落ちている中で、やはりそこそこ売れるものは単純なランキングの趨勢に引きずられているのが現実ではないでしょうか。
おそらくネットの世界を支配するのも同じ原理だと思います。だから、筑紫さん達の心配は当たっているとは思うのですが、すでに社会がそうなっているところに新しい仕掛けであるネットが出てきてもそれは同じ原理で動くしかないと思います。
ただし、ネットという仕掛けが意識とリテラシーを持った人々にとっては福音となり、今まで以上に効率的に自分の価値に合ったものを見つけやすくしてくれることは間違いないと思いますので、おそらく私は湯川さんと同じようにネットの未来には期待しています。
ただし、最後の結論だけは賛成できません。
「自動ランキングがあってもいい。多くの人はその価値判断だけに頼らなくなるのだから」ではなく、やはり多くの人は自動ランキングの判断に支配されるようになるだろうと思います。そうしたものに踊らされないために、我々個々人はネットリテラシーを磨かなければならないのだ、というふうに私は思います。
ホリエモンがあまり深くも考えずに「ニュースの重要性なんてアクセスランキングで決めればいいじゃないですか」とかなんとか言ったので、筑紫さんをはじめとする心あるオールドメディア・ジャーナリスト達が続々と反論を出したことはそんなに前のことではありません。彼らの反論の要旨は、視野の狭い迷える人民を正しく導くためには、立派なジャーナリストの活動が必要なのだということだと思います。
ネットの世界という迷える人民が烏合して作り上げているシステムに、ニュースの価値などを判断させるのは危険すぎる、と言いたい気持ちはわからないでもありません。しかし、インターネットがあろうがあるまいが、テレビ・ラジオ・週刊誌・雑誌などポスト新聞メディアとして現れてきたメディアにおけるニュースが報道されるかされないかという選択基準はすでに、単純に大衆受けするかしないかという尺度に動かされているという現実があると思います。
そうした大衆娯楽と区別がつかなくなったものを、ニュースと呼びたくはないという守旧派の方々の意見はさておき、現実社会ではネットが殺す前に新聞はすでに死んでいるという見方もできるのではないでしょうか。そして、そこでニュースが売れるか売れないかの判断は、単純な人気投票原理に支配されていると思います。
ここでホリエモンの言っていることと、筑紫さんの言っていることがかみ合わないのは、かたや「価値」というものはそれが金になるかならないかだと言っているのに対して、もう一方は人間の生きる意味というようなことに照らし合わせてそれが重要か重要ではないかということが「価値」なのだ、とまったく違うことを同じ言葉で言おうとしているからだと思います。
一方、「ネットは・・・」の湯川さんは「ニュースは今後、ニュースサイトではなくブログを通じて知ることが多くなると思う。マスメディアやニュースサイトの価値判断の影響力は相対的に下がりつつあるのではなかろうか」と言います。
湯川さんの言っているのは、高いリテラシーを持った個人がネットという仕組みを使うことで、主体的に自分の価値基準を持ってニュースを探すことのできる時代になっているのだから、何も心配することはないということだと思います。
印刷された書籍やCDなどの爆発的ヒットがなくなってきていることは事実かもしれませんが、その原因が高度なリテラシーを持った個人がたくさん生み出されることで、人々が主体的に多様な価値観を持つようになったからであるとは、私には思えません。全体として書籍やCDなどの売り上げは落ちている中で、やはりそこそこ売れるものは単純なランキングの趨勢に引きずられているのが現実ではないでしょうか。
おそらくネットの世界を支配するのも同じ原理だと思います。だから、筑紫さん達の心配は当たっているとは思うのですが、すでに社会がそうなっているところに新しい仕掛けであるネットが出てきてもそれは同じ原理で動くしかないと思います。
ただし、ネットという仕掛けが意識とリテラシーを持った人々にとっては福音となり、今まで以上に効率的に自分の価値に合ったものを見つけやすくしてくれることは間違いないと思いますので、おそらく私は湯川さんと同じようにネットの未来には期待しています。
ただし、最後の結論だけは賛成できません。
「自動ランキングがあってもいい。多くの人はその価値判断だけに頼らなくなるのだから」ではなく、やはり多くの人は自動ランキングの判断に支配されるようになるだろうと思います。そうしたものに踊らされないために、我々個々人はネットリテラシーを磨かなければならないのだ、というふうに私は思います。
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tel
at 2005-04-06 21:46
x
ごめんなさい。
湯川さんのところにコメントするつもりが、こっちにしてしまいました。
できれば削除お願いしたいです。
