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健康で長生きするために

 今日出たScienceに「食餌制限をすると寿命が延びる」ということに関する総説記事が載っています。

Science 16 April 2010:
Vol. 328. no. 5976, pp. 321 - 326
DOI: 10.1126/science.1172539
REVIEW
Extending Healthy Life Span—From Yeast to Humans
健康的に寿命を延ばす - 酵母からヒトまで
Luigi Fontana Linda Partridge, Valter D. Longo4


 今では生物学者の間ではかなり一般的な現象であると認識されるようになってきた、「食餌制限すると、酵母でもネズミでも寿命が延びる」という現象が、単細胞生物の酵母から、多細胞生物のセンチュウ、ショウジョウバエ、ネズミさらには霊長類(ヒトも?)にいたる多くの従属栄養生物(酵母以外は動物で、要するに餌を食べて生きる生物)に普遍的なことであり、細胞の中で働く分子メカニズムも共通しているということを説明しています。

 Scienceというといちおう学術雑誌なのですが、この総説はかなりかみ砕いて書かれており、生物系の大学生くらいならば十分に読みこなせるものであることにもちょっと感動しています。これも、世界的な科学コミュニケーションの流れのせいなのかもしれません。

 というわけで、英語に抵抗がない方は是非とも本文にあたっていただきたいと思うのですが、最初に非常にユーザーフレンドリーな図が出ています(一部を引用)。
健康で長生きするために_c0025115_16575881.jpg
 上から順に酵母、センチュウ、ハエ、マウス、サル、ヒトが並んでいて、黄色の欄には食餌制限をすることでどのくらい寿命が延びるかということが書いてあります。酵母からハエは2-3倍も伸びますが、さすがにマウスでは30-50%となっています。サルではデータが少ないのですが、その傾向は確認されています。ヒトでは「わからない」となっていますが、本文を読み進むと「おそらく効果はあるだろう」という流れになっています。

 その右の欄には、遺伝子の突然変異や薬剤によって寿命が延びることがあるかどうかということが書かれていて、それのだいたい同じような傾向の結果が出ています。ということは、寿命に関わる遺伝子があるということや、薬剤によって変化する代謝系などが寿命をコントロールしている可能性があるということです。

 ところが、これもよく知られていることなのですが、食餌制限をすると生殖能力が落ちるという一般的傾向もあります。それを概念的に示したのがこの図です。
健康で長生きするために_c0025115_1732120.jpg
 左から右へと食餌の量が変化しており、青い領域が飢餓、黄色い領域が食餌制限、ベージュ色の部分が普通の食餌ということになっています。赤い線が寿命の変化で、飢餓をぎりぎり抜け出すあたりの食餌量のところで寿命がもっともながくなり、飢餓になるとさすがにそれが原因で寿命が縮み、食餌量が多くなるとまた縮むという傾向が描かれてています。この図で見ると、要するに寿命が延び続けている限りは飢餓ではなく食餌制限(ダイエット)という定義になるのかもしれません。

 寿命はそれで良いのですが、緑の破線で描かれた生殖パワー(繁殖力、子どもの数と言っても間違いではないと思います)は、食餌の量に比例して右肩上がりを続けています。つまり、食餌制限をすると生殖能力が下がっていくのです。これが寿命と生殖のジレンマです。

 生物が異なっても同じような傾向が見られる理由として、食餌をすることによって活性化される代謝経路を抑制することによって、「老化」が遅れることが上の現象の背景にあるのだと考えられています。これらの代謝経路では遺伝子産物であるタンパク質が働いていますし、薬剤によってその代謝パターンを変更することができることが、最初の図にあった遺伝子の突然変異や薬剤によって寿命を延長することができることの理由になるというわけです。こちらが、酵母でもセンチュウでもハエでもほ乳類でも同じ代謝経路があることを示した図です。(似ていることがおわかりになるだけで、十分だと思います。)
健康で長生きするために_c0025115_1718935.jpg
 当然、こうした研究はヒトの寿命を延ばしたいという人類に普遍的な要望に応えたいというものでもありますが、ヒトはダイエットすることによって寿命を延ばすことができるのでしょうか。この論文にはおもしろい写真が載っています。
健康で長生きするために_c0025115_17182174.jpg
 7年間のダイエットによって20.8キロの原料に成功したヒトの、ダイエット前・ダイエット後の写真です。

 このヒトが減量によって長生きになったということを証明することはとても難しいのですが、少なくとも肥満は解消され、インシュリンが効かない体質が改善され、身体のあちこちの炎症も治まり、酸化ストレスがなくなり、心臓に見られた心室の機能以上も解消されたということです。

 上に示した代謝経路が刺激されることで、サルでは糖尿病やがん、心臓病などが起こりやすくなることもわかっています。また、ほ乳類ではこの経路の中に成長ホルモン受容体もあるのですが、この遺伝子に異常があるヒトはがんや糖尿病にかかりにくいという報告もあり、そうした病気になりにくいことと老化が遅くなることとは同じようなメカニズムで起こっているのだとすれば、食餌制限がヒトの寿命を延ばすことは十分にあり得る話だということになるのでしょう。

 その流れで行くと、薬剤でも寿命を延ばすことができる可能性が出てきますが、安易にそうした方向へと走ってはいけないという注意も書かれていますので、マスコミの方などはこの論文をニュースにする際にはいたずらにセンセーショナルな書き方をしないように注意していただければ、と思います。

 それにしても、このくらいリーダー・フレンドリーな総説がどんどん書かれるようになると、科学コミュニケーターも活躍しやすくなりますね。
by stochinai | 2010-04-16 17:35 | 生物学 | Comments(0)

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