でも、stochinaiさんの意見はとても共感できました。
湯川さんのところにコメントするつもりが、こっちにしてしまいました。
できれば削除お願いしたいです。
でも、stochinaiさんの意見はとても共感できました。
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stochinai at 2005-04-06 22:21
ありがとうございます。褒められたので、こっちは残しちゃいました(笑)。
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tel
at 2005-04-06 23:23
x
どうもありがとうございました。
stochinaiさんが個々人のネットリテラシーの研磨の必要性で結語しているのに対して、私はリテラシー自体に信用を置けないという意味で結語しています。でもまあ、言ってみればこれは、「大衆を性善説で見るか、性悪説で見るか」の違いだけかもしれません。私が読んだ範囲でこの問題に関して言えば、stochinaiさんの今回のエントリーが一番バランス感があるように思いました。タダ者ではない、と思っていたのですが、大学の先生と聞いて納得です(笑
当然ながら私も、未来は明るいものであって欲しいとは思っています。ただ、ここのところの新自由主義の台頭といいますか、市場経義の隆盛といいますか、そういうものを見ていると、正直未来に対して明るい気持ちにはなれません。いやな時代になってきているよなあ、という感じがひしひしとします。
stochinaiさんが個々人のネットリテラシーの研磨の必要性で結語しているのに対して、私はリテラシー自体に信用を置けないという意味で結語しています。でもまあ、言ってみればこれは、「大衆を性善説で見るか、性悪説で見るか」の違いだけかもしれません。私が読んだ範囲でこの問題に関して言えば、stochinaiさんの今回のエントリーが一番バランス感があるように思いました。タダ者ではない、と思っていたのですが、大学の先生と聞いて納得です(笑
当然ながら私も、未来は明るいものであって欲しいとは思っています。ただ、ここのところの新自由主義の台頭といいますか、市場経義の隆盛といいますか、そういうものを見ていると、正直未来に対して明るい気持ちにはなれません。いやな時代になってきているよなあ、という感じがひしひしとします。
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stochinai at 2005-04-12 13:45
↑ TBありがとうございました。こちらこそよろしくお願いします。
ホリエモンの「「自動ランキングがあってもいい…」のコメントですが、何もそれだけである必要はないと思うのです。彼の良いところは柔軟性だと思っていますので、それを失いさえしなければ、こちらが働きかければ、少数意見のコーナーや新たな視点を発表する場を必ず設けると思っています。欧米式にいよいよ「権利の上に眠る者には」なんら与えられない時代になるのではないでしょうか。つまりお任せではなく私たちも主張しなければ果実は手に入らないのだと思います。
ホリエモンの「「自動ランキングがあってもいい…」のコメントですが、何もそれだけである必要はないと思うのです。彼の良いところは柔軟性だと思っていますので、それを失いさえしなければ、こちらが働きかければ、少数意見のコーナーや新たな視点を発表する場を必ず設けると思っています。欧米式にいよいよ「権利の上に眠る者には」なんら与えられない時代になるのではないでしょうか。つまりお任せではなく私たちも主張しなければ果実は手に入らないのだと思います。
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stochinai at 2005-04-12 17:36
ホリエモンはこちらの提案をどんどん飲むタイプの人間かも、と私も思い始めています。特に今みたいに彼がちょっと困った顔をしている時には、いろいろ聞いてくれそうですね。
たとえ100にひとつでも実現する可能性があるのならば、言うべきですよね。もの言わぬは腹ふくるるわざですでから、精神衛生的にも良いですし、うるさがられながらも主張し続けていきましょう。
たとえ100にひとつでも実現する可能性があるのならば、言うべきですよね。もの言わぬは腹ふくるるわざですでから、精神衛生的にも良いですし、うるさがられながらも主張し続けていきましょう。
今晩は。TBさせて頂きました。ホリエモンと筑紫さんのやりとりは私も興味深く見ましたが、これほどかみ合わない会話は久々と思うほどのものでした。また遊びに来させてください。
by stochinai
| 2005-04-06 21:17
| コンピューター・ネット
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Comments(7